不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

不動産の売買において、買付証明書と売渡承諾書の交付により売買契約が成立したとみなされるか

不動産の売買契約に至るまでの交渉経過において、特に不動産業者間の交渉においては、購入を希望する買主側から、購入を希望する金額や条件を記載した「買付証明書」等の名称の書面が売主側に差し入れられることが一般的です。

このような買付証明書を差し入れただけでは、その時点で不動産の売買契約が成立することはない、ということは不動産取引実務では一般的です。

もっとも、買主から買付証明書が差し入れた後に、これに対して売主側において、買付証明書と同じ条件で売り渡す旨の「売渡承諾書」といった書面を買主側に交付したなどの事情がある場合、不動産の売買契約は成立したとみなされるのでしょうか。

この点が、問題となった事例が、大阪高等裁判所平成2年4月26日判決の事例です。

この裁判例の事案は、不動産の売買契約交渉段階において、買主から買付証明書が提出され、これに対して売主が、買付証明書と同一の条件で売渡す旨の売渡承諾書を交付したという状況において、不動産の売買契約が成立したか否かが争われたというものです。

この事案において、裁判所は、不動産の買付証明書について、以下の通り述べた上で、売買契約の成立を否定しました。

(1)いわゆる買付証明書は、不動産の買主と売主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること

(2)したがって、一般に、不動産を一定の条件で買い受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書に記載の条件で確定的に買い受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと

(3)そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買についての合意が成立して、始めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主か買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと

(4)このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されていること

本件は、法的論点としては目新しいものではありませんが、不動産の買付証明書の法的性質について「単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと」と位置づけを述べた裁判例として参考になるものです。


この記事は、2023年8月17日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2023年08月17日 更新日:2023年08月17日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。