不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

築95年以上経過している賃貸住宅について、建物の老朽化を理由として、60年以上居住している95歳の高齢者に対する退去が認められた事例

築年数が長期間経過している賃貸住宅の所有者は、老朽化の程度が著しくなってきたときに、

「そのまま修繕しながら貸し続けても、耐震工事や修繕費用もかさむし、古くて入居者もなかなか決まらない。いっそのこと新たな共同住宅に建替えた方が採算的には良いのではないか。」

という判断を迫られることになります。

しかし、いざ建替えをしようと決めたとしても、当該賃貸住宅にまだ入居者がいる場合、賃貸人側から建替えを理由に一方的に契約を解除できないので、退去してもらうよう交渉をする必要があります。

ここで入居者がすんなりと退去されれば良いのですが、様々な理由により退去を拒んだ場合、賃貸人としては、老朽化を理由とした賃貸借契約の解約の申入れを行うこととなります(解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項))。

しかし、賃貸人からのこの解約の申入れは、単にやれば良いというわけではなく、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。

この点は、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定しているとおりです。

では、「正当事由」が認められる場合とは、どのような場合を言うのか、と言いますと、本件のような建物の老朽化を解約の理由とする場合、老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです。

また、老朽化の程度がそれほどでもない場合や、賃借人にとって当該建物が必要不可欠な場合等には、立退料を提供しても正当事由が認められない、という裁判例もあります。

結局のところ、解約に「正当理由」が認められるかどうかは、主に

① 建物の老朽化の程度

② 賃貸人、賃借人双方の建物の使用を必要とする事情

③ 立退料の金額

という要素を総合考慮して判断がなされるというのが裁判実務です。

今回紹介する東京地裁平成25年12月11日判決の事例は、

・建物が大正4年築で、築95年を経過していたこと

・賃借人は60年以上居住しており、現在95歳と高齢であること

という事情があったケースです。

裁判所は、上記①、②、③の事情を総合考慮した上で、

立退料215万円の提供をすれば、賃貸借契約の解約を認める

という判断をしました。

ちなみに、この物件は、月額賃料が2万4960円でしたので、立退料は賃料の約86ヶ月分となっています。

裁判所がこのような判断をした理由は以下になります。

まず、賃貸人側の解約の必要性、すなわち建物の老朽化については、以下のように認定しました。

「本件建物は建築されてから95年以上が経過しており,本件a室については,内部の床,天井,壁及び外壁等について控訴人による補修が行われているものの,c室及びd室部分の老朽化は著しい。また,本件建物全体に共通すると推認される構造や建築方法等に,本件a室についても基礎や柱,耐力壁等の躯体部分について改修工事は行われていないことを併せ考えると,耐震性の点でも危険性を否定することができない。」

「さらに,本件建物は,準防火地域に指定され,密集して建物が存在し,国土交通省から「地震時等に著しく危険な密集市街地」に該当するとされている区域内にある本件敷地上に存在するが,耐火性を欠いている。」

「被控訴人が本件建物の老朽化に対する補修や耐震性の補強を行うには,相当高額の費用を必要とすることが容易に推認されるとともに,それによっても本件建物の機能の増加は限定的なものに留まるといわざるを得ない。」

「加えて被控訴人は,本件建物のc室及びd室部分が傾斜した状態にあることから,近隣への危険性があるとして対処を求められている上,被控訴人が本件建物を賃貸し,収益物件として利用してきていることからすると,被控訴人が本件建物を取り壊し,本件敷地上に耐震性,耐火性を考慮した新たな共同住宅を建築しようとすることには相当程度の合理性があるというべきである。」

これに対して、賃借人側の事情(居住の必要性)については、以下のように認定しました。

「控訴人は,昭和27年2月から本件建物を住居として利用しているところ,95歳と高齢となるまでGの援助を得ながらも自ら家事を行って単身で生活することができたのは,本件a室が慣れ親しんだ居室であることが影響していると解される。」

「また,控訴人が通院する医療機関等は本件建物周辺にあり,生活の援助を受けているGは隣接した67番2土地に居住していることから,控訴人の従前の日常生活及び通院治療を継続するためには,本件建物周辺に居住することが必要であるところ,控訴人が高齢であり,年金以外の収入がないことからすると,本件建物周辺において,新たな賃借物件を確保することは容易ではないと推認される。」

「加えて,控訴人の年齢及び本件a室での生活歴が長く,同室での居住の継続を強く希望していることからすると,転居による生活環境の変化から受ける心理的・肉体的負担は,通常の場合よりも大きいものと推察される。そうすると,控訴人が本件a室に居住する必要性は相当程度高いというべきである。」

「もっとも,Gによる控訴人の日常生活や通院の援助が可能な範囲で新たな賃貸物件を確保することが全く不可能であるとまでは認められず,新たな住環境を適切に整えることにより,転居に伴う控訴人の心理的・肉体的負担は軽減することができると考えられる。」

上記のように、賃貸人、賃借人双方の事情を考慮した上で、裁判所は、

「上述した双方の必要性を比較すると,被控訴人の必要性の方が高いと認めるべきであるが,控訴人に生じる不利益も看過できないことから,控訴人が本件a室から退去することによる不利益を補う立退料の提供がされることにより,本件解約申入れに正当事由が具備されるというべきである。」

と判断しました。

この事案では、立退料は215万円と判断されましたが、その根拠として、裁判所は以下のように述べています。

「本件解約申入れによって本件賃貸借契約が終了することにより,控訴人は,本件a室から退去し,新たに住居を確保する必要が生じるから,立退料の算出においては,控訴人が本件a室から家財を搬出して退去する費用相当額,新たな賃貸物件等住居を確保するために要する費用相当額,相当期間についての当該物件の賃料と控訴人が本件a室について支払っていた賃料との差額相当額を考慮するべきである。」

「①引越業者に対する聴取から本件a室からの動産移転費用は,10万円と査定されること

②新たな賃貸契約の仲介手数料を含め移転雑費として10万円程度を要すると査定されること

③本件建物の周辺地域においては本件a室と類似性の高い賃貸物件が存在せず,最も類似性の認められる賃貸物件は築年数が30年から40年程度の戸建住宅となるところ,最寄駅からの距離及び賃借物件の面積が本件a室と同程度の物件の成約事例の賃料水準は,月額平均8万6500円であること

④本件建物の周辺地域における③の類似物件の礼金は不要か賃料の1か月分が,敷金については賃料の2か月分が標準的であること

⑤東京都収用委員会の裁決等では,差額賃料の補償期間を2年6か月とするものがあることが認められる。」

「これらに,控訴人は高齢である上,Gによる日常生活の援助等が可能な範囲で賃貸物件を確保する必要があることから,賃貸物件の確保自体や新しい住環境への適応が通常よりも困難であることが予想されること,控訴人は,長年,本件a室の補修を控訴人の費用で行っており,平成21年には約8万円を支出して天井を張り替え,平成22年8月には21万円を支出してトイレの改装を行っていること等,」

「本件に現われた事実を勘案すれば,本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料は215万円とするのが相当である。」

老朽化を原因とした退去を求める場合に、老朽化の程度がどの程度必要なのか、立退き料はどの程度必要なのか、という判断が必要になりますが、これらの判断は裁判事例等から推測する必要があります。

本件は、特に立退料の算定方法を判断するための参考となるケースと言えます。


2016年10月7日更新

公開日:2016年10月07日 更新日:2020年06月20日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。