不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

旧耐震基準の賃貸物件について、賃貸人は修繕義務として耐震工事を行う義務があるか

【ビルオーナーからの質問】

私は、都心に昭和43年築の6階建のビルを1棟所有しています。

1階部分を貸事務所として貸していたのですが、賃借人より「こちらで調査したところ、「震度5強程度の中規模の地震で,1ないし3階につき落階が起こる可能性が極めて高い状態、と言われた。安心して使用できないので、耐震工事をしてもらいたい。」

と言われました。

 

確かに、築年数が古いビルですが、外壁や内装は度々工事しており、これまで賃借人からクレームを言われたことはありませんでした。

 

そもそも、旧耐震基準の建物であるからと言って、賃借人からの要望に応じて耐震工事をしなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成22年7月30日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、平成10年に賃貸借契約が締結され(賃料は月約300万円)、10年ほど賃貸借契約が続いていましたが、平成18年の姉歯事件で賃借人が建物に不安を覚えて第三者機関に耐震調査を依頼しました。

その結果、C1ランク(補強が必要である又は精密診断を勧める)であったため、賃貸人に対して補強を求めたもののこれを拒絶されたため、紛争になったという事案です。

この問題の中心的な争点は、

賃貸物件について、賃貸人に耐震改修をするという修繕義務があるか

でした。

この点について、賃借人は、主に以下の理由をあげて、賃貸人には耐震改修を行う義務があると主張しました。

①本件建物が多数の者が利用する事務所としての利用を前提としているところ,本件報告書に示された耐震性能では,本件建物を賃貸借の目的に沿って安全かつ安心して使用することは到底不可能であり,このような物件として通常備えているべき耐震性能が欠如している

②本件建物は,耐震改修促進法6条に規定する特定建築物であって,耐震診断及び耐震改修の努力義務が課せられている

③本件建物は高額の賃料で賃貸されている営業物件である

④本件建物は昭和43年築であり昭和46年の建築基準法改正に基づく耐震基準すら満たしていない物件である

上記のような賃借人側からの主張に対し、結論として、判所は、賃貸人の耐震改修の義務を否定しました。

その理由として、まず、賃貸人に課せられている修繕義務について、裁判所は、

・賃貸人は,目的物を賃借人に使用収益させる義務を負っており(民法601条),目的物が契約によって定まった目的に従って使用収益できなくなった場合には,これを修繕すべき義務を負う

・この修繕義務の内容は,契約の時点において契約内容に取り込まれた目的物の性状を基準として判断されるべきであり,仮に目的物に不完全な箇所があったとしてもそれが当初から予定されたものである場合は,それを完全なものにする修繕義務を賃貸人は負わないというべきである。

と述べ、賃貸借契約の締結当時の建物の性状(もしくは契約で合意された性状)を基準として、修繕義務は判断すべきと述べました。

上記基準を前提として、本件建物が昭和43年築の建物であったとしても、

・本件建物はその建築当時の建築基準法令に従って建築されているものというべきであり,かつ現時点において要求される建築基準法上の耐震性能を有している必要はなく(既存不適格建築物),さらに本件建物の建築年次は登記情報等により誰でも確認可能であって当該建物がどのような耐震基準を満たしているのかは借主側でも確認可能であったこと

本件契約締結時に本件建物の耐震性能が特に問題とされた事情はうかがえないことからすれば,本件契約では本件建物の耐震性能につきその建築当時に予定されていた耐震性能を有していることが内容となっている

と延べ、賃貸人に修繕義務は存在しないと結論づけました。

なお、その他の賃借人側からの主張についても

「また,本件契約継続中に本件建物の利用に当たって具体的な問題が生じているわけではないことからすれば,現実に本件建物の耐震性能が低いことや,本件建物が多数の者が利用する事務所としての利用を前提としていることをもって前記判断が直ちに左右されるものではない。なお,本件建物が高額な賃料で賃貸されているかについてはこれを認めるに足りる証拠はない。」

「さらに,耐震改修促進法6条は,特定建築物の所有者に対し,当該特定建築物について耐震診断を行い、必要に応じ耐震改修を行う努力義務を定めているにすぎず,改正宅建業法施行規則も修繕義務を直接に裏付けるものではないから,これらをもって修繕義務が認められるものでもない。」

と述べて、いずれも否定をしています。

この部分の判旨からすれば、裁判所が修繕義務を否定したのは、あくまでも「契約継続中に本件建物の利用に当たって具体的な問題が生じていなかった」ということを前提とした判断と見られますので、もし具体的な問題(地震による建物の損傷で賃借人の使用に支障が生じた等)が発生していた場合は別の判断になるものとも考えられます。

以上の裁判所の考え方をまとめますと、

・賃貸借契約締結当時に耐震性能が問題となったかどうか、または、賃貸物件が最新の耐震性能を満たしていることが契約の内容となっていたかどうかがまず問題となる。

→ 最新の耐震性能を満たすことが契約の内容となっていた場合は、それを満たすよう賃貸人は修繕をする必要がある。

→ 契約締結時に、耐震性能を特に問題としなかった場合は、その建物が建築当時に予定されていた耐震性能を有していれば良い。

・ただし、契約継続中に、賃貸物件の利用にあたって具体的な問題が生じた場合は、賃貸人においても対応が必要になる場合がある。

と言えるでしょう。

この裁判例では、賃貸人の耐震工事に関する修繕義務は原則として否定されていますが、他方で、万が一、強大な地震が発生して賃貸建物の崩落等が発生して賃借人に損害が発生した場合には、場合によっては、賃貸人にも責任追及が及ぶリスクがあります。

したがいまして、賃貸人としては、このリスクを意識しつつ、賃貸物件の耐震性能を意識した管理を検討する必要があると考えられます。


この記事は、2021年9月20日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2021年09月20日 更新日:2021年10月06日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。