不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

ペット飼育が許容されている賃貸物件において、ペットの飼育に起因する損耗について賃借人に原状回復義務が生じるか

【貸主からの相談】

私は、築17年の3階建ての賃貸アパートを所有しています。

うちのアパートでは、ペットの飼育可としていて、特約で「猫1匹の飼育を認めるが,爪研ぎ,トイレを設置すること,他人の迷惑にならないよう気を付けること,内装を破損した場合修理費を負担することとする。」と定めています。

そうしたところ、今回12年以上住んでいた賃借人の一人が退去することになったのですが、退去時の室内を見たところ、猫の爪研ぎによる毀損や糞尿による床の腐食,汚損及び悪臭が多くみられる状況でした。

あまりに床がひどかったため、全面張替を行い、その費用を賃借人に請求しました。

しかし、賃借人からは

「12年以上住んでいたのであり、猫の飼育も認められていたのだから、これらの傷は通常損耗と言えるはずだ。」

「仮に特別損耗だとしても、築17年経っていて経年劣化で価値が下がっていたのだから、リフォーム代を全て負担するのはおかしい。」

と言われて、費用の支払いを拒まれています。

猫の飼育を許容していた以上、これはしょうがないのでしょうか。

【説明】

原状回復義務の基本的な考え方

賃貸物件における退去時の賃借人の原状回復義務については、

・契約期間中における本件居室の経年変化や通常の使用によって生じる損耗(通常損耗)については原状回復義務を負わない

・故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)について原状回復義務を負う

という考え方が一般的となっています。

その根拠としては、経年変化や通常損耗についての修繕費等の回収は,賃料の中に含ませて行っているのが通常と解される点にあります(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決)。

ペットの飼育に伴う損耗は通常損耗か、特別損耗か?

ペットを室内で飼育する場合、ペットによるひっかき傷や臭い、汚物によるシミ等によって、室内の劣化が通常に比べて進みやすいと言えます。

ペットの飼育が許容されている賃貸物件の場合に、このようなペットの飼育によって特に発生した損耗について、通常損耗となるのか、それとも特別損耗となるのかが問題となります。

この点について、裁判例における基本的な考え方としては、

・賃料が、ペットを飼うことを許容したことで通常より高額に設定されていた場合は、通常損耗

・そうでない場合、ペットを飼育していたために通常生ずる傷や汚損を超えて損耗が生じた場合は、特別損耗

という基準で判断されている傾向があります。

すなわち、「賃料が通常よりも高額に設定されているかどうか」という点がポイントとなります。

賃料が通常よりも高額に設定されていない場合は

本件は東京地方裁判所平成25年11月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、猫の飼育1匹までは可とされていましたが、賃料については特に通常より高額に設定されてはいないというものでした。

そのため、裁判所は、

賃借人は、貸室で猫を飼育することを認められていた一方で,その飼育に伴い室内に損傷等を生じさせることのないよう善管注意義務を負っていて,その義務の程度が緩和されるべき事情は認められない

と述べて、ペット飼育に起因する傷や汚損については、特別損耗として賃借人の費用負担を認めています。

特別損耗とされた場合の負担割合は

この事例では、フローリングの一部は,飼い猫の糞尿等を長期間放置したことによる腐食のほか,剥離等の毀損が認められ,当該腐食部分は床下の床根にまで浸透していました。

そのため、賃貸人は、フローリングの全面張り替えと,腐食した床根の補修を行っています。

これらのペット飼育による損傷・汚損について、裁判所は特別損耗であると認定はしましたが、他方で、

①物件が築17年でそれなりに年数が経過していた

②フローリングについては、部分張替えが難しいものの、ペットによる傷は全体ではなく一部分であった

という点から、特別損耗だとしても、賃借人が全面張替えの工事費用を全額負担をすべきかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

「フローリング工事に係る費用については,その30%の額を賃借人の負担とするのが相当である。」

と判断しました。

その理由として、以下の点を挙げています。

・フローリングの全面張り替え工事には,新築後約17年における経年変化や通常損耗に係る部分を修復する工事が必然的に含まれており,賃貸人はその分過剰に利益を受けているといえる。

・証拠上認定できるフローリングの損傷部位は,あくまで一部にとどまり,その余の部分について通常の使用による損耗の程度を超える損耗が生じていたと認めるに足りない。

・したがって、その部分補修でなく,居室の全体につきフローリングの張り替えを行ったことが,可能な限り毀損部分に限定された工事であると認めるに足りず,この点で賃貸人は過剰な利益を受けているといわざるを得ない。

・他方で,腐食した床根の補修については,賃貸人が過剰な利益を受けたとまではいえない。

この事例では、その他、居室ドア縁、巾木、居室石膏ボードについても、猫の爪研ぎによる破損等が生じていることを特別損耗と認めつつ、上記で述べたような事情を個別に考慮して、賃借人の費用負担割合をそれぞれ、居室ドア縁(20%)、巾木(25%)、居室石膏ボード(50%)と認定しています。

以上のように、ペット飼育による傷・汚損等が特別損耗だとしても、

・新築時(またはリフォーム時)からどの程度の年数が経過していたか

・全面張替(交換)工事を行った場合において、傷・汚損が生じていた部分が全体のうちのどの程度の割合だったか

という点を考慮して工事費用の負担が決められることを示した裁判例と言えます。

もっとも、フローリングについては、玄関からリビング、キッチン、寝室まで間仕切りがないタイプであり部分張替えではなく全面張替えが必要だったとして全面張替え費用を賃借人に負担させた裁判例もありますので(東京地方裁判所平成27年1月29日判決)、ケースバイケースで考えていく必要があるでしょう。


この記事は2022年5月2日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2022年05月02日 更新日:2022年05月02日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。