不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

店舗の借主の役員及び株主構成が大きく変わったことを理由に、貸主からの契約解除が認められた事例

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣が大きく変わる場合があります。

借主の経営陣や株主構成が大きく変わってしまった場合、賃借物件の使用態様や法人としての信用力等が大きく変わってしまう可能性もあります。そのため、実務上は、賃貸借契約書において

「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」

という条項が設定されることは多いです。

では、もし上記のような契約条項が設定されていた場合で借主たる法人が、賃貸人の承諾なくしてその経営陣や株主構成を大きく変更させた場合に、賃貸人側から「賃借権の無断譲渡だ」と主張して契約の解除を求めることはできるのでしょうか。

この点、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わるかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わるかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

上記観点も踏まえた上で、役員・株主構成の変更について承諾を得ずに行ったことで、契約の解除が認められた事例が東京地方裁判所平成5年1月26日判決の事例です。

この事例は、

「賃借人は、資本又は役員構成に重大な変更を生じたときは、原告に対し遅滞なく必要書類を提出し、その書面による承認を得なければならない。

賃借人は、本件店舗に関する賃借権、営業権等の権利の全部又は一部を譲渡(被告の業種・資本・役員構成等の重大な変更により被告が右契約締結当時と実質的な企業の同一性を欠くに至つたとき、又は営業全部の賃貸、その経営の委任、他人と営業上の損益全部を共通にする契約、その他これらに準ずる行為をなした場合は、これを譲渡とみなす。)することができない。」

という条項が契約で設定されていたところ、借主が、賃貸借契約中に株式の過半数以上を他社に譲渡し、役員はほぼ全面的に交代されたという事案です。

この事案では、裁判所は資本構成と役員構成の変更について契約に違反し、なおかつ、信頼関係を破壊しない特段の事情も存在しない、と認定して貸主側からの契約解除の主張を認めました。

借主の資本構成・役員構成の変更が、信頼関係を破壊するか否かという判断は個別具体的な判断となるため、一つの参考となる事例です。

【判旨:東京地方裁判所平成5年1月26日判決】

1 《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告の元代表取締役であり被告の実質的なオーナー経営者であつた訴外後藤は平成二年当時満六三歳、その妻和子は満六二歳で、昭和六〇年ころから和子が腰痛のため営業に従事できなかつたところから、訴外後藤一人で被告の営む居酒屋「七福」を切り盛りしていく自信を喪失し、親族等には適当な跡継を見出せず、また、店内の内装が老朽化しその改装費六五〇〇万円余りを捻出するあてもなかつたため、その去就につき知人に相談していたところ、不動産管理等を業とする河野孝子が株を持たせてくれればその費用は出捐するとの意向を有しているとのことであつたところから交渉を重ねた結果、とりあえず発行済み株式の五五パーセントを代金五五〇〇万円で譲渡することとし、同年一〇月末に三〇〇〇万円を同年一一月に二五〇〇万円をそれぞれ受領した。なお、右譲渡に際して被告の発行済み株式数を同月六日付で二万株に増資している。

(二) 訴外後藤としては、右のような事情から、被告の全株式を譲渡してもよいと考えていたが、河野が居酒屋を経営した経験がないことなどを考慮してとりあえず譲渡する株式割合を右のとおりとしたもので、七福の営業は大山勝弘が実質的に取り仕切るようになり、訴外後藤においても同店従業員に対し以後大山に従つて仕事をするよう発言して引継をなしほとんど七福に出社しなくなつた。

(三) 右七福での営業形態の変更を知つた原告では事実関係の調査を始め、平成二年一一月一六日付で役員の全面的な交代が行われていることや株主の変更、訴外後藤とその親族の持株割合が株主名簿上も過半数を下回つていることを認識するに至り、従前の被告と同日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断に至つた。

(四) そこで、原告では同年一二月二一日、訴外後藤に面接し、被告において行われた役員の変更等が承認事項であることを説明して必要書類の提示を求め同月下旬にその提出を受けたが、その際訴外後藤は河野につき遠縁にあたるとの説明をなしていた。しかしながら、原告による調査の結果両名の間に縁戚関係のないことが判明し、訴外後藤の提出した書類の内容等を踏まえ役員等の変更を認めないこととした。

2 右事実及び争いのない事実等によれば、訴外後藤による本件株式譲渡の動機が同人の年齢や体力的な事情等によるものであることは被告主張のとおりであることは認められるが、被告は従前訴外後藤及びその家族を中心とした同族会社であり、このような会社にあつては株式会社として法人格は同一であつてもその株主や役員の構成によつてその会社経営の方針・内容が変動することは容易に予測しうるところ、従前の被告と平成二年一一月一六日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断にいたつたこと、本件賃貸借契約は最低基準賃料の定めがあるとはいえ歩合性賃料を採用しており、居酒屋という職種及びその営業形態をも考慮すると、経営者の変動によつて営業収入の変動が生ずると予測しうること、不動産業をしていた河野が株式譲受人として関与していながら契約上の義務である承認を求める手続きを直ちにとらず、しかも調査に際し虚偽事実が述べられていたことなどの右認定の諸事情を総合勘案すると、原告が承認義務等の約定に定める承認をしなかつたことが不相当であるとは認められず、また、被告において行つた組織変更につき信頼関係を破壊しない特段の事情の存在を認めることはできないものといわざるをえない。


この記事は2020年7月14日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年07月14日 更新日:2020年07月14日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。