不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

老人ホームとして使用する建物の賃貸借について、消費税込で月額賃料を定めていたことについて、後に賃借人より消費税相当額の返還請求がなされた事例

Q 当社が所有している建物を、老人ホーム事業を行っている業者に賃貸しました。その建物は、賃借人への引渡後、賃借人の事業で老人ホームとして使用されています。

賃料については、契約書で「月額700,000円(内消費税等含む)」と定め、これまで月70万円を受け取ってきました。

しかし、ある日、賃借人より、

「本件建物は賃借人の有料老人ホームとして使用されているため、本件賃貸借契約は「住宅の貸付」にあたり、賃料につき消費税は非課税である」「賃料70万円のうち、消費税部分の月額3万3333円についてこれまで払った分を返して欲しい」

と言われました。

契約をした当時、双方とも老人ホーム事業を行なうための建物の賃貸借について、消費税が非課税になるとは考えていませんでしたし、当社はこの賃料の分の消費税も申告して納税しています。

それでも、賃借人に返還しなければならないのでしょうか。

A 消費税法6条1項、同法別表第一の13は「住宅の貸付」については消費税が非課税である旨定めているところ、本件賃貸借契約の当初から建物が有料老人ホームとして使用されていることが認められる場合、賃貸借契約は「住宅の貸付」にあたり、消費税は非課税となる。したがって、賃料の合意のうち消費税額3万3333円の授受を約した部分は錯誤により無効であり、賃借人からの返還請求は認められる。

本件事案は、東京地裁平成28年6月8日の事案をモチーフにしたものです。

賃貸借契約当時、賃貸人・賃借人のいずれも老人ホーム事業を営む目的の建物賃貸借契約の賃料には「消費税が課税される」という認識でした。

そのため、契約書でも「月額700,000円(内消費税等含む)」と合意され、賃借人は、約4年間に渡り当該賃料を支払っていました。

しかし、後から、賃借人がおそらく税理士から指摘を受けて、賃貸人に対して、「消費税は非課税となるはずだから消費税部分の賃料は不当利得だ」としてその返還請求を求めた、というのが裁判例の事案です。

裁判所の判決は、まず

消費税法6条1項、同法別表第一の13は「住宅の貸付」については消費税が非課税である旨定めているところ、本件賃貸借契約の当初から本件建物は賃借人の有料老人ホームとして使用されていることが認められるから、本件賃貸借契約は「住宅の貸付」にあたるものと考えられる。

とした上で、

「本件賃貸借契約の賃料・・・に消費税が課税されるという認識であった点において賃貸人・賃借人には共通の錯誤があった」

とし、さらに

「上記の本件賃貸借契約の賃料に消費税が課税されるという共通の錯誤は、「月額700,000円(内消費税等含む)」という形で表示され、もし賃借人が消費税が非課税であることを知っていたならば賃料本体額66万6667円に消費税額3万3333円を加えて70万円の賃料を授受する旨の表示はしなかったであろうことは社会通念に照らしてもそう考えられるから、民法95条にいう意思表示の要素に関する錯誤にあたる」

「したがって、賃料の合意のうち消費税額3万3333円の授受を約した部分にかかる賃借人の意思表示は無効と判断される。」

として、賃借人からの返還請求を認めました。

なお、賃貸人は「消費税として受け取ってきた金額について消費税の申告をして納めていたのだから不当利得はない」と主張しましたが、裁判所は、

「消費税額を受け取った時点で賃貸人に同額の財産状態の増加すなわち利得を認めることができ、賃貸人からは税務当局に消費税の更正請求をしたにもかかわらず非課税と認められなかったなどの事実の立証もないから、賃貸人の主張は採用できない。」

として、賃貸人の主張を排斥しました。

建物を老人ホーム事業のために賃貸する場合、居住者の居室だけではなく、訪問介護センター、介護スタッフ室、事務室、厨房及び食堂として使用される部分もあるため、「住宅の貸付」ではなく事業用施設の賃貸借になると考え、消費税が課税になると誤解して税込で賃料を規定してしまう例も生じてしまうのかもしれません。

この点については、国税庁のホームページでも「介護事業者が事務室等として使用する部分は、入居者が日常生活を送る上で必要な場所であることから、本件建物全体が住宅に該当すると認められ」る、という見解も示されているところです。いずれにしても、迷った場合には税理士等の専門家の見解を確認して対応することが無難と言えます。

(国税庁ホームページ URL:

https://www.nta.go.jp/tokyo/shiraberu/bunshokaito/shohi/130306/01.htm

公開日:2018年01月13日 更新日:2020年06月20日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。