不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

賃貸物件の共用部分について、賃借人の排他的使用権が認められるか否かが問題となった裁判例

【賃借人からの質問】

当社は、6階建てのオフィスビルのワンフロアを一括で借り上げています

当社は守秘義務を伴う業務を営んでいますので、特にセキュリティの観点からフロアー一括で借りれることを重視して、このオフィスビルを賃借し、これまで使ってきました。

 

しかし、最近ビルオーナーが隣の土地を購入し、隣の土地に新たにビルを建てた上で、このビルと接続させる工事を予定しているとのアナウンスがありました。

その計画によると、当社が借りているフロアについても隣のビルと廊下でつながる上、隣に建てるビルには共用部分はなく、トイレやエレベーターなどの共用部分については、当社が借りているビルのものを共用で使用することになるとのことでした。

 

確かに、トイレやエレベーターなどの共用部分は賃貸借契約の対象とはなっていませんが、当社は、あくまでもワンフロア一括で、共用部分も含めて当社だけで使えることを前提として借りていたので、上記のようなオーナーの工事は納得できません。

賃借権などに基づいて、オーナーの工事を差し止めることはできないのでしょうか。

【説明】

一般的に、オフィスビルでは、賃貸されるスペースとは別に、トイレやエレベーター、廊下、湯沸かしコーナーなどの、いわゆる「共用部分」が存在することが一般的です。

そして、当該共用部分については、賃貸借契約で賃貸の対象部分とされていなかった場合であっても、契約でその使用が認められたり、契約で明記されていなかった場合も、賃貸借室の使用収益に付随して共用部分を使用することができると解釈されます。

しかし、例えば、本件の事例のように、共用部分について、オーナーの都合により一方的に改築等で内容が変えられてしまい、その使用態様が変えられてしまうような場合、賃借人側としては何も主張できないのでしょうか。

この点が問題となったのが東京地方裁判所平成21年12月15日判決の事例です。

本件事例をこの裁判例をモチーフにしたものですが、この事例では、賃貸人側と賃借人側で、共用部分の工事に伴い、賃料や共益費の減額等様々な条件交渉がなされたものの、交渉が決裂して、オーナー側が一方的に工事に踏み切ったため、賃借人側が賃借権・占有権に基づいて工事の差止請求を求めて訴訟を提訴したという事案です。

この事案で、賃借人側は、

・共用部分については、賃貸借契約で賃借の対象とはなっていないが、共用部分使用の対価として共益費を支払っているので、賃借権が及ぶ。特にフロアー一括借の場合は専有部分と共用部分は密接不可分の関係である。」

・賃借権が及ばないとしても、使用借権が及ぶ」

という主張をしました。

これに対して、裁判所は、

「本件賃貸借契約は、共用部分とされるトイレ,エレベーター,廊下及び湯沸かしコーナーなどは,賃貸借契約の対象とはなっていない。原告らは,賃貸借契約に付随して,賃貸借契約の対象となる賃貸借室の使用収益に必要な限度で,それらの共用部分も使用することができるが,共用部分について賃貸借関係が成立するものではない。

「原告らは,共用部分の使用収益の対価として共益費を支払っているというが,共益費は,共用部分,共用施設の維持,管理等に必要な費用を分担して負担するものであるから,使用収益の対価ではない。

「また,原告らは,共用部分について使用貸借関係が成立するというが,原告らは,飽くまで賃貸借室の使用収益に必要な限度で共用部分を事実上使用できるにすぎず,賃貸借室の使用とは無関係に排他的な支配を認められているものではない。したがって,共用部分について,使用貸借関係が成立するものではない。」

と述べて、共用部分には賃借人の排他的使用権はない、と判断して工事の差止は認めませんでした。

このように、共用部分については、たとえフロアー一括借り上げの場合であっても、契約書に賃借の対象とする約定がない限りは、基本的には「賃借人の排他的使用権はない」と考えるべきこととなります。

もっとも、この裁判例は、最後に付け加えるような形で

「被告が計画している増築工事が実施されると,トイレの改修工事に伴って各階について4週間程度使用ができなくなるものの,工事階が連層階とならないように調整し,他の階のトイレを使用することとなるが,被告は,共益費を減額する提案をしているのであるから,上記工事の実施が原告らの共用部分を事実上使用する利益を侵害する程度は低く,受忍限度を超えるものとはいえない。

と述べています。

この判旨からすると、共用部分の形状等の工事態様やその改築内容が、

「賃借人の使用する利益を侵害する程度が高く、受忍限度超える」

と評価される場合は、賃借人により工事の差止等が認められる余地がある、と言うことになります。


この記事は、2020年2月9日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年02月09日 更新日:2020年06月20日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。