貸事務所の住所が、振り込め詐欺の金員送付先として警察庁等のホームページに公開されていたことが判明した場合、貸主及び仲介業者にこの点の説明義務違反があるか?
Q インターネットで雑貨の販売業を営んでいましたが、今の事務所が手狭になったので、別の賃貸事務所に移転しました。
しかし、事務所移転後に売上が落ち込むようになりました。最初は原因がわからなかったのですが、警察庁のホームページで、振り込め詐欺の現金送付先の住所一覧に、私の借りた事務所の住所が載っていたことが判明しました。
もしも、借りるときに、警察庁のホームページにこの貸事務所が振り込め詐欺の現金送付先として載っていることがわかっていたら、私はこの物件は借りませんでした。
貸主と仲介業者は最初に説明すべきだったのではないでしょうか?
A この問題を考えるに当たっては、まず、この貸事務所について「警察庁のホームページで、振り込め詐欺の現金送付先の住所一覧に記載されていたこと」が、この物件の「瑕疵」に該当するかどうかという点が問題になります。
この事例は、東京地方裁判所平成27年9月1日判決の事例をモチーフにしたものですが、裁判所は、結論として、
「瑕疵には該当しない」
と判断しました。
その理由として、裁判所は、まず、建物賃貸借における建物の「隠れた瑕疵」(民法570条,559条)について、
「建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等を原因とする心理的瑕疵も含む」
と述べた上で、貸室を事務所として使用するための事業用賃貸借契約の場合の心理的瑕疵の意義については
「その主たる目的が事業収益の獲得にあることに照らせば,本件事務所に心理的瑕疵があるといえるためには,賃借人において単に抽象的・観念的に本件事務所の使用継続に嫌悪感,不安感等があるというだけでは足りず,当該嫌悪感等が事業収益減少や信用毀損等の具体的危険性に基づくものであり,通常の事業者であれば本件建物の利用を差し控えると認められることが必要であると解するのが相当である。」
と述べました。
そして、
「過去において本件住所が振り込め詐欺における金員送付先住所として使用され,その旨が警察庁により公表されて注意喚起を求められているという事実」
については,
「一般的・抽象的にいえば本件事務所で行われる事業の収益性,信用性などに重大な影響を与える可能性があるということができ,現に,原告は原告のバイヤーとなることを希望する者からの本件住所に関する懸念を伝えるメールを受信しているのであって,原告が本件事務所の使用継続に嫌悪感等を覚えたことは理解できるところである。」
と言いながらも、
①本件事務所に関連する振り込め詐欺については,テレビ,新聞などで報道されたと認めるに足る証拠はなく,警察庁のホームページ等を確認しなければ本件事務所に関連して詐欺犯罪があったと認識することは極めて困難であったと解されること
②警察庁のホームページ等において振り込め詐欺関連住所が公表されている事実は必ずしも一般に周知されているとはいえず,ネット販売事業を営みインターネット上の情報に相当程度精通していると考えられる原告もこの事実を知らず,警察庁のホームページ等を確認することなく本件賃貸借契約を締結していること
③インターネット販売において顧客が販売業者の信用性を判断する際には,当該サイトにおいて公表されている購入者による当該業者の評価が重要視され,顧客が販売業者の住所を精査した上で購入するかどうかの判断を行うことは希であると思われること
④本件事務所については,原告退去に伴う原状回復工事の終了後,1か月余りで新たな賃借人が決まっているが,その賃料は本件賃貸借契約の月額賃料より1000円高く,また,その賃貸借契約締結の際には本件住所が振り込め詐欺関連住所としてネット上に出回っていたことなどが重要事項として説明されていること
という4つの理由を挙げて、
「かかる事実に照らせば,本件住所が振り込め詐欺関連住所として警察庁により公表されていたという事実は,原告の事業収益減少や信用毀損に具体的な影響を及ぼすものとは認められず,また,通常の事業者であれば本件事務所の利用を差し控えるとまではいえないものと解される。」
と結論づけています。
また、貸主及び仲介業者の説明義務についても
「当該事務所の賃貸人及び同賃貸借契約の仲介業者において,当該賃貸物件につき過去に犯罪に使用されたことがないかについて調査・確認すべき義務があるとは認められない。」
と述べて、説明義務違反を否定しています。
なお、裁判所は、上記のような結論となった理由として、借主の物件への転居後の売上の減少の経過を詳細に認定した上で、
「売上高の変化と貸事務所の住所が振り込め詐欺関連住所であることの間の因果関係が乏しい」
という点も指摘しています。
ですので、もし、転居と売上の減少について直接的な関係が証拠上認められるようであれば、結論が変わった可能性もあることは留意が必要です。
この事例では貸主と仲介業者の責任は否定はされていますが、貸主、仲介業者としては、借主が「その事実を知っていたら普通は借りないだろう」と思われるような事実については、できるかぎり調査し、確認しておくのが無難であるといえます。
2017年6月1日更新