不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

修繕目的であっても、賃貸人が貸室に無断で立ち入ったことについて損害賠償が認められた事例

【マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しています。

賃借人(単身の女性)からクーラーが壊れたとのクレームが有ったので、修理をすることとなりました。

賃借人と相談して修理の日程を決め、賃借人からは「その日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言われていました。

しかし、その修理日の前日になり、修理業者から「修理日を1日早めて今日修理できないか」と連絡が来ました。

賃借人から上記のような返答をもらっていたので、1日早まっても問題ないだろうと思い、特に賃借人に連絡することはなく、部屋に立ち入ってクーラーの修理をしました。

その後、賃借人から「勝手に部屋に入って修理された」「プライバシーの侵害だ」とのクレームがあり、弁護士を通して契約解除と慰謝料請求の通知が来ました。

賃借人が不在の場合であっても、クーラーの修理で部屋に立ち入ること自体は承諾を得ていたので、問題ないと思っていましたが、どうなのでしょうか。

【説明】

この事例は、大阪地方裁判所平成19年3月30日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸人が賃借人に無断で賃貸目的物となっている建物に立ち入った場合には,住居侵入罪も成立しうるものであり、民事上も原則的には不法行為ないし債務不履行に該当することとなります。

これは、修繕目的であっても同様であり、賃貸管理の必要性から緊急・非常事態でない限りは、賃借人に無断での貸室への立ち入りは違法と評価されることとなります。

他方で、本件では、修繕目的で貸室に立ち入る事自体については賃借人から承諾を得ており、ただ、それが1日早まってしまい、日程の変更を賃借人に伝えずに立ち入った、ということが果たして違法と評価されるのかが問題となりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、違法であると評価しています。

まず、日にちが一日早まったことについては、以下のように別途承諾が必要であったと認定しています。

「賃借人は,平成17年8月14日に,賃貸人に対し,本件建物備付けのクーラーの修理を頼む際に,「19日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言ったと認められる。」

「そして,賃借人の上記の発言は,同月19日については,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認められる。しかし,上記の承諾は,「19日」と日付を特定しているほか,「入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」という言葉からも,他の日に入られるのは困るという賃借人の意図を十分に読みとることができるものである。」

「したがって,上記の承諾は,同月19日についてなされたもので,同月18日についても,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認めることはできない。」

上記のように、立ち入りの承諾が認められないと認定した上で、

現代社会においてプライバシー権の重要性が一般に認知されていること,賃借人が女性であること及び賃貸人は携帯電話等によって賃借人に対して連絡をとることが可能な状況にあったこと等に鑑みると,賃貸人が同日,賃借人に連絡をとることなく立ち入ったことは,明らかに賃借人に対する配慮に欠けた行為であり,立入りについて賃借人の承諾を得るべきことを定めた本件賃貸借契約条項に反する債務不履行に当たるとともに,故意とはいえないとしても,過失による権利侵害行為と認められ,不法行為にも該当する。

と述べました。

なお、慰謝料の額については,賃借人は10万円を請求していましたが、判決では、

「賃借人のプライバシー侵害の程度,賃借人が女性であることなど本件の諸事情を斟酌すると,3万円が相当である。」

と判断されています。

本件は、賃借人が女性であったことが、違法と判断した一つの要素となっており、これが仮に単身男性だった場合はどうだったのか、という点で若干疑問はありますが、いずれにしても、賃貸人としては、争いを避けるためには、貸室に立ち入る際の承諾は「確実かつ正確に」得ておく必要があると言えます。


この記事は2020年5月20日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年05月20日 更新日:2020年06月20日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。