不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

住宅地の売買において、売買の約8年前に存在していた建物内で殺人事件があったことは心理的瑕疵にあたるとされた事例

購入した土地や建物で、過去に殺人事件が発生していた・・・ということが後々判明した場合、買主側からすれば

「事前に事件の存在を知っていれば買わなかった(もしくは、もっと安い価格で買っていた)」

という主張をすることは当然の成り行きと言えます。

この主張は、法的に言えば、「売買の目的不動産に、民法570条の瑕疵がある」という主張になります。

この点について、問題となるのは、

「殺人事件というのは売買から何年前までに発生したものが瑕疵となるのか」

という点です。

買主からすれば、どんなに昔の事件であっても、「それは嫌だ」ということになるでしょうが、逆に売主の立場からすれば、何十年も前の事件の存在まで調べて売買の時に買主に告げなければならないとすると、過度の負担となる上、市場価格での売買が難しくなってしまうことにもなりかねません。

となると、

「過去の事件について、どこまで瑕疵となるのか」

言い換えれば

「売主は、過去の事件についてどこまで買主に説明・告知無ければならないのか」

という点を巡って問題となり、この点については、特に不動産売買の事例では多くの裁判例が存在します。

今回紹介する事例は、売買の8年前に建物内で殺人事件があった、という事例です(大阪高等裁判所平成18年12月19日の事例です)。

殺人事件後に建物は取り壊され、土地が売買の対象となりましたが、買主は不動産業者で、建売住宅用地として転売する目的で購入したところ、売買時には売主から事件の存在は知らされておらず、購入後に事件の存在を把握したというものです。

この事例において、裁判所は、本件売買の目的物である本件土地には民法570条にいう「隠れた瑕疵」があると認め、売買代金額の5%を損害として認めています。

まず、裁判所は、瑕疵の意義について、

「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは,その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいうが、これは、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく,目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれる」

と述べ、売買の目的物が不動産のような場合の心理的欠陥については、

「単に買主において同事由の存する不動産への居住を好まないだけでは足らず,それが通常一般人において,買主の立場に置かれた場合,上記事由があれば,住み心地の良さを欠き,居住の用に適さないと感じることに合理性があると判断される程度に至ったものであることを必要とすると解すべきである。」

と定義しました。

そして、売買対象の土地上にかつて存在していた本件建物内で,本件売買の約8年以上前に女性が胸を刺されて殺害されるという本件殺人事件があったということについては、

「本件売買当時本件建物は取り壊されていて,嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて,もはや特定できない一空間内におけるものに変容していたとはいえる」

と言いつつも、

①上記事件は,女性が胸を刺されて殺害されるというもので,病死,事故死,自殺に比べても残虐性が大きく,通常一般人の嫌悪の度合いも相当大きいと考えられること,

②本件殺人事件があったことは新聞にも報道されており,本件売買から約8年以上前に発生したものとはいえ,その事件の性質からしても,本件土地付近に多数存在する住宅等の住民の記憶に少なからず残っているものと推測されること,

③現に,本件売買後,本件土地を等面積で分けた東側の土地部分(本件殺人事件が起きた本件1土地側の土地部分)の購入を一旦決めた者が,本件土地の近所の人から,本件1土地上の本件建物内で以前殺人事件があったことを聞き及び,気持ち悪がって,その購入を見送っていること

という事情に照らして

「本件土地上に新たに建物を建築しようとする者や本件土地上に新たに建築された建物を購入しようとする者が,同建物に居住した場合,殺人があったところに住んでいるとの話題や指摘が人々によってなされ,居住者の耳に届くような状態がつきまとうことも予測されうるのであって,以上によれば,本件売買の目的物である本件土地には,これらの者が上記建物を,住み心地が良くなく,居住の用に適さないと感じることに合理性があると認められる程度の,嫌悪すべき心理的欠陥がなお存在するものというべきである。」

と結論づけました。

このように、裁判所は瑕疵の存在については認めましたが、他方で、損害額については、本件殺人事件は本件売買の約8年以上前に発生したものであり,しかも本件建物は本件売買時には既に取り壊されており,同時点では,嫌悪すべき心理的欠陥は相当程度風化していたといえることなどの一切の諸事情を総合して、買主の損害額を,本件売買の代金額の5パーセント(75万1575円)と認めています。

過去の事件について、売主がどこまで説明義務を負うべきか、という点については、法律上明確な基準はありません。

そのため、売主や仲介業者としては、いったいいつまで遡らなければならないのか、と判断に迷ってしまうと思います。この点については、個々の具体的な裁判事例などを参考にしながら考えていくしかありません。

本裁判例はそのための一つの手がかりとして重要な意義を有するものと考えられます。


2017年8月30日更新

公開日:2017年08月30日 更新日:2020年06月20日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。