不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

隣人からの脅迫的な言動により、事実上建物の建築が制限されたことについて、宅地の瑕疵担保責任を認めた事例

【質問】

自宅を建てるために5000万円で宅地を購入しました。

設計まで終わり、これから着工という段階で施工業者が近隣住民に挨拶に回ったところ、正面の私道を挟んだ向かいの住民が暴力団風の男性で、「設計図を持って来い」と脅迫されました。

その後、私と設計士で、設計図を持って訪れたところ、「ばか野郎」などど繰り返し怒鳴りながら、「自分の家の縁側に日陰がかからないようにしろ」、「俺は有名な右翼だ。」、「俺はおまえのようなやつを殺したことがある。」、「こんな家建てさせてやらない。これでは絶対に許さない。」、「建築士の馬鹿野郎。何もわかっていない。」「俺の家に影がかかるのは許さない。」

などと暴言を吐かれ、脅迫のような形で無理な設計変更を強要されてしまいました。

警察に問い合わせたところ、「この隣地住民は暴力団関係者の可能性がある」ということでした。

相手の要求に従っていたら、思い通りの家が建てられないのですが、ここで無理して建築を強行しても、後で相手から危害を加えられるかもしれません。

そのため、止む無く建築を断念しました。土地は今も更地のままです。

隣地にこのような者がいることがわかっていたら、この土地を買うことはありませんでしたので、売買契約を解除したいです。

私の主張は認められるのでしょうか。

 

【説明】

注記:2020年4月の民法改正により民法570条は「瑕疵担保責任」ではなく、「契約不適合責任」となりました。本事例は改正法適用前の事例であることにご留意の上、御覧ください。

売買の目的物に隠れた瑕疵(欠陥)がある場合、民法五七〇条により損害賠償請求や、場合によっては契約の解除が認められます。

そこで、本件のように、宅地の隣地の住民が暴力団関係者の可能性があり、設計変更を強要するような人間だった場合に、それが宅地の「隠れた瑕疵」といえるか、という点が問題となります。

本件の事例は、東京高等裁判所平成20年5月29日判決の事例をモチーフにしたものです。

この裁判例は、まず、「隠れた瑕疵」の意義について以下のように述べています。

「売買の目的物に民法五七〇条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく、目的物に経済的・法律的な欠陥がある場合を含むと解するのが相当である。」

このように、瑕疵とは、物理的な欠陥だけではなく、経済的な観点からの欠陥も瑕疵に含まれるとしています。

そして、これを本件の事例について検討すると

・隣地住民は脅迫的な言辞をもって、誠に理不尽な要求を突きつけていたのであり、このような脅迫罪や強要罪等の犯罪にも当たり得る行為を厭わずに行う者が本件私道のみを隔てた隣地に居住していることが、その上に建物を建築、所有して平穏な生活を営むという本件売買土地の宅地としての効用を物理的又は心理的に著しく減退させ、その価値を減ずるであろうことは、社会通念に照らして容易に推測されるところである。

と述べて、結論として、

「そうすると、本件売買土地は、宅地として、通常保有すべき品質・性能を欠いているものといわざるを得ず、本件売買土地には、本件瑕疵、すなわち、脅迫的言辞をもって本件敷地部分における建物の建築を妨害する者が本件隣地に居住しているという瑕疵があるというべきである。」

として瑕疵の存在を認めました。

そうなると、後は、買主側として、契約の解除まで認められるかが問題となりましたが、裁判所は、瑕疵の存在を認めたものの、契約の解除までは認めず、瑕疵による土地の価格の減価分を15%として、売買代金の15%相当額を損害として認めました(地裁では減価分を30%としていましたが、高等裁判所で15%まで減額されています)。

土地の減価分を15%として理由について、裁判所は

「一般に、土地や建物の不動産の売買においては、本件におけるようなAによる脅迫的言辞を弄しての地上建物の建築妨害は論外としても、ある程度の迷惑行為を行う住民が近隣に居住していることは、必ずしも珍しいことではないと考えられ、不動産の買主はそのような迷惑行為を行う住民が近隣に居住するリスクも考慮し、近隣の住民や環境についての調査をした上で、購入するのが通常であり、そのようなリスクは、不動産の価格相場形成の一因として織り込み済みのものであるということができる。」

「本件敷地部分中に占めるAによる建築禁止要求部分の面積(約三坪)に対応する金額は約六〇〇万円となること」

という点を考慮して、売買代金額(5170万円)の15%を損害額とするのが相当であると判断しています。

また、契約の解除までを認めなかった理由について、裁判所は

「確かに、Aによる脅迫的言辞による要求が続く限り、本件売買土地上に建物を建築して平穏に居住することには、物理的又は心理的に相当な困難が伴うことは否定できない。

しかし、上記のようなAによる要求が法律上理由のないものであり、原告らがこれに従う義務のないことはいうまでもない。」

「また、Aによる上記のような要求は、その態様、程度によっては、脅迫罪や強要罪等の犯罪にも当たり得る行為であり、そのような場合には、刑事手続による検挙、処罰によってこれを抑止することも期待できるし、民事上も、Aがそのような要求を繰り返して本件敷地部分における建物の建築を妨害するならば、仮処分手続等によってその差止めを求めることも考えられるのであって、本件瑕疵の存在によって本件敷地部分の上に建物を建築して平穏に居住することがおよそ不可能になっているとまでいうことはできない。」

「したがって、本件瑕疵の存在によって本件売買契約を締結した目的を達することができなくなったとする原告らの主張は、採用することができない。」

「以上によれば、原告らは、本件瑕疵の存在を理由に民法五七〇条、五六六条による瑕疵担保責任に基づき、被告らに対して損害賠償請求をすることはできるが、本件売買契約の解除をすることまではできないというべきである。」

本件は、宅地の売買について物理的瑕疵ではなく、いわゆる「心理的瑕疵」を認めた一つの事例として参考になります。

なお、瑕疵担保責任の請求は、損害賠償が原則であり、契約の解除は例外と位置づけられているため、本件でも契約の解除については、裁判所は非常に高いハードルを設定しています。


2018年5月2日更新

2021年11月19日追記

公開日:2018年05月02日 更新日:2021年11月19日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。