不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

予算を大幅に超過した設計は、設計契約の債務不履行となるか?

Q 注文住宅の建築を建築士に依頼し、「予算は5000万円程度。高くても6000万円まで」と言って設計してもらいました。

しかし、設計内容に従って施工業者に見積をとったところ当初の予算よりも大幅に超過し「7000万円程度」がかかることが判明しました。

このような建築士の設計は注文者の意図を全く無視したものであり、契約の本旨に従ったものではないので、報酬を支払う必要はないと考えています。

私の主張は認められるのでしょうか。

A 注文者の主張が認められるためには、まず第一に、注文者と建築士との間で予算額についての明確な合意が必要です。

 もっとも、合意が認められたとしても、建築士の責任を問えない場合もあります。

この論点については、様々な考え方が提唱されているところではありますが、上記のような事例において大阪地裁平成24年12月5日判決は、

「設計開始前あるいは基本設計段階において、おおまかな建設工事費の予測が示され、これが施主・建築士間の共通認識となっていたとしても、建築士において直ちにその予測された建設工事費の範囲内で設計を行うべき法的義務を負うとはいえない。」

と判示し、建築士から注文者への報酬請求を認めました。

その理由としては、

「施工とは別に建築士に設計を委託する場合には,建築士が完成させた設計に基づいて施工業者が見積もりを行うことではじめて具体的な建設工事費が示されるのであり,そもそも,建設工事費は,実施設計段階で決定される内装,建具,設備,外構等の詳細な仕様,グレードなどに大きく左右されるものであるから,建築面積や延べ床面積,構造の種類等により基本設計段階でも大まかな予測程度は可能といえるものの,具体的な予測は困難な事柄である。」

「このことは,建築士に設計を委託し,施主の要望を柔軟に反映した設計をする場合には尚更であり,その要望を反映した結果として建設工事費が高額になることは十分あり得る事態であって(本件特約は正にそのような事態を想定して設けられたものといえる。),設計開始前あるいは基本設計段階において,大まかな建設工事費の予測が示され,これが施主・建築士間の共通認識となっていたとしても,建築士において直ちにその予測された建設工事費の範囲内で設計を行うべき法的義務を負うとはいえない。」

「そもそも,建築士の設計に基づく建設工事費が施主の予算に見合わないのであれば,本件において原告が減額設計案[乙2の1,2の2]を提示しているように,要望と予算とを調整することで,最終的な設計を確定すればよいのである。このような調整は,設計と施工とを分離する以上,不可避の過程であり,その調整を経ていない原設計をあたかも最終決定された設計であると捉え,債務不履行の有無を論ずること自体,適切とはいえない。」

と判示しています。

上記のケースは、注文者の要求するグレードがかなり高かったという事実が結論に影響を及ぼしていると考えられますので(グレードを落とせば5300万円程度まで予算を減額することが可能であったとの認定もしています)、あくまでも事例判断となりますが、いずれにしても、予算を大幅に超過した設計であるからといって、ただちに債務不履行となり報酬請求が認められないわけではないという一例を示した裁判例として実務上参考となります。


2015年12月19日更新

公開日:2015年12月19日 更新日:2020年06月21日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。