不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

飲食店舗からの悪臭によって売上が減った他の賃借人店舗は、対策しなかった大家に対して損害賠償請求できるか。

【ビルオーナーからの質問】

私は地下1階、地上8階建の商業ビル1棟を所有しています。

1階の店舗部分を婦人服販売店に貸していましたが、地下1階の店舗スペースが空いたので、新たに飲食店(小料理屋)に貸すことにしました。

しかし、その小料理屋が営業を開始してから、1階の婦人服販売店のオーナーから「地下1階の飲食店から魚の生臭い臭い、煮魚、焼き魚の臭いが発生していて、売上が下がったからなんとかして欲しい」とのクレームがありました。

 

飲食店である以上、匂いの発生を防ぐことは不可能ですし、私が確認した限りでは確かに魚臭かったものの悪臭とまで言えるようなものではなかったため、放置していました。

そうしたところ、借主から「売上が下がったことについて損害賠償する」と言われてしまいました。

大家として責任が認められてしまうのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成15年1月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

様々な業態の店子が入居する賃貸ビルの場合、例えば本件のように飲食店からの匂いというのは、他の店子に影響が及んでしまう可能性があり、特にアパレル業等の店子にとっては好ましくないものとなる可能性があります。

そうなると、ビルの貸主として、店子からの「匂い」の発生について負うべき防止義務というものが問題となります。

この点について、裁判例は、貸主の義務について

・賃貸借契約における賃貸人の義務を考えるに、賃貸人には、あらゆる臭いの発生を防止すべき義務があるというものではない

・賃貸借の目的から見て、目的物をその目的に従って使用収益する上で、社会通念上、受認限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠る場合に、初めて、賃貸人に債務不履行責任が生ずるというべきである。

・具体的には、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受認すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきである。

と述べています。

そして、この事例では、

「本件についてみると、原告の30数名の顧客が、飲食店からの魚の臭いについて、かなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚の臭いが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったことが認められる。

したがって、被告は、賃借人に目的物を使用収益せしめる義務を怠ったものであるから、原告に対して債務不履行責任を負うというべきである。」

と述べて、貸主の責任を認めています。

なお、悪臭の立証については、この裁判例では、臭気の計測まではされておらず、上述の通り、婦人服販売店の顧客の30名の陳述書によって認めている点が興味深いところです。

そして、その損害については、婦人服販売店が主張する実際の売上の減少分についてはそのまま認めることはできないと言いつつも、主張された損害額の約半額程度を損害として認定しています。

賃貸人として、店子の悪臭を放置していることが問題となり得ることを示した事例として、本件事例は意義があると言えます。


この記事は2020年9月24日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2020年09月24日 更新日:2020年09月24日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。