耐用年数を経過した壁クロスについて、賃借人に原状回復義務があると判断された事例
【アパートオーナーからの質問】
私が貸しているアパートの入居者が契約期間満了で退去することになりました。
この入居者は約8年間入居していたのですが、退去後に室内を確認したところ、台所や脱衣所、トイレの壁クロスに多大な傷破れ箇所があり、また、床にも入居者が付けた大きな傷が残っていました。
あまりにもひどい傷でしたので、全てクロスや床は全て交換が必要な状態だったので、せめてその半額は賃借人にも負担してもらいたいと伝えました。
これに対し、賃借人は
「壁クロスの耐用年数は6年間である。自分が入居したときから8年経っていて、耐用年数が経過しているから、クロスについて原状回復費用を負担する必要はない」
と反論してきました。
賃借人の使い方がかなり悪いせいで、全て修理・交換しなければならないのに、賃借人に全く負担を求められないのは納得できません。
【説明】
本件の事例は、東京地方裁判所平成28年12月20日判決の事例をモチーフにしたものです。
賃貸借契約における賃借人の原状回復義務については、国土交通省により「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示されて以降、賃借人の負担部分及びその割合は、このガイドラインの考え方に基づいて決まるというのが現在の賃貸借実務です。
すなわち、壁のクロス,フローリング,襖,流し台といった貸室内の設備の原状回復においては、国土交通省のガイドラインにおいて想定されている経年変化の耐用年数を経過している場合、これらの原状回復費用は賃借人ではなく賃貸人において負担すべきもの、という考え方です。
この考え方に従えば、本件においても、壁クロスは耐用年数を経過しているため、賃借人の負担は生じないということになると考えられます。
しかし、裁判所は、「賃借人としての善管注意義務違反」を理由に、耐用年数が経過している壁クロスであっても、その張替え費用の半額について賃借人の負担を認めました。
半額を賃借人に負担させた理由について、裁判所は以下のように述べています。
「賃借人が本件物件を明け渡した時点において,1階台所の壁クロスは著しく汚れており,賃借人は,賃借人としての善管注意義務に反して本件物件を使用しており,その使用状態のまま本件物件を明け渡したと認められる。」
「上記のような状態で本件物件を明け渡された賃貸人としては,本件物件を新たな賃借人に賃借するために1階台所の壁クロスの張替えを実施せざるを得なかったということができる」。
「賃借人は,ガイドラインによれば,壁クロスの耐用年数は6年であり,本件物件の明渡しの時点においてその価値は0円又は1円であるから,賃借人が負担すべき費用は,0円又は1円であると主張するが,ハウスクリーニングと同様に,仮に耐用年数を経過していたとしても,賃借人が善管注意義務を尽くしていれば,壁クロスの張替えを行うことが必須とは解されないから,賃借人の上記主張は採用できない。」
「なお,ガイドラインによっても,「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても,賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく,そのため,経過年数を超えた設備等であっても,修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」とされているところである。」
以上が裁判所が賃借人負担を認めた理由となりますが、裁判所が原状回復費用の半額を賃借人に負担させたのは、賃貸人が当初より半額を請求していたからと考えられるところです。
したがって、もし仮に賃貸人が半額以上の金額を賃借人に請求していた場合、裁判所は賃借人に対し半額以上の負担を命じていた可能性も考えられます。
なお、上記裁判例で触れている国交省のガイドラインの指摘部分は
「経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。」
との部分になります。
以上を踏まえると、賃借人の原状回復義務の考え方としては
1 通常損耗部分については、賃借人の原状回復義務は生じない。
2 通常損耗を超える損耗部分(賃借人の故意・過失による損耗)については、賃借人に原状回復義務が生じる。
3 賃借人に原状回復義務が生じるとしても、修理・交換費用について耐用年数を経過している分については、賃借人は負担する必要がない。
4 実際に使用を続けられる状態であったにも拘らず、賃借人の故意・過失により使用不能にされてしまった設備については、耐用年数を経過していたとしても賃借人が修理・交換費用の負担を負うべきである。
ということになると考えられます。
実務においては、4の場合に当てはまるかどうかの判断が問題となるケースが多いと考えられますので、この点は退去時に賃借人と慎重に協議すべきところです。
この記事は2020年12月5日時点の情報に基づいて書かれています。