不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

築45年以上経過した賃貸アパートについて、立退料100万円(賃料約20か月分)で契約解約の正当事由が認められるとした裁判例

【賃貸アパートオーナーからの質問】

私は、父から相続した築45年が経過した賃貸アパート(貸室4室)を所有しています。

老朽化が著しくなり、耐震診断をしたところ大地震で倒壊の可能性が高く耐震補強工事で約1800万円程度かかると言われました。

それならば取り壊して土地を売却した方が良いと考え、そこで、入居者に退去してもらうよう解約の申し入れを進めてきましたが、10年以上居住している入居者1名だけが退去を拒んできました。

弁護士と相談して、こちらからは立退料として100万円を提示しましたが、入居者からは「1000万円を払ってくれないと退去しない」と言われたため、訴訟を起こすこととしました。

立退料はどの程度が妥当なのでしょうか。

なお、この入居者の賃料は月額4万8000円です。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフとしたものです。

建物が老朽化しており建替えの必要性がある場合、賃貸人としては、現在居住している賃借人に対して、まずは賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけではなく、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています(借地借家法28条)。

建物の老朽化を理由とした解約申入れの場合、建物が倒壊寸前ですぐに取り壊さなければならないというような場合を除いて、建物の老朽化という事情だけではこの「正当事由」は認められず、それを補完するものとして「立退料」の支払いが必要となります。

立退料の金額については、法律上明確な基準があるわけではありません。裁判例を見ると、

・建物の老朽化の程度が高ければ、立退料も低くなる

・建物の老朽化の程度が低ければ、立退料は高くなる(もしくは立退き自体認められない)

という一応の傾向があるものの、具体的な金額はまさにケースバイケースで決められていますので、個々の裁判事例から検討をしていく必要があります。

東京地方裁判所令和2年2月18日判決において、賃貸人側は立退料として100万円が正当であると主張し、これに対して賃借人側は、訴訟段階では200~350万円が妥当であると主張していました

これに対して、裁判所は、賃料の約20か月分にあたる立退料100万円での解約申入れを認めています

裁判所が立退料100万円での解約を認めた理由は以下の通りです。

まず、建物がどの程度老朽化していたかという点について、裁判所は以下のように耐震診断の結果を踏まえて認定しています。

・耐震診断の結果によれば,本件アパートは,①その基礎は無筋状態であり,また数か所にひびがある,②壁は,耐力壁が不足し,少し片寄った状態に配置されているほか,外壁モルタルにひびがある,③老朽が進んだ箇所は,地震時の揺れに軸組が耐えられない状況も想定されるなどとされた上,建築基準法の想定する大地震で倒壊する可能性が高いとされたうえ,建物の縦方向と横方向で評価される評点(住宅が保有する耐力が必要耐力に占める割合を数値化したものである。)が1階においては0.32と0.45,2階においては0.65と0.73とされた(評点が0.7未満の場合に「倒壊する可能性が高い」と判定される。)。

・本件アパートの耐震補強工事費用が1650万8000円(消費税別)と見積もられていた。

上記認定を前提とした上で、「正当事由」が認められるか否かについては、以下のように立退料の提供により正当事由が認められると述べています。

1 正当事由について

「本件アパートは,本件解約申入れ時において,築45年以上が経過しており,本件アパート全体の老朽化が顕著であって,かつ耐震性の観点からみても倒壊の可能性が高く,また耐震のための工事には相応の費用を要するものということができるから,原告らにおいて本件建物を含む本件アパートの取壊しの必要性が高いものということができる。」

「また,共同住宅である本件アパートの収益物件としての機能を維持するためには,相応の修繕費用を支出する必要があることは優に認められ,本件アパートの状態や固定資産税評価額,本件契約の賃料等に照らしてみると,その方法として修繕が適切であるということができないから,この観点からも本件アパートの取壊し(又は建替え)の必要性が補強される(もっとも,原告らにおいて,本件アパートを建て替えたり,その敷地等を第三者に売却したりする具体的な計画は見当たらず,原告らによる自己使用の必要性が直ちに認められないなどから,この観点は重視することができない。)。」

「一方,被告は,本件建物を住居と使用し,本件解約申入れ時における賃料滞納事実が見当たらないことからすれば,本件建物使用に対する期待を保護する必要性が一定程度認められる。」

「そうすると,本件解約申入れについて,上記の事情から,直ちに正当事由があるとまではいえないが,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきである。」

2 正当事由の補完としての立退料について

「上記のとおり,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきであるところ,これに加え,被告に対する移転先の物件の紹介事実といった交渉経過,本件訴え提起時には,本件アパートには被告の他に居住者がいないこと,その他本件契約の賃料,本件アパートやその敷地の固定資産税評価額等の事情を総合考慮すれば,原告らによる申出額であり,本件契約の賃料の20か月分以上に相当する100万円を正当事由の補完としての立退料と認めるのが相当である。」


この記事は2022年10月10日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2022年10月09日 更新日:2022年10月09日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。