不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

近隣の入居者に対して迷惑行為を繰り返す賃借人との契約解除を認めた事例

【賃貸マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しているのですが、新たに住み始めた賃借人が、入居直後から、両隣の部屋の賃借人とトラブルを起こすなど面倒なことになってしまいました。

例えば、入居直後から「隣の部屋から発生する音がうるさいなど」と隣の入居者に文句を言うようになり、何回も、執拗に抗議を続け、夜中に、壁を叩くなどの騒音を出したり、廊下を通る際に、隣の部屋の入口の扉を強く足で蹴飛ばしたりしたこともありました。

マンションの管理人に対しても、「両隣りの部屋の音がうるさい、夜うるさくて仕方がない、何とかしてくれ」などと数回にわたり文句を言ってきました。さらに、仲介業者の担当者に対しても、「隣の住人が夜中にコツコツ壁を叩いたりしてうるさいので何とかしろ」などと要求し、その後も何回か同様の文句を言ってきていました。

こうしたことが、賃借人の入居直後から約10か月以上続いたのです。

 

隣の入居者は、この問題の賃借人が入居する3年前から入居していましたが、これまで特に問題もなく、事情をお聞きしましたが、保育園へ通う長男を夜九時すぎに寝かせ、朝、家族全員が起きて出掛けるという生活を送っていただけであり、夜中に騒音を発したことは全くなかったとのことでした。実際に、クレームを受けた後で管理人が、夜に騒音を何度か確認しに行きましたが、一切聞こえなかったという報告も受けました。

隣の入居者は、結局「小さい子供に何かあったら困る」と言って、この問題の賃借人の入居後10か月後には退去してしまいました。以後、この部屋は空室です。

 

もう一方の隣室の入居者に対しても、入居直後から「音がうるさい」などとして、大声で怒鳴ったり、夜中に壁を叩いたりしていました。この入居者も5年以上住んでいた方でこれまで問題はなかったのですが、この問題の賃借人の入居後、わずか3か月後に「隣がぶっそうなので出ます」と言って退去されました。

その後に隣室に入居した入居者に対しても同様のことが行われ、すぐに退去されてしまいました。

このため、この問題の賃借人の両隣の部屋は、この人の悪いうわさが広まってしまっているようで、新たな入居者も見つからず、今も空き室のままです。

 

このような問題ばかり起こす賃借人には退去してもらいたいのですが、可能でしょうか。

 

なお、賃貸借契約書の特約には、以下の規定がありますので、明らかに契約違反になると考えています。

特約

(1) 賃借人は騒音をたてたり風紀を乱すなど近隣の迷惑となる一切の行為をしてはならない。

(2) 賃借人が賃貸借契約の条項に違反したとき、あるいは、賃借人またはその同居人の行為が建物内の共同生活の秩序を乱すものと認められたときは、賃貸人は、何らの催告を要せずして、賃貸借契約を解除することができる。

【説明】

居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏に居住できる環境にあることが重要です。

したがって、一般的な賃貸借契約書においては、他の住民への迷惑行為を行わないとすることが賃借人の義務として規定されています。

また、仮に契約書に記載されていないとしても、「賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務」を負っていると解釈されています。

したがいまして、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。

ここで問題となるのは、賃借人の迷惑行為を理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

どの程度の迷惑行為であれば、契約解除事由となるのかということについては、明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていくこととなります。

今回紹介するのは、両隣の賃借人と騒音を巡ってトラブルを複数回起こしていた賃借人に対して解除が認められた事例(東京地方裁判所平成10年5月12日判決)です。

本件の設例はこの裁判例の事案をモチーフにしたものですが、この事案では、裁判所は、まずは、迷惑行為が契約違反に該当するかという点については、

「隣室から発生する騒音は社会生活上の受忍限度を超える程度のものではなかったのであるから、共同住宅における日常生活上、通常発生する騒音としてこれを受容すべきであったにもかかわらず、これら住人に対し、何回も、執拗に、音がうるさいなどと文句を言い、壁を叩いたり大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、結局、これら住人をして、隣室からの退去を余儀なくさせるに至った」

として、騒音に対する賃借人のクレーム等の行動は正当な理由がないものと判断しました。

その上で、この賃借人の行為は、

「本件賃貸借契約の特約において、禁止事項とされている近隣の迷惑となる行為に該当し、また、解除事由とされている共同生活上の秩序を乱す行為に該当するものと認めることができる。」

と述べて、契約違反に該当すると認定しました。

そして、この迷惑行為が信頼関係を破壊する程度のものか否か、という点については、

「賃借人の右各行為によって、五〇六号室の両隣りの部屋が長期間にわたって空室状態となり、賃貸人が多額の損害を被っていることなど前記認定の事実関係によれば、賃借人らの右各行為は、本件賃貸借における信頼関係を破壊する行為に当たるというべきである。」

と述べて、契約解除を認めました。

なお、この賃借人は、このマンションに移ってくる前の物件でも、隣室や上階の入居者に対して音がうるさいなどと言ってトラブルを起こし、その物件の賃貸人から訴訟を起こされていた(結果は和解で退去)、というかなり曰くつきの賃借人であったことも判決で認定されています。

このため、この事案の賃借人はかなり特異な賃借人とも言えるのですが、迷惑行為が解除事由となる一つの基準として「その迷惑行為によって、複数の近隣入居者が退去してしまった」ということを示した裁判例として参考になります。


この記事は2022年8月2日時点の情報に基づいて書かれています。

公開日:2022年08月02日 更新日:2022年08月02日 監修 弁護士 北村 亮典 プロフィール 慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。東京弁護士会所属、大江・田中・大宅法律事務所パートナー。 現在は、建築・不動産取引に関わる紛争解決(借地、賃貸管理、建築トラブル)、不動産が関係する相続問題、個人・法人の倒産処理に注力している。