【賃貸アパート貸主からの相談】

当社は2階建てで全4室の賃貸アパートをサブリースで賃貸しています。

ある入居者が、入居してから約2ヶ月が経過した頃から、突然、夜中や明け方に他の入居者の貸室を訪問してインターホンを鳴らしたり、玄関ドアをたたいたり、玄関ドアを勝手に開けるなどの行為を繰り返すようになりました。

他室の住人のみならず迷惑行為をした賃借人も110番通報をして警察官が駆け付けるということも何度も起こるようになりました。

その結果、他の二部屋の住民が耐えきれず、賃貸アパートから退去してしまいました。

 

当社としても迷惑行為をする賃借人に対して度々行動を改めるよう注意しましたが、この賃借人の行動は全く改善が見られず、残る一部屋の他室の住人に対しても同様の行動が続きました。

 

迷惑行為が始まってから約5ヶ月が経った段階で、当社としてもやむを得ず、この賃借人に対して迷惑行為を理由として、賃貸借契約を解除する内容証明郵便を送付して明渡しを求めました。

 

これに対して、この賃借人は、「時期についての記憶が定かでないものの,度々自分の部屋の玄関ドアをたたかれる嫌がらせを受けており,そのことを理由にした110番通報をしたことがある」とか「アパートの裏手にある私道が違法薬物の取引場所になっていることを疑い,疑わしい人物がいた場合に110番通報をしたことが複数回ある」などと主張して「自分は迷惑行為はしていない」などと居直って退去を拒んでいます。

 

当社の建物明渡請求は認められるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例をモチーフにした事案です。

居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏にその住居で居住できる環境にあることが重要です。

したがって、賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務を負っていると解釈されています。この賃借人の義務は通常は契約書で定められている場合が多いですが、仮に契約書で定められていなかったとしても住居目的の賃貸借契約の性質から当然に導かれるものといえます。

以上により、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。

しかし、賃貸借契約の解除においては「信頼関係破壊の法理」が適用されますので、契約の解除が認められるためには、契約違反の程度、すなわち迷惑行為の態様が、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊する程度のものであることが必要です。

このため、裁判となった場合には、

・どの程度の迷惑行為がどの程度の期間・回数発生していたのか

・迷惑行為によって、どのような結果(悪影響)が生じたのか

・迷惑行為に対して賃貸人側はどのような対処をしていたのか

という点が問題となりますが、これらについては解除の可否についての明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていく必要があります。また、賃借人の迷惑行為を賃貸人側としてどのように証明するのかという点も問題となります。

本件がモチーフとした東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例は、賃貸人側からの契約違反に基づく無催告の解除が認められた事案ですが、裁判所はその理由について以下のように判断しています。

①「被告は,何ら合理的な理由がないにもかかわらず,夜中や明け方に他の居室を訪問し,インターホンを鳴らす,玄関ドアをたたく,玄関ドアを勝手に開けるなどの行為に及んだものであり,「粗野又は乱暴な言動により,他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合」といえるから,本件賃貸借契約の約款12条4号の解除事由があるものと認められる。」(注:約款12条4号は、賃借人の粗野又は乱暴な言動により,他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合に、賃貸人は、賃借人に対して何らの通知・催告を要せずに本件賃貸借契約を解除することができる、と規定)。

②「また,被告が原告による度々の注意に従わなかった上,被告の上記各行為によって,102号室及び201号室が一旦空室又は空室となる見込みとなり,サブリース業を営みオーナーと満室保証契約を結んでいる原告が損害を被ったことなどの上記認定の事実関係によれば、被告の上記各行為は、本件賃貸借契約における原告と被告との間の信頼関係が著しく損なわれる行為に当たるというべきである(なお,本件解除の意思表示後においても,被告による迷惑行為が継続し,令和2年3月29日には,本件建物の被告以外の全住人が退去したから,原告と被告との間の信頼関係が著しく損なわれたままであることが認められる。)から,本件賃貸借契約の約款15条8号の解除事由があるものと認められる。」(注:約款15条8号、賃貸人・賃借人間の信頼関係が著しく損なわれたと認めた場合は,何ら通知・催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を無条件にて解除することができる、と規定)

本件では、迷惑行為の態様もさることながら、問題となった賃借人の迷惑行為により他室の賃借人全員が退去してしまったという悪影響の重大性も考慮すれば、契約の解除が当然に認められる事案だったと考えられます。

他方で、賃貸人側として、賃借人の迷惑行為をどのように裁判で立証するか、ということが問題となりますが、本件では、賃貸会社の従業員が作成した「時系列」と題する書面及び「クレーム管理」と題する書面、従業員の陳述書について、裁判所は「具体的な内容が記載されており,その内容に不自然又は不合理な点もみられないから,信用することができる。」と判断して、賃借人の迷惑行為が認められていますので、この点においても参考になる事例です。


この記事は2024年9月2日時点の情報に基づいて書かれています。

現在、地面師を取り上げたドラマが話題となっています。

そのドラマの中でも「地面師詐欺は緻密かつ高度な犯罪テクニックが必要な犯罪である」と言われているように、地面師詐欺事件は巧妙な手口で行われるために、何も知らずにその取引に関与した弁護士や司法書士等の専門家がなりすましを見破れず、紛争の当事者となってしまうケースがあります。

地面師詐欺の不動産取引に関わった専門家の賠償責任が問題となった事例はいくつかありますが、今回は、地面師詐欺と知らずに関わってしまった弁護士の賠償責任の有無についての判断を示した事例として東京高裁平成29年6月28日判決(原審東京地裁平成28年11月29日判決)を紹介します。

この判決の事案の概要は以下のとおりです。

① Y弁護士(本件の被告)は、以前に事件の依頼を受けたことがある不動産取引ブローカーのBから、収益物件(港区内の賃貸アパート)の売買において、売主の立会人となる弁護士を探しているとの依頼を受けた。弁護士Yは、一旦はこれを断ったが、ブローカーのBからどうしても弁護士の関与が必要と懇願されたため、引き受けることとした。
② 弁護士Yは、Bが連れてきた不動産の所有者と自称する70代後半女性と面会したが、その際にその女性(以下「自称A」という。)は、「不動産は夫の遺産であり遺産分割協議により自らが単独で所有することになったが、不動産の売買は初めてであり、不安があるため、弁護士に契約締結に立ち会ってほしいと思った」と話した。
③ その後、弁護士Yは、ブローカーのBより、「所有者のAが不動産の登記識別情報通知を紛失したため、本人確認情報を作成してほしい」と依頼されたため、その翌日に、自称Aと面談を行い、本人確認資料としてA名義の住民基本台帳カードの提示を受け、氏名、住所、生年月日、干支を訪ね、自称Aの回答が正しかったため、本人確認情報を作成した。
④ 買主X(個人・本件の原告)は、旧知の不動産ブローカーG(ブローカーBから物件情報の提供を受けたブローカー)よりこの物件の情報の提供を受け「売主は、本件不動産を相続により取得したが、親族間で揉め事があり、税金支払いのため売却を急いでいる、売買代金2億5000万円は現金一括決済が条件、取引には弁護士が関与する」などの情報を聞いた。Xは、自分の知り合いの弁護士にも相談したが、特に問題がないだろうとの意見を得たので、情報提供を受けた翌日に、不動産の購入を申し入れた。
⑤ その3日後、弁護士Yの事務所において、買主、なりすましの売主、ブローカーB、仲介業者者等計約10人の立ち合いのもと、売買代金2億5000万円の売買契約が締結された。そこで、買主Xは、売主のなりすましである自称Aに現金で2億4000万円を引渡すとともに、弁護士Y作成の本人確認情報、遺産分割協議書等により、本件不動産の所有権移転登記を経た。
⑥ しかし、翌月になり、不動産の真の所有者Aが、自らの不動産名義が移転されていることに気づき、所有権移転登記の抹消訴訟を起こした。結局買主Xは所有権を取得できなかった。
⑦ そこで、買主Xは、自称Aに騙されて不動産所有者Aの本人確認情報を提供した弁護士Yに対し、住民基本台帳カードや遺産分割協議書等の偽造及び所有者のなりすましに気付かずに誤った本人確認情報を提供した過失があるとして、不法行為に基づき、売買代金相当額、登記移転費用等、計3億2239万円余の損害賠償を請求した。

以上が本件の概要です。

結論から言えば、一審判決は、弁護士Yの不法行為責任(過失)が認めましたが、これに対して弁護士Yが控訴し、東京高裁は一審判決を覆し弁護士Yの責任は認めないという判断をしています。地裁と高裁の判断が分かれており際どい事例だったと見られますので、ここでは、弁護士Yの責任を認めた地裁判決の内容を主に紹介します。

この不動産取引において「地面師」から提供されていた所有者の住基カードや印鑑証明書などは当然ながら全て偽造されたものでしたが、登記申請が法務局に受理され、移転登記もなされていたため、弁護士がその書類の外観だけをみても偽造したものと見破ることは不可能な事案だったと見られます。

このため、一審判決でも、弁護士Yが、なりすました者から住民基本台帳カードの提示を受けて本人確認を行ったことについては、

不動産登記法及び同規則に定められた方法による本人確認は行われており、その内容も、申請者代理人として通常要求される程度のものを満たしているということができる。

と認定されています。

しかし、この事案では、取引の対象となった不動産は、所有者が相続によって取得したものであったため、その内容を示すための遺産分割協議書も売買契約において売主から買主に対して提供が必要な書類となっていました。

そして、不動産ブローカーBと自称売主がもってきた遺産分割協議書の内容は、

・相続関係説明図において被相続人の前妻の死亡日が「平成44年9月17日」とされている

・被相続人の死亡日が平成25年7月28日と記載されており、本件不動産の登記事項証明書に記載された相続開始日である平成25年2月28日と異なっていたり、相続開始日が、本件遺産分割協議書の作成日と同じ日である平成25年12月10日と記載されている

という明らかに誤った内容を含むものであり、そのままでは遺産分割協議に基づく登記申請に用いることができないことにつき容易に気付くことができる内容のものでした。

このため、一審判決においては、裁判所は、弁護士Yに対して

「この遺産分割協議書の誤記に関して調査、確認を何ら行ってないものと同然の状況にあるというほかはない。」

と認定し、さらに、

「本件売買契約における決済は、最終的に、自称売主が現金で2億4000万円を受け取ることになったものであるところ、それ自体異例な決済方法であるし、昭和10年生まれで決済当時78歳の高齢であるはずの自称売主に上記のような多額の現金を交付することは、著しく安全を欠く行為といわざるを得ない。また、上記決済方法は、銀行振込による方法などと異なり、金銭が移動した痕跡が残らないものであり、成りすましによるものであった場合、その後の金銭の流れを調査することが著しく困難になる。」

「以上の事実関係を考慮すると、弁護士Yには、自称売主の本人確認において、成りすましによるものであることを疑うべき事情があったというべきであり、これによって買主Xが損害を被ることについての結果予見可能性があったものと認められる。」

と認定しました。

そして、さらに一審判決は、原則として、

「不動産登記規則72条2項1号が、資格者代理人による本人確認は、運転免許証、住民基本台帳カード、旅券等、在留カード、特別永住者証明書又は運転経歴証明書のうちいずれか1以上の提示を求める方法によって行う旨定めていることからすれば、原則として上記方法により本人確認をすれば結果回避義務を尽くしたと評価することができる。」

と述べつつも、例外として

「もっとも、登記申請手続を遂行するに当たり職務上知り得た事情に照らし、当該申請人が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情が認められる場合には、上記方法によって本人確認を行ったことによって直ちに注意義務を尽くしたと評価することはできず、さらに、当該事情の内容に応じた適切な調査をする義務を負うというべきである。」

とした上で、本件については

「これを本件についてみると、本人確認の追加資料として提出された本件遺産分割協議書は、かえって本人確認に当たり疑義を抱かせる体裁のものであり、本件売買契約の履行態様も不自然なものであったのだから、提示を受けた本件住基カードが一見して真正なものと判断されるようなものであったとしても、成りすましによって発行を受けたり、偽造によるものであるという可能性を疑うべきであ」る。

と認定しました。

そして、このような場合に弁護士Yとして行うべきだったこととして

1 自ら売主の自宅に赴くか、売主の自宅に確認文書を送付して回答を求めるなどして、本人確認を行う義務があった

2 また、本件売買契約の締結までに、上記のような他の手段による本人確認をする時間的余裕がなかったのであれば、弁護士Yにおいて、本人確認情報の作成や本件売買契約書調印の機会に、更に本人確認のための調査をする必要があることを指摘し、本人確認が完了するまでは本人確認情報の提供に応じられないことを申し入れ、自称売主が同申入れを拒否するのであれば、本人確認情報の提供を拒絶すべき義務があった

とし、結論として、

「そうであるのに、弁護士Yは、上記のような措置を講じることなく、追加資料の提出を受けた翌日である平成26年2月26日に本人確認情報を作成及び提供するとともに、登記申請代理人として登記申請書の作成に関与したのであるから、結果回避義務に違反したというべきである。」

と述べて、弁護士Yの不法行為責任を認めました。

他方で、裁判所は弁護士Yに対して全額の賠償責任を認めたわけではなく、以下のように述べて、買主に4割の過失相殺を認めました。

契約当事者は、自らの責任において、契約の相手方と名乗る者が真実の相手方であるかどうかの本人確認をすべきであり、契約の相手方と名乗る者から契約の立会人となること及び本人確認情報の作成を依頼された者がおり、それが弁護士であったとしても、買主X自らが弁護士Yに本人確認を依頼したものではないから、買主Xにおいても本人確認をすべきであることについて何ら変わるところはない。」

「代金約2億4000万円を現金で支払うとの内容の本件売買契約を締結することについて、売主と面接することや本件不動産の現地を確認することなく電話でGに承諾をしているのであるから、自ら又はGをして売主の本人確認をした事実はおよそ見出せず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠はない。」

「もっとも、他方において、弁護士Yが本人確認情報を作成したことは、不動産登記規則に基づき資格者代理人となることができる者として限定列挙されている弁護士の地位に基づいて本人確認情報を作成したのであるから、買主Xにおいては、弁護士Yが作成した本人確認情報について一定の信頼を抱き、それ以上の調査を行わなかったことについて無理からぬ面があったということもできる。」

「上記事情を考慮すると、買主Xが弁護士Yの不法行為により被った全損害から4割の過失相殺をすることが相当である。」

しかし、東京高裁判決においては、弁護士Yの責任を認めた主な要因となった2点(遺産分割協議書の記載が誤っていたこと、売買代金を現金で決済するという異例な方法であったこと)について、以下のように述べて、弁護士Yの責任を認める根拠にはならないとして、結論として一審判決を覆して弁護士Yの責任を否定しています。

・本件遺産分割協議書には、各相続人の印鑑登録証明書が添付されており、本件遺産分割協議書に押印された印影は、印鑑登録証明書の印影と同一ないしは酷似しているものであり、印鑑登録証明書自体に不自然な点はなかったことからすると本件遺産分割協議書の相続開始日の誤りや明白に誤記と考えられる「平成44年」という誤った記載があったとしても、そのことから直ちに、成りすましを疑うべき事情があったということはできない。
・弁護士Yは、本件売買契約書の調印の際、本件売買契約の代金について、城南信用金庫銀座支店で現金決済することを聞いたのであり、そうすると、本件売買契約締結時までの間に、現金決済となったことを明確に認識していたと認めることはできない
・したがって、弁護士Yは、本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められるのであり、それ以上に、甲谷の自宅を訪れ、あるいは、QRコードを読み取るなど、本件住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められない。

以上のとおり、本事案は、

自称売主が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情があったか

という点について、地裁判決と高裁判決ではその事実認定と評価が分かれた事案です。

しかし、もし、高裁判決においても弁護士Yが当初から「売買代金を現金で決済する」という契約条件を知っていたと認定されていた場合は、どのような結論になったかはわかりませんので、専門家の責任について際どい事案であったものと考えられます。


この記事は、2024年8月18日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸人からの質問】

ある日、私が所有している賃貸マンション(賃料は月額10万円です)の一室から異臭がするという近隣住民からの通報がありました。

室内の賃借人が死亡していることが予想されたため、賃借人の家族と警察官に立ち会ってもらい、ドアを開けて当該室内に立ち入ったところ、賃借人が死亡されていることが発見されました。

賃借人は、貸室内の布団の中で死亡した状態(死因不明)で発見されました。死亡推定日時は、発見された日の2ヶ月半ほど前だったため、遺体発見が遅れ、死亡後約2か月半が経過していたことから、発見されたときには、布団から腐敗物が床に染み出しているような状態でした。

 

その後賃借人の相続人(賃借人の両親)にこちらから連絡を取り、原状回復費用等についての話し合いを行いました。

遺体が2か月半放置されたことにより死臭が残るなどしたため,大掛かりな原状回復が必要となり,その費用として50万円以上が必要な状態でしたのでこれは当然払っていただきたいと考えています。

 

その他、遺体発見直後に、マンションの新規入居者2人からは礼金及び共益費の減額を請求され、1件は礼金8万円と共益費3000円の2年分7万2000円、もう1件は共益費3000円の2年分7万2000円の減額を余儀なくされました。

また、死因不明の遺体が2か月半にわたり放置されたということを嫌悪され、今後は契約が敬遠されて長期間空室が続くか、賃料の大幅な減額を求められる可能性が高いと思いますので、その損害を填補するには、少なくとも賃料1年分の半額程度は必要と考えています。

相続人の方々も気の毒とは思いますが、私も今回の件で大変な損害となっていますので、これらの損害について賃借人の相続人に請求したいと考えていますが、認められるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所29年9月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件の事例と異なり、例えば、賃借物件内で賃借人の自殺が発生した場合には、将来の賃料の低下等に伴う損害として

・当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額

・その後の2年間については賃料半額程度

の請求を認めた都心のワンルームマンションの事例(東京地裁平成27年9月28日判決)などがあります。

したがいまして、賃借人の自殺のケースでは、このような損害賠償基準が実務上も確立していると考えられています。

他方で、本件のように、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合について、賃借人の相続人に対して将来の賃料の低下等に伴う損害をどこまで請求できるかという点については、裁判実務上、確立した賠償基準が存在するとまでは言えず、本件はこの点について判断した事例となります。

この問題については、賃借人の死亡及びその発見が遅れるような事情が生じてしまったことについて、主に生前の賃借人に善管注意義務違反があったか否かということが法律上問題になります。

この点について、裁判所はこの事案においては、以下のように述べて、その請求を否定しました。

・賃借人の死因は不明であり、賃借人が本件建物内で自殺したとは認められない。また、本件全証拠によっても、賃借人が生前持病を抱えていたなどの事情はうかがわれないから、賃借人が、当時、自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず、また、そのことを予見することができたとも認められない。」

・以上によれば、賃借人に善管注意義務違反があったとは認められず、同違反を前提とする損害賠償請求には理由がない。

・したがって、賃借人の相続人も損害賠償義務を追わない。

以上の裁判所の考え方によれば、賃借人が賃借物件内で自然死し、長期間誰にも気づかれずに放置されて腐敗していた、という場合において、賃借人の善管注意義務違反が認められる場合というのは

・賃借人が生死に関わる持病を抱えていたこと

・賃借人が上記持病によって突然死もしくは居室内で死に至ることが十分に予見できるような状況であったこと

という事情が存在する場合ということになると考えられます。

したがって、賃借人の自殺の場合と異なり、賃借人の自然死(及び発見の遅れ)の場合に、相続人に対して将来の減収分を請求できる場合はかなり限られると考えられます。

なお、令和3年10月8日に国土交通省により策定された「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では、老衰、病死などの自然死は、原則として告知する必要はないとされている一方で、発見が遅れたことにより遺体の腐乱が進んで腐敗臭や害虫が発生するなどして特殊清掃が必要になった場合には、事故物件として、原則として3年間の告知義務を負うとされています。

したがって、このようなケースでの告知義務がガイドラインで明示されたことにより、賃貸人に将来の減収が生じる可能性はより高くなったといえますので、したがって、今後の裁判事例では、賃借人の善管注意義務違反の判断に影響が生じる可能性(より義務違反を認め得る方向になる可能性)もあると思われます。


この記事は、2024年7月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【投資用マンション購入者からの相談】

私は25歳で、学校教師をしています。

あるとき、兄から不動産投資を勧められ、兄から紹介された不動産業者と会ったところ、投資用ワンルームマンションの購入の執拗な勧誘を受けました。

私の勤続年数が少ないため中古物件を対象にした方がローンを組みやすいことや、中古物件を何年か保有して売却した上で新築物件に買い替える方法があること、現に入居者がおり、購入後はサブリース契約を締結して家賃保証をするので継続的で安定的な収入が得られるなどと説明され、執拗に勧誘されたので、断り切れずに中古のワンルームマンション3件を850万円、870万円、750万円でそれぞれ25年ローンで購入しました。

このときは、「持ち出しなく売ることができ、むしろ手元にお金が残ります。」などと投資のメリットを何度も説明されました。

 

しかし、その後、購入したマンションの調査をしたところ、各マンションはいずれも築年数が経過していて販売価格が実勢価格を大幅に上回っていたことが判明し、特にそのうちの一つのマンションには居住者もおらず、内部が著しく汚損及び破損した状態であることが判明しました。

 

これ以上値上がりも期待できなかったので売却しましたが、売却価格は、390万円、390万円、20万円と購入した価格を著しく下回る価格でしか売却できず、1500万円以上の損失を出してしまいました。

 

営業担当者の口車に乗せられてマンションを高値掴みさせられたことは許せません。

マンションの販売業者は破産してしまったので、営業担当者個人を訴えることはできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和4年1月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

投資用の不動産の売買の勧誘をするにあたっては、特に買主が素人の場合に、売主の不動産業者は、投資内容に関わる重要な情報とリスクについて、必要かつ相当な範囲で正確な情報を提供すべき信義則上の義務がある、と考えられています。

他方で、投資というのは自己責任という側面もあり、その物件によって儲かるか儲からないかということは多分に不確定要素を含むものでもあり、結果的に買主が損をしたからと言って、全て売主業者が責任を問われてしまうとなると不動産の取引が成り立たなくなってしまいます。

以上の観点を踏まえると、売主の不動産業者として、投資用の不動産の売買の勧誘をするにあたって、果たしてどこまでの情報を提供しなければならないか、ということが問題となってきます。

本件は、買主が購入したマンションの価格の合計額が2470万円であったことに対し、その後に売却できた価格が僅か800万円であり、その差が1670万円にも及んだ、ということから、売主業者において「各マンションの実勢価格を確認・調査して、説明する義務があったか」という点が問題となりました。

この点について、裁判所は、

・各マンションは実際の年間収支において利益が見込める内容ではなく、また、各マンションがいずれも平成元年築の中古マンションで値上がりが見込める要素はなかったことからすると一定の年数経過後にそれらを転売した場合に、返済期間25年のフルローンを組んで本件各マンションを購入した買主にとっては、売却益が得られる見通しがあったともいい難かったこと

・少なくとも、本件各マンションの客観的価値(実勢価格)が、被告らの提示した販売価格を一定程度下回っているようであれば、基本的には各マンションを何年か保有して売却することが想定していたという投資計画はほぼ成り立たないものであったこと

を踏まえると

各マンションの実勢価格がどの程度のものかについては、原告に対して不動産投資を勧誘するに当たり、極めて重要な情報であったというべきである。」

と判断しました。

その上で、各マンションの販売価格が実勢価格を相当程度上回るものだったことを踏まえ、裁判所は、

「各マンションの販売価格につき原告を欺罔したとまでは認められないが、被告らは、日常的に不動産取引を扱う本件会社の従業員として、本件会社が本件各マンションを購入する価格がいくらであるかや、近隣の取引事例を参照するなどして本件各マンションの実勢価格を確認・調査することは容易であったにもかかわらず、何らの確認をすることもなく、原告に対し、本件試算表による投資計画に基づいて本件各マンションの購入を勧誘したものであり、投資に関わる重要な情報についての説明義務違反があったというべきである。」

と述べて、説明義務違反を認め、不法行為に基づく損害賠償義務を負うと判断しました。

また、本件では、売主である会社は破産していたため、当時勧誘をした会社の営業担当者が被告とされていましたが、営業担当者に対して、裁判所は、

 「なお、被告らは、本件会社の一従業員にすぎないことを主張するが、被告らは、本件会社の営業担当社員としての知識や経験はあり、被告らにとって本件各マンションの実勢価格の確認・調査は容易に成し得ることであったのであるから、上記認定判断を左右するものではない。」

と述べて、その責任を認めました。

もっとも、100%責任が認められたというわけではなく、

「被告らによる本件各マンションの購入の勧誘が違法なものであったとしても、原告においても、平成28年当時、教師の職に就いており、それなりの社会経験と判断能力を有していたものであり、それにもかかわらず、自らの自己資金には余裕がない状況で、投資の内容について十分に考慮することなく本件各マンション購入の判断をしてしまったことに一定程度の軽率な面があったことは否めず、その他、本件に現れた一切の事情を総合考慮して、4割の過失相殺をするのが相当である。」

と述べて、買主側の落ち度についても認定をしています。

冒頭で述べた通り、投資用物件の販売にあたっては、「投資内容に関わる重要な情報とリスクについて、必要かつ相当な範囲で正確な情報を提供すべき信義則上の義務がある」という規範は一般的な規範となっていますが、具体的に、売主業者が「物件の実勢価格を調査して説明する義務を負う」ということまでを認めたという点で参考になる事例です。


この記事は2024年6月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【買主からの質問】

私は自宅を建築するための土地を宅建業者から購入することになり、売買契約を締結し、手付金を支払いました。

その後、家庭の事情により転居することになったため、売主に対して手付金を放棄して手付解除したいと申し出ました。

売買契約では、手付解除について「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成12年5月26日までは手付解除ができる」と規定されており、この期限内に手付解除の申し出をしています。

 

しかし、これに対して、売主の宅建業者からは、「売買のために測量して境界確定図まで作成した」、「履行の着手があったといえるから、手付解除はできない」と言われてしまいました。

 

契約書に手付解除の期限が書かれていたので、この期限までは手付を放棄すれば解除できるものと思っていましたが、できないのでしょうか。

【解説】

本事例は、名古屋高等裁判所平成13年3月29日判決の事例をモチーフにしたものです。

本事例では、手付解除に関する契約書の条項において「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成12年5月26日までは手付解除ができる」と規定されていたために、手付解除ができるのが、

①相手方が契約の履行に着手するまで

もしくは、

②平成12年5月26日まで、

なのかが争われたというものです。

なお、最近の売買契約書では、手付解除については、

「売主、買主は、本契約を表記手付解除期日までであれば、互いに書面により通知して、解除することができます。」

と規定されている場合が多いので、本事例のような問題は生じないようにも思われます。

しかし、民法557条1項において、「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」と規定されているため、売買契約の手付解除条項とこの民法557条1項但書のどちらが優先されるかという問題はなお生じるものと考えられます。

本事例において、裁判所は、まず、民法557条と異なる手付解除の期限を設定している売買契約の条項の有効性については、以下のように述べて、有効であると判断しました。

「民法五五七条一項の趣旨は、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、このような段階において、相手方から解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることになるため、このように履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止することにあるとされている(最高裁大法廷昭和四〇年一一月二四日判決、民集一九巻八号二〇一九頁)。」

 「他方、同条項の趣旨がこのようなものであるとしても、同条項は任意規定であり、当事者がこれと異なり、履行の着手の前後を問わず手付損倍戻しにより契約を解除できる旨の特約をすることは何ら妨げられていない。」

以上の解釈を前提として、本事例において裁判所は、本件手付解除条項の解釈について、手付解除ができるのが、①相手方が契約の履行に着手するまでなのか、それとも②平成12年5月26日までなのかについては、②が相当であると判断しました。

その理由として、

① 売主が宅建業者の場合に手付解除を排除する特約(及び買主に不利な特約)を無効とする宅建業法39条2項、3項の趣旨

② 民法及び宅建業法の趣旨を前提として、手付解除条項は、当事者の合理的意思解釈としてなるべく有効・可能なように解釈すべきであること

③ 一般に、履行の着手の意義について特別の知識を持たない通常人にとって、「履行の着手まで」「又は」「五月二六日まで」手付解除ができるという本件手付解除条項を、履行の着手の前後にかかわらず「五月二六日まで」は手付解除ができると理解することは至極当然であること

を挙げて、「本件手付解除条項の解釈については、民法五五七条一項の場合に加えて履行の着手後も手付解除ができる特約としての意義を有する」と判断し、手付解除特約で設定された期限までは手付解除ができると判断しました。

本件の判断は、売主が宅建業者であり買主が一般消費者であり、買主側からの手付解除という点がそれなりに考慮されていますので、売主と買主が逆だった場合や、宅建業者側からの手付解除の場合には結論が異なっていたという可能性はあります。

また、最近の売買契約書で見られるように、単に「売主、買主は、本契約を表記手付解除期日までであれば、互いに書面により通知して、解除することができます。」とだけ規定されている場合においては、この裁判例が「民法557条は任意規定であり、当事者がこれと異なり、履行の着手の前後を問わず手付損倍戻しにより契約を解除できる旨の特約をすることは何ら妨げられていない。」と述べていることも併せ考慮すれば、当事者の履行の着手後であっても、手付解除期限までは手付解除ができると判断されると考えられます。もっとも、この場合においても、当事者の一方がどちらか一方が宅建業者であり、宅建業者からの解除の場合にも同様の解釈となるかどうかはなお問題になり得ると考えられます。


この記事は2024年3月23日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸物件オーナーからの相談】

私は、建物1棟をシェアハウス事業者(賃貸物件を借りてシェアハウス用に改築した上で、シェアハウスとして転貸する事業を行う会社)に、月額賃料44万円で賃貸しました。

賃借人会社は当該物件を改築してシェアハウスとして貸し出していたようですが、賃貸してから1年半が経過した頃、当該物件内で火事が発生しました。その際の消防署の調査により、建物をシェアハウスとして使用することにつき,建築基準法上の用途変更手続を怠っていたことが判明しました。

 

そこで、私は賃借人会社に対して、火災を発生させたこと、建築基準法関係規定上不適合の疑義がある旨の指摘を受けたことが賃貸借契約に反し、かつ信頼関係を破壊する行為であるとして、契約の解約に正当事由があると主張しました。また、立退料として、6か月分の家賃相当額を提示しました。

なお、私は、解約後にこの建物を建て替えて自宅として使用したいと考えています。

 

しかし、賃借人会社は解約を争ってきており、また立退料として3000万円を要求してきています。

私の解約の主張は認められるのでしょうか。また、立退料はどの程度必要になるのでしょうか。

【説明】

建物賃貸借契約を解約する場合の正当事由

本件は、東京地方裁判所令和3年8月18日判決の事例をモチーフとしたものです。

賃貸人が、建物の建替えの必要性等を理由として賃借人に対して立退きを求める場合はまず、賃貸人側から、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)が、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけでありません。

賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較して判断されます。

本事例においては、裁判所は、上記の事情のうち、賃貸人、賃借人それぞれが、当該建物を必要とする事情と立退料の額について検討をしたうえで、立退料として1500万円を支払うことで、解約の正当事由があると判断しました。以下、裁判例の内容を解説します。

賃貸人と賃借人双方の事情

まず、賃貸人側の事情として、この賃貸物件を建て替えて自宅にする必要があると主張されていたことについて、裁判所は、「一件記録によっても原告の計画を実現するために本件建物を自宅として利用することが必須であるとまでいえる事情は認められないから,原告の本件建物使用の必要性はそれほど高度のものとはいえない。」と述べています。

他方で、賃借人側の事情についても、

①「被告会社の本件建物利用は,シェアハウスとしての賃貸事業目的であり,また,被告会社はシェアハウス事業を全国で展開しているとのことからすると,被告会社の本件建物の使用の必要性は,投下資本の回収等,経済的合理性に基づくものである。」

②「これに加え,・・・被告会社は,本件賃貸借契約上,本件建物をシェアハウスとして利用するにあたって必要な官公庁への届出許可等を被告会社の責任で取得する義務があるところ,本件建物をシェアハウスとして利用し始めた後である,平成31年2月18日には大田区から不適合の指摘を受けており(甲3),被告会社には(解除事由に至らない程度の)債務不履行があるといえる上,被告会社は,令和2年9月3日には,大田区に対して是正に係る誓約書を提出しながら,結果として口頭弁論終結時点においても是正工事を行っていないこと」

の2点を考慮すると「正当理由の補完事由としての立退料の額によっては,原告による解約申入れにつき正当理由があるものということができる。」と述べました。

 

立退料はどのように決められたか

以上を踏まえて、裁判所は、立退料の金額について、以下のとおり、主に賃借人の投下資本の金額(改築にかかった費用)をベースにして1500万円が相当であると判断しました。

① 本件賃貸借契約が締結され,被告会社に本件建物が引き渡されたのが,平成29年5月11日頃であり,解約申入れの効力が発生する令和3年10月3日(令和3年4月2日から6か月を経過した日)までに4年4月が経過することになること

② 被告会社が本件建物をシェアハウスとして改装するのにかかった費用は被告会社によれば2000万円以上とのことであり,また,本件建物を法令に適合するように改装工事を行うとすればさらに相当額の費用が掛かること

等の事情を総合考慮すると,1500万円をもって相当であると認める。

事業用賃貸物件の立退料の算定方法はケースバイケースになることが多々ありますが、本件はシェアハウスとして使用されていた賃貸物件において、主に投下資本の金額をベースにして立退料を算定した事例として参考になります。


この記事は2024年1月28日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸物件オーナーからの質問】

私の自宅の隣地の居住者が、7年ほど前から複数の猫を家の中で飼っています。

しかし、飼育の状態がとても悪く、次第に猫の糞尿の処理もせずその悪臭が周囲に巻き散るようになりました。

また、度々猫が私の自宅の敷地にも入ってくるようになりましたが、隣人はそれも何も対策せず放置しています。

あまりに悪臭が酷くなってきたので、臭気測定士に悪臭測定を依頼したところ、私の家の敷地と隣人の敷地の境界上の臭気指数が15~17と測定されました。(なお、私の居住地域では臭気指数10を超えると悪臭防止法の規制対象になるようです。)

こういう状況なので、私や、他の近隣の方と協力して、隣人に対して面談を求めたり、内容証明郵便で苦情を申し立てたり、民事調停の申し立ても行いましたが、隣人からは手紙が届くものの、直接交渉に応じてくれることはありませんでした。

訴訟を起こして悪臭等の発生の差止めと損害賠償を求めるしかないと考えていますが、認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成23年7月29日判決の事例をモチーフにしたものです。

まず、近隣住居が悪臭を発生させている場合に、法的にどのような根拠で何を求めることができるか、という点が問題となります。

この点について、裁判所は、

「発生している悪臭が受忍限度を超えている場合には,人格権に基づく差止めを求めることができ,その場合には当然不法行為に基づく損害賠償を求めることができる」

と述べています。

以上を前提とすると、差止めと損害賠償が認められるために「発生している悪臭が受忍限度を超えている」か否かはどのように判断すべきか、という点が重要となります。

この点については、裁判所は、

「悪臭が受忍限度を超えているか否かを検討するに当たっては,悪臭が公法上の基準を超えているか否かが重要な考慮要素になると解すべきであり,同基準を超える悪臭が発生している場合には特段の事情がない限り,同悪臭は受忍限度を超えていると認めるのが相当である。」

と述べています。

以上を前提として、本件の事例において裁判所は、臭気指数が法律上の規制基準を超えていることを理由に、受忍限度を超えた悪臭が発生していると判断しました。

「原告らの居住地域においては,事業活動により生じる悪臭については臭気指数10がその限度とされているところ,事業活動によって生じる悪臭と猫の糞尿による悪臭の受忍限度を別異に取り扱うべき理由は認められない。そうすると,本件では,原告X1宅の敷地と被告宅の敷地の境界線において,現時点においても上記基準を大幅に上回る臭気指数17ないしはそれに近い悪臭が発生していると認められるのであるから,原告X1宅の敷地と被告宅の敷地との境界において生じている悪臭が受忍限度を超えていることは明らかである。」

では、このような場合に損害賠償としてどの程度の金額が認められるのでしょうか。

原告は慰謝料として90万円を請求していましたが、裁判所は、慰謝料として24万円(悪臭の発生が証明されている平成22年5月ころから約1年間の分として)を認めるにとどまっています。

その他の損害として

・弁護士費用と臭気測定費用のうち、15万円

・原告の自宅の1階が賃貸物件であったところ、悪臭によって空室となっていることから、空室が継続している期間(8か月分)の家賃相当額108万円(家賃は月13万5000円)

も認められています。

その他、判決では、悪臭の発生について「被告は,原告X1に対して,別紙物件目録記載1の土地と同記載3の土地の境界線において,悪臭防止法2条2項で定める臭気指数10を超える悪臭を発生させてはならない。」との差止も命じています。

本件は、近隣住宅の悪臭に対する法的対応について参考になる事例です。


この記事は、2023年12月29日時点の情報に基づいて書かれています。

【区分マンションの買主からの相談】

家族で住むための自宅として、マンションを3100万円で購入しました。

しかし、住み始めてすぐに、隣室の住民の女性が、ベランダ等で物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶのに遭遇したり,私が長男を抱えているときに廊下で突然追いかけられたりするなどの迷惑行為が度々起こるようになりました。

売買契約のときの重要事項説明書等では、この隣室の住民のことは一切書かれていなかったので、仲介業者にクレームを言ったところ、告知義務違反を認め仲介手数料は全額返してくれました。

その後、何とか我慢して2年ほど居住していましたが、夫が自殺してしまった等の不幸も重なったので、このマンションを売却することにし、最終的に2950万円で売却しました。その際には、隣人の住民が迷惑行為をすることは説明しています。

マンションは売却してしまったものの、やはりこのような迷惑行為をするような隣人がいるようなマンションを普通の値段で購入させられたことは納得ができません。

欠陥があったものとして、損害賠償請求はできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年12月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事案では、区分マンションの買主は、売主(売主は、当該マンションを購入してリフォームして販売した不動産業者です。)に対して、同居室の隣室の居住者による騒音や嫌がらせなどを継続的に受けており、そのような居住者が隣室に存在することは居室の「隠れたる瑕疵」に当たるとして、改正前民法570条の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、損害金合計1023万円(売買代金3100万円の30%に相当する930万円と弁護士費用93万円の合計額)を請求しました。

もっとも、この損害額の主張は,その後の上記居室が2950万円で売却できたことから、最終的に、①積極損害(上記居室の売買代金を含む購入費用と売却後の手取額等との差額,引越費用等)451万2999円,②慰謝料300万円,③弁護士費用75万円の合計額826万2999円に変更されています。

本件では、隣室に迷惑行為を繰り返す住民がいることが、改正前民法570条の「隠れた瑕疵」にあたるかが争点となった事例です。

裁判所は、まず570条の「瑕疵」の定義について、

「売買の目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい,目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく,目的物の通常の用途に照らし,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるという欠陥,すなわち一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合も含むと解される」

とした上で、結果として、裁判所は、本件においては隣室の住民の存在は「瑕疵」には該当しないと判断しました。

まず、隣室の住民(判決文では「C」とされています。)の迷惑行為については、

「Cは,平成23年頃から頻度にはばらつきはあるものの継続して,昼夜を問わず数分ないし10分程度,物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶ,ラジカセを大音量でかける,壁等を強く叩く,本件マンションの居住者に対し,携帯電話で撮影する,追いかける,意味不明な発言をする,難癖をつける,怒鳴りつけるといった迷惑行為をしていたことが認められ,Cの隣室に居住していた原告は,本件居室で生活する際に,生活音を静かにしたり,外出する際には周囲の様子を伺うなど,一定程度生活や行動に制限を受けていたことは認められる。また,Cの存在は本件居室の購入希望者(仲介業者に対して本件居室の購入につき何らかの関心を示した者。以下同じ。)に購入を断られる原因の一つとなっていたことも認められる」

と認定しました。

他方で、上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしつつも、以下のように、購入時の価格3100万円から僅かな減額(150万円)でマンションが売却できたこと等を理由に、瑕疵には当たらないと判断しました。

「本件居室については,今後の使用を前提として,賃貸物件や売却物件としての募集をかけており,仲介業者の担当者も,Cの迷惑行為の存在に関し,成約に至るか否かは購入希望者が気にする度合によるとしている。」

「また,実際にも,隣室であるCの迷惑行為の事実や原告の夫の本件居室内での死亡の事実を告知した上で,原告の購入から約3年が経過した時点で,原告の購入時の代金3100万円から150万円を減額した代金2950万円でDに売却することができている。さらに,本件居室の購入希望者がなかなか現れなかったことや,購入希望者から購入を断られたことについては,本件居室が日当たりの悪い1階に位置することや,原告の夫が本件居室内で自死したことも原因となっていたことが認められる。」

「以上によれば,上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしても,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるといえるような,一般人に共通の重大な心理的欠陥があるとまではいえない。したがって,Cの存在により本件居室が売買の目的物として通常保有すべき品質・性能を欠いているとして,民法570条の「瑕疵」があるとはいえない。」

なお、裁判所は、結果的に売却金額が購入時より150万円の減額となったことについては、

「代金の減額事由としては,購入から約3年の経年劣化,本件居室が1階に位置すること,原告の夫が本件居室内で自死したことなど,Cの存在以外の事由も考えられることからすれば,瑕疵と相当因果関係のある損害ともいえない。また,原告の夫の自死がCの迷惑行為と相当因果関係を有することについて認めるに足りる証拠はない(原告の主張においても一因とするにすぎない。)。」

と述べて、やはり隣人の住民の存在による損害には当たらないと判断しています。

本件は、結果的に、この隣人の存在を原因とした売却価格の減額が発生しなかったと考えられることを理由に、瑕疵には当たらないと判断したものと考えられます。

しかし、一般的には、迷惑行為を行う隣人の存在は、買主にとって心理的に重大な欠陥となりうる場合もありますので、このような隣人の存在については、売主において知り得たということであれば売買の際には十分に説明しておくことが無難と言えます。


この記事は2023年10月1日時点の情報に基づいて書かれています。

不動産の売買契約に至るまでの交渉経過において、特に不動産業者間の交渉においては、購入を希望する買主側から、購入を希望する金額や条件を記載した「買付証明書」等の名称の書面が売主側に差し入れられることが一般的です。

このような買付証明書を差し入れただけでは、その時点で不動産の売買契約が成立することはない、ということは不動産取引実務では一般的です。

もっとも、買主から買付証明書が差し入れた後に、これに対して売主側において、買付証明書と同じ条件で売り渡す旨の「売渡承諾書」といった書面を買主側に交付したなどの事情がある場合、不動産の売買契約は成立したとみなされるのでしょうか。

この点が、問題となった事例が、大阪高等裁判所平成2年4月26日判決の事例です。

この裁判例の事案は、不動産の売買契約交渉段階において、買主から買付証明書が提出され、これに対して売主が、買付証明書と同一の条件で売渡す旨の売渡承諾書を交付したという状況において、不動産の売買契約が成立したか否かが争われたというものです。

この事案において、裁判所は、不動産の買付証明書について、以下の通り述べた上で、売買契約の成立を否定しました。

(1)いわゆる買付証明書は、不動産の買主と売主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること

(2)したがって、一般に、不動産を一定の条件で買い受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書に記載の条件で確定的に買い受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと

(3)そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買についての合意が成立して、始めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主か買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと

(4)このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されていること

本件は、法的論点としては目新しいものではありませんが、不動産の買付証明書の法的性質について「単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと」と位置づけを述べた裁判例として参考になるものです。


この記事は、2023年8月17日時点の情報に基づいて書かれています。

保証契約における極度額の定めの必要性

2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがって、改正民法が施行された2020年4月1日以降の賃貸借契約においては、保証契約が効力を生ずるためには、賃貸借契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければ、保証の効力が生じないということになります。

賃貸借契約が更新される場合の保証契約の継続の有無

当初の賃貸借契約と保証契約は改正民法施行日の2020年4月1日より前に締結され、契約書で保証人の極度額については規定していないという賃貸借契約は今もまだ多く存在すると思われます。

このような賃貸借契約において、

「改正民法施行日の2020年4月1日以降に、賃貸借の更新契約が締結された」

という場合に、保証契約の扱いはどうなるのでしょうか。

賃貸借契約が更新される場合、保証人との間で新たに更新の書面を取り交わすことはなく、賃借人との間で更新合意書等の書面を取り交わすことが一般的です。

このため、賃貸借の更新契約の締結の際に、保証人とも新たに保証契約をしなければ更新後は保証契約は効力を失ってしまうのか、という問題があります。

この点については、最高裁判所平成9年11月13日判決が、

原則として、改めて保証人と契約を締結しなくとも賃貸借契約更新後も保証人の責任は継続する

例外として、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情がある場合や、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合は保証人の責任は継続しない

と判断しています。

したがって、賃貸借契約の更新の際に、別途保証人と更新等の合意をしなくとも原則として保証人の責任も継続するということになります。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約を合意更新した場合の問題

では、話を戻して、2020年4月1日以降に賃貸借契約が更新された場合、更新前の賃貸借契約(保証契約)について、極度額の定めがされていなかったとしても、保証人の責任は継続するのでしょうか。

この問題は、

①賃貸借契約の更新の際に、保証人とも改めて保証契約の取り交わしをする

②賃貸借契約の更新の際に、保証人とは別途書面の取り交わしはしない

の2つの場合に分けて考える必要があります。

まず、①の場合は、改正民法施行後に新たな保証に関する合意があったといえるため、保証契約は改正民法の適用を受けることになります。

したがって、保証契約の更新において、極度額の定めをしなければ、保証は無効となってしまい、保証人の責任は継続しないということになります。

次に②の場合ですが、この場合、更新時に、新たに保証人と契約をしなくとも前述の最高裁判例の解釈に基づけば、当初の保証契約の責任の効力が、更新によっても失われずにそのまま継続するものと解されます。

そして、改正民法施行後に、保証契約に関し新たに合意をするものでもありませんので、改正民法の適用は受けず、極度額を別途定める必要もない、というのが法務省の見解のようです。

以上を踏まえると、改正民法施行後の賃貸借契約の更新において、保証人からも何かしらの書面にサインを貰う場合には、改正民法の規定を意識した対応が必要になることに注意が必要です。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約が法定更新された場合、保証人の責任は継続するか

上記は、賃貸借契約が「合意更新」された場合ですが、では、賃貸借契約が合意更新されず「法定更新」された場合はどうなるでしょうか。

この問題について判断したのが、東京地方裁判所令和3年4月23日判決の事案です。

この事案は、当初の賃貸借契約と連帯保証契約が改正民法施行日前に締結されていましたが、その後、改正民法施行日後の2020年11月13日に賃貸借契約が法定更新されたというものです。

この事案において、裁判所は

本件連帯保証契約は、改正民法の施行日(令和2年4月1日)よりも前に締結されたものであり、その後、本件賃貸借契約の更新に合わせて更新されることもなかったから、改正民法の適用がなく(平成29年法律第44号附則21条1項)、また、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情は認められない」

「連帯保証人において、各更新(平成30年11月4日付けの合意更新及び令和2年11月13日の法定更新)後の本件賃貸借契約から生ずる賃借人に債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたもの(このことは、本件賃貸借契約の19条1項が、連帯保証債務について「本契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする。」と定められていることにより裏付けられている。)と解するのが相当である。」

と述べて、改正民法の施行日以後に賃貸借契約が法定更新された場合も、原則として保証人の責任は従前と同様に継続するという判断をしました。

民法改正と、改正後の契約更新に伴う保証契約への改正民法の適用の問題については、法務省による資料で解説がされている問題ではありましたが、この点の判断を示す裁判例が乏しかったため、この問題に対する裁判所の考え方がわかる事例として参考になります。


この記事は2023年7月6日時点の情報に基づいて書かれています。