賃貸借契約において、賃貸人は賃借人に対して、その賃料に見合った賃貸対象物件について使用収益させる義務を負っています。

そのため、民法606条により、賃貸人には、その賃貸物件の修繕義務が課せられています。

*民法606条

賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。

したがって、賃借人は、賃借している物件の設備等の故障により、その使用収益に支障が生じている場合には、賃貸人に対して修繕するように要求することができます(ただし、契約書により賃貸人の修繕義務が否定されている場合などの例外もあります。)。

しかし、賃借人から修繕を求めても、賃貸人が修繕に応じてくれず放置された、という場合が生じることもあります(理由は様々ですが、多いのは、建物がとても老朽化していて修理にかける費用が膨大だったり、費用が捻出できない、という場合が多いです。)。

賃貸人が修繕義務を怠っていて、賃借人として使用収益を妨げられるほどの状態となった場合には、賃料の減額請求が認められる場合があります。

これを認めたのが、東京地方裁判所平成9年1月31日判決の事例です。

この裁判例は、賃借人は飲食店の営業目的で賃貸ビルの店舗1室を借りたところ、賃借当初より、水道管からの漏水、冷房用配管の水滴に起因する漏水、地下水槽からの溢水、地下上下水槽の排水ポンプの不良、ビルの管理状況の不備があり、賃借人が再三にわたって補修等の要求をしても、その補修をしなかったため、賃借人自らが修理等の措置を取ってきたもの、たまりかねた賃借人が、賃料を二五パーセント減額すべき旨の請求をしたので、この減額請求が認められるかどうか、という点が裁判で争われることとなりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、賃貸人の修繕義務の不履行を理由として賃料の25%の減額請求を認めました。

「鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件店舗の入口付近の漏水の原因は、①階段室よりの漏水(防水層の破断、壁面のひび割れ)、②一階店舗の給排水による漏水、③建物全体に降雨時に生じている結露水、④地下遊水室の溢水、⑤受水槽の溢水が単独又は複合することにより生じたものである。

(2) 本件店舗内の台所天井の漏水は、二階ルーフバルコニーの通気ダクトからの雨水であると判明した。店舗内の床については、遊水室の溢水及び水位上昇による床面の結露の可能性が高い。店舗内天井からの漏水については、給排水管等からの漏水の可能性が高い。

(3) 一階玄関付近の漏水は、漏水実験により、玄関庇の防水層の破損によることが確認された。なお、この漏水が一階床を経て地下エレベーター前の天井・床に流入した可能性も高く、また、エレベーターホールの結露を促進している可能性も高い。

(4) 地下一階便所の溢水、悪臭の原因は、地下汚水ピット内排水ポンプの故障又は停電により作動しなかったことによる汚水の溢水が考えられる。また、建物の遊水室に排水ポンプの能力以上の水が流入したことによる溢水の可能性もある。

(5) 本件ビルの管理は、建築後一五年以上を経過したビルが必要とする中長期的な視野に立ったメンテナンスを行ったとはいいがたく、管理上の不備が認められる。」

「本件店舗について、原告は、少なくとも昭和六三年五月以降、貸主に求められる管理、修繕の義務を尽くしたものとは認めがたく、これによる本件店舗の使用上の不都合は重大なものがあり、本件店舗は、本件賃貸借契約が想定した通常の賃貸店舗からみて、少なくともその効用の二五パーセントが失われていたものと認めるべきである。」

なお、なぜ25%の減額となったのかについての根拠は特に判断されておらず、単に賃借人から25%の減額請求がされたので、それをそのまま認めたものとなっています。

したがって、修繕義務の不履行により、どの程度の賃料減額認められるかというのはケースバイケースになります。


この記事は、2020年5月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は所有するビルの店舗1室を、ラーメン・中華料理店を営む株式会社に貸していました。

この株式会社の代表者とは、賃貸借契約締結時に会いましたが、家族で経営する同族会社のようでした。

契約してから2年ほど経った後、賃借人の会社の全株式が、東証一部上場の大手飲食チェーンを営む株式会社に譲渡されていることが判明しました。店舗は以前と同じ状態で営業は続けていますが、法人の代表者や店長・従業員は全て変わっています。

契約書では、「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定していますが、賃借人の上記全株式の譲渡について当方は承諾をしていません。

賃借権の無断譲渡、契約違反として、契約解除はできますでしょうか。

 

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成18年5月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣ががらっと変わるということは生じ得ます。

このような場合に、

・法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか

・法人の株主構成等が変わったことが契約解除事由となるか

という点が問題となります。

まず、そもそも「法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか」という点については、

「賃借人である法人の構成員や機関等に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではない。」

ということを理由に、賃借権の譲渡には当たらない、とするのが裁判例の考え方です。

もっとも、例外的に、賃借人の資本構成が変わった後に法人格が形骸化して活動の実態が無くなり他の株式会社と同一視されるような状態に変わった場合には、賃借権の譲渡がされたものと同視されることがあります。

以上のように、賃借人たる法人の株主構成等の変化があったとしても、原則として賃借権の譲渡には該当しません

もっとも、本件では、契約書において「「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定されています。実務上も賃貸借契約においてはこのような条項が設定されることは多いです。

そうだとすると、株式の譲渡等により、企業の同一性が変わったにも拘わらず、賃貸人に承諾を求めなかったことは形式的には契約違反に該当するようにも思われます。

しかし、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わったかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わったかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

そして、この東京地裁の事例では、上記の要素を踏まえ、従前と状況が大きく変わっていないことを理由に賃貸人からの解除は否定されました。

判例の要旨は以下の通りです。

「建物賃貸借関係においては、賃料の支払いの下に建物の使用を認めるものであるから、賃料の支払いの確実性と建物使用の態様が重視されるべき要素となる」

「本件においては、賃料の支払状況に変動はなく、将来の賃料支払の確実性についても、前述のように新たな賃借人の株主が東証一部上場企業であることに照らせば、確実性が高まりこそすれ、低くなることは考え難い。」

「建物使用の態様についても、従前と同一の店名でラーメン・中華料理店を営業しているものと認められ、店長をはじめ従業員の大部分において交代が生じたとしても、もともと営業を目的として法人に店舗の賃貸をしている以上、従業員の交代等は借主の都合により当然に許容されるべきものであり、これをもって建物使用の態様に変更が生じたものと認めることもできず、他に使用形態自体に変更があることを認めるに足りる証拠はない。」

「経営実権に変動が生じた借主が本件建物を賃借することになったとしても、それは、賃借人の法人組織全体がM&Aを受けたことにより、結果的に生じたものにすぎない。」


この記事は、2020年5月9日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされています。すなわち、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

ここで問題となるのは、建物の賃貸借契約において、賃料とは別に契約書で定められることが多い「共益費」名目の費用についても、上記借地借家法の規定の適用により、増額または減額の請求ができるか、という点です。

この問題は、共益費の性質をどのように捉えるかによります。

共益費は、一般的には、共用部分(エレベーターや廊下等)の管理に要する費用として定められるものです。そして、管理の経費として本来であれば実費(実額)で毎月清算すべきところを、事務的な便宜のために毎月定額として契約時に定められるという扱いが実務的には一般的です。

上記のように、共益費は、

① 毎月(または一定期間)実額で清算されるか

② 契約当初に一定額が定められているか

のいずれかとなりますが、実務的に圧倒的に多い②の場合、共益費は、賃料と同視して考えられるべきものと解釈されます。

したがいまして、上記②の場合は、賃料と同じく、借地借家法の適用があり、増減額請求が可能であると解釈されます。

この点について解釈した判例が、東京地方裁判所平成元年11月10日判決の事例です。

この事例は、賃貸人側から、借家法(旧法)に基づいて賃料と共益費の増額請求がなされたという事案です。

この事案は、上記②のように、契約当初に共益費も定額で定められていたというものですが、共益費についても借家法の適用があり、これに基づいて増額請求が可能であると、解釈しました。

裁判所の判断理由は以下の通りです。

「原、被告間の賃貸借契約には、被告は冷暖房費、電気、瓦斯、給排水、清掃費、町会費及び共益費又は管理費の諸費用を分担するものとし、原告の計算する割合の毎月分の金額を賃料と共に支払うものとするとの約定があることが認められる。」

「原、被告間においては契約の当初から共益費及び清掃費につき当事者間の合意により実費精算の方法によらず毎月定額をもって請求及び支払がされて来たことが認められる。」

共益費、清掃費は、本来実費負担の性質を有するものであるが、事務的便宜等のため、契約上一定額をもって支払義務を定めることは世上普通に行われているところであり、本件における右のような定め及び合意につきその効力を否定する理由はない。そして、共益費、清掃費についても、物価、公共料金、人件費その他の要因によりその増減の必要を生ずることは賃料の場合と変りがないから、本件の共益費及び清掃費についてはその増減の請求につき賃料の増減額に関する借家法の規定の準用を認めるのが相当である。」


この記事は2020年4月19日時点の情報に基づいて書かれています。

土地や建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(土地については、借地借家法11条、建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされており、たとえ、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

借地借家法は、賃料の増額または減額の請求ができることの条件として

「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」

と定めています。

ここで、前提問題となるのは、「増減請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たり、基礎とすべき賃料及び考慮すべき経済事情の変動等の期間はどのようなものであるのか」という点です。

例えば、賃料の自動増額特約があるような場合、すなわち、賃貸借契約が締結されてから、3年ごとに賃料が自動で増額する特約が定められているような場合に、賃借人側で地代の減額請求をしたいと考えた場合に、基礎となる賃料及び経済事情の変動期間は

・契約締結時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

それとも

・特約で最後に増額された時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

ということが問題となります。

この点について判断したのが、最高裁判所平成20年2月29日判決です。

この判決は、上記の問題について、以下のように述べ、あくまでも

「直近で合意した賃料と、その合意時点からの経済事情の変動を基礎とすべき」

と判断し、特約によって増額された賃料とその増額時点からの経済事情の変動を基礎とすべきではないと判断しました。

「借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであ」る。

「賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。」

「したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。」

したがって、賃料の増減請求を検討するにあたっては、

「賃貸人と賃借人との間で、最後に賃料の合意がなされたのはいつの時点か」

という事実を把握することが重要となります。


この記事は2020年4月17日時点の情報に基づいて書かれています。

賃貸人が賃借人に立ち退いてもらうためには、賃貸借契約を合意解約するか、合意解約に至らなかった場合には契約期間満了時に解約申入れ(更新拒絶)をするということになります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

この「正当事由」があるか否かは、

「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」

とされています。

裁判でこの点が争いとなった場合に、この中で特に重要な要素は、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情」と「立退料の支払の申出」であると考えられています。

賃貸人と賃借人それぞれが、その建物の使用を必要とする事情を比較し、賃貸人の方がその必要性が上回れば解約(更新拒絶)を認める方向になりますし、賃借人の方がその必要性が高ければ、解約が認められないか、もしくはその他の事情と「立退料」の金額を総合考慮して解約が認められることになる、というのが裁判例の傾向です。

この判断については、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、土地の再開発による建物の建替えを理由とした立退きに関する一つの参考事例として東京高等裁判所平成2年5月14日判決の事例を紹介します。

この事例は、

・築後約60年の木造2階建て建物

・賃借人は、建物で衣料品の小売店舗を約15年間経営

・物件の場所は、高田馬場駅に近く、明治通りと早稲田通りの交差点に近く、周辺は中高層ビルが多い

という事実関係の下で、賃貸人側が、この賃貸建物を取り壊して中高層ビルを建設するために賃借人に対して更新拒絶の通知を出して、その明渡を求めた、という事案です。

この事例で、裁判所は、結論として、賃料の約700か月分の立退料の支払いと引き換えに、賃借人に対しての明渡請求を認めています

この裁判例の判断の内容は以下に説明するとおりです。

まず、賃貸人・賃借人双方がこの建物を必要とする事情については、裁判所は以下のように述べ、賃借人側の必要性が上回ると述べました。

「(1)賃借人は、長年本件建物で、営為、営業を続け生計を立ててきているところ、他に本店である大久保店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは賃借人の営業とその生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。

(2)本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。

(3)本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。

(4)賃貸人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約一〇〇坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。」

これらの事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての賃借人の必要性は賃貸人のそれを上廻るものであり、正当事由はないといわなければならない。

このように、賃借人側の必要性を重視して正当理由を否定したものの、次に、結論として立退料の提供と引換えに明渡を認めました。

立退料の算定については、以下の要素を総合考慮して、2億8000万円(賃料の700か月分)と認定しています。

・賃貸人依頼の不動産鑑定書によれば、本件建物の借家権価格は昭和六〇年四月現在六三〇〇万円と評価されていること。

・賃借人依頼の不動産鑑定書によれば、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和六二年四月現在二億六〇〇〇万円と評価されていること。

・新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費として1000万円、移転費、仲介手数料として300万円程度と見込まれること。

・賃貸人は、最終的には、立退料として2億5000万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申出ていること。

以上の通り、裁判所は、立退料の判断要素として

・借家権価格

・移転に係る実費(新店舗の入居保証金、営業損、移転費、仲介手数料等)

を考慮して金額を算定しています。

金額が高額となっているのは、バブル時代の時期の裁判例という事情が大きいと考えられますが、立退料の算定方法の概要を示した裁判例として参考になります。


この記事は、2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【デベロッパーからの質問】

当社は、新宿区内で約8000㎡の土地を有する地主との間で協定を結び、周辺の一体の土地の再開発を行い、地上38階建てのビルを建てるという計画を進めることとなりました。

地主の土地は、ほとんどが借地となっていましたが、借地の買収や等価交換などで順調に用地取得が進みました。

しかし、一区画だけ立退きに苦慮しています。

 

目白通りに面している約65㎡の借地があり、その借地には築30年が経過した鉄骨造四階建の賃貸ビルが建っていました。このビルは、一棟を一人の賃借人が借りていて、そこでオフィス家具販売業を営んでいます。

当社がこのビルを買収し、店子に対して立退交渉しました。

しかし、店子は

「このビルが建った時から30年間借りていて、ずっと営業している。」

「納得がいく立退料がもらえなければ立ち退かない」

等と言って容易には立退きに応じてくれません。

なお、このビルの賃料は月額33万5000円と周辺相場よりは安いです。

 

立退料としてどの程度の金額が必要になるのでしょうか。

【説明】

賃貸人が賃借人の立退きをするためには、契約を合意解約するか、契約期間満了時において解約申入れ及び更新拒絶をして、退去を求めるということとなります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

正当事由があるか否かは、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」とされています。

この判断について、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、周辺土地の再開発を理由とした立退きに関する一つの参考事例として東京地方裁判所平成9年9月29日判決の事例を紹介します。

この裁判例の事例は、冒頭の設例の事例とほぼ同じ事案です。

この事案では、賃借人側も退去自体を大きく争ったわけではなく、もっぱら立退料の金額を中心として争いとなりました。

この事案において、裁判所は以下の通り判示して、賃料の約125か月分の立退料の支払いと引き換えに、立退きを認めました。

1 賃借人は、本件建物において既に約三〇年間にわたり営業をしてきたが、本件建物の老朽化は相当進行しており、外壁モルタルの剥離や建物全体の倒壊というような不測の事態の発生も予想される状況となっていること

2 本件建物の敷地である本件土地の平成九年における更地価額は約六〇〇〇万円であること

3 賃借人の本件建物における年間売上げは約三六〇〇万円であること

4 本件建物の賃料は現在月額三三万五〇〇〇円と低廉であること

5 賃貸人は、本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料として、二九〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の提供を申出ていること

→ その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料としては、四二〇〇万円が相当である。なお、右認定の立退料の額は、原告が提供を申し出た額(二九〇〇万円)を上回るものであるが、原告は本件再開発計画を実現する強い意向を有していること及び弁論の全趣旨に照らせば、右の認定の金額は、原告の提示額と著しい差異を生じない範囲にあり、かつ、原告の意思にも反しないものと認められる。

以上の通り、裁判所はいくつかの理由を示して立退料の金額を算出しましたが、具体的な計算方法などが示されたわけではありません。もっとも、賃料の10年分以上が立退料として命じられている、という点において一つの参考事例となります。


この記事は、2020年4月8日時点の情報に基づいて書かれています。

老朽化して耐震性等に問題が生じている賃貸ビルの場合、ビルの所有者としては、耐震工事等を行って現状を維持するか、賃借人を全て退去させて建て替えるか、という選択を迫られることとなります。

仮に建て替えるという選択をする場合、入居している賃借人との間での合意解約等の交渉が必要となります(なお、建替期間中だけ一時的に移転をしてもらうという交渉もありますが、いずれにしても従前の賃貸借契約の解消等は必要になる場合が多いです。)。

賃借人との間で、退去に向けて合意解約の交渉が首尾よく進めば問題は無いですが、賃借人が解約に応じない場合は、一般的には期間内解約は不可能なため、契約期間満了時において解約申入れ及び更新拒絶をして、退去を求めるということとなります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

正当事由があるか否かは、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」とされています。

この判断について、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、一つの参考事例として東京地方裁判所平成18年10月12日判決の事例を紹介します。

この事例は、

・築45年以上の鉄筋コンクリート7階建ての賃貸ビル

・老朽化が進んでいたため、建て替えを理由として、賃借人に解約申入れ

・立退料として賃料の12年分(7610万円)の提供を申し出た

・賃借人は、複数のスペースを借りて、飲食店やスキューバーダイビングスクールの店舗として利用していた

という事例です。

裁判所は、結論として、「正当事由は認められない」と判断して、賃貸人側からの明渡しの請求は否定しました。

賃借人側が営業のために使用を継続する必要性が高いこと、賃貸人からの明渡通知の1年前に賃借人が改装工事を行っていたこと、耐震診断の結果の信ぴょう性に疑問があることなどを認定し、立退料の金額について検討するまでもなく、正当事由が否定されました。

賃貸人側にとっては酷な判断結果となっていますが、老朽化ビルについての一つの判断事例として参考となるものです。

この結論を導いた判断の内容は以下になります。

1 賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情について

「賃借人は、スクーバダイビングに関する業務(スクール、ツアーや、これに関係する物品販売等)を行う会社であり、本件各建物を賃借した後、これらを旅行業務のカウンター、ダイビングサロン、レクチャールーム、事務所等に使用していたこと、平成15年1月ころ、賃貸人の承認を受けた上で、本件建物1の改装工事を行い、飲食店の営業を開始したこと、現在は、本件建物1を飲食店として、同2、3及び6をダイビングスクール、サロン及び倉庫として、同4及び5を事務所として使用していることが認められる。また、賃借人の店舗、ダイビングスクール等の移転先の確保が容易であることの立証はない。そうすると、賃借人が本件建物1~3及び6を使用する必要性の程度は高いということができる。」

「これに対し、賃貸人は、本件ビルを取り壊す予定であり、本件建物1~3及び6を使用する必要性がないことは明らかである(本件ビルの建て替えの必要性については、後記(4)で検討する。)。」

2 賃貸借に関する従前の経過について

「賃借人が本件建物1及び2を平成5年に、同3を平成7年に宮川不動産から、同6を平成12年に賃借人から、それぞれ賃借し、その後現在に至るまで営業のために使用していること、平成15年1月ころに本件建物1の改装工事を行い、飲食店の営業を開始したこと、賃貸人が、平成16年8月に賃借人に本件内容証明郵便を送付して、本件建物1~3の明渡しを求めたことは上述のとおりである。

「また、・・・上記改装工事は、工事期間を平成15年1月下旬から2月末までとし、本件建物1の従前の内装を全面的に解体撤去して、軽鉄、木工、左官、防水等の建築工事や、空調、電気、給排水等の設備工事を行うものであり、賃借人は、賃貸人に工事内容を説明し、その承認を受けた上で、施工をしたものであること、〈2〉 賃貸人は、本件内容証明郵便を送付するに当たり、事前に、賃借人を含めた本件ビルの賃借人に対して、本件ビルには老朽化、耐震性等の問題があり、解体撤去する方針であることを説明したり、賃借人の側の要望等を聞いたりすることはなく、唐突に本件内容証明郵便を送付して本件各建物を平成18年10月末までに明け渡すよう求めたこと、〈3〉 その後、賃貸人と賃借人の間で本件各建物の明渡しに関する交渉が進められ、賃貸人が移転先の候補となる物件を賃借人に紹介するなどしたが、賃借人の希望に合致するものはなく、結局、賃貸人と賃借人は本件各建物の明渡しにつき合意に達するに至らなかったことが認められる。」

賃借人においては、賃貸人が改装を承諾したことから、今後も当分の間(少なくとも改装費用を飲食店の営業利益により回収することのできるまでの間)は、本件建物1~3及び6を使用し続けることができると期待していたと考えられるところである

そうすると、本件内容証明郵便の送付から明渡期限まで2年余りの期間があることや、賃貸人が賃借人の移転先の紹介に努めたことを考慮しても、賃貸借に関する従前の経過から正当事由の存在を肯定すべき事情を見いだすことは困難と解される。」

3 建物の利用状況及びその現況について

「本件ビルのうち」、被告である賃借人「以外の部分は、すべての賃借人が賃貸人の明渡請求に応じたので、平成18年11月1日以降使用されることはないと認められる。そして、賃貸人は、このような利用状況や、老朽化して多額の補修費用を要するだけでなく、耐震性にも劣るという本件ビルの現況に照らすと、建て替えの必要があると主張するものである。

ア 賃貸人が主張の根拠とする本件調査結果によれば、「要約」の項には、緊急を要する修繕更新事項として、外装につき住戸部外壁の漏水調査及び修繕、スチールサッシュ更新等、内装につき内部建具の窓ガラスの交換、給排水配管更新に伴う内装工事等、電気設備につき1階外部幹線ボックス補修、7階階段照明器具の補修等、衛生設備につき増圧給水方式への変更、衛生配管の更新等が列挙され、緊急を要する修繕更新費及び今後12年間に必要と思われる修繕更新準備費用は概算で2億5740万円であると記載されている。

しかし、調査の方法は、設計図書の確認、現地での目視調査及び施設管理者(東急コミュニティーの従業員)へのインタビューにとどまり、現地調査の時間も2時間半程度である。また、具体的な調査の結果をみると、例えば、〈1〉 地上構造につき、外観からの目視では躯体の詳細状況は確認することができず、特に問題となるような劣化はみられないが、竣工後45年が経過しているので詳細な診断を実施することを推奨する、〈2〉 外壁につき、ほとんどの住戸に外壁からとみられる漏水がある旨を管理者とのインタビューで確認している、〈3〉 スチールサッシュにつき、変退色、発錆がみられ、一部分には母材の欠損もみられるので、早期に更新が必要である、〈4〉 屋上につき、現状では漏水していない旨を管理者とのインタビューで確認しているが、屋上のシート防水は一部分に劣化がみられるので更新が望まれ、3階屋上のシート防水は全般に膨れがみられ、防水層の破断もあるので早急な更新が必要である、〈5〉 1階玄関ホール、各階エレベーターホール、廊下等につき、天井、壁色モルタル吹き付け、床コンクリート打ち放ちとも特に目立った劣化はみられないが、経年劣化により定期的な修繕が必要となる、〈6〉 電気設備につき、1階外部の幹線配管類等は老朽化が顕著で腐食や破損している部分もみられるので、早急に防錆措置を施されたい、〈7〉 給排水衛生設備につき、高架水槽は老朽化が進行しており、受水槽は地下コンクリート製で現行法基準に合致しておらず、衛生上も好ましくないため、3~5年をめどに更新されたい、また、未更新の配管類は老朽化傾向が顕著であり、1~3年をめどに二次診断を実施し、更新されたい、〈8〉 エレベーターにつき、老朽化が顕著であり、予防保全措置として、1~5年をめどに更新されたいといった記載がある程度であって、屋上や外壁の内部に及ぶひび割れ、剥離等が存在すること、コンクリートや鉄骨、鉄筋に劣化がみられることなど本件ビルに差し迫った危険性が生じていることを示す記載はない。

かえって、・・・、雨漏りや水道水の濁り、天井や壁のひび割れ等は生じておらず、賃借人が本件各建物を飲食店、ダイビングスクール等に使用する上での実際上の支障はないと認めることができる。

したがって、本件調査結果は、老朽化に関する賃貸人の主張を客観的に裏付けるものではないというべきである。

イ また、耐震性についてみると、・・・、〈1〉 建物の耐震性を示す指標には、Is(構造耐震指標)、PML(予想最大損失率)等があること、〈2〉 Isは、建物の構造耐震性能を示す指標であり、Isが0.6以上であれば地震の震動及び衝撃により倒壊又は崩壊する危険性が低いが、0.3未満の場合にはその危険性が高いとされること、〈3〉 PMLは、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際によく用いられる災害損失の指標であり、対象施設に対して50年間に10%を超える確率で予想される最大規模の地震が起き、予想される最大の損失が発生した場合における、被災前の状態に復旧するために必要な補修工事費が当該施設の再調達価格に対して占める割合をいうものであって、地震による危険度は、PMLが0~10%で極めて低い(軽微な構造体の被害)、10~20%で低い(局部的な構造体の被害)、20~30%で中位(中破の可能性が高い)、30~60%で高い(大破の可能性が高い)、60%以上で非常に高い(倒壊の可能性が高い)とされること、〈4〉 昭和56年改正後の建築基準法の下での耐震性基準により設計された建物は、PMLが10~20程度であるのが一般的であるが、それ以前の建物は、20以上であることが多いこと、〈5〉 本件ビルは、昭和32年ころの設計であって、上記改正前の基準によるものであること、〈6〉 本件調査結果は、設計図書に基づき、本件ビルの耐震性能を簡易診断手法を用いて概略的に評価した上で、PMLを算定したものであること、〈7〉 本件調査結果による本件ビルのIsは、1階X方向(東西方向)が0.668(評価はA:耐震性に優れている。)、Y方向(南北方向)が0.355(評価はB:どちらともいえない。)、2階X方向が0.576(評価はB)、Y方向が0.301(評価はC:耐震性に疑問あり。)、3階X方向が0.542(評価はB)、Y方向が0.232(評価はC)であったこと(同86~93頁)、〈8〉 本件調査結果によれば、PMLの算定にはIsのうち最も劣る値(本件ビルの場合は3階Y方向の0.232)が用いられるとされており、これにより算定されたPMLは、90%信頼の値で、56.8%であり、本件ビルが中破以上の被害を受ける確率は80%であったことが認められる。

これによれば、本件ビルの耐震性は、昭和56年改正後の基準により設計された建物より劣るということはできる。しかし、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際に用いられるPMLを借地借家法の下での正当事由の有無の判断に供することが適切であるかどうかはともかく、本件調査結果における上記PMLの算定は、設計図書に基づくものであり、いわば机上の計算にとどまること、PMLの算定に当たり、耐震性に優れているとされる1階X方向のIs等を考慮せず、3階Y方向のIsのみを用いることの合理性について何ら立証されていないことに照らすと、本件調査結果により、本件ビルの耐震性に重大な欠陥があり、これを建て替える必要性があると認めることはできない

ウ したがって、老朽化や耐震性に問題があるので本件ビルを建て替える必要があるとの賃貸人の主張は、これを裏付けるに足りる客観的な証拠に欠けるものであって、直ちに採用することはできないというべきである。」

4 立退料の提供について

「立退料等の金員は、あくまでも、解約申入れ又は更新拒絶に際しての賃貸人の事情と賃借人の事情を比較衡量した結果、建物の明渡しに伴う利害得失を調整するために支払われるものである。すなわち、その比較衡量の結果、正当事由を認めるには必ずしも十分ではないものの、立退料が支払われれば不十分さが補完される場合には、これにより双方の利害得失が調整され、正当事由が具備され得るのに対し、そもそも正当事由を認めるべき事情がなく、又はわずかしか存在しない場合には、立退料による調整は働かず、その支払により正当事由が具備される余地はないと解される。

本件においては、本件建物1~3及び6を使用する必要性は、賃貸人よりも賃借人の側がはるかに高いこと、賃貸借に関する従前の経過に照らしても、正当事由の存在を肯定すべき事情は見いだし難いこと、本件ビルの老朽化や耐震性に関する賃貸人の主張も採用することはできないことは、上述のとおりである。

 そうすると、立退料の額の判断に立ち入るまでもなく、立退料の支払により正当事由が補完されるとの賃貸人の主張は失当というべきである。

5 結論

「以上によれば、賃貸人の解約申入れ及び更新拒絶に正当事由があると認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、本件建物1~3及び6の明渡しを求める賃貸人の請求(本件建物1については主位的請求及び予備的請求)は、いずれも理由がない。」

(建物の概要)

一棟の建物の表示

所在 渋谷区〈住所略〉

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根7階建

床面積 1階 726.64平方メートル

2階 726.64平方メートル

3階 502.01平方メートル

4階 502.01平方メートル

5階 502.01平方メートル

6階 502.01平方メートル

7階 502.01平方メートル


この記事は2020年4月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

賃貸アパートを1棟購入しました。

アパートは全部で6室あり、満室の状態ですが、その内の1室については、私がアパートを購入した時点で、賃借人が家賃を半年分ほど滞納していました。

半年分の滞納賃料についても、アパートの購入時に併せて前所有者から債権譲渡を受けています。

今後もしっかり賃料を払ってくれるかわからないので、この賃借人との契約は解除したいと考えています。

契約の解除は可能でしょうか。

【説明】

不動産の賃貸借契約においては、売買などの単発の契約とは異なり、ある程度の長期間、賃貸人と賃借人が継続的に関係性を持つことが想定されています。

賃貸借契約においては、このような賃貸借特有の継続的関係という観点が重視され、「契約の解除」という側面においては、単に「契約に違反する事実があった」ということだけでは賃貸人からの解除は認められません。

解除が認められるかどうかは、「契約違反行為が、賃貸借契約の当事者の信頼関係を維持する基盤を失わせるに足る程度の著しい背信行為」と言えるかどうかによりその成否が判断されることになります。

賃料の不払いにおいても同様で、一か月不払いがあった、というだけでは賃貸人からの解除は認められず、数か月間(判例実務では建物賃貸借の場合は3か月程度とされています)の賃料の滞納が続いて、初めて「信頼関係が破壊された」として契約の解除が認められる、とされています。

本件では半年以上の滞納が生じていた、ということであれば、信頼関係が破壊される程度の背信行為があった、とは言えます。

もっとも、本件で問題となるのは、

「賃料の滞納が、前所有者(前賃貸人)との間で生じた」

という点です。

賃料の長期間の滞納という信頼関係の破壊行為は、あくまでも「前賃貸人」と「賃借人」との間で生じたものです。

したがって、新所有者に賃貸借契約が移った後、新賃貸人に対して賃料の滞納がなければ、「現賃貸人」と「賃借人」との間では、まだ信頼関係を破壊するほどの賃料滞納は発生していない、ということとなります。

以上を踏まえると、新所有者(現賃貸人)は、前所有者(前賃貸人)の時に発生していた賃料の滞納を理由として、賃貸借契約を解除することはできない、ということが原則となります。

しかし、本件の事例のように、

前所有者の際に発生していた滞納賃料債権について、建物の所有権譲渡と併せて新所有者(新賃貸人)が譲り受けた場合

には、当該滞納賃料が新所有者に帰属します。そして、新所有者が当該滞納賃料の請求をして、その支払がなされない場合には、新所有者と賃借人との間の信頼関係は破壊されたということできますので、新所有者も契約の解除が可能となる、と考えることができます。

この問題を論じた裁判例が東京高等裁判所昭和33年11月29日判決の事例です。

この判決は、本件と同じく、新所有者が前所有者の間で発生していた滞納賃料についても譲り受けていたという事案において、

①「賃料不払に基く賃貸借契約の解除権は、賃貸人に専属するものではあり、延滞賃料債権が第三者に譲渡された場合には、その第三者が賃貸借契約の当事者でなければ、解除権を有しないのはもちろんである」

と述べた上で、

②「新所有者は上記認定のとおり延滞賃料債権を譲り受けたのは新所有者が本件家屋を買受けた結果、賃借人との本件賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継するとともになされたものであり、しかも、新所有者人は譲り受けた延滞賃料債権ばかりではなく、新所有者が賃貸人となつた後の延滞賃料債権(引続き合計十五ケ月分)をも合せて請求しているのであるから、契約解除の前提としての催告としてはもちろん、その延滞賃料を上記認定の相当期間内に支払わないことを条件としての契約解除の意思表示もまた有効といわなければならない。」

と判示しました。

この事案では、新所有者の元でも新たに賃料の滞納が生じていたことが伺われますが(ただし、その期間は不明)、いずれにしても、①の判示から、賃貸借契約の当事者が延滞賃料債権の譲渡受けた場合の解除を認める趣旨での判示であると解釈することはできます。


この記事は、2020年3月29日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は商業用ビルを所有しています。

ビルの一室について、新たに貸すことになりましたが、その際の使用目的としては、「不動産業の事務所」として賃貸することになりました。

しかし、賃借人への引渡し後、賃借物件の内装工事の様子を見たところ、不動産業の事務所ではなく、賃借人が「不動産業の事務所」ではなく、貸机業(いわゆるレンタルオフィス)の事務所として使用しようとしていることが判明しました。

こちらからは、「契約と違うので止めてくれ」と賃借人に要望しましたが、賃借人から「2年間だけで良いので、やらせてくれ」と懇願されましたので、「契約期間が経過したら相談の上廃止する」旨の念書を取り交わして、やむなくレンタルオフィスとして使わせることを認めました。

 

その後、契約更新が何度かあり6年が経ちましたが、更新の度に同様の念書は取り交わしていました。

この度、契約期間が満了したので、レンタルオフィスとしての使用は止めるよう賃借人に申し入れたところ、賃借人側はこれを無視してなおレンタルオフィスとして使用を続けたため、こちらからは用法違反として解除通知を出しました。

すると賃借人側からは

「レンタルオフィスは会員制を採用して貸主に迷惑がかからないように十分配慮している」

などと主張し、用法違反の程度は大きくない等と主張して解除を争っています。

こちらからの主張は認められるのでしょうか。

【説明】

住居以外のビル・店舗などの建物の賃貸借契約においては、その「使用目的」が定められることが通常です。

使用目的の定め方は「住居」、「事務所」等の抽象的な記載の場合もあれば、「飲食業」、「学習塾」等と具体的に特定して定める場合もあります。

賃貸人側としては、契約で使用目的を定めることにより、当該賃借物件(もしくはビル全体)の品位や質、環境の維持・保全を図るという意味があります。

そのため、万が一、賃借人が、契約で定められた目的と違う目的で当該賃借物件を使用していた場合には、契約違反となりますので、その使用方法を是正するよう求めることができます。

しかし、賃借人側が、是正要望に応じなかった場合に、「契約違反」として解除ができるか、ということが法律上問題となります。

この点、賃貸借契約については、「当事者間の信頼関係に基づく継続的契約である」ということから、契約違反があるからとして直ちに解除が認められるわけでなく「契約違反が信頼関係を破壊する程度」に至っている必要があります。

契約目的に違反した使用(いわゆる「用法遵守義務違反」)の場合も同様に、その用法違反が「信頼関係を破壊する程度に至っている場合」でなければ、賃貸人側からの解除は認められないということになります。

この信頼関係破壊の有無については、裁判で争われた場合には、

・使用目的からの逸脱の程度

・使用目的違反による賃貸人側の不利益の程度

を総合考慮して決せられることになり、この点は、ケースバイケースの判断となりますので、具体的な過去の裁判事例を参考にしながら限界点を見定めていく必要があります。

本件の事例は、この用法違反による解除が問題となった東京高等裁判所昭和61年2月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、賃借人が契約目的に違反した用法で使用していたことは争いがなかったものの、賃貸人と賃借人との間で

「現在の貸机業務は本賃貸借期間内とし、契約更新時には貴社と相談の上、廃止するものとする。」との記載のある念書が取り交わされていたことの意味を巡って争いとなり、第一審の判決では、賃借人側の勝訴(解除は認められない)という結論となりました(理由は不明ですが、信頼関係破壊が認められないという理由に基づくものと推測されます)。

しかし、控訴審においては、裁判所は

・レンタルオフィスとしての使用形態は、「家主としては、全く人的信頼関係がなく直接の接触の乏しい多数の者が自己所有のビルの一室に出入りすることになるので、法律関係の複雑化をもたらすのみならず、かかる貸机業を営む者がビルの一室を賃借していると、事実上当該ビル全体の品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となる」

・賃貸人側が、レンタルオフィスとして使用することに対して異議を述べており、実際に期間満了後に廃止する旨の念書も取り交わしていたという経緯

を重視して、賃貸人側の主張(解除)を認めました

なお、念書の中には「賃貸人と相談の上廃止する」という文言があり、賃借人側としては、

「念書に「相談の上」という記載があるから、協議の一致がなければ貸机業を廃止する必要がない」

と争いましたが、この主張に対して裁判所は

「貸机業廃止の具体的方法等について協議する趣旨、ないしは、もしも契約更新時の協議において合意に達すれば、貸机業の継続、あるいは何らかの条件を付しての継続等もありうるとの余地を残す趣旨の文言である」

と判断して、賃借人側の主張を認めませんでした。

この事例は、レンタルオフィス業態としての使用方法が、家主側にとって嫌われるものであり、ビル全体への影響(不利益)が大きいという事情を重視したものと思われます(この裁判例が出された当時と比べて、現在ではレンタルオフィス業はかなり広く普及してきているという社会情勢の変化もありますので、現在もし同じ理由で訴訟となった場合には違う判断となる可能性もあります。)。

このように、「用法違反による賃貸人への不利益の程度」というものを慎重に検討して対応を見定める必要があります。

【参考:東京高等裁判所昭和61年2月28日判決】(賃借人:賃借人、賃貸人:賃貸人)

1 用法違反を理由とする本件賃貸借契約の解除の成否について検討する。

「賃借人は、氏家不動産株式会社の藤敏博の仲介により、公協ビルヂングの担当者内田敬男と交渉して昭和五一年九月二七日本件貸室を賃借したものであるが、その際の契約書には、使用目的として「不動産業務の事務所として使用する」と記載されており、公協ビルヂングとしては当然その旨了解していた。ところが、賃貸借契約締結後、賃借人が施工する本件貸室の内部造作工事の様子を見て、内田は不審に思い、賃借人に問い質したところ、賃借人は、本件貸室でいわゆる貸机業を営むつもりであることが判明した。

(二) 貸机業なるものは、ビルの一室等の占有権原を有する者(所有者、賃借人等)がその室内に相当数の机を置き電話を設置し、これを第三者(会員などと称する)に有料で使用させることを主な内容とするものであり、室内の特定の机につき特定の会員に専用の使用権限を認めると共に、貸机業者側で事務員を置いて、外部よりの会員に対する電話の応対(一般に会員の社名等を称して行う)及び会員宛の郵便物の受領等のサービスを提供するものである。このような貸室の利用者(会員)は、当然のことながら一般に、机一つあれば仕事ができる業態の小規模な個人業者、定まつた連絡場所、執務机さえあればよい外回りの業者等であり、取引先との間にトラブルを起こすことがままあり、また、賃借人が貸机業者の場合、家主としては、全く人的信頼関係がなく直接の接触の乏しい多数の者が自己所有のビルの一室に出入りすることになるので、法律関係の複雑化をもたらすのみならず、かかる貸机業を営む者がビルの一室を賃借していると、事実上当該ビル全体の品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となるとして、これを嫌う家主が多い。

(三) 公協ビルヂングも、上記のような理由から賃借人が貸机業を営むことに難色を示したが、賃借人の懇請により期間を限つてこれを認めることとし、契約締結後の昭和五一年一〇月二二日賃借人から、その第一項に「現在の貸机業務は賃貸借期間の二年以内とし、契約更新時には貴社と相談の上廃止するものとする。」との記載のある念書(甲第二号証。但し、年数を訂正する以前のもの)を差入れさせた。その後、右念書の第一項記載の年数は、賃貸借契約の更新(昭和五三年一〇月五日、同五五年一〇月五日)に伴い、「四年」、「六年」と書き改められ、右第一項の期限は、昭和五七年一〇月四日ということになつた(以上のうち、賃借人が甲第二号証を差入れたこと、同号証記載の年数が「四年」、「六年」と書き改められたことは、当事者間に争いがない。)。

(四) 賃貸人は、前判示のとおり昭和五六年六月八日公協ビルヂングから本件貸室を含む本件建物を買い受け、同月二九日所有権移転登記を経由し、賃借人に対する賃貸人の地位を承継したが、翌三〇日あらためて賃借人との間で、従前の賃貸期限である昭和五七年一〇月四日を期限とする本件賃貸借契約を締結した。右契約に先立ち、賃貸人は、賃借人が本件貸室で貸机業を営んでいることを知り、公協ビルヂング同様、前記(二)のような理由から貸机業を本件建物にふさわしくないものと考え、その廃止を求めたところ、賃借人からその継続を懇請されたので、やむをえず右賃貸期限まではこれを認めることとし、契約直後の昭和五六年七月一日賃借人から前記甲第二号証の念書とほぼ同一文言の念書(甲第五号証)を差入れさせた。その第一項は、「現在の貸机業務は本賃貸借期間内とし、契約更新時には貴社と相談の上、廃止するものとする。」となつている。

(五) そして、賃貸人は、昭和五七年三月一一日賃借人に到達した内容証明郵便で、同年一〇月四日の賃貸期限までには約束どおり貸机業務を廃止するよう予め要請するとともに、右賃貸期限の経過後賃借人に対し、本件貸室を貸机業に使用することをやめるよう催告した。

(六) しかしながら、賃借人は、右催告にもかかわらず、本件貸室において貸机業を継続した(なお、賃借人は、現在も本件貸室を貸机業のために使用しており(この事実は当事者間に争いがない。)、本件貸室内に約二〇個の机を置き(会員数約二〇)、室内の一部を間仕切りした個室数個を設け、電話一三本を架設し、賃借人の雇用する女事務員一名及び賃借人代表者の計二名で会員に対する電話の応対等のサービスを行つている。)。

(七) そこで、賃貸人は、昭和五八年一月二八日付準備書面により、賃借人に対し用法違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は右同日賃借人に交付された(この事実は当事者間に争いがない。)。以上のとおり認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用することができず、そのほかに右認定を左右すべき証拠はない。

2 右に認定した事実によれば、本件賃貸借契約には、賃借人において本件貸室を貸机業に使用してはならない旨の定めが存したものであり、賃借人が約定の昭和五七年一〇月四日を経過した後も、本件貸室において貸机業を営んできたことは、本件賃貸借契約に定められた用法に違反するものである(ビルの一室の賃貸借契約において、貸机業を行つてはならないことを賃借人の用法義務として定めることは、前項(二)に認定判示したところに照らし、相応の合理性があるものと認められる。)から、本件賃貸借契約は、前項(七)の解除によつて昭和五八年一月二八日限り終了したものと認めるのが相当である。

なるほど、賃借人が賃貸人に差入れた念書(甲第五号証)の第一項には前認定のとおり「貴社と相談の上」という文言があり、同項全体の意味がやや明確さを欠くことは否めないところであるが、先に認定した賃貸人が右念書を差入れさせた経緯、更に遡つて賃借人が公協ビルヂングに対し甲第二号証の念書(その第一項にも右と同一の文言が存在する。)を差入れた事情を勘案すれば、同項の右文言から、賃貸人・賃借人両名の協議の一致がなければ賃借人において貸机業を廃止する必要がないものとの解釈(それでは賃貸人としてはこのような念書を徴する意味がほとんどないことになる。)を導き出すことは到底できないというべきである。賃借人は、右各念書は、賃借人において、貸机を利用する者の選定にあたつては、会員制を採用して貸主に迷惑がかからないように十分配慮し、万一利用者が貸主に損害を与えるような事態が発生した場合には、自己が損害賠償の責に任ずるとともに、貸主と協議の上貸机業を廃止することとする旨を約したものにすぎない、と主張し、賃借人代表者は、当審における尋問において同旨の供述をする。しかしながら、たしかに、右各念書には、右賃借人主張の利用者の選定、損害賠償責任の点について別途規定されているが、これらの規定と前記第一項との関係は右各念書上何らこれをうかがうことができず、文理上からいつても賃借人の右主張にはにわかに左袒することができない。結局、前記「貴社と相談の上」とあるのは、これを合理的に解釈すれば、貸机業廃止の具体的方法等について協議する趣旨、ないしは、もしも契約更新時の協議において合意に達すれば、貸机業の継続、あるいは何らかの条件を付しての継続等もありうるとの余地を残す趣旨の文言であるにすぎないものと解さざるを得ない。」


この記事は、2020年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。

ビル・店舗などの商業用施設の賃貸借契約においては、正式に賃貸借契約が締結される前の段階で、賃借人からの申込後に、賃貸人と賃借人との間で契約締結に向けて時間をかけて交渉が行われて契約締結に向けて準備を重ねるという段階を経ることがあります。

この間、賃貸人側では、賃借予定フロアの募集を止めて契約成立に備える等し、他方で、賃借人側では移転に向けての既存の賃借物件の解約手続を進める等、契約が成立することを前提としてそれぞれ準備を進めるということもあります。

しかし、このような場合に、正式に契約締結に至る前に、どちらかの都合で一方的に賃貸借契約締結交渉が打ち切られてしまった場合には、打ち切られた側から、それまでの準備に要していた期間に発生した費用等について、たとえ「契約締結前」であったとしても、相手に対して損害賠償請求ができないか、という問題が生じます。

この点が問題となったのが、東京高等裁判所平成20年1月31日判決の事例です。

この裁判例の事案は、賃借人からの申込書が差し入れられ、賃貸することを前提として賃貸人側も対象フロアを募集対象から外し、申し込みから契約に向けての交渉期間も4~5か月に及んでいて、契約の調印日まで決まっていたところ、その直前になって、賃借人候補者のグループ企業の会長の意向が変わり、契約締結に至らなかったという事案です。

この事案では、賃貸人側から、賃借人予定者側に対して、対象物件を募集対象から外した段階から契約拒絶時までの賃料予定額が損害であるとして裁判を起こしました。

この事案で、裁判所は、契約締結に向けての交渉過程を踏まえて、賃借人予定者側が契約成立前に一方的に契約交渉を打ち切ったことは、

「契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり、これによって賃貸人に生じた損害を賠償する責任がある」

と判断しました。

また、損害額についても、基本内容について合意をした時から契約を拒絶した期間までについては、

「本件確保部分を他に賃貸する機会を喪失したことにより同額の収入を得られなかったというべき」

として、その間の賃料相当額を損害として賠償を認めました。

この事例は、賃借人側の事情で一方的に契約締結を拒絶したことについて損害賠償が認められたという事例ですが、逆に賃貸人側の事情で契約締結を拒絶した場合にも損害賠償が認められる場合もあります。

以上の通り、「契約が成立していない限り責任は負わない」ということにはなりませんので、賃貸借契約締結に向けて交渉が続いている場合に、一方的に契約を拒絶するという対応をする場合には、交渉の過程や契約交渉を打ち切ることについての正当な理由の有無などが無いかどうかなど、賠償責任を負わないように注意することが必要です。

【参考:東京高等裁判所平成20年1月31日判決】(1審被告:賃借人、1審原告:賃貸人)

1 賃借人予定者への損害賠償の可否について

「フィデリティ証券次いで1審被告は、前記のとおり、平成15年3月以来、本件建物の一部を目的とする賃貸借契約の締結に向けて1審原告と交渉を重ね、同年11月19日には1審原被告間で本件合意がされたが、本件合意時までに賃借目的部分が本件建物の15階・16階とされたほか、本件合意によって、契約の始期を当初予定日よりも1か月先送りし、1審原告が費用を負担してセキュリティ扉を設置する、敷金保全のための銀行保証をすることが取り決められ、また、これより先に1審被告あてに送付された契約書及び覚書類の案文により、本件建物に係る賃貸借契約の賃料・共益費、契約期間、保証金額等についての1審原告の具体的提案が判明するまでになり、当事者双方とも、本件合意によって賃貸借契約締結に当たっての重要な課題がクリアされたと考えていたというのである。そして、賃貸借契約の交渉の際に貸室申込書が提出された事案のうち約1割程度しか契約成立に至らないこと、ところが、1審被告は、同年9月30日の本件申込書上の期限を経過しても1審原告との間で本件建物に係る賃貸借契約成立に向けての交渉を重ね、この期間が通常の2か月ないし4か月を超えて5か月余に及んでいること、1審原告が既に本件確保部分を賃借人募集対象からはずす社内手続をとっており、そのことを1審被告が本件合意時までに承知していたことは、前記のとおりである。

これらの事実関係に照らすと、少なくとも平成15年11月19日の本件合意後においては、1審原告が本件建物に係る賃貸借契約が成立することについて強い期待を抱いたことには相当の理由があるというべきである。そして、1審原告が本件確保部分を賃借人募集対象からはずしていたのは、1審被告のそれまでの行為と交渉経過にかんがみ、本件建物に係る賃貸借契約が成立すると期待し、1審被告への賃貸目的物の引渡しを円滑にするためであったということができるが、この期待は無理からぬものということができるから、1審被告としては、信義則上、1審原告のこの期待を故なく侵害することがないように行動する義務があるというべきである。しかし、1審被告は、結局、賃貸借契約を締結せず、これを締結しなかったことについて正当な理由をうかがい知る証拠はない。したがって、1審被告には契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり、これによって1審原告に生じた損害を賠償する責任があるということができる(最高裁第三小法廷平成19年2月27日判決裁判集民事232号345頁参照)。」

 

2 損害額について

「本件確保部分(1434.04坪)の平成15年11月20日(本件合意の翌日)から平成16年1月29日(賃貸借契約締結拒絶の日)までの間の約定予定賃料及び共益費の相当額(坪単価月額3万1000円)は、計算上、1億0234万2654円であると認めることができるから(平成15年11月分〔11日間〕1630万0254円、同年12月分4445万5240円、平成16年1月分〔29日間〕4158万7160円)、1審原告は、この期間について本件確保部分を他に賃貸する機会を喪失したことにより同額の収入を得られなかったというべきである。」


この記事は、2020年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。