【地主からの相談】

私は所有している土地を貸しているのですが、その借地人から「借地権と建物を5380万円で売買する予定なので、借地権の譲渡を承諾して欲しい」との申し入れがありました。

 

その後、私と借地人、借地権の買受予定者との間で「借地人から私に譲渡承諾料として550万円を支払うことを条件として、借地権譲渡を承諾する」という内容で合意し、私は、借地人から譲渡承諾料550万円の支払いを受けました。

 

しかし、それから間もなくして、買受予定者の債務不履行により、借地人と買受予定者との間で借地権の売買契約が解除されたという話を聞きました。

そのため、借地人からは「支払済の譲渡承諾料550万円を返還して欲しい」と言われています。

 

借地人は売買契約の解除に伴う違約金として1076万円を受け取っているようですので、私が譲渡承諾料を返すのは、借地人が二重に利益を受けるのではないかと思い、釈然としません。

私は、譲渡承諾料を返さなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和元年11月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

借地権の売買契約が解除されたとなれば、当然借地権の譲渡承諾料も返還されるのでは、と思われるところですが、本件の事例で、裁判所は、結論として、地主は借地人に対し支払済の譲渡承諾料を返還しなくても良い、と判断しました。

その理由としては、「借地権売買契約が解除となった場合について、地主と借地人との間で、支払済の承諾料について返還すべき、という取り決めをしなかったから」というのが主な理由となっています。

これを具体的に見ますと、裁判所は、以下のように述べています。

・本件借地権の譲渡の承諾や本件承諾料の支払に係る部分は,借地人と地主との間で合意されたものであること

・借地人としては,今後,地主に対して本件承諾料の支払をしたとしても,後に,買受予定者が借地人に対して売買代金の支払を怠るなどして本件売買契約が解除される可能性があることも想定することができ,そのような場合に支払済みの本件承諾料の返還を求めることができるものとするのであれば,あらかじめ地主との間でその旨を合意するなどの対応を採ることも可能であったこと

しかるに,借地人と地主との間の合意では,そのような場合の取扱いについての定めは特にもうけられていないこと,したがって,借地人と買受予定者も,本件売買契約が解除されたからといって,当然には本件承諾料の返還を求めることができないものと認識していたことがうかがえることが認められる。

・これらのことに照らせば,借地人と買受予定者との間の本件売買契約が解除されたからといって,直ちに,そのことが,借地人と地主との間の本件承諾料を支払う旨の合意の効力に消長を来すものではないというべきである。

なお、借地権の売買契約が白紙になったのに、譲渡承諾料を地主が保持し続けるのは公平ではない、ということも借地人は主張しましたが、この点については、借地人が売買契約解除の違約金として1076万円を受け取っていることを理由として、直ちに公平に反しない、と裁判所には判断されています。

この裁判事例を教訓にすると、借地権の譲渡をする場合は、借地人としては、地主への承諾料の支払いについて、その後の借地権譲渡契約の解除の場合も想定して地主と承諾料の支払・返還については合意してしっかりと取り決めをしておく必要があります。


この記事は、2021年5月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【中古マンションの売主】

当社は、築約45年のマンションを購入し、フルリフォームして、1480万円で売却しました。

 

しかし、売却後まもなく、買主からは

「台所の流し台に洗い桶1杯分程度の水を流すと,残飯や汚水が逆流する排水不良が発生する。専門業者にその原因を調査させたところ,本件建物の排水管に詰まりが発生していることが判明した。これは瑕疵だから排水管の交換費用を賠償してもらいたい」

という連絡が来ました。

 

当社としては、これは経年劣化が理由であり、瑕疵担保責任は負わないと考えていますが、このような主張は認められるでしょうか。

【説明】

不動産の売買において、土地や建物に不具合や欠陥がある場合、民法五七〇条により損害賠償請求や、場合によっては契約の解除が認められます(これは、以前は「瑕疵担保責任」と言われていましたが、民法改正により、これは「契約不適合責任」と言われることとなりました。)。

本件は、東京地方裁判所平成28年4月22日判決の事案をモチーフにしたものですが、当時は改正前の民法が適用されるため、本件においては、築約45年のマンションについて、排水管における不具合が「隠れた瑕疵」といえるか、という点が問題となりました。

ここで旧法における「隠れた瑕疵」とは

「売買の目的物に民法五七〇条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることを言う。」

とされています。

これを本件に当てはめて言えば

「売買目的物である本件物件について合意された品質と性能は,築45年の分譲マンションが通常有する程度のものであったということができ,本件契約に関する民法570条の「瑕疵」の該当性も,そのような品質性能を欠いているか否かという観点から判断すべきである。」(東京地方裁判所平成26年1月15日判決参照)

ということとなります。

上記の前提を踏まえ、本件において裁判所は、

「本件建物の台所に存在する流し台に,一度に多量の水を流し入れると,一時的に水が滞留し,排水口から空気が噴出してくる場合もあることが認められるが,流水の状況は,若干時間を要するものの,短時間のうちに流れ切る程度のものであり,流し台の使用に関して,特段支障になるとは認め難いものである。」

「また,本件建物は,昭和43年12月に建築されたマンションの一室であり,本件売買契約当時,建築後44年以上が経過していたことが認められるところ,このような本件建物の客観的な状況などにかんがみると,設備等に関して,現在の新築物件に劣る部分があることは当然に想定されるほか,経年劣化により機能面において必ずしも十全とはいえない点が存在することも十分に想定されるから,前記のような流水の状況が存在することをもって,本件建物が,前記のとおりの築年を経過した中古マンションとして通常有すべき品質又は性能を欠くものであったとは認め難いといわざるを得ない。

と述べて、瑕疵担保責任を否定しました。

なお、本件では、売主は、売買の広告において

「新築同様にフルリフォーム完了!」と表示して本件建物を売りに出していたため、買主側はこの点を捉えて、

「本件建物に新築と同様の品質及び性能が備わっていることを保証していたとして,前記のような流水の状況が存在することが本件建物の瑕疵に当たることになる」

と主張しました。

しかし、この点についても、裁判所は、

「本件建物が建築から相当年数を経過した中古マンションであったことは本件売買契約の前提とされていたのであって,リフォームが行われたとしても,これが現在における新築物件と同様の品質及び性能を備えることはおよそ期待できる状況にはなかったと考えられるから,前記のような表示があったことによって,瑕疵の存否に関する前記の判断が左右されるものではない。」

と述べて、やはり売主の責任を否定しました。

本件のように、築年数が相当経過した中古物件の売買においては、不具合があっても、それが瑕疵(契約不適合)か、経年劣化かが問題となります。

築年数が相当経過した物件の売買では、トラブル防止の観点からは、当事者間において機能面が必ずしも十分に満たされていない可能性があることについて、可能な限り認識をすり合わせておく必要があること、また、インスペクションの利用も検討されるべきと考えられます。


この記事は、2021年4月11日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸アパートオーナーからの質問】

私は、相続で親からの遺言で賃貸アパート1棟(合計4部屋)を取得しました。

しかし、このアパートは既に築40年以上建っていて老朽化しており、改修するためには830万円が必要と言われています。また、アパートは借地上に建てたもので、借地契約の更新料650万円が未払いの状況でした。

 

また、私自身相続で、他の相続人に遺留分として約3300万円の支払をしなければならない状況で、相続税約100万円すら払えず、金銭的にとても困ってしまっていました。

そこで、借地権と併せてアパートを売却することとし、賃借人に対して立退を求めたのですが、4戸のうち、3戸は応じてくれたのですが、残り1戸については、賃借人が81歳で、引っ越せないと言われ立退きに応じてもらえません。

なお、立退料として月額賃料の2年分以上である170万円(月の賃料は7万5000円です)と引越し費用の支払を提示しています。

このような状況でも、立退きは認められないのでしょうか。

【説明】

賃貸人が建物の老朽化等を理由として賃借人に対して賃貸物件の明渡しを求めるというケースは多いです。

この場合、賃貸人側から、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があり、この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけではなく、賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較考量して判断されます。

この中で最も重要なのは

建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情」です。

実務上は、賃貸人側からは建物の老朽化を理由とした建替えの必要性を正当な理由として主張する場合が多いですが、この理由のみで、賃借人の居住継続の必要性よりも上回ると判断されるケースは極めて少ないです。

本件は、東京地方裁判所平成26年5月14日判決の事例をモチーフにしたものですが、本件では、賃貸人側からは、建物老朽化に加え、賃貸人側の資金難を理由とした売却の必要性が主たる理由として主張されました。

この賃貸人側の必要性と、賃借人側の居住継続の必要性のどちらを重視すべきかが問題となったのが本件の事例です。

裁判所は、本件では、賃貸人側の資金難という事情を重視し、これに加えて立退き料の提供があることも重視して、以下のように述べて立退きを認めました。

「本件共同住宅(及びその借地権)を地主所有の本件借地と一括して売却する必要性が高かったというべきで,賃貸人において,地主と共にそのような計画を立て,本件賃貸借契約の更新を拒絶したこともやむを得なかったというべきである。」

「他方,賃借人における本件建物の使用の必要性は,住居とすることに尽きるもので,高齢で要介護2の状態にあり,外出時には電動カートの利用を要する状況にあるものの,本件建物それ自体は,そのような状況にある被告の居住に適したものとは必ずしも言い難いもので,賃貸人の好意によって事実上居住の便宜が図られていたにすぎないものもあり,むしろ,賃借人のいう条件を満たす転居先も存在すること,本件建物の居住期間などにも照らすと賃貸人が賃借人に対し一定の立退料を提供するのであれば,更新拒絶の正当性を補完するものと考えられる。

「そして,引越料その他の転居に要するものと見込まれる費用のほか,賃貸人が170万円の立退料の提供の申出をしていること,生活保護受給者である賃借人には一定の転居費用の支給も見込まれていること,その他本件に顕れた一切の事情を総合すると,170万円の立退料が提供されるならば,正当事由の補完として十分なものと考えられる。」

本件は、賃貸人の資金難を主たる理由とした賃貸物件の明渡に関する裁判例として参考になる事例と言えます。


この記事は、2021年4月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸人からの質問】

私は、世田谷区に2階建ての賃貸アパートを所有しています。

賃貸契約の際は、賃借人には保証会社を利用してもらっています。

 

この度、入居者の妻が室内で自殺するという痛ましい事件が起きてしまいました。

事件後に入居者は退去し、事件の3ヶ月後に新たな賃借人が入居しましたが、賃料は月額7万4000円だったのが、新賃借人には月4万3000円で貸さざるを得ないという状況でした。

 

自殺により賃料を減額せざるを得なかったということで、この損害を賃借人と保証会社に請求したいのですが、これは認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成26年8月5日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸物件において、賃借人またはその同居人が室内で自殺等に至ってしまった場合

① 自殺等について賃借人に責任があるか

② 責任があるとし、損害賠償額はどの程度認められるか

③ 保証人(保証会社)は上記損害賠償責任を負うか

という3点が主に問題となります。

まず、「① 自殺等について賃借人に責任があるか」という点については、

・建物の賃借人は,当該建物の使用収益に際し,善良なる管理者の注意をもってこれを保管する義務を負っていること

・賃借建物内で賃借人又はその他の居住者が自殺をした場合,当該建物を使用しようとする第三者がこれを知ったときには嫌悪感ないし嫌忌感を抱くことは否定できず,そのために新たな賃借人が一定期間現れず,また,現れたとしても本来設定し得たはずの賃料額よりも相当程度低額でなければ賃貸できなくなるであろうことが容易に推測できること

・したがって,建物の賃借人は,賃貸借契約上の義務として,少なくとも賃借人においてその生活状況を容易に認識し得る居住者が建物内で自殺をするような事態を生じないように配慮しなければならないというべきである。

という理屈により、賃借人は、自身または同居人の自殺等を生じさせた場合「賃借人としての善管注意義務違反」があるとして、これによって生じた賃貸人の損害について賠償すべき義務を負うというのが、裁判実務の考え方です。

 

次に、賃貸物件で自殺等の事故が生じた場合の損害賠償ですが、本件事例は、都市部のワンルームアパートという事例で、裁判所は以下のように、合計で賃料の2年分相当額(ただし、中間利息は控除)を賠償すべきと判断しました。

「本件居室の相当賃料額は本件賃貸借契約と同額の7万円と認められるところ,本件事故の告知の結果,通常,1年間は賃貸不能であり,その後の賃貸借契約について,一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1の額を賃料として設定するものと考えるのが相当である。

なお,実際には,本件事故の3か月後に本件居室に新賃借人が入居しているが,上記のとおり,事故直後に本件居室に入居することには消極的となることが一般的というべきであるから,原告の逸失利益の額の算定に当たり,新たな賃借人の入居の事実を斟酌することは適当ではない。」

「中間利息を控除した上で,原告の逸失利益を算出すると,次のとおり163万1877円となる。

1年目 7万4000円×12か月×0.9523(ライプニッツ係数)=84万5642円

2年目 3万7000円×12か月×0.9070=40万2708円

3年目 3万7000円×12か月×0.8638=38万3527円」

ちなみに、この事例では、自殺事故の約3ヶ月後に新たな賃借人が入居していますが、この点については、裁判所は以下のように述べて、損害額の判断には影響しないとしています。

実際には,本件事故の3か月後に本件居室に新賃借人が入居しているが,上記のとおり,事故直後に本件居室に入居することには消極的となることが一般的というべきであるから,原告の逸失利益の額の算定に当たり,新たな賃借人の入居の事実を斟酌することは適当ではない。

また、賃貸人は、自殺があった部屋の隣室と階下の部屋についても今後の賃貸に影響があると主張しましたが、この点も裁判所は以下のように述べて否定しています。

「本件居室の隣室及び階下の居室の賃料について減額をしなければならないという損害が生じた旨主張する。

本件建物の規模や構造に鑑みれば,本件居室の隣室の居住者が,本件事故について何らかの感情を抱くことは否定できない。しかしながら,本件居室の賃借人である被告Y1は,本件居室の使用収益に当たって善管注意義務を負うにすぎず,当然に他の居室の賃料額の減額について責任を負うことにならない。また,原告が本件居室以外の居室を新たに賃貸する場合,宅地建物取引業者において,賃借希望者に対して本件事故のあったことを告知する義務があるとはいえないから,新たな賃借希望者が本件居室以外の居室について賃貸借契約を辞退するなど,賃貸借契約が困難を生じることにはならない。」

3点目として、このような事件の損害賠償について、保証人(保証会社)も責任を負うかという点について、裁判所は、以下のように保証契約の内容を踏まえて保証会社の責任は否定しています。

「本件保証契約について,保証期間を本件賃貸借契約の期間と同一のものとし,保証金額を本件賃貸借契約の期間内に被告Y1(注:賃借人)が原告に対して支払うべき賃料等の総額を上限とすること,被告Y1が本件賃貸借契約に基づき負担する債務のうち賃料等の未払金の支払を保証の対象とすること,賃借人である被告Y1の責めに帰すべき事由により生じた本件居室の滅失又は毀損に係る損害賠償金は補償の対象外とすることが認められる。」

「本件事故によって原告に生じた損害は,本件賃貸借契約に基づく被告Y1の賃料等債務とは異なり,同被告の責めに帰すべき事由によって生じた本件居室の心理的な毀損に係るものというべきであるから,被告保証会社が保証すべき本件保証契約の対象ではない。」

このように本事例では保証会社の責任は否定されましたが、この点は、保証契約の内容・定め方によっては、保証会社が賠償責任まで負担する余地もあると考えられます。

なお、賃貸人は、その他、慰謝料や弁護士費用も請求しましたが、これは裁判所に否定されています。

本事例は、賃貸物件で自殺等の事故が生じてしまった場合に生じる損害賠償の問題とこれにまつわる争点について網羅的に判断しており、実務的に参考になります。


この記事は、2021年3月22日時点の情報に基づいて書かれています。

【店舗の賃借人からの相談】

私の家は、先代から店舗兼居宅を借りて、同所で青果小売店をやってきました。

借りている期間は先代から合わせると50年ほどになります。

家賃は、今は月額2万6000円です。

 

しかし、最近になり、大家から「この建物は築57年が経過していて大地震で倒壊の可能性があるので退去して欲しい。」と言われました。

ここで長年店舗を営んできており、今更引っ越せと言われてもとても無理な話ですので、断ったところ裁判を起こされてしまいました。

 

弁護士からは、最悪立ち退かなければならないと言われていますが、その場合の立ち退き料はどのくらいもらえるものなのでしょうか。

【説明】

賃貸人が老朽化を理由として賃借人に対して賃貸物件の明渡しを求める場合、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人からの解約の申入れは、それをしただけでは当然に解約が認められるわけではなく、賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較考量して判断されます。

実務上、本件のように、賃貸人側からは建物の老朽化を正当な理由として主張する場合はとても多いです。

しかし、建物の老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです

そのため、「立退料」の金額が具体的にどのように算出されるべきかが問題となります。

本件の事例は、東京地方裁判所平成25年4月16日判決をモチーフにした事例です。この事例で、裁判所は、建物の老朽化が相当進んでおり、解体の必要性が高いことは認めつつも、長年賃借物件で事情を営んできた賃借人の利益も考慮し、立退き料の支払いと引き換えに、賃借物件からの立退きを認めました

では、本件において裁判所は立退料をどのように算定したのでしょうか。

裁判所は、

①借家権価格

②営業補償

③引越費用

④住居補償

の4点をそれぞれ考慮して立退料を算定しました。

上記4点について、それぞれの具体的な算定方法と根拠については、以下判決を引用しますので、立退料算定の一つの方法として参考になります。

【東京地方裁判所平成25年4月16日判決(抜粋)】

ア 借家権価格について

借家権価格については,種々の算出方法があるところ,敷地の更地価格55万円/m2に建付減価・個別性評点を考慮して,本件建物の存する敷地価格を1億1553万5000円と評価した上で,割合方式によって本件店舗等に係る借家権価格を算定すると216万円となる旨の不動産鑑定評価がある(甲10)。もっとも,本件において,上記建付減価・個別性評点による修正を加える必要性・相当性については必ずしも明らかとはいえないことを考慮し,これらの修正をしないものとすると,本件建物の存する敷地価格は1億2814万4500円となり,当該価格に基づいて,本件店舗等に係る借家権価格を上記不動産鑑定評価と同様の割合方式によって算定すると240万円となり,当該額をもって相当なものと解される。

イ 営業補償について

(ア) 証拠(乙3から6まで)によれば,平成20年から平成23年までの間において,本件店舗等で営まれていた青果小売業に関しては,売上金額から原価を控除した金額(粗利益)は,年間250万円から350万円程度であったこと,そこから経費を差し引いた後の金額(営業利益)は,おおむね年間45万円から85万円程度(直近の平成23年度は約85万円である。)であったこと,他方で,上記期間における経費の中には,減価償却費(中途で事業を廃止した場合には,必ずしも当該支出を免れるとは限らない性質の経費である。)が年間45万円から60万円程度含まれていることが多かったこと等が認められる。

上記事情を総合すれば,被告らが本件店舗等における青果小売業を行えなくなる場合において補償されるべき得べかりし利益としては,1年につき120万円をもって相当であると解されるところである。

(イ) そして,本件においては,被告らの側には特段の落ち度もなく,本件店舗等からの退去を余儀なくされること,前述のとおり,被告らが代替の賃貸物件を見つけることが困難であり,営業自体の存続も危ぶまれると認められること等を考慮すれば,本件に係る営業補償としては,上記得べかりし利益の3年分をもって相当であると解されるところである。

ウ 引越費用

弁論の全趣旨によれば,被告らが,本件店舗等から退去するとした場合には,引越費用として,50万円程度の支出を要すると認められる。

エ 住居補償等

被告らは,本件店舗等を住居としても使用しているところ,① 転居に当たっては,入居時に,いわゆる礼金等の一時金の支出を余儀なくされると考えられること(公知の事実),② 本件賃貸借契約における賃料2万6000円は,近隣賃料等と照らしても低額であると考えられ(弁論の全趣旨),被告らが転居するに当たり,月額賃料の負担も増加することが見込まれること,③ 住居移転に関する種々の手続等に伴い,精神的負担を被ることになると解されること等の諸事情に照らせば,住居移転に伴う補償としては,70万円をもって相当であると解されるところである。

上記で認定した諸事情を総合すれば,本件賃貸借契約の解約に係る正当事由の補完のための立退料としては,720万円をもって相当であると解される。(借家権価格240万円+営業補償金360万円+引越費用50万円+住居補償等70万円)


この記事は2021年1月7日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの質問】

私が貸しているアパートの入居者が契約期間満了で退去することになりました。

この入居者は約8年間入居していたのですが、退去後に室内を確認したところ、台所や脱衣所、トイレの壁クロスに多大な傷破れ箇所があり、また、床にも入居者が付けた大きな傷が残っていました。

あまりにもひどい傷でしたので、全てクロスや床は全て交換が必要な状態だったので、せめてその半額は賃借人にも負担してもらいたいと伝えました。

これに対し、賃借人は

「壁クロスの耐用年数は6年間である。自分が入居したときから8年経っていて、耐用年数が経過しているから、クロスについて原状回復費用を負担する必要はない」

と反論してきました。

賃借人の使い方がかなり悪いせいで、全て修理・交換しなければならないのに、賃借人に全く負担を求められないのは納得できません。

【説明】

本件の事例は、東京地方裁判所平成28年12月20日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸借契約における賃借人の原状回復義務については、国土交通省により「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示されて以降、賃借人の負担部分及びその割合は、このガイドラインの考え方に基づいて決まるというのが現在の賃貸借実務です。

すなわち、壁のクロス,フローリング,襖,流し台といった貸室内の設備の原状回復においては、国土交通省のガイドラインにおいて想定されている経年変化の耐用年数を経過している場合、これらの原状回復費用は賃借人ではなく賃貸人において負担すべきもの、という考え方です。

この考え方に従えば、本件においても、壁クロスは耐用年数を経過しているため、賃借人の負担は生じないということになると考えられます。

しかし、裁判所は、「賃借人としての善管注意義務違反」を理由に、耐用年数が経過している壁クロスであっても、その張替え費用の半額について賃借人の負担を認めました

半額を賃借人に負担させた理由について、裁判所は以下のように述べています。

「賃借人が本件物件を明け渡した時点において,1階台所の壁クロスは著しく汚れており,賃借人は,賃借人としての善管注意義務に反して本件物件を使用しており,その使用状態のまま本件物件を明け渡したと認められる。」

「上記のような状態で本件物件を明け渡された賃貸人としては,本件物件を新たな賃借人に賃借するために1階台所の壁クロスの張替えを実施せざるを得なかったということができる」。

「賃借人は,ガイドラインによれば,壁クロスの耐用年数は6年であり,本件物件の明渡しの時点においてその価値は0円又は1円であるから,賃借人が負担すべき費用は,0円又は1円であると主張するが,ハウスクリーニングと同様に,仮に耐用年数を経過していたとしても,賃借人が善管注意義務を尽くしていれば,壁クロスの張替えを行うことが必須とは解されないから,賃借人の上記主張は採用できない。」

「なお,ガイドラインによっても,「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても,賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく,そのため,経過年数を超えた設備等であっても,修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」とされているところである。」

以上が裁判所が賃借人負担を認めた理由となりますが、裁判所が原状回復費用の半額を賃借人に負担させたのは、賃貸人が当初より半額を請求していたからと考えられるところです。

したがって、もし仮に賃貸人が半額以上の金額を賃借人に請求していた場合、裁判所は賃借人に対し半額以上の負担を命じていた可能性も考えられます。

なお、上記裁判例で触れている国交省のガイドラインの指摘部分は

「経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。」

との部分になります。

以上を踏まえると、賃借人の原状回復義務の考え方としては

1 通常損耗部分については、賃借人の原状回復義務は生じない。

2 通常損耗を超える損耗部分(賃借人の故意・過失による損耗)については、賃借人に原状回復義務が生じる。

3 賃借人に原状回復義務が生じるとしても、修理・交換費用について耐用年数を経過している分については、賃借人は負担する必要がない。

4 実際に使用を続けられる状態であったにも拘らず、賃借人の故意・過失により使用不能にされてしまった設備については、耐用年数を経過していたとしても賃借人が修理・交換費用の負担を負うべきである。

ということになると考えられます。

実務においては、4の場合に当てはまるかどうかの判断が問題となるケースが多いと考えられますので、この点は退去時に賃借人と慎重に協議すべきところです。


この記事は2020年12月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの質問】

私の所有するアパートの一室を貸していたのですが、この度賃借人から解約の申し出があり、鍵の返還を受けました。

しかし、鍵の返還を受けた時点では原状回復はなされておらず、什器やエアコン等の備品が付いたままであり、その後、賃借人はあれこれ理由をつけて原状回復工事の費用の支払いを拒否し続けました。

結局、賃借人から原状回復工事の費用の支払いを受けられて工事ができたのは、鍵の返還を受けてから1年以上経った後でした。

こちらとしては、原状回復工事が完了するまでは、貸室の明渡しも完了していないものとして、賃料を請求したいのですが、可能でしょうか。

なお、賃貸借契約書には、明渡しと原状回復については以下のように規定されています。

 

15条1項 賃借人は,本件賃貸借契約が終了したとき,本件居室を遅滞なく賃借人の負担で,自然損耗と認めがたい破損・汚損箇所を修繕する等,原状に復して賃貸人に返還する。

2項 賃借人は,前項の原状に復するための工事を,賃貸人又は賃貸人が指定した業者に委託することを予め承諾する。

3項 賃借人が本件居室を返還した後,本件居室に残置物等が存する場合,賃借人はその所有権を放棄し,賃貸人は,賃借人の費用負担でその撤去,任意処分,その他必要な措置をとることができる。賃借人は,これに対して異議を述べない。

【説明】

賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務については、改正民法621条により以下の通り明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

もっとも、この規定では「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

とされているだけであり、

賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか

という点については明らかではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成28年2月19日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題について、裁判所は、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断しています。

そして、裁判所は、本件については

「本件賃貸借契約及び本件更新契約において,本件居室の明渡しにつき「原状回復をした上で明け渡すこと」を指す旨合意したことを認めるに足りる証拠はない。

「かえって,本件更新契約15条1項は,原状回復と返還(明渡し)とが別の行為であることを前提とし,明渡しに先立って原状回復が行われなければならない旨を定めているものと解される」

と述べて、原状回復工事完了までの賃料の請求は認めませんでした

また、賃借人がエアコンの撤去などせずに明渡しをしたことについては、

「明渡し前の原状回復義務違反を理由とする債務不履行が成立するにすぎないから,原状回復がなされていないことは,明渡し義務の未履行を意味するものではない。」

と述べており、あくまでも明渡しと原状回復義務は別々の義務であると判断しています。

以上を踏まえると、賃貸人が原状回復工事完了までの賃料の請求をできるかどうか、という点については、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

という点がまず考慮されることとなります。

そして、明渡し前の原状回復義務が合意されていない場合は、あくまでも原状回復義務違反の問題となり、

・原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか、また、この場合に原状回復工事完了までに通常必要な期間はどの程度か

という点を考慮して、工事完了までの期間の賃料請求の可否が判断されることになると考えられます。


この記事は、2020年10月11日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの相談】

私は、所有しているアパートを、賃借人に月額7万5000円の家賃で賃貸しました。契約の際は、賃借人には保証会社と契約することを条件としてもらっています。

 

しかし、この賃借人が家賃を徐々に滞納するようになり、4ヶ月分連続で家賃の滞納をしました。

滞納した家賃は、その都度保証会社が立て替え払いをしていたのですが、このように滞納が続いた以上、信頼関係が破壊されたとして解除通知を出しました。

 

しかし、賃借人からは、「保証会社が立て替えて払っているのだから、家賃の滞納はない」と反論され、解除を拒んでいます。

このような賃借人の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

賃貸借契約においては、賃借人は契約時に保証人を立てる必要があることは半ば当然の取引慣行となっています。

もっとも、近年は保証人を立てることに代えて、家賃保証会社を利用する賃貸人が増えています。賃貸人側としても、個人の保証人よりも家賃保証会社の方が賃料の回収が図れる可能性が極めて高いというメリットがあるからです。

家賃保証会社を利用した場合、通常は、賃借人が家賃を滞納すると、家賃保証会社がすぐに滞納家賃を賃貸人に支払い、その後家賃保証会社が賃借人に求償請求をする、という流れで進みます。

このため、賃借人が家賃を滞納してもすぐに家賃保証会社が支払うため、滞納賃料額が通常解除が認められる目安の3ヶ月分にまで達しないということも生じてきます。

そうなると、本件のように、賃借人が家賃の滞納を続けていてそれが長期間続き、賃貸人としては信頼関係が失われたとして解除したいと考えても、家賃保証会社による支払いにより形式上は滞納額が残っていない場合、果たして賃料滞納を理由とした解除ができるか、ということが問題となるわけです。

この点について判断した事例が、大阪高等裁判所平成25年11月22日判決です。

この事例では、賃借人は長期間家賃の滞納をしていたものの、家賃保証会社により賃料が支払われていたため、賃借人が解除を争ったのですが、裁判所は、以下のように述べて、賃貸人からの解除を認めました

「本件保証委託契約のような賃貸借保証委託契約は,保証会社が賃借人の賃貸人に対する賃料支払債務を保証し,賃借人が賃料の支払を怠った場合に,保証会社が保証限度額内で賃貸人にこれを支払うこととするものであり,これにより,賃貸人にとっては安定確実な賃料収受を可能とし,賃借人にとっても容易に賃借が可能になるという利益をもたらすものであると考えられる。」

「しかし,賃貸借保証委託契約に基づく保証会社の支払は代位弁済であって,賃借人による賃料の支払ではないから,賃貸借契約の債務不履行の有無を判断するに当たり,保証会社による代位弁済の事実を考慮することは相当でない。なぜなら,保証会社の保証はあくまでも保証委託契約に基づく保証の履行であって,これにより,賃借人の賃料の不払という事実に消長を来すものではなく,ひいてはこれによる賃貸借契約の解除原因事実の発生という事態を妨げるものではないことは明らかである。」

このような事案について最高裁判例はまだありませんが、同様の結論を取る裁判例は複数出ていますので(福岡高等裁判所平成28年2月29日判決、東京地方裁判所平成27年7月16日判決等)、裁判実務としては上記判断が固まりつつ有ると言えます。


この記事は、2020年10月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は地下1階、地上8階建の商業ビル1棟を所有しています。

1階の店舗部分を婦人服販売店に貸していましたが、地下1階の店舗スペースが空いたので、新たに飲食店(小料理屋)に貸すことにしました。

しかし、その小料理屋が営業を開始してから、1階の婦人服販売店のオーナーから「地下1階の飲食店から魚の生臭い臭い、煮魚、焼き魚の臭いが発生していて、売上が下がったからなんとかして欲しい」とのクレームがありました。

 

飲食店である以上、匂いの発生を防ぐことは不可能ですし、私が確認した限りでは確かに魚臭かったものの悪臭とまで言えるようなものではなかったため、放置していました。

そうしたところ、借主から「売上が下がったことについて損害賠償する」と言われてしまいました。

大家として責任が認められてしまうのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成15年1月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

様々な業態の店子が入居する賃貸ビルの場合、例えば本件のように飲食店からの匂いというのは、他の店子に影響が及んでしまう可能性があり、特にアパレル業等の店子にとっては好ましくないものとなる可能性があります。

そうなると、ビルの貸主として、店子からの「匂い」の発生について負うべき防止義務というものが問題となります。

この点について、裁判例は、貸主の義務について

・賃貸借契約における賃貸人の義務を考えるに、賃貸人には、あらゆる臭いの発生を防止すべき義務があるというものではない

・賃貸借の目的から見て、目的物をその目的に従って使用収益する上で、社会通念上、受認限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠る場合に、初めて、賃貸人に債務不履行責任が生ずるというべきである。

・具体的には、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受認すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきである。

と述べています。

そして、この事例では、

「本件についてみると、原告の30数名の顧客が、飲食店からの魚の臭いについて、かなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚の臭いが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったことが認められる。

したがって、被告は、賃借人に目的物を使用収益せしめる義務を怠ったものであるから、原告に対して債務不履行責任を負うというべきである。」

と述べて、貸主の責任を認めています。

なお、悪臭の立証については、この裁判例では、臭気の計測まではされておらず、上述の通り、婦人服販売店の顧客の30名の陳述書によって認めている点が興味深いところです。

そして、その損害については、婦人服販売店が主張する実際の売上の減少分についてはそのまま認めることはできないと言いつつも、主張された損害額の約半額程度を損害として認定しています。

賃貸人として、店子の悪臭を放置していることが問題となり得ることを示した事例として、本件事例は意義があると言えます。


この記事は2020年9月24日時点の情報に基づいて書かれています。

【大家からの質問】

当社が所有するオフィスビルの一画を、事務室と倉庫としての使用目的でコンピューター機器販売会社に、契約期間2年間で賃貸しました。

2年間は中途解約できない、という特約を付けることを条件として、賃料を多少相場より減額して契約しました。

しかし、その後半年ほど経った頃、賃借人から「経営が苦しくなったので、退去したい」と言われ、当方から慰留したものの、一方的に退去されてしまいました。

契約期間はまだ1年半残っていますので、この分の賃料は請求したいのですが、可能でしょうか。

【説明】

民法618条は、

「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する。」

と規定しています。

なお、前条(617条)は、「当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」との規定です。

すなわち、契約期間を定めた賃貸借契約であっても、中途解約が契約書で定められていれば、中途解約が可能であるということになります。

逆に言えば、中途解約が契約書で定められていなかった場合は、契約期間中の中途解約は認められない、ということとなります。

土地の賃貸借契約については、この点判断した最高裁判例があります。

最高裁判所昭和48年10月12日判決は、

「賃貸借における期間の定めは、当事者において解約権留保の特約をした場合には、その留保をした当事者の利益のためになされたものということができるが、そうでない場合には、賃貸人、賃借人双方の利益のためになされたものというべきであつて、期間の定めのある賃貸借については、解約権を留保していない当事者が期間内に一方的にした解約申入は無効であつて、賃貸借はそれによつて終了することはない。」

と述べ、契約期間中の解約は、中途解約を認める条項が契約書で規定されていない限りは認められないとしています。

建物の賃貸借契約については、最高裁判所の判断はありませんが、地裁判決で同趣旨の結論を述べる裁判例があります。

東京地方裁判所平成23年5月24日判決は、

「賃貸借契約において,借主に対し賃貸借期間内の解約を禁止する特約が付されている場合,借主は,約定又は法定の解除事由が生じているときを除き,賃貸借期間満了前に一方的に当該賃貸借契約を解除することはできず,貸主がこれに応じた場合に限り,解除できると解するのが相当である。」

と述べ、中途解約を禁止する特約が付されている賃貸借契約については、中途解約は不可と結論づけています。

したがって、本件の設例では、賃借人からの中途解約は認められないということとなります。

また、本件では、契約期間1年半を残して賃借人が退去したのですが、中途解約が認められない以上、仮に建物を占有使用していなかったとしても、残存期間の賃料の支払いはしなければならないということとなります。

もっとも、例えば契約期間満了前に、新たな借主が見つかり賃料等を得たり、当該物件の管理維持に要する費用の支出を免れたりしたようなときには、その分は差し引かれることとなります(前掲の東京地裁判決参照)。


この記事は2020年9月22日時点の情報に基づいて書かれています。