Q 20年以上前に自殺事件等があった土地の売買の仲介をしています。

事件のあった建物は、事件後すぐに取り壊され、その敷地もその後転々譲渡され何度か所有者が変わっています。

このような土地を売買する場合、買主には事件があったことを告知しなければならないでしょうか。

A 告知すべきか否かを一概に判断することはできず、買主の目的(自宅建築目的か否か)、当該自殺事件の近隣への影響を総合考慮して判断する必要があります。

自然死とは違う、事故死などの不慮の事故が物件内において発生した場合、一般通常人は当該物件に対して不安感や不快感を抱くことは十分ありえます。

したがって、死亡事故が発生した物件は心理的瑕疵がある物件に該当すると言えますので、仲介業者は売買の際に説明をする義務が生じます。

もっとも、過去の事故・事件について、どこまで説明義務を負うべきか、という点については、法律上明確な基準はありません。

そうなると、仲介業者としては、何十年も前の事件についてまで、何代も前の所有者の事件についてまで説明しなければならないのか、いったいいつまで遡らなければならないのか、と判断に迷ってしまうと思います。

この点については、個々の具体的な裁判事例などを参考にしながら考えていくしかありません。

冒頭の事例は、高松高裁平成26年6月19日判決の事例をモチーフにしたものです。この件は、事故から過去20年以上経過し、土地所有者も転々としていたにも拘らず事件の説明義務が認められています。

その理由として、裁判所は、

本件建物内での自殺等から四半世紀近くが過ぎ、自殺のあった本件建物も自殺の約一年後に取り壊され、本件売買当時は更地となっていたとしても、マイホーム建築目的で土地の取得を希望する者が、本件建物内での自殺の事実が近隣住民の記憶に残っている状況下において、他の物件があるにもかかわらずあえて本件土地を選択して取得を希望することは考えにくい以上、媒介業者が本件土地上で過去に自殺があったとの事実を認識していた場合には、これを買主に説明する義務を負うものというべきである。なお、この判断は、本件土地が活発に売買の対象となっており、売買価格に事件の影響が窺えなかったとしても左右されない。

と述べています。

すなわち、①自殺事件が社会的注目を集めた殺人事件と関連した事件として今も近隣住民の記憶に残されていること、②買主の購入目的がマイホームの建築であること、を重視して説明義務を認めているのです。

なお、この事例では、仲介業者が事件を知ったのが売買契約後、代金決済前と認定されています。

そこで、裁判所は、買主の損害については、

「代金決済や引渡手続を完了しない状態で、本件売買契約の効力に関し、売主と交渉等をすることが可能であったのに、説明義務が履行されなかったために、代金決済や引渡手続を完了した状態で売主との交渉等を余儀なくされたことによる損害にとどまるのであって、具体的には、このような状態に置かれざるを得なかったことに対する慰謝料であると考えるのが相当である。」

と述べて、仲介業者に対して慰謝料150万円(一人75万円)の支払義務を命じています。

この種の慰謝料としては決して小さくない金額です。

このようなリスクも考えると、説明義務の範囲は個別事案に即して検討する必要がありますので、判断に迷った場合には専門家と相談しながら慎重に行うべきでしょう。


2016年6月15日更新

Q 築30年以上が経過しているテナントビルを売却しました。

売却後に、買主より

「ビルの空調設備について30年経過しており故障した場合に修理が不可能であることや、現在は一応作動するものの,異常に電力を消費し,しかも冷房効率も芳しくない状態であるにも拘らず、売買の際の重要事項説明書にその旨記載がなかった」

と言われ、瑕疵担保責任として空調設備交換費用等の2000万円の損害賠償を求められています。

古いビルですので、空調設備が経年劣化で老朽化していることは買主も当然承知していたものと思っていたのですが・・・賠償に応じなければならないのでしょうか。

A 売主側が空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情がなければ、瑕疵担保責任を負いません。

質問の事案は、東京地裁平成26年5月23日判決のケースをモチーフにしたものです。

この事案は、昭和57年築のテナントビルを平成24年に売買した、という事案ですが、ビルの空調設備について以下の問題点がありました。

・業務用エアコンの法定耐用年数である15年を大幅に超える約30年を経過

・現在,運転状況に特段の問題はないものの,老朽化が進んでおり,経年劣化により消費電力が増加し,また,新品時のような冷暖房効率は発揮できない

・近い将来正常に作動しなくなり,修理が必要となった場合には,もはや部品を調達できず,空調設備の交換を余儀なくされるおそれがある

買主は上記の問題点を主張して、売主に対しては瑕疵担保責任、仲介業者に対しては、上記の問題点について重要事項説明書に記載がなかったとして不法行為責任を主張し、空調設備の交換費用等として2450万円の賠償を求めました。

売主の立場からすれば

「築30年以上前のビルなんだから、空調設備も古くて経年劣化しているのは当然買主もわかって買ったはずでは?なぜ後になって交換費用で莫大な費用を払わなければならないのか?」

と考えるのではないでしょうか。

となると、どのような理屈で買主の主張に対抗するかです。

この裁判例は、空調設備の老朽化を認めた上で、以下のように述べて、瑕疵担保責任を否定しました

「新築から長期間が経過したテナントビルの売買においては,これに付帯する空調設備も相応の経年劣化があり,上記のような問題点が存することは,容易に想定し得るものである。」

「また,原告代表者は,本件マンションに空調設備が存在することを認識していたものと認められるところ,被告が,原告に対し,本件マンションの空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情を認めるに足りない。」

「したがって、本件各建物が本件売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず,民法570条にいう瑕疵があるということはできない。」

このように、経年劣化で老朽化した設備については、売主が「一定の品質・性能を保証」しなければ、瑕疵担保責任を負うことにはならない、というのが裁判所の考え方です。

なお、買主は、重要事項説明書に空調設備について記載がなかったことについて、仲介業者に説明義務違反があったと主張しましたが、これについても、裁判所は以下のように述べて仲介業者の責任を否定しています。

「不動産の売買を仲介する宅地建物取引業者は,通常の注意をもって取引物件の現状を目視により観察しその範囲で買主に説明すれば足り,これを超えた取引物件の品質,性状等についてまで調査,説明すべき義務を当然には負わないというべきであるところ,本件空調設備について,前記1(3)に説示したような経年劣化に伴う問題点があることは,原告において容易に想定し得たというべきであるから,この点について,被告Y2社が調査,説明すべき義務を負っていたとはいえない。」

以上のように、売主、仲介業者ともに責任を負うという結論にはならなかったのですが、もっとも、後の紛争を避けるためには、中古建物の売買・媒介の際、紛争の未然防止のため、買主に対し、付属設備も経年劣化していることや、交換部品の調達ができなくなることがあることを告げておくことが望ましいでしょう。

 

注)不動産の売買において、土地や建物に不具合や欠陥がある場合、民法570条により損害賠償請求や、場合によっては契約の解除が認められることについて以前は「瑕疵担保責任」と言われていましたが、2020年4月1日施行の民法改正により、これは「契約不適合責任」と言われることとなりました。

したがいまして、2020年4月1日以降に締結された売買契約には改正民法が適用され「契約不適合責任」の問題となります。


2016年5月19日更新

2022年3月5日追記

Q 貸していた物件の入居者が、ベランダから転落して死亡するという事故が発生してしまいました。不注意による事故のようです。

このような死亡事故が起きてしまったことは、次の賃借人を募集する際に告知する必要がありますか。

また、「次の入居者には賃料を減額して貸し出さなければならないかもしれない」、と管理業者から言われていますが、この減額を余儀なくされる賃料を連帯保証人に請求することは可能なのでしょうか。

ご自身がお持ちの賃貸物件で、死亡事故などの痛ましい事故が生じてしまった場合、物件のオーナーはその後の対処についてとても厳しい判断を迫られてしまいます。

「事故とは言え、やはり死亡者が出てしまった物件について新たに入居者を募集してもなかなか借り手が見つからないのではないか」

「入居募集の際に事故のことはできるだけ告げたくないが、告げなければ、後で問題になってしまうだろうか。」

「事故のあった部屋以外の募集の際にも事故のことは告げなければならないのか」

「家賃を減額しないと新たな借りては見つからないのだろうか。その損害は誰に請求できるのだろうか。」

など、色々とお悩みになると思います。

このようにオーナーとして悩みは尽きませんが、ここで法律的に誤った対応をしてしまうと、さらなる問題が勃発してしまいますので、慎重な対応が必要です。

そこで、このような場合にどのような対応が正しいのか、概略を説明します。

まず、死亡事故のことを入居の際には告げなければならないのか、という点です。

この場合、あくまでも「一般人として不安感や不快感を抱くであろう」事実については、入居の際に告げなければ、告知義務違反を問われてしまいます。

自然死とは違う、事故死などの不慮の事故が物件内において発生した場合、一般通常人は当該物件に対して不安感や不快感を抱くことは十分ありえます。

したがって、死亡事故が発生した物件は心理的瑕疵がある物件に該当すると言えます。

したがいまして入居者に対する告知義務は生じると考えます。

では、告知義務があるとして、最初の入れ替わりだけ告知すれば良いのか、それともその次も告知をしなければならないのか、という問題があります。

オーナーとしては、できれば告知したくないと考えるでしょう。

この点については、裁判例の考え方は、ずっと告知し続ける必要はない、という考え方が大勢です。

事件のあった貸室について、「次の賃借人には本件事件を告知 する義務はあるが、その次の賃借人には特段の事情がない限り告知する義務はない。」と判示する裁判例があります。

また、事故時から2年を経過すれば告知義務はないとする判例もあります。

もっとも、以上の裁判例は「人の入れ替わりの多い大都市・ワンルーム」の事案でありますので、物件の周辺状況において、入居者間の近所付き合い等が密接な地域であるなどの事情があれば、当該実情に合わせて事件の告知はより長く行う必要があります。

また、告知義務がある場合に、事故の部屋以外の他の部屋(たとえば、事故の部屋の隣や上下の部屋)が入れ替わる際も告知義務はあるのでしょうか。

この点については、事故のあった貸室以外については、告知義務はない、というのが実務的な考え方です。

告知義務がある場合、賃料の減額が必要と思われますが、減額した損害は誰に請求できるのでしょうか。

ベランダからの転落事故について、本人に故意又は過失が認められる場合には、「将来賃料の得べかりし利益の喪失相当額」を損害として遺族や連帯保証人請求することは法律上は可能です。

では、「将来賃料の得べかりし利益の喪失相当額」は具体的にはどの程度の金額となるのでしょうか。

この点は、裁判例によって様々ですが、一般的には事故後約2年間前後の賃料相当額が認められるケースが多いです(但し中間利息は控除されます)。

以上が事故が起きてしまった賃貸物件のオーナーとして最低限知っておくべき対応です。

実際に事故が起きてしまった場合、事故の内容や物件の周辺状況、ご遺族の方への対応などで個別の検討な事項が多々ありますので、弁護士や不動産管理業者等の専門家と相談しながら慎重に対応していくのが良いでしょう。


2016年3月23日更新

 

あなたが賃貸物件のオーナーだった場合に、

ペットの鳴き声がうるさい
廊下にペットの糞尿が落ちていた
動物の臭がする

こういったクレームが入居者からあり、ペットを飼っている入居者がいることが判明したとします。

この場合に、賃貸人の立場として「契約違反だ」と言って解約することは可能なのでしょうか。

この問題は、特約があるか無いかによって解決方法が分かれてきます。

詳しくはこちらの動画で解説していますので御覧ください。

 

賃借人が家賃を滞納し、請求しても支払ってくれない場合(さらに夜逃げなどされてしまった場合)、賃貸人としては、善後策として保証人に請求しよう、ということになります。

しかし、いざ連帯保証人の請求したところ、連帯保証にが既に死亡していた・・・という問題に直面してしまった場合、賃貸人としてはもはや為す術はないのでしょうか。

この問題は、

家賃の滞納が、「保証人の死亡時」の前か後か

によって解決方法が変わってきます。

詳しくは動画で解説していますので、こちらの動画を御覧ください。

賃貸で住んでいる物件のオーナーが変更する、と言う通知が賃借人のもとに届きました。

この場合、賃借人にはどのような影響が生じるのでしょうか。

賃貸借契約はどうなるのか。
住み続けることはできるのか。
賃料はどうなるのか。
敷金はどうなるのか。

こういった疑問について、弁護士が動画で解説します。

解説動画はこちら

・建築工事業者に資材等を売却して売掛金を有しているが、その建築工事業者が代金を支払わない

・元請けの建築工事業者が請負代金を支払わない

上記のような場合に売掛金(代金)を回収するためには、民事裁判を起こして裁判所から判決をもらい、それをもとに強制執行する、というのがごく一般的な流れです。

強制執行には、大きく分けると、以下の2つがあり、どちらの手段で進めるかをまず検討します。

①不動産を差押えて競売にかけるという不動産強制執行

②相手の工事業者の有している預金や、他の業者に対する売掛金といった債権の差押え

代金を支払わないような工事業者の場合、不動産を持っていないか、持っていても抵当権などの担保がついていて差押えてもあまり意味が無いというケースが多いですので、②の預金や工事代金などの債権の差押えを検討することになります。

債権を差し押さえる場合、法律的に重要なのは、

その債権をどこまで特定する必要があるか

ということです。

例えば、預金を差し押さえる場合、銀行名と支店名を特定する必要があり、支店を特定せずに裁判所に申し立てをしても却下されてしまいます。

では、その工事業者が他の業者に対して有している工事代金などを差押えたいという場合は、どこまで特定すればよいでしょうか。

差押債権の特定性に関しては、最高裁平成23年9月20日決定があります。この最高裁は、債権者が、銀行の支店名を特定せずに、ある銀行の全ての支店を対象として順位をつけて差押をしたという事案でした。

この事案に対しては、以下のように述べています。

①「民事執行規則133条2項」「の求める差押債権の特定とは、債権差押命令の送達を受けた第三債務者において、直ちにとはいえないまでも、差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならない

②「債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできない。」

③「本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しない」

この「差押債権の特定性」が具体的に問題となった事例が福岡高裁平成24年6月18日決定の事例です。

この事例は、債権者が、債務者の有する工事代金を差し押さえようとしたのですが、おそらく工事の相手方は把握していたものの個別の工事を特定することができなかったので、以下のように債権を特定して裁判所に差押えの申し立てをしました。

(1)債権の種類、発生原因

「債務者と第三債務者との間の舗装工事の設計、積算、施工、監理及び監督業務、建設工事の設計、積算、施工、監理及び監督業務、上記に附帯する一切の業務に関する契約」

(2)債権の発生年月日

「債務者が平成21年12月1日から平成24年3月30日までの間に施工した工事等の請負代金債権のうち、支払期の早いものから頭書金額に満つるまで」

このような申立てについて、裁判所は却下する決定を下しました。

その理由は以下の通りです。

「本件の差押債権は、概略として、一定期間内に施工を行った工事等に限定されているものの、債務者Y社の目的を対象とした請負債権であって、支払期の早いものから一定の金額に満つるまでというものである。しかるとき、支払期限が同日のものが複数存在する可能性を否定することはできないので、本件のような差押債権の表示では、特定されているとはいえない。」

「また、本件のように請負債権を順位付けする方法で包括的に差し押さえようとする場合には、一次的には、第三債務者が、自ら保管する帳簿等の資料に基づき各債権に対する差押えの額を判断しなければならず、一つの債権についての存否ないしその金額の判断を誤ることが、後順位の債権についての差押えの範囲の誤りに波及することになる上、債権の順序自体についても判断を誤るリスクを第三債務者に負わせることになるといわざるを得ず、その作業は第三債務者にとって容易ではない。」

「かような観点からすると、債権差押命令の送達が第三債務者になされた場合、差押えの効力が送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに、かつ、確実に、差し押さえられた債権を識別することができるように、少なくとも基本契約が締結されているのであれば基本契約の、基本契約が締結されていないのであれば、一つ一つの契約の、締結時期、契約内容の概要、請負契約の具体的種類による特定程度はすべきである。」

「本件のように債務者の目的のすべてを対象とする請負債権を差押債権とする債権差押命令の申立てが許されるとなると、債権者は、債務者の具体的な請負債権の存在について調査の労力を負担することなく、その取引相手と思料される業者を第三債務者として債権差押の申立てをすることが可能となる。その結果、第三債務者は、請負債権の有無や内容に関する調査をすることになるが、これは、第三債務者に債権者に比して煩雑で相当な負担をかけることになる。したがって、債権者の便宜のみを優先させることになる本件のような差押債権目録の記載は特定を欠くといわざるを得ない兵士絵

「抗告人、債務者Y社、第三債務者らのいずれも建築工事関係者である。そのうえ、請求債権は、公正証書正本に表示された道路資材製品等の売掛金代金債権等である。そうすると、抗告人は、同じ業界の債務者Y社の情報については接する手段がないとはいえず、また、平成二二年一〇月一五日付公正証書の作成時ないしその後において、債務者Y社から、当時の仕掛かり工事の内容や、将来受注する予定の請負工事の内容等の情報を得ることは可能であったものである。かように債務者Y社の請負工事内容の調査が著しく困難であったとは認め難い抗告人において、債権の特定のために何らかの調査をしたという事実が窺われない本件においては、これ以上の特定を求めることが、抗告人に対し不可能を強いるものであるなどということはできない。」

以上の裁判例に対しては、

「本件申立てのように、差押債権の表示につき、単発的な契約であるか継続的な契約であるか明らかにされず、発生原因たる契約の内容をほとんど特定しないような申立てがされることは実務上も稀であり、本決定の結論については異論がない。」という評価がされており、概ね妥当と言えます。

したがいまして、工事代金を差し押さえるためには、以下に留意する必要があります。

①単発的な契約であれば、契約の日時及び契約の目的(仕事の内容、場所等。工事代金であれば、工事名又は工事の場所、工期、代金等)を表示する必要がある。

②基本契約のある継続的な契約であれば、基本契約の内容を特定した上で、ある特定の支払時期以後の請負代金を差押える旨を明示する必要がある。

上記の情報の取得にあたっては、可能な限り同業者などから情報を得たり、建築現場に掲げてある標識を確認するなどして工事を特定する必要があります。


2016年1月7日更新

 

 

 

Q 注文住宅の建築を建築士に依頼し、「予算は5000万円程度。高くても6000万円まで」と言って設計してもらいました。

しかし、設計内容に従って施工業者に見積をとったところ当初の予算よりも大幅に超過し「7000万円程度」がかかることが判明しました。

このような建築士の設計は注文者の意図を全く無視したものであり、契約の本旨に従ったものではないので、報酬を支払う必要はないと考えています。

私の主張は認められるのでしょうか。

A 注文者の主張が認められるためには、まず第一に、注文者と建築士との間で予算額についての明確な合意が必要です。

 もっとも、合意が認められたとしても、建築士の責任を問えない場合もあります。

この論点については、様々な考え方が提唱されているところではありますが、上記のような事例において大阪地裁平成24年12月5日判決は、

「設計開始前あるいは基本設計段階において、おおまかな建設工事費の予測が示され、これが施主・建築士間の共通認識となっていたとしても、建築士において直ちにその予測された建設工事費の範囲内で設計を行うべき法的義務を負うとはいえない。」

と判示し、建築士から注文者への報酬請求を認めました。

その理由としては、

「施工とは別に建築士に設計を委託する場合には,建築士が完成させた設計に基づいて施工業者が見積もりを行うことではじめて具体的な建設工事費が示されるのであり,そもそも,建設工事費は,実施設計段階で決定される内装,建具,設備,外構等の詳細な仕様,グレードなどに大きく左右されるものであるから,建築面積や延べ床面積,構造の種類等により基本設計段階でも大まかな予測程度は可能といえるものの,具体的な予測は困難な事柄である。」

「このことは,建築士に設計を委託し,施主の要望を柔軟に反映した設計をする場合には尚更であり,その要望を反映した結果として建設工事費が高額になることは十分あり得る事態であって(本件特約は正にそのような事態を想定して設けられたものといえる。),設計開始前あるいは基本設計段階において,大まかな建設工事費の予測が示され,これが施主・建築士間の共通認識となっていたとしても,建築士において直ちにその予測された建設工事費の範囲内で設計を行うべき法的義務を負うとはいえない。」

「そもそも,建築士の設計に基づく建設工事費が施主の予算に見合わないのであれば,本件において原告が減額設計案[乙2の1,2の2]を提示しているように,要望と予算とを調整することで,最終的な設計を確定すればよいのである。このような調整は,設計と施工とを分離する以上,不可避の過程であり,その調整を経ていない原設計をあたかも最終決定された設計であると捉え,債務不履行の有無を論ずること自体,適切とはいえない。」

と判示しています。

上記のケースは、注文者の要求するグレードがかなり高かったという事実が結論に影響を及ぼしていると考えられますので(グレードを落とせば5300万円程度まで予算を減額することが可能であったとの認定もしています)、あくまでも事例判断となりますが、いずれにしても、予算を大幅に超過した設計であるからといって、ただちに債務不履行となり報酬請求が認められないわけではないという一例を示した裁判例として実務上参考となります。


2015年12月19日更新

建設工事の契約においては、

「将来紛争が生じた場合には建設工事紛争審査会の仲裁に付する」

という合意がなされることがあります。

このような「仲裁合意」がなされた場合、紛争についての判断を仲裁判断に委ねるということになります。

したがって、民事訴訟を起こすことはできず、仲裁判断がなされた場合には、一定の例外を除き、確定判決と同一の効力を有し(仲裁法45条1項,2項)、当事者は仲裁判断に拘束され、これに対し、不服申立てをすることも許されなくなります

このように「仲裁合意」をすれば、その範囲において、当該合意をした当事者は、裁判を受ける機会を失うことになります。

したがって、その合意の効力については、慎重に検討する必要があります。

この「仲裁合意」が成立しているか否かについて争われたのが、東京高等裁判所平成25年7月10日判決の事例です。

この事例では、契約の約款において

「「あっせん又は調停」により紛争を解決する見込みがない場合に、「双方の合意に基づいて」審査会の仲裁に付し、その仲裁判断に服する」

と定められていました。

この「双方の合意に基づいて」という文言の解釈が問題となり、第一審は、

「双方の合意に基づいて仲裁判断に服することができることを注意的に規定したものとは解されず」

と判断し

「将来発生する紛争を,あっせん若しくは調停又は審査会の仲裁により解決する趣旨を明確にしたものと解される。」

と結論付けて、仲裁合意の成立を肯定しました。

これに対して、東京高等裁判所は、仲裁合意の成立の判断は慎重にすべきである、と前置きした上で、

「本件約款46条は,審査会の仲裁に付するためには,双方の合意に基づいてすると規定しており,本件約款の条項とは別に仲裁合意をすることを想定した規定となっている」。

「そうすると,本件約款の文言解釈からすると,本件約款を取り交わしたことのみでは,仲裁合意としては不十分で,審査会の仲裁に付する旨の別途の書面の合意が必要であると解するのが相当である。」

と判示し、仲裁合意の成立を否定しました。

私見では、第一審の解釈は、文言上少し無理があるように思いますので、東京高裁の判断は至極妥当と考えられます。

仲裁合意の成否の判断は慎重にすべきである、ということを示した点で、意義のある事例です。


2015年12月19日更新

ゼネコンや工務店に建物の建築を依頼し、建築請負契約を締結して建物を建ててもらったものの、その後に不具合が発見された場合、法律上は、

①瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求

②瑕疵の修理の請求

ができます。

この場合に一番問題となるのが、その不具合が「瑕疵」と評価されるかということです。

何か「瑕疵」にあたるか、という点について、仙台地方裁判所平成23年1月13日判決のケースは以下のように論じており、実務上参考となります。

1⃣ 請負契約における仕事の目的物の瑕疵とは、一般に、完成された仕事が契約で定められた内容を満たさず、目的物について、使用価値若しくは交換価値を減少させるような欠点があるか、又は当事者間で予め定められた性質を欠いているなど、不完全な点があることをいうものと解される。

2⃣ これを建物の建築工事請負契約に即してみると、建物としての機能や財産的価値の大きさなどに照らし、目的物である建物が最低限度の性能を有すべきことは、請負契約上当然に要求される内容といえるから、そのような最低限度の性能について定めた建築基準法令(国土交通省告示、日本工業規格、日本建築学会の標準工事仕様書(JASS)等を含む。)に違反する場合や、そのような違反がなくても当該建物が客観的にみて通常有すべき最低限度の性能を備えていない場合には、目的物について、契約で定められた内容を満たさず、使用価値若しくは交換価値を減少させるような欠点があるものとして瑕疵があるというべきである。

3⃣ また、建築物の建築工事実施のために必要な図面(現寸図その他これに類するものを除く。)及び仕様書から成る設計図書(建築士法二条五項、建築基準法二条一二号)は、建築工事請負契約において定められた仕事の内容を具体的に特定する文書であることから、設計図書と合致しない工事が行われた場合には、その不一致がごく軽微であり、目的物の価値、機能及び美観などに影響を与えず、注文者の意思に反することもないといえるような特別の事情のない限り、目的物について、契約で定められた重要な内容を満たさず、当事者間で予め定められた性質を欠くものとして、瑕疵があるというべきである。


2015年12月14日更新