【ビルオーナーからの相談】

私は、昭和63年築の4階建ての賃貸ビルのオーナーです。

ビルにはエレベーターがありますが、すでに30年程経過して老朽化が進んでおり、点検業者から運転を差し控えるよう言われたため、最近は運転を止めることが多くなっています。

修理するには2〜300万円、リニューアルする場合には7〜800万円程度を要すると言われており、どうすべきか思案しているところです。

 

そうしたところ、2階部分の賃借人であるフレンチレストランが、エレベーターが使えないことを理由に賃料の支払いを拒絶してきました。

レストランのオーナー曰く、「このレストランには個室とカウンターがあり、個室については、エレベーターと直結していて、個室の利用客は、他の客の用いる店舗入口を経由せずに個室に入ることができる造りになっていて、これがレストランのウリとなっている。このエレベーターが使えないまま放置していることは、賃借物件の重要な設備を使用不能にしていることにほかならず、したがって賃料は支払わない。」とのことでした。

 

確かに、レストランの個室に直結するエレベーターが使えなくなることは申し訳ないと思っていますが、ただ、レストランは2階にあり階段で登ることは容易であって、エレベーターが使えないということの影響は微々たるもののはずですので、賃料全額を支払わない正当な理由があるとは思えません。

 

賃料の不払いは3ヶ月にも及んでいますので、契約の解除をしたいと考えていますが認められるでしょうか。

【説明】

この事案は、東京地方裁判所令和3年6月22日判決の事案をモチーフにしたものです。

この事案について、もう少し細かく時系列で説明しますと、

  • 平成28年3月に、賃貸ビルの2階部分につき、フレンチレストランとして利用するため賃料月額35万円で契約締結
  • エレベーターが平成29年10月頃からしばしば停止して使用できない状態になった
  • 賃借人が平成30年6月分からエレベーターが使用できないことを理由に賃料の支払を拒絶した
  • 賃貸人は、平成30年9月16日に賃料の不払いを理由に契約解除の通知(同時に明渡訴訟も提訴)
  • 賃借人は、令和元年6月に未払賃料のうち275万円を支払い、その後は、月額賃料35万円のうち、毎月30万円を支払っている

という時系列となっています。

この事案で争点となったのは、

1 エレベーターが使用できないことを理由とした賃料の支払拒絶について正当性があるか

2 契約解除通知後に、賃借人が未払い賃料の大半を支払った場合、解除の効力は否定されるのか

という点です。

まず、1の争点について、裁判所は、エレベーターが使用できないことについて、

「改正前民法611条1項又はその類推適用による賃料減額の事由に該当する場合であっても、賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額を請求できるに過ぎないから、そもそも賃料全額の不払いの根拠にはなり得ない。」

と判断しました。

その上で、賃料減額の程度については、

「仮にエレベーターを使用できないことによって賃料減額となる場合でも、レストランは2階に所在し、賃借人やレストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能であることを踏まえると、その減額幅はせいぜい月額5万円と見るのが相当である。」

と判断し、この減額幅を超える賃料の不払いが3ヶ月分を超えた時点で信頼関係破壊による賃貸借契約解除が認められると判断しました。

また、上記2の争点については、賃借人側は

・事後的に未払賃料の大部分が支払われたこと

・賃借人にとってレストランが唯一の収入源であること

を主張して、信頼関係は破壊されていないと争いました。

しかし、裁判所は

「前者は解除後の事情であり、後者は賃料不払を正当化する事情には当たらない」

と一刀両断しており、賃貸人側からの解除を認めています。

さすがに全額の賃料不払いは行き過ぎということで結論としては至極当然と思われますが、本件においては賃借店舗が2階部分だったことから、エレベーターの利用ができないことの賃借人の不利益を賃料35万円のうち5万円程度と評価していますが、賃借部分がさらに上階だった場合には、さらに賃料の減額幅も大きくなるであろうことを示唆する裁判例として参考になります。

なお、この裁判例は、エレベーターが使用できない状態になった場合において、賃貸人としてどこまで対応していればよいかという点について、以下のように述べています。

「賃貸人は賃借人に対しエレベーターの保守・点検・修繕などを行う債務は負っているものの、エレベーターは昭和63年から稼働する古い型式のものであって、古いものであることは契約締結前の内覧・内見等により賃借人側も認識し得たものである」

「賃貸人においては、古い型式であることを前提として保守点検・修繕やその努力を行っていれば賃貸借契約上の賃貸人としての債務は履行しているというべきであり、少なくとも700万円を超えるようなリニューアル工事を実施して常時使用できる状態に復旧しなければならない債務までを当然負うとはいえない。」

傍論ではありますが、この点も同種事案において参考になると思われます。


この記事は、2023年5月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【建物の賃借人からの相談】

私は、約30年前から、マンションの1階部分と駐車スペースを借りて、清掃用具の販売・レンタル業の事務所として使用していました。

当初の賃貸借契約書では事務所部分と駐車スペース部分を合わせて、面積が「約35坪」と記載されており、その後、何度か更新を繰り返してきましたが、いずれの更新契約書でも面積は「約35坪」と記載されていました。

 

しかし、最近になって賃借部分の面積を図ってみたところ、実際は35坪もなく、28坪程度しかないということが判明しました。

 

契約書で記載されている面積よりも実際は2割も狭かったということになり、その内容で30年間も借りていたということになります。

したがって、過去に遡って支払った賃料の2割分を賃貸人に返還請求したいのですが、これは可能でしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年3月10日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人側は、賃借スペースが契約書記載の面積よりも実際は2割狭かったことについて、

① 物件の面積が約35坪あるものと誤信して本件賃貸借契約を締結したものであり,少なくとも本件賃貸借契約のうち本件駐車スペースを含めた実際の面積である約28坪を超える部分については要素の錯誤があり,無効である。

② 本件賃貸借契約の締結時に,契約書に「約35坪」と明記し,実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実を隠して本件物件の説明をした点は故意による虚偽説明である。また,賃貸人が、それ以降(各更新時を含む),本件物件の面積が実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実の説明を怠った点は不作為による説明義務違反である。

と主張して、消滅時効が成立しない限りの期間に遡って、既払い分の2割分の賃料(約1320万円)の返還請求をしました。

上記の賃借人側からの請求に対して、裁判所は賃借人の賃料返還請求を認めませんでした

まず、上記①の錯誤無効との主張に対しては、以下のように述べて、これを否定しました。

・本件賃貸借契約に係る契約書(契約更新に係るものも含む。)上,面積はいずれも「約35坪」と記載され,面積について「坪」あるいは「m2」で特定された表記とはなっていないこと

・賃借人は,本件賃貸借契約を締結する前に実際に本件物件を内覧し,駐車スペースを確保したいので公道に面した入口部分をセットバックして欲しい旨依頼するなどした上,「約35坪」と記載された契約書に特段異議を述べずに署名押印したこと

・賃借人と賃貸人は,本件賃貸借契約を締結するに当たり坪単価について話題にすることはなく,実際に賃料額を決定する際も,契約面積35坪に坪単価を乗じていくらとするといったやりとりはしておらず,賃貸人が当初月額44万円ないしそれ以上の賃料額を提案したことから,賃借人代表者が数字を丸めることを依頼するなどして交渉し,最終的に月額40万円と合意されるに至ったこと

・11回の契約更新を重ね,本件物件を約30年の間使用してきたが,平成29年3月に至るまで、賃借人から賃貸人に対して実際の面積が契約面積に満たないことを指摘したことはなかったこと

・上記各事実に照らすと,賃借人は,本件賃貸借契約の締結に際し,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認した上で,月額40万円の賃料にて本件物件を賃借することを決定したものであり,その際に賃借人が本件物件の実際の坪数や坪単価を問題とすることはなく,その後も30年弱の間,本件物件が35坪に満たないことを問題としたことはなかったのであるから,賃借人において,本件物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない。

・そうすると,本件物件の実際の面積は本件駐車スペースを含めても約28坪であり,契約面積の約35坪には満たないものの,当該事実をもって賃借人に要素の錯誤があったと認めることはできない。

また、上記②の説明義務違反の主張に対しては、以下のように述べて説明義務違反はなかったと判断しました。

・本件物件の実際の面積は契約面積の約35坪より少なくとも約7坪は狭いものと認められるが,本件賃貸借契約締結時に本件物件の契約面積が約35坪とされた経緯は明らかではなく,賃貸人が故意による虚偽告知をしたものとは認めるに足りない。

・次に,賃借人は,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認し,本件物件の現況を受け入れた上で,本件賃貸借契約を締結したものであり,契約面積は約35坪とされているものの,賃借人において本件物件の実際の面積が35坪程度あることが賃貸借契約における主要な部分であるということはできないことは前記で説示したとおりである。

・このような本件賃貸借契約における各事情を踏まえると,賃貸人ないし賃貸人において,賃借人に対し,契約面積は約35坪となっているものの,実際の面積はそれよりも狭いという事実を説明すべき信義則上の義務を負うものと直ちにいうことはできないし,少なくとも,上記義務違反により賃借人に不足面積分の賃料相当額の損害が生じたといえる関係にもない。

以上のように、裁判所は、賃貸借契約締結の経緯や賃料の決定方法、その後の更新の経緯を踏まえて、「物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない」と述べて、賃借人側からの返還請求を否定しました。

上記裁判例の理屈を踏まえると、

・契約時に、賃借部分の面積を実測した上で、賃料について床面積に乗じて賃料を定めた

・契約締結後に間もなく、賃借面積が契約面積より狭小であることを賃借人側から指摘して交渉した

など、契約面積が賃貸借契約の主要部分と認められるような事情がある場合は、賃借人側からの既払い賃料の返還請求が認められる可能性もあると考えられます。

【アパートオーナーからの相談】

私の所有しているアパートの賃借人が、窃盗未遂で警察に逮捕されたと警察から私宛に連絡がありました。

困ったことになったと思い、契約書で緊急連絡先に書いてあった賃借人の母親に連絡をして、今後の家賃の支払いはどうするのか、賃借人の代わりに家賃は支払ってくれるのか等を確認しました。

そうしたところ、賃借人の母親は、「自分は家賃も支払えないので、賃貸人に一任するので、賃貸人の方で部屋の中の荷物は処分してもらいたい」と言ってきました。

私は、念のため、母親から「荷物の処分をこちらに一任してもらうために一筆ほしい」と頼み、母親からその旨を書いた手紙をもらいました。

その後、2か月ほど経っても賃借人が釈放されたという連絡もなかったため、私の方で賃借人の居室内の家財道具を全て処分しました。

それからさらに約ひと月経った頃、突然釈放されたという賃借人から連絡があり「部屋の荷物が全部処分されていてどうなっているんだ」ということを言ってきました。

私からは、「あなたの母親から荷物の処分などは一任されているので、全部処分した。ただ、今後の生活用品をそろえるためのお金として10万円は渡す」ということを伝えました。

しかし、賃借人は納得せず、勝手に家財等を処分したことは違法であるとして、慰謝料200万円を求めて訴訟を起こしてきました

賃借人が逮捕されて連絡が取れず、止む無く緊急連絡先とされていた賃借人の母親の了解も取った上で行ったことですが、それでも私に非があるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件のように、突然所在不明となった賃借人について、賃貸人が裁判の手続を経ずに賃借人の室内の荷物の処分や鍵の交換等を行うことは、法的に「自力救済」と言います。

この、自力救済は,原則として許されないというのが法律の考え方です。

例外的にこの自力救済が許されるのは、以下の通り極めて限定された場合です。

「法律の定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるにとどまる。」(最三小判昭和40年12月7日判決)

この点、本事例の特殊要因としては、「緊急連絡先」として契約書に記載されていた賃借人の母親から居室内の荷物の処分について承諾を得ていたことであり、この点が法的にどう評価されるのかという点が問題になりました。

この事例で、裁判所は、結論として、賃貸人が荷物を処分したことは違法であると判断し、賃貸人に対して慰謝料として30万円の支払いを命じています。

裁判所が、違法であると判断した理由は以下になります。

賃借人が母親に対して緊急時の事務処理を委任していた事実や、緊急時には母に連絡してほしいとか,母の指示にしたがってほしい旨を述べた事実はない

・したがって、賃貸人が賃借人の母親から動産の処分が依頼されていたとしても,このことをもって動産の処分について賃借人による承諾があったと認めることはできない。

・したがって、賃貸人が賃借人の承諾を得ないまま本件居室内の動産等を処分したことについて少なくとも過失があったといえるから,賃借人に対して、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れないというべきである。

要するに、仮に賃借人の母親の承諾を得たとしても、賃借人が母親に「荷物処分等の判断についての権限を委任する」というような事情が明確に認められないと、やはり賃貸人による荷物処分等は違法になるということです。

また、慰謝料が30万円とされた理由については、裁判所は以下のように述べています。

・賃貸人が賃借人の家財一式を全て処分したことにより,本件居室内で逮捕・勾留される以前のとおりの生活を直ちに続けることができなくなったものと認められ,従来どおりの生活の再建のためには各種の生活用品を揃えるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから,個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり,家財一式を失ったことによって賃借人に一定の精神的苦痛が生じたものといえる。

・そして,賃貸人により処分された動産の内容や金額を認定することが証拠上困難である点については慰謝料を算定する上でその増額理由としてしん酌することが可能というべきである。

・賃貸人は,本件居室に帰宅した賃借人に対して生活用品を揃えるための10万円を直ちに交付しており,これによって賃借人の生活の再建が早まったといえるし,また,本件居室内の家財一式の処分に際しては,事前に賃借人の実母に対処方針を相談して,同人の承諾を得ていたこと,賃借人が逮捕されてから上記家財一式の処分まで2か月程度の期間をあけていたことがそれぞれ認められる

・これらの各事情を総合すると,賃借人の被った精神的損害を慰謝するに相当な額は,30万円が相当である。

この種の自力救済の事案の慰謝料は、100万円程度の慰謝料が賃貸人側に命じられることも多いのですが、本件では、賃借人の母親の承諾を得ていたという事情が慰謝料の金額の算定において考慮され、慰謝料が減額されたということになります。

なお、賃借人は、荷物そのものの損害として30万円を賃貸人に請求していますが、賃貸人が10万円を支払っていたこと、荷物の価値は10万円を超えることはないと判断して、この請求は否定しています。

賃借人が逮捕されて長期間連絡が取れなくなるなどという事態はアパートオーナーにとって起こり得ることではありますが、その場合の対応は極めて慎重に行うべきということを改めて示した事案として参考になります。


この記事は、2022年11月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸アパートオーナーからの質問】

私は、父から相続した築45年が経過した賃貸アパート(貸室4室)を所有しています。

老朽化が著しくなり、耐震診断をしたところ大地震で倒壊の可能性が高く耐震補強工事で約1800万円程度かかると言われました。

それならば取り壊して土地を売却した方が良いと考え、そこで、入居者に退去してもらうよう解約の申し入れを進めてきましたが、10年以上居住している入居者1名だけが退去を拒んできました。

弁護士と相談して、こちらからは立退料として100万円を提示しましたが、入居者からは「1000万円を払ってくれないと退去しない」と言われたため、訴訟を起こすこととしました。

立退料はどの程度が妥当なのでしょうか。

なお、この入居者の賃料は月額4万8000円です。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフとしたものです。

建物が老朽化しており建替えの必要性がある場合、賃貸人としては、現在居住している賃借人に対して、まずは賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけではなく、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています(借地借家法28条)。

建物の老朽化を理由とした解約申入れの場合、建物が倒壊寸前ですぐに取り壊さなければならないというような場合を除いて、建物の老朽化という事情だけではこの「正当事由」は認められず、それを補完するものとして「立退料」の支払いが必要となります。

立退料の金額については、法律上明確な基準があるわけではありません。裁判例を見ると、

・建物の老朽化の程度が高ければ、立退料も低くなる

・建物の老朽化の程度が低ければ、立退料は高くなる(もしくは立退き自体認められない)

という一応の傾向があるものの、具体的な金額はまさにケースバイケースで決められていますので、個々の裁判事例から検討をしていく必要があります。

東京地方裁判所令和2年2月18日判決において、賃貸人側は立退料として100万円が正当であると主張し、これに対して賃借人側は、訴訟段階では200~350万円が妥当であると主張していました

これに対して、裁判所は、賃料の約20か月分にあたる立退料100万円での解約申入れを認めています

裁判所が立退料100万円での解約を認めた理由は以下の通りです。

まず、建物がどの程度老朽化していたかという点について、裁判所は以下のように耐震診断の結果を踏まえて認定しています。

・耐震診断の結果によれば,本件アパートは,①その基礎は無筋状態であり,また数か所にひびがある,②壁は,耐力壁が不足し,少し片寄った状態に配置されているほか,外壁モルタルにひびがある,③老朽が進んだ箇所は,地震時の揺れに軸組が耐えられない状況も想定されるなどとされた上,建築基準法の想定する大地震で倒壊する可能性が高いとされたうえ,建物の縦方向と横方向で評価される評点(住宅が保有する耐力が必要耐力に占める割合を数値化したものである。)が1階においては0.32と0.45,2階においては0.65と0.73とされた(評点が0.7未満の場合に「倒壊する可能性が高い」と判定される。)。

・本件アパートの耐震補強工事費用が1650万8000円(消費税別)と見積もられていた。

上記認定を前提とした上で、「正当事由」が認められるか否かについては、以下のように立退料の提供により正当事由が認められると述べています。

1 正当事由について

「本件アパートは,本件解約申入れ時において,築45年以上が経過しており,本件アパート全体の老朽化が顕著であって,かつ耐震性の観点からみても倒壊の可能性が高く,また耐震のための工事には相応の費用を要するものということができるから,原告らにおいて本件建物を含む本件アパートの取壊しの必要性が高いものということができる。」

「また,共同住宅である本件アパートの収益物件としての機能を維持するためには,相応の修繕費用を支出する必要があることは優に認められ,本件アパートの状態や固定資産税評価額,本件契約の賃料等に照らしてみると,その方法として修繕が適切であるということができないから,この観点からも本件アパートの取壊し(又は建替え)の必要性が補強される(もっとも,原告らにおいて,本件アパートを建て替えたり,その敷地等を第三者に売却したりする具体的な計画は見当たらず,原告らによる自己使用の必要性が直ちに認められないなどから,この観点は重視することができない。)。」

「一方,被告は,本件建物を住居と使用し,本件解約申入れ時における賃料滞納事実が見当たらないことからすれば,本件建物使用に対する期待を保護する必要性が一定程度認められる。」

「そうすると,本件解約申入れについて,上記の事情から,直ちに正当事由があるとまではいえないが,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきである。」

2 正当事由の補完としての立退料について

「上記のとおり,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきであるところ,これに加え,被告に対する移転先の物件の紹介事実といった交渉経過,本件訴え提起時には,本件アパートには被告の他に居住者がいないこと,その他本件契約の賃料,本件アパートやその敷地の固定資産税評価額等の事情を総合考慮すれば,原告らによる申出額であり,本件契約の賃料の20か月分以上に相当する100万円を正当事由の補完としての立退料と認めるのが相当である。」


この記事は2022年10月10日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃借人は、借りている建物内において火災を起こさないように建物を使用する義務があります。

これは、法的に言えば、建物の賃借人は、善良な管理者の注意をもって賃借目的物を保管しなければならない、という賃借人の保管義務から導かれる義務となります(民法400条)。

したがって、賃借人が建物内で火災を起こしてしまった場合は、賃借人が負うべき保管義務違反、すなわち契約違反に該当します。

もっとも、それだけでストレートに解除が認められるわけではなく、賃借人が火災を発生させたことを理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

この点、賃借物件において火災を発生させた場合についての一つの判断基準として

「賃借人がその責に帰すべき失火によって賃借にかかる建物に火災を発生させ,これを焼損することは賃貸人に対する賃貸物保管義務の重大な違反行為にほかならない。したがって,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情のない限り,その責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係に破綻を生じさせるにいたるものというべきである。」(東京地裁平成26年10月20日判決)

と述べている裁判例があり、これは一つの基準として参考になります。

すなわち、この裁判例の考え方によれば、

①火災を発生させ、建物を焼損した場合、原則として信頼関係が破壊される

②ただし、火災を発生させたことについての過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情がある場合は、例外的に信頼関係が破壊されたとは言えない

ということとなります

このように、賃借物件内で火災が発生した場合に解除まで認められるかは、ケースバイケースでの判断となるわけですが、火災を発生させたことによる契約解除が認められた事例として、東京地方裁判所平成26年10月20日判決の事例を以下紹介します。

この事例は、賃借人が1階の貸店舗内にて15年間にわたりラーメン店を営んでいたところ、階厨房内に設置された大型ガスコンロの炎の熱が内壁に張られたステンレス板を伝い,内壁内の木製の柱に伝導過熱して出火し、1階厨房内西側内壁の4㎡が焼損した、という事案です。

賃借人側は、

・ラーメン店のため、コンロの火を仕込みから終業時間までの約12時間以上毎日付けていたという状況で、15年間にわたり何も問題は無かったのであるから、ガスコンロの熱がステンレス版を伝って内壁に伝導加熱して出火するなど予測できなかった

・引火しやすいものの付近にガスコンロを漫然放置し引火・延焼したとか,従業員によるたばこの火の不始末とかがあったわけではない

などと主張して、信頼関係を破壊するような義務違反はない、として争いました。

しかし、裁判所は、賃借人が大きな火力を扱うラーメン店経営者であることを重視し、以下の理由により、賃借人の過失や焼損の程度がいずれも軽微ではないとして、信頼関係破壊による解除を認めました。

一つの事例の判断ではありますが、飲食店における火災発生事案の判断として参考になります。

【東京地方裁判所平成26年10月20日判決 判旨】

① 賃借人は,飲食店を経営する法人であり,しかも,ラーメン店や中華料理店は,飲食店の中でも大きな火力を使うのが一般的であるから,その営業に関して火災を発生させ他人の生命・身体・財産を侵害することのないよう最大限の注意を払うことが要求されるというべきであり,その注意義務の程度が一般家庭における火の始末と同程度のもので足りるとは到底解されない。

② そして,本件ラーメン店において,出火原因となった大型ガスコンロは,3器がステンレス板を張った壁にほぼ接着する形で設置されていたこと,営業時間中,3器のうちのどれか1つは常時点火されていたことは当事者間に争いがないところ,壁に張り付けたステンレスは,裏の木材に熱を伝導させること,木材を加熱すればある温度で自然発火することは,常識の範囲に属する知識であり,さらに,飲食店のように常時ガスコンロを使用する場合,ガスコンロに近い壁面が長時間かつ長期間加熱されることにより木材の炭化と熱の蓄積が進み,比較的低温でも発火しやすくなる可能性があることも,少なくとも飲食店経営者であれば認識しておくべき基本的な知識である。すなわち,本件火災は,大型ガスコンロの設置場所の悪さ(壁との近接性)とそれまでの使用による内壁への加熱が相まって,起こるべくして起こったものというべきであり,本件ラーメン店開業以来15年間火災が発生しなかったことをもって,本件火災が突如発生したものであるとか,偶々発生したものであると考えることはできない

③ したがって,賃借人は,大型ガスコンロと壁との間隔を十分取るか,それができない場合には,点火時間の短縮を図ったり,壁との間に防熱板を設置するなどして,伝導過熱が生じにくい環境を作らなければならなかったというべきであり,これを怠ったことにより生じた本件火災は,賃借人である賃借人の責めに帰すべき事由によって発生したものと認められ,その過失の程度も決して軽微なものとはいえない

④ また,本件火災における直接的な焼損は,内壁4m2と報告されているものの,伝導過熱による内壁からの出火という態様の性質上,消火活動は壁面を破壊して行うほかなく,これによる建物の損壊は「焼損」に含めて評価するのが相当であるから,その程度が極めて軽微なものということはできない

⑤ これらの事情に照らすと,本件火災については,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等の特段の事情は認められないから,賃借人がその責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって,本件賃貸借契約の基礎をなす貸主との間の信頼関係に破綻を生じさせるに至ったというべきである。


この記事は、2022年9月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しているのですが、新たに住み始めた賃借人が、入居直後から、両隣の部屋の賃借人とトラブルを起こすなど面倒なことになってしまいました。

例えば、入居直後から「隣の部屋から発生する音がうるさいなど」と隣の入居者に文句を言うようになり、何回も、執拗に抗議を続け、夜中に、壁を叩くなどの騒音を出したり、廊下を通る際に、隣の部屋の入口の扉を強く足で蹴飛ばしたりしたこともありました。

マンションの管理人に対しても、「両隣りの部屋の音がうるさい、夜うるさくて仕方がない、何とかしてくれ」などと数回にわたり文句を言ってきました。さらに、仲介業者の担当者に対しても、「隣の住人が夜中にコツコツ壁を叩いたりしてうるさいので何とかしろ」などと要求し、その後も何回か同様の文句を言ってきていました。

こうしたことが、賃借人の入居直後から約10か月以上続いたのです。

 

隣の入居者は、この問題の賃借人が入居する3年前から入居していましたが、これまで特に問題もなく、事情をお聞きしましたが、保育園へ通う長男を夜九時すぎに寝かせ、朝、家族全員が起きて出掛けるという生活を送っていただけであり、夜中に騒音を発したことは全くなかったとのことでした。実際に、クレームを受けた後で管理人が、夜に騒音を何度か確認しに行きましたが、一切聞こえなかったという報告も受けました。

隣の入居者は、結局「小さい子供に何かあったら困る」と言って、この問題の賃借人の入居後10か月後には退去してしまいました。以後、この部屋は空室です。

 

もう一方の隣室の入居者に対しても、入居直後から「音がうるさい」などとして、大声で怒鳴ったり、夜中に壁を叩いたりしていました。この入居者も5年以上住んでいた方でこれまで問題はなかったのですが、この問題の賃借人の入居後、わずか3か月後に「隣がぶっそうなので出ます」と言って退去されました。

その後に隣室に入居した入居者に対しても同様のことが行われ、すぐに退去されてしまいました。

このため、この問題の賃借人の両隣の部屋は、この人の悪いうわさが広まってしまっているようで、新たな入居者も見つからず、今も空き室のままです。

 

このような問題ばかり起こす賃借人には退去してもらいたいのですが、可能でしょうか。

 

なお、賃貸借契約書の特約には、以下の規定がありますので、明らかに契約違反になると考えています。

特約

(1) 賃借人は騒音をたてたり風紀を乱すなど近隣の迷惑となる一切の行為をしてはならない。

(2) 賃借人が賃貸借契約の条項に違反したとき、あるいは、賃借人またはその同居人の行為が建物内の共同生活の秩序を乱すものと認められたときは、賃貸人は、何らの催告を要せずして、賃貸借契約を解除することができる。

【説明】

居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏に居住できる環境にあることが重要です。

したがって、一般的な賃貸借契約書においては、他の住民への迷惑行為を行わないとすることが賃借人の義務として規定されています。

また、仮に契約書に記載されていないとしても、「賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務」を負っていると解釈されています。

したがいまして、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。

ここで問題となるのは、賃借人の迷惑行為を理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

どの程度の迷惑行為であれば、契約解除事由となるのかということについては、明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていくこととなります。

今回紹介するのは、両隣の賃借人と騒音を巡ってトラブルを複数回起こしていた賃借人に対して解除が認められた事例(東京地方裁判所平成10年5月12日判決)です。

本件の設例はこの裁判例の事案をモチーフにしたものですが、この事案では、裁判所は、まずは、迷惑行為が契約違反に該当するかという点については、

「隣室から発生する騒音は社会生活上の受忍限度を超える程度のものではなかったのであるから、共同住宅における日常生活上、通常発生する騒音としてこれを受容すべきであったにもかかわらず、これら住人に対し、何回も、執拗に、音がうるさいなどと文句を言い、壁を叩いたり大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、結局、これら住人をして、隣室からの退去を余儀なくさせるに至った」

として、騒音に対する賃借人のクレーム等の行動は正当な理由がないものと判断しました。

その上で、この賃借人の行為は、

「本件賃貸借契約の特約において、禁止事項とされている近隣の迷惑となる行為に該当し、また、解除事由とされている共同生活上の秩序を乱す行為に該当するものと認めることができる。」

と述べて、契約違反に該当すると認定しました。

そして、この迷惑行為が信頼関係を破壊する程度のものか否か、という点については、

「賃借人の右各行為によって、五〇六号室の両隣りの部屋が長期間にわたって空室状態となり、賃貸人が多額の損害を被っていることなど前記認定の事実関係によれば、賃借人らの右各行為は、本件賃貸借における信頼関係を破壊する行為に当たるというべきである。」

と述べて、契約解除を認めました。

なお、この賃借人は、このマンションに移ってくる前の物件でも、隣室や上階の入居者に対して音がうるさいなどと言ってトラブルを起こし、その物件の賃貸人から訴訟を起こされていた(結果は和解で退去)、というかなり曰くつきの賃借人であったことも判決で認定されています。

このため、この事案の賃借人はかなり特異な賃借人とも言えるのですが、迷惑行為が解除事由となる一つの基準として「その迷惑行為によって、複数の近隣入居者が退去してしまった」ということを示した裁判例として参考になります。


この記事は2022年8月2日時点の情報に基づいて書かれています。

民法606条は、賃貸人の建物の修繕義務について定めています。

【民法606条】

1 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

賃貸人がこの修繕義務を果たすためには、賃借人の使用部分(居室など)への立ち入りが必要となる場合も多々ありうるため、民法606条2項において、賃借人は、賃貸人が保存行為を行う場合にはこれを拒否できないと定めています。

なお、606条2項は「保存に必要な行為」としていますが、これは「賃貸目的物を保存し維持するために必要な修繕行為」を当然に含むものと考えられます。

このように、建物の賃借人は,賃貸人が行おうとする賃貸建物の保存行為に対する受忍義務を負っていますので、建物保存のための調査や工事を当該賃借人の賃借部分で実施する必要があるときは、賃借人は、正当な理由なくして自己の賃借部分への立入り等を拒むことができないと言うことになります。

したがって、賃貸人が協力を要請する調査や工事が建物の保存に必要と認められるにもかかわらず、賃借人がこれを正当な理由なくして拒むときは,賃貸借契約上の債務不履行を構成すると解釈されます。

では、上記のように、賃貸人が建物の保存に必要な工事等の調査目的で賃借人の居室に立ち入りを求めたものの、賃借人が正当な理由も無く拒絶をした場合に、賃貸人は、債務不履行であると主張して賃借人との契約を解除することができるのでしょうか。

この点が問題となったのは、東京地方裁判所平成26年10月20日の事例です。

この事案は、ある賃借人の居室の天井から水漏れが生じたため、その原因の究明のために、賃貸人がその上階の賃借人の居室への立ち入りを求めたものの、あれこれ理由を付けて拒絶したため、賃貸人が契約の解除を主張して提訴したという事案です。

この事案において、裁判所は、まず、賃借人が立ち入りを拒絶した理由についてはいずれも合理的根拠がないとし、

漏水に関して本件居室の立入調査が実施できていないのは、賃借人が正当な理由なくこれを拒絶しているためであり,このことは,本件賃貸借契約上の債務不履行を構成する。」と認定した上で、それを解除事由とすることができるかは、「賃貸借契約の基礎をなす賃貸人・賃借人間の信頼関係が破壊されたと認められるかどうかの検討が必要

と述べました。

そして、信頼関係が破壊されたか否かについて、

賃貸人が賃借人に対して漏水の調査のための立ち入りを求めるにあたり、賃貸人としてなすべき努力を十分に尽くしていたにも拘わらず、賃借人側が、一度も調査に応じる意思を明示せず、また、立ち入りを認めるための条件として、漏水とは全く関係のない、居室の設備等の修繕等を求め、その完全実施を漏水調査への協力の条件とするかのような内容の回答をしたことをもって、この段階において信頼関係は破綻されるに至ったというべきである

と述べて、契約の解除を認めました。

この事案では、過去にこの漏水の調査以外でも賃借人側が賃貸人側に対して過度に神経質とも取れるような対応をして紛争を生じていたという事情も認定されていて、こういった事情も信頼関係破壊による解除を認めた一つの要因と考えられます。

この点において、本件は若干特殊な事例と言えなくもないのですが、いずれにしても、賃借人が不当に建物の維持・保存のために必要な修繕の調査や工事を拒むような対応を続けた場合には、契約の解除原因になり得るということを示した一つの事例として参考になります。


この記事は、2022年7月19日時点の情報を基に書かれています。

【建物借主からの相談】

私は、知り合いの不動産業者から、新宿区内の古いアパートを安く借りれるという話をもちかけられました。

二室で家賃が合計7万5000円と格安でしたので、副業で民泊をやろうと思い、この古アパート2室を借りることにしました。

契約書には、住居として使用するという目的が明記されていましたが、これに加えて「建物を転貸することを承諾する」という条項も入っていました。

このため、私はこの転貸の条項があれば、民泊も大丈夫だろうと考え、契約時に、アパートのオーナーには、私が民泊をするつもりであるということは伝えませんでした。

 

アパートを借りた後、民泊運営会社に委託して、このアパート2室を民泊に出していましたが、その後、利用者が間違って他の住人の部屋に入ろうとしたり、ゴミ出しのルールを守らなかったりというトラブルが度々起こってしまいました。

このため、他の住民や保健所からアパートオーナーに苦情や指導があったようで、私のところにアパートのオーナーから、「民泊に使用していたことは契約違反だから解除する」という通知がありました。

 

確かに契約時にはアパートオーナーには民泊をするということは、はっきりとは説明しませんでした。しかし、契約書には「転貸も可能」と書いてあったのですから、民泊に使用しても問題ないと思っていました。

私の主張は認められないのでしょうか。

賃借物件を民泊として使用する場合の問題

本件は、東京地方裁判所平成31年4月25日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件では、契約時に、物件を民泊に利用するということは明示的に合意されておらず、また、使用目的は住居として使用すると規定されていましたが、「転貸を可能」とする特約が契約書に設定されていました。

民泊と言うのは、いわば又貸し(転貸)をするようなものですので、

「転貸可能特約が設定されていれば民泊の利用は契約違反とはならないのではないか。」

という点が主な問題となった事例です。

また、民泊の利用が契約違反になるとしても、賃貸借契約における契約の解除は「信頼関係破壊の法理」(契約違反の事実に加えて、その違反の事実によって貸主と借主との間の信頼関係が破壊されたと言えることが必要)が適用されるため、

「借主が賃借物件を民泊に使用していたことによって信頼関係が破壊されたと言えるか。」

という点も問題となりました。

住居目的の賃借物件を民泊で使用した場合、契約違反(用法順守義務違反)になる

まず、「転貸を可能」とする特約が契約書に設定されていたことから、この特約により民泊の利用が契約違反とはならないのではないか。」との点について、裁判所は、契約書において「住居としての使用」に限られているという点を重視し、転貸が可能という特約があったとしても、民泊での使用までは認める趣旨ではないと判断しました

「本件賃貸借契約には,転貸を可能とする内容の特約が付されているが,他方で,本件建物の使用目的は,原則として被告の住居としての使用に限られている。

これによれば,上記特約に従って本件建物を転貸した場合には,これを「被告の」住居としては使用し得ないことは文理上やむを得ないが,その場合であっても,本件賃貸借契約の文言上は,飽くまでも住居として本件建物を使用することが基本的に想定されていたものと認めるのが相当である。」

「特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用の場合と,1泊単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用の場合とでは,使用者の意識等の面からみても,自ずからその使用の態様に差異が生ずることは避け難いというべきであり」、「転貸が可能とされていたことから直ちに民泊としての利用も可能とされていたことには繋がらない。

民泊での使用による信頼関係の破壊の有無

また、「借主が賃借物件を民泊に使用していたことによって信頼関係が破壊されたと言えるか。」という点については、裁判所は、

「本件建物を民泊の用に供することが旅館業法に違反するかどうかは措くとしても,」「現に,aアパートの他の住民からは苦情の声が上がっており,ゴミ出しの方法を巡ってトラブルが生ずるなどしていたのであり,民泊としての利用は,本件賃貸借契約との関係では,その使用目的に反し,賃貸人である原告被承継人との間の信頼関係を破壊する行為であったといわざるを得ない。」

と述べて、信頼関係も破壊されたとして解除を認めました。

 

なお、この事案で、借主は、ゴミの問題については「民泊の利用者用のゴミ捨て場としてポリバケツを独自に設置するなどの手配をした」と主張して、なお信頼関係は破壊されていないなどとも反論しましたが、この点について裁判所は、

「民泊の利用者が出すゴミは,民泊という事業活動に伴って生じた産業廃棄物に当たるものとして,上記の処理方法は廃棄物の処理及び清掃に関する法律に違反するとされる余地があるから,被告において上記手配をしたことをもって信頼関係の破壊が生じておらず,又はこれが回復したと認めることはできない。」

と述べて反論を排斥しています。

住居としての使用目的が契約書で定められている賃借物件の民泊使用は、契約の解除原因となる可能性が高い

この裁判例の判断を踏まえると、住居での使用目的の物件を民泊として使用することは、たとえ転貸が可とされている物件であっても、用法順守義務違反に該当する可能性が高いということになります。

また、このような物件を民泊で使用すること自体、賃貸人として全く想定していない使用態様であり、オーナーや他の入居者ともトラブルになる可能性が高い使用態様である以上、貸主の承諾なく民泊に使用していた場合は、信頼関係を破壊するものとして解除原因となる可能性は高いと考えられます。

したがいまして、このような賃借物件を民泊として使用するのであれば、明示的に貸主の承諾を得て行うことが必須と言えるでしょう。


この記事は、2022年6月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【貸主からの相談】

私は、築17年の3階建ての賃貸アパートを所有しています。

うちのアパートでは、ペットの飼育可としていて、特約で「猫1匹の飼育を認めるが,爪研ぎ,トイレを設置すること,他人の迷惑にならないよう気を付けること,内装を破損した場合修理費を負担することとする。」と定めています。

そうしたところ、今回12年以上住んでいた賃借人の一人が退去することになったのですが、退去時の室内を見たところ、猫の爪研ぎによる毀損や糞尿による床の腐食,汚損及び悪臭が多くみられる状況でした。

あまりに床がひどかったため、全面張替を行い、その費用を賃借人に請求しました。

しかし、賃借人からは

「12年以上住んでいたのであり、猫の飼育も認められていたのだから、これらの傷は通常損耗と言えるはずだ。」

「仮に特別損耗だとしても、築17年経っていて経年劣化で価値が下がっていたのだから、リフォーム代を全て負担するのはおかしい。」

と言われて、費用の支払いを拒まれています。

猫の飼育を許容していた以上、これはしょうがないのでしょうか。

【説明】

原状回復義務の基本的な考え方

賃貸物件における退去時の賃借人の原状回復義務については、

・契約期間中における本件居室の経年変化や通常の使用によって生じる損耗(通常損耗)については原状回復義務を負わない

・故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)について原状回復義務を負う

という考え方が一般的となっています。

その根拠としては、経年変化や通常損耗についての修繕費等の回収は,賃料の中に含ませて行っているのが通常と解される点にあります(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決)。

ペットの飼育に伴う損耗は通常損耗か、特別損耗か?

ペットを室内で飼育する場合、ペットによるひっかき傷や臭い、汚物によるシミ等によって、室内の劣化が通常に比べて進みやすいと言えます。

ペットの飼育が許容されている賃貸物件の場合に、このようなペットの飼育によって特に発生した損耗について、通常損耗となるのか、それとも特別損耗となるのかが問題となります。

この点について、裁判例における基本的な考え方としては、

・賃料が、ペットを飼うことを許容したことで通常より高額に設定されていた場合は、通常損耗

・そうでない場合、ペットを飼育していたために通常生ずる傷や汚損を超えて損耗が生じた場合は、特別損耗

という基準で判断されている傾向があります。

すなわち、「賃料が通常よりも高額に設定されているかどうか」という点がポイントとなります。

賃料が通常よりも高額に設定されていない場合は

本件は東京地方裁判所平成25年11月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、猫の飼育1匹までは可とされていましたが、賃料については特に通常より高額に設定されてはいないというものでした。

そのため、裁判所は、

賃借人は、貸室で猫を飼育することを認められていた一方で,その飼育に伴い室内に損傷等を生じさせることのないよう善管注意義務を負っていて,その義務の程度が緩和されるべき事情は認められない

と述べて、ペット飼育に起因する傷や汚損については、特別損耗として賃借人の費用負担を認めています。

特別損耗とされた場合の負担割合は

この事例では、フローリングの一部は,飼い猫の糞尿等を長期間放置したことによる腐食のほか,剥離等の毀損が認められ,当該腐食部分は床下の床根にまで浸透していました。

そのため、賃貸人は、フローリングの全面張り替えと,腐食した床根の補修を行っています。

これらのペット飼育による損傷・汚損について、裁判所は特別損耗であると認定はしましたが、他方で、

①物件が築17年でそれなりに年数が経過していた

②フローリングについては、部分張替えが難しいものの、ペットによる傷は全体ではなく一部分であった

という点から、特別損耗だとしても、賃借人が全面張替えの工事費用を全額負担をすべきかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

「フローリング工事に係る費用については,その30%の額を賃借人の負担とするのが相当である。」

と判断しました。

その理由として、以下の点を挙げています。

・フローリングの全面張り替え工事には,新築後約17年における経年変化や通常損耗に係る部分を修復する工事が必然的に含まれており,賃貸人はその分過剰に利益を受けているといえる。

・証拠上認定できるフローリングの損傷部位は,あくまで一部にとどまり,その余の部分について通常の使用による損耗の程度を超える損耗が生じていたと認めるに足りない。

・したがって、その部分補修でなく,居室の全体につきフローリングの張り替えを行ったことが,可能な限り毀損部分に限定された工事であると認めるに足りず,この点で賃貸人は過剰な利益を受けているといわざるを得ない。

・他方で,腐食した床根の補修については,賃貸人が過剰な利益を受けたとまではいえない。

この事例では、その他、居室ドア縁、巾木、居室石膏ボードについても、猫の爪研ぎによる破損等が生じていることを特別損耗と認めつつ、上記で述べたような事情を個別に考慮して、賃借人の費用負担割合をそれぞれ、居室ドア縁(20%)、巾木(25%)、居室石膏ボード(50%)と認定しています。

以上のように、ペット飼育による傷・汚損等が特別損耗だとしても、

・新築時(またはリフォーム時)からどの程度の年数が経過していたか

・全面張替(交換)工事を行った場合において、傷・汚損が生じていた部分が全体のうちのどの程度の割合だったか

という点を考慮して工事費用の負担が決められることを示した裁判例と言えます。

もっとも、フローリングについては、玄関からリビング、キッチン、寝室まで間仕切りがないタイプであり部分張替えではなく全面張替えが必要だったとして全面張替え費用を賃借人に負担させた裁判例もありますので(東京地方裁判所平成27年1月29日判決)、ケースバイケースで考えていく必要があるでしょう。


この記事は2022年5月2日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸ビルオーナーからの相談】

当社は所有する賃貸ビルの一室を店舗用として借していました。

その後、この店舗の賃借人が退去することとなり、賃貸借契約を合意解約したのですが、その際に、契約書に従って原状回復費用を算定したところ、約593万円になりました。

賃貸借契約書では、「貸主の指定する業者で原状回復工事を行う」とされていましたので、解約合意書を取り交わした上で、上記工事費用から保証金を差し引いた残金320万円ほどを借主に支払ってもらいました。

 

その後、すぐに新賃借人が見つかり、そのままの状態で貸すということになったため、結局原状回復工事は行いませんでした。

そうしたところ、その状況を知った元賃借人から、

「原状回復工事を行わなかったのだから、当社としては支払った原状回復費用を返してもらいたい。」

と言われてしまいました。

当社は、返還しなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和元年10月1日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、借主が、契約解約時に貸主に支払った原状回復工事費用について、「原状回復工事を実施しなかったのであるから貸主の不当利得である」として返還請求訴訟を起こしたというものです。

この事案において、賃貸借契約書において、明渡し・原状回復部分については、以下のような規定がありました。

(イ) 借主は,賃貸借期間内に本件店舗を原状に復して貸主に明け渡さなければならない(1号)。

(ウ) 前(イ)の場合,借主が遅滞なく本件店舗を原状に復さないときは,貸主は借主に代わって借主の費用でこれを行い,収去した物件を任意に処分することができる(2号)。

(エ) 上記(イ)の原状回復工事については,貸主の指定する業者で貸主の指示に従い実施するものとする。(3号)。

このような契約条項を前提とした上で、貸主と借主は、賃貸借契約の解約合意書で主に以下のように合意をしていました。

・本件賃貸借契約のうち本件賃貸借契約書第23条に基づき,貸主指定業者により原状(スケルトン状態)回復を行い,本件店舗の明け渡しを完了することを及び貸主は確認する。

・借主は,貸主に対し,原状回復工事費用594万円(消費税込)を貸主からの請求に基づき,平成28年6月15日までに支払うものとする。

・貸主及び借主は,本件合意の書面に定める他に,何らの債権債務が存在しない事を確認する。

このような事実関係を前提として、本件において裁判所は、貸主と借主との間の解約時における合意内容を、

「借主が本件店舗の原状回復工事に要する費用594万円(消費税込)を同年6月15日までに貸主に支払うことにより借主の本件店舗の原状回復義務を免除し,本件店舗の明渡しが完了することとし,解約日までの賃料や敷金等の清算を行い,その他に本件賃貸借契約に関し,借主及び貸主は何ら債権債務が存在しないとする合意であると解するのが相当である。」

と認定した上で、

その後の事情の変更により,貸主が原状回復工事を実施しなかったり,原状回復工事の施工内容が変更されて費用額が上記金額と異なったりしたとしても,その清算を行わないことを前提とした合意であると解される。」

と述べて、借主からの返還請求を認めませんでした

本事例では、裁判所は、貸主と借主との間の解約合意内容は、借主が貸主に原状回復工事相当額を支払うことにより借主の原状回復義務の履行に代えることを合意する旨にとどまるのであり、また、これをもって貸主と借主間に債権債務関係は何ら存在しない合意もされているので、これを超えて借主が貸主の指定する業者に原状回復工事を委託するという趣旨までは含まない、という解釈をしたと考えられます。

本件のように、貸主が原状回復費用を受領したものの、その後原状回復工事を行わなかったという場合に、返還義務を負うかどうかは、賃貸借契約書と契約解約の際の合意内容の解釈が重要となりますので、事後のトラブルを防止するためには、この点双方に認識の相違が無いように定めておく必要があります。

このようなトラブル防止のために、解約時にどのように合意をしておくかということについて、本裁判事例は一つの参考となる事例と言えます。

なお、同じ争点が問題となった事例として、東京地方裁判所平成29年12月8日判決の事例もありますので、こちらもご参照ください。


この記事は2022年4月10日時点の情報に基づいて書かれています。