【貸主からの相談】

私は、築17年の3階建ての賃貸アパートを所有しています。

うちのアパートでは、ペットの飼育可としていて、特約で「猫1匹の飼育を認めるが,爪研ぎ,トイレを設置すること,他人の迷惑にならないよう気を付けること,内装を破損した場合修理費を負担することとする。」と定めています。

そうしたところ、今回12年以上住んでいた賃借人の一人が退去することになったのですが、退去時の室内を見たところ、猫の爪研ぎによる毀損や糞尿による床の腐食,汚損及び悪臭が多くみられる状況でした。

あまりに床がひどかったため、全面張替を行い、その費用を賃借人に請求しました。

しかし、賃借人からは

「12年以上住んでいたのであり、猫の飼育も認められていたのだから、これらの傷は通常損耗と言えるはずだ。」

「仮に特別損耗だとしても、築17年経っていて経年劣化で価値が下がっていたのだから、リフォーム代を全て負担するのはおかしい。」

と言われて、費用の支払いを拒まれています。

猫の飼育を許容していた以上、これはしょうがないのでしょうか。

【説明】

原状回復義務の基本的な考え方

賃貸物件における退去時の賃借人の原状回復義務については、

・契約期間中における本件居室の経年変化や通常の使用によって生じる損耗(通常損耗)については原状回復義務を負わない

・故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)について原状回復義務を負う

という考え方が一般的となっています。

その根拠としては、経年変化や通常損耗についての修繕費等の回収は,賃料の中に含ませて行っているのが通常と解される点にあります(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決)。

ペットの飼育に伴う損耗は通常損耗か、特別損耗か?

ペットを室内で飼育する場合、ペットによるひっかき傷や臭い、汚物によるシミ等によって、室内の劣化が通常に比べて進みやすいと言えます。

ペットの飼育が許容されている賃貸物件の場合に、このようなペットの飼育によって特に発生した損耗について、通常損耗となるのか、それとも特別損耗となるのかが問題となります。

この点について、裁判例における基本的な考え方としては、

・賃料が、ペットを飼うことを許容したことで通常より高額に設定されていた場合は、通常損耗

・そうでない場合、ペットを飼育していたために通常生ずる傷や汚損を超えて損耗が生じた場合は、特別損耗

という基準で判断されている傾向があります。

すなわち、「賃料が通常よりも高額に設定されているかどうか」という点がポイントとなります。

賃料が通常よりも高額に設定されていない場合は

本件は東京地方裁判所平成25年11月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、猫の飼育1匹までは可とされていましたが、賃料については特に通常より高額に設定されてはいないというものでした。

そのため、裁判所は、

賃借人は、貸室で猫を飼育することを認められていた一方で,その飼育に伴い室内に損傷等を生じさせることのないよう善管注意義務を負っていて,その義務の程度が緩和されるべき事情は認められない

と述べて、ペット飼育に起因する傷や汚損については、特別損耗として賃借人の費用負担を認めています。

特別損耗とされた場合の負担割合は

この事例では、フローリングの一部は,飼い猫の糞尿等を長期間放置したことによる腐食のほか,剥離等の毀損が認められ,当該腐食部分は床下の床根にまで浸透していました。

そのため、賃貸人は、フローリングの全面張り替えと,腐食した床根の補修を行っています。

これらのペット飼育による損傷・汚損について、裁判所は特別損耗であると認定はしましたが、他方で、

①物件が築17年でそれなりに年数が経過していた

②フローリングについては、部分張替えが難しいものの、ペットによる傷は全体ではなく一部分であった

という点から、特別損耗だとしても、賃借人が全面張替えの工事費用を全額負担をすべきかどうかが問題となりました。

この点について、裁判所は、

「フローリング工事に係る費用については,その30%の額を賃借人の負担とするのが相当である。」

と判断しました。

その理由として、以下の点を挙げています。

・フローリングの全面張り替え工事には,新築後約17年における経年変化や通常損耗に係る部分を修復する工事が必然的に含まれており,賃貸人はその分過剰に利益を受けているといえる。

・証拠上認定できるフローリングの損傷部位は,あくまで一部にとどまり,その余の部分について通常の使用による損耗の程度を超える損耗が生じていたと認めるに足りない。

・したがって、その部分補修でなく,居室の全体につきフローリングの張り替えを行ったことが,可能な限り毀損部分に限定された工事であると認めるに足りず,この点で賃貸人は過剰な利益を受けているといわざるを得ない。

・他方で,腐食した床根の補修については,賃貸人が過剰な利益を受けたとまではいえない。

この事例では、その他、居室ドア縁、巾木、居室石膏ボードについても、猫の爪研ぎによる破損等が生じていることを特別損耗と認めつつ、上記で述べたような事情を個別に考慮して、賃借人の費用負担割合をそれぞれ、居室ドア縁(20%)、巾木(25%)、居室石膏ボード(50%)と認定しています。

以上のように、ペット飼育による傷・汚損等が特別損耗だとしても、

・新築時(またはリフォーム時)からどの程度の年数が経過していたか

・全面張替(交換)工事を行った場合において、傷・汚損が生じていた部分が全体のうちのどの程度の割合だったか

という点を考慮して工事費用の負担が決められることを示した裁判例と言えます。

もっとも、フローリングについては、玄関からリビング、キッチン、寝室まで間仕切りがないタイプであり部分張替えではなく全面張替えが必要だったとして全面張替え費用を賃借人に負担させた裁判例もありますので(東京地方裁判所平成27年1月29日判決)、ケースバイケースで考えていく必要があるでしょう。


この記事は2022年5月2日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸ビルオーナーからの相談】

当社は所有する賃貸ビルの一室を店舗用として借していました。

その後、この店舗の賃借人が退去することとなり、賃貸借契約を合意解約したのですが、その際に、契約書に従って原状回復費用を算定したところ、約593万円になりました。

賃貸借契約書では、「貸主の指定する業者で原状回復工事を行う」とされていましたので、解約合意書を取り交わした上で、上記工事費用から保証金を差し引いた残金320万円ほどを借主に支払ってもらいました。

 

その後、すぐに新賃借人が見つかり、そのままの状態で貸すということになったため、結局原状回復工事は行いませんでした。

そうしたところ、その状況を知った元賃借人から、

「原状回復工事を行わなかったのだから、当社としては支払った原状回復費用を返してもらいたい。」

と言われてしまいました。

当社は、返還しなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和元年10月1日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、借主が、契約解約時に貸主に支払った原状回復工事費用について、「原状回復工事を実施しなかったのであるから貸主の不当利得である」として返還請求訴訟を起こしたというものです。

この事案において、賃貸借契約書において、明渡し・原状回復部分については、以下のような規定がありました。

(イ) 借主は,賃貸借期間内に本件店舗を原状に復して貸主に明け渡さなければならない(1号)。

(ウ) 前(イ)の場合,借主が遅滞なく本件店舗を原状に復さないときは,貸主は借主に代わって借主の費用でこれを行い,収去した物件を任意に処分することができる(2号)。

(エ) 上記(イ)の原状回復工事については,貸主の指定する業者で貸主の指示に従い実施するものとする。(3号)。

このような契約条項を前提とした上で、貸主と借主は、賃貸借契約の解約合意書で主に以下のように合意をしていました。

・本件賃貸借契約のうち本件賃貸借契約書第23条に基づき,貸主指定業者により原状(スケルトン状態)回復を行い,本件店舗の明け渡しを完了することを及び貸主は確認する。

・借主は,貸主に対し,原状回復工事費用594万円(消費税込)を貸主からの請求に基づき,平成28年6月15日までに支払うものとする。

・貸主及び借主は,本件合意の書面に定める他に,何らの債権債務が存在しない事を確認する。

このような事実関係を前提として、本件において裁判所は、貸主と借主との間の解約時における合意内容を、

「借主が本件店舗の原状回復工事に要する費用594万円(消費税込)を同年6月15日までに貸主に支払うことにより借主の本件店舗の原状回復義務を免除し,本件店舗の明渡しが完了することとし,解約日までの賃料や敷金等の清算を行い,その他に本件賃貸借契約に関し,借主及び貸主は何ら債権債務が存在しないとする合意であると解するのが相当である。」

と認定した上で、

その後の事情の変更により,貸主が原状回復工事を実施しなかったり,原状回復工事の施工内容が変更されて費用額が上記金額と異なったりしたとしても,その清算を行わないことを前提とした合意であると解される。」

と述べて、借主からの返還請求を認めませんでした

本事例では、裁判所は、貸主と借主との間の解約合意内容は、借主が貸主に原状回復工事相当額を支払うことにより借主の原状回復義務の履行に代えることを合意する旨にとどまるのであり、また、これをもって貸主と借主間に債権債務関係は何ら存在しない合意もされているので、これを超えて借主が貸主の指定する業者に原状回復工事を委託するという趣旨までは含まない、という解釈をしたと考えられます。

本件のように、貸主が原状回復費用を受領したものの、その後原状回復工事を行わなかったという場合に、返還義務を負うかどうかは、賃貸借契約書と契約解約の際の合意内容の解釈が重要となりますので、事後のトラブルを防止するためには、この点双方に認識の相違が無いように定めておく必要があります。

このようなトラブル防止のために、解約時にどのように合意をしておくかということについて、本裁判事例は一つの参考となる事例と言えます。

なお、同じ争点が問題となった事例として、東京地方裁判所平成29年12月8日判決の事例もありますので、こちらもご参照ください。


この記事は2022年4月10日時点の情報に基づいて書かれています。

【収益物件買主からの相談】

私は、共同住宅兼事務所ビルを1億9000万円で購入しました。

このビルは、私が購入した後に転売した上で、借主となってサブリースをするという目的で購入したもので、この目的で購入することは仲介業者には伝えていました。

 

しかし、ビルの引渡しを受けた後、ビル管理会社の状況確認により、売買契約時に仲介業者を通じて売主側から交付を受けていた家賃管理表の月額の家賃の記載や、空き室の記載に誤りがあったことが発見されました。月額の賃料額は88万5000円とされていたのに対し、実際は月額75万円だったのです。

 

このため、私は仲介業者に対して説明・告知義務違反があるとして、賃料の差額分の損害賠償請求をしました。

 

これに対して、仲介業者は「売主から賃貸借契約書ないし賃貸借契約の詳細な情報を入手すべく努めたが,売主が非協力的であり,賃貸借契約書が作成されていない部屋も多かったため,売主から提出された資料に基づき,可能な範囲で報告している。だから,仲介業者としての調査,報告義務は尽くした」などと言って、賠償請求に応じません。

 

このような仲介業者の反論は認められるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年7月22日判決の事例をモチーフにしたものです。

いわゆる収益物件(賃貸ビル)の売買において、物件の賃料額について仲介業者が実際の賃料額と異なる資料を渡し説明したことについて、仲介業者の説明・告知義務違反の有無が問題となりました。

仲介業者の説明義務違反行為として主張された行為とは

本件で問題とされた仲介業者の行為とは、、

「物件の月額賃料の実際の合計額は84万5000円にもかかわらず,仲介業者は,売主が作成したという家賃管理表につき,その裏付けとなる賃貸借契約書等の客観的資料を確認しないまま,上記家賃管理表の内容を鵜呑みにし,何らの留保を付けることなく,レントロールに月額賃料の合計額が89万円である旨記載し,買主に対しても,同様の説明しかしなかった」

というものでした。

裁判所は仲介業者の説明・告知義務違反を認定

この事案について、裁判所は

「仲介業者は,買主との間で,本件仲介契約を締結したのであるから,買主に対し,本件仲介契約に基づく善管注意義務として,不動産売買契約の締結に当たり,買主にとって重要な事項について,自ら調査し又は売主から資料等の提供を受けるなどして,正確な情報を説明,告知すべき義務を負うと解するのが相当である。」

「本件建物は,鉄筋コンクリート造陸屋根5階建ての共同住宅兼事務所であり,いわゆる賃貸用の物件であるから,その賃貸借契約の状況は,不動産売買契約の締結に当たり,買主である買主にとって重要な事項であると認められ,仲介業者は,買主に対し,その正確な情報を説明,告知すべき義務を負うと解するのが相当である。」

と述べた上で、本件の事実関係に照らせば

「仲介業者は,買主に対し,本件建物に係る賃貸借契約の状況について,正確な情報を説明,告知したとはいえない。

よって,仲介業者は,買主に対し,本件建物の賃貸借契約の状況に係る説明,告知義務違反により債務不履行責任を負う。」

と判断しました。

買主の損害額についてはどう判断したか

また、買主の損害額については

「仲介業者が説明していた賃料収入額と実際の賃料収入額との間には,本件建物の引渡し後(平成30年2月)から現在(本件訴訟の口頭弁論終結時である令和元年10月)までの間,合計マイナス143万5000円の差額が生じたのであるから,同額をもって,仲介業者の債務不履行による損害と認めるのが相当である。」

と判断しています。

仲介業者の反論は裁判所には認められず

仲介業者の言い分としては、買主側が契約を急いでいる一方で、売主側に資料等の提出を求めても協力が得られなかった中で、できる限りの説明を尽くしたので義務違反はない、というものでした。

しかし、仲介業者のこのような言い分に対して、裁判所は、以下のように述べて仲介業者の反論を認めませんでした。

「この点,確かに,仲介業者は,売主に対し,賃貸借契約書等の資料の提出を求めるなどしており,売主がこれに十分に対応しなかった面があることは否めないものの,そもそもの発端は,仲介業者において売主から十分な資料が提出されていないにもかかわらず,いわば見切り発車的に専属専任媒介契約を締結してしまったことにあるといわざるを得ない。その点を措いても,本件建物に係る賃貸借契約の状況につき,客観的な裏付け資料を確認することができていないのであれば,買主に対し,少なくともその旨を明確に説明すべきであった。

よって,売主が賃貸借契約書等の提出に応じなかったことをもって,仲介業者が買主に対する債務不履行責任を免れることはできない。」

不動産売買の仲介業者の説明義務違反を巡る紛争のうち、本件は、収益物件の売買における説明・告知義務違反を認めた事例として参考になる事例です。

仲介手数料の半額も買主の損害と認定

なお、この事例では、賃貸借契約の状況の他、本件建物1階が駐車場として建築確認等を受けていたものの、その後,外壁を設けるなどして店舗に改造されたため,本件建物1階の用途を駐車場から店舗等に変更することは容積率を超過することになるため許されない状況にあることを説明せず,また、本件建物の図面を交付しなかったことについても、仲介業者の説明・告知義務違反を認めています。

こういった仲介業者の説明・告知義務違反を認めた上で、最終的に支払済みの仲介手数料の半額311万0400円を損害と認めていますので、この点についても参考になる事例と言えるでしょう。


この記事は2022年3月3日時点の情報に基づいて書かれています。

1 建物賃貸借契約における連帯保証人の責任の限定

賃貸物件の契約の際に、未払賃料等が発生した場合の担保として連帯保証人を設定することは通常行われています。

しかし、建物賃貸借における連帯保証人の責任が過大になっていたという問題意識から、2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがいまして、改正民法が適用される2020年4月1日以降に締結された賃貸借契約において、保証契約が効力を生ずるためには、契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければなりません(なお、従前の賃貸借契約を2020年4月1日に更新した場合の保証契約の効力については、賃貸借契約が更新された場合における、保証人の責任と改正民法の適用についての注意点の記事で解説しています。)

以上が近時の保証人の責任を限定する民法改正の内容ですが、改正民法が適用される前の賃貸借契約における連帯保証人の責任についても、以下のように、その請求が制限される場合があることは、最高裁判例によっても示唆されています。

「本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係である建物賃貸借契約においては,保証人の責任が無制限に拡大する可能性・危険性があることに鑑み,賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず,賃貸人が,保証人にその旨を連絡することもなく,いたずらに契約を存続させているなど一定の場合には,保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ると解すべきである(最高裁平成9年11月13日第1小法廷判決・裁判集民事186号105頁参照)。」

2 連帯保証人の責任が限定される場合とは

では、どのような場合に連帯保証人の責任が限定されるのか(逆に言えば、賃貸人から連帯保証人への請求が権利濫用とされるのか)という点については、ケースバイケースの判断となっているため、この問題は過去の裁判例の判断の蓄積から見通しを立てる必要がある問題です。

そこで、今回は、この問題について判断した最近の裁判例である東京高等裁判所令和元年7月17日判決の事例を紹介します。

この事案は、市営住宅を対象とするもので、連帯保証人は賃借人の母親(高齢で年金受給者)、賃借人は生活保護受給者で賃料は代理納付により賃料が支払われていたものの、保護の廃止により代理納付も廃止され、その後滞納が発生した、という事案です。

料の滞納額は、代理納付が廃止されてから、約3年半分に及んでおり、これを賃貸人は連帯保証人に請求しました。

この事案で、裁判所は、代理納付が廃止され、賃料が滞納が開始されてから2年間が経過した以降の未払賃料の請求については、権利濫用にあたると判断し、賃貸人の請求を認めませんでした。

連帯保証人への請求が権利濫用に当たるか否かについて、裁判所が考慮した事情は以下のとおりです。

・賃貸人は、平成27年4月に賃借人の生活保護が廃止されることを連帯保証人に知らせなかったが,生活保護が廃止されれば,それまでの代理納付も廃止され,賃借人が自ら賃料を支払わなければならないところ,これまでの賃借人の滞納状況や賃貸人との連絡等が困難な状況から,賃貸人としては,その後賃借人が滞納を続けることを予測することができたと解される一方で,連帯保証人は賃借人が生活保護を受給していることは知っていても,これを廃止されることになることは知らずにいた

・実際,生活保護廃止後に賃借人の滞納賃料は累積し,その支払について賃貸人から督促依頼状が送付され,連帯保証人は,本件連帯保証契約の解除権行使等の方策を検討する機会もないまま,賃貸人に促されて,平成28年6月11日には平成28年4月分までの累積債務額について分納誓約書を提出している

・その頃には連帯保証人も70歳に達して年金受給者となっており,賃借人とも連絡が取れず困っていたことを賃貸人も把握していた

・平成28年5月27日に賃貸人から債権移管決定通知書が送付されて以降は,連帯保証人もしばしば賃貸人の担当者に対して,賃借人に対して本件住宅から追い出すなどの厳しい対応をすることを要求したり,自分も年金生活者で分割払いの履行もなかなか困難であることなどを訴えていた

・このような経緯に照らせば,賃借人の生活保護が廃止された以後は,賃貸人は連帯保証人の支払債務の拡大を防止すべき措置を適切に講ずべきであり,かかる措置をとることなくその後の賃料を連帯保証人に請求することは,権利の濫用にあたるというべきである。

・賃貸人担当者は,長年賃借人本人と直接連絡を取れずにおり,賃借人世帯の居住実態が不明なままであるというのに,本件住宅を訪問して,集合ポストに連絡してほしい旨の通知を投函するのみで(賃貸人の原審第1準備書面添付「事務処理経過一覧表」),それ以上の積極的な方策をとることをせず,保証人である連帯保証人のみに支払請求をしていた

裁判所は以上のように述べた上で、

「賃貸人の主張する前記事実を考慮しても,遅くとも賃借人の生活保護が廃止された2年後の平成29年4月分以降の支払を連帯保証人に請求することは権利濫用として許されないというべき」

と判断しました。

3 連帯保証人への請求が権利濫用とされないために

この裁判例から読み取れることとしては、賃貸人としては、滞納賃料が長期に及ぶような事案において、連帯保証人への滞納賃料等の請求が権利濫用とされないためには、

・まずは賃借人への督促手段を尽くした上で、連帯保証人にも請求をすべき

・滞納期間が長期(1〜2年以上)に及ぶことが予想される場合には、賃貸借契約解除の方策も検討すべきであり、その上で、連帯保証人にも請求をすべき

ということが重要と考えられます。


この記事は、2022年2月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【住宅借主からの質問】

私は、東京都の杉並区にある木造の平屋建住宅の貸家に住んでいます。

昭和34年に建てられたもので、昭和37年から借りている物件で、今は高齢の母と二人で住んでいます。

現在は築57年となっていますが、これまで600万円ほど自分たちで増改築をしてきました。賃料は現在月9万2000円です。

大家からは、かなり老朽化していて大地震で倒壊する危険性があること、共同住宅に建て替える計画があるから、と言われ立ち退きを求められています。

母は現在87歳で、心臓カテーテル手術や大腸がんの手術を受けているなど健康状態も悪く、もし今転居となると肉体的・精神的に負担が大きいです。

それでも、立ち退かなければならないのでしょうか。

なお、大家からは、立ち退き料として840万円を提示されていますが、それでも立ち退きはできないと答えています。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和元年12月12日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸人が、建物の老朽化・建替えの必要性等を理由として賃借人に対して立退きを求めるというケースは多いですが、この場合はまず、賃貸人側から、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)が、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけでありません。

賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較して判断されます。

色々と判断要素はありますが、この中で最も重要なのは

「建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情」

です。

本件においても、裁判所は、賃借人側の建物使用の必要性と建物の老朽化の程度を詳しく検討した上で、主に以下の理由により、解約申入れに「正当事由」は認められない、として賃貸人側からの立退きの請求を棄却しました。

1 これまでの長期間居住し、かつ相当の費用をかけて増改築をしてきたこと

2 賃借人が現在87歳で健康状態も悪く、長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には,社会通念上客観的にみて合理的な根拠があること

3 賃貸人の建替計画は、賃貸人が建物を自ら使用するためでないし、早急に建て替えなければ賃貸人の生活に支障が生じるということもないこと

4 建物は老朽化はしているものの、一級建築士によれば、現況のままで、ある程度の規模の地震には対応することができ、早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとされていること

この判決では、賃貸人側が提示した840万円という立退き料の金額の検討すら行わずに賃貸人側の立退きの主張を棄却していますので、築57年の物件とは言え、老朽化の程度についての賃貸人側の主張・立証が弱かった事案であると見られます。

また、賃借人側の建物への居住継続の必要性をかなり強く認めた事例ということができます。

判旨では、細かく双方の事情を認定していますので、以下参考までに判旨を掲載します。

【判旨:東京地方裁判所令和元年12月12日判決 X:賃貸人、Y:賃借人】

(1) 被告らの自己使用の必要性について

ア 前記認定事実によれば,被告Y1は,本件賃貸借契約から本件解約告知に至るまで,亡Bと婚姻してからの社会生活の大半に当たる57年間を,夫婦共同財産からの支弁によって本件各増改築等を加えつつ,本件建物を家族共同生活の本拠として生活し,本件解約告知当時84歳,現在87歳に至っているものである(前記認定事実(3))。原告は,本件各増改築等が賃貸人に無断であると主張するが,同主張に沿う証人Fの証言は伝聞であって採用できない。そして,原告居宅が本件建物と徒歩2分の位置関係にあり(同(1)),本件増改築等の内容・規模からみて賃貸人が当然認識し得ると考えられることや,証拠(乙15)に照らせば,本件増改築等は,前回訴訟の判決も認定するように(前記認定事実(4)),賃貸人の許可の下に行われたと認められ,同認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで,本件増改築等の内容・規模は,社会通念上,借家に対して賃借人が通常施すであろう内容・規模とは大きく異なり,いわゆる持ち家に対するものに匹敵するものといえる。また,現在の貨幣価値にして600万円を超える費用(前記認定事実(3))も,持ち家に対するものであれば自然であるが,借家に対するものとしては不相応に高額といえる。そして,亡B及び被告Y1が,夫婦で,上記のような本件増改築等を本件建物に施してきたのは,本件賃貸借契約が,もともと将来的には亡Bに本件建物を売却する可能性を内包するものであったため(乙15),亡Aが,これを許容してきたことによると推認するのが相当である。

イ 被告Y1は,既に女性の平均寿命に相応する老齢にあり,多数の疾病を抱え,通院治療を受けながら,長女・被告Y2と本件建物に同居し,体力的にも無理があるとして,存命中は長年住み慣れた本件建物に居住し続けることを強く希望しているところ(前記認定事実(5)),上記アのとおり,被告Y1が本件賃貸借契約の下で本件建物に持ち家同様の管理を伴う長期間の居住を許容されてきたことを踏まえると,上記のような状況にある被告Y1が,長年住み慣れた本件建物で居住を継続する利益は,単なる主観的な希望にとどまるものとは言い難い。また,被告Y1の上記疾病のうち,特に肺気腫の進行は著しく,被告Y1は,外見上,本件建物から5分程度の駅までは休みつつ自力で出歩くことができ,周囲の制止にかかわらず喫煙も止めない状況にあるものの,医師から風邪でも生命に関わる事態になるとの注意喚起がされる状況にある(同前)。そして,被告Y1が,既に平均寿命に相応する老齢にあることをも考慮すると,長年住み慣れた本件建物からの転居が生命・身体に関わる事態を引き起こすのではないかという懸念には,社会通念上客観的にみて合理的な根拠があるということができる。

以上の事情を総合すると,被告Y1には,客観的にみて,本件建物につき,極めて高い自己使用の必要性があるというべきである。

ウ 前記認定事実によれば,被告Y2は,婚姻後,本件建物を出て,亡Bの死後,高齢の母・被告Y1が多数の疾病を抱えて一人暮らしになったことから,本件建物に戻ったにとどまり(前記認定事実(3),(5)),被告Y1の存命中は本件建物で同居したいが,その後は引越しもやむを得ないと述べるなど(被告Y2本人10,38~39頁),被告Y1とは離れて独自に本件建物を使用する必要性があるとは思われない。しかし,被告Y1が上記イのような状況にある以上,被告Y1と本件建物で同居する必要性は,被告Y1同様に,客観的にみて高いものというべきである。

 

(2) 原告の自己使用の必要性について

ア 前記認定事実によれば,原告は,本件建物をより収益性の高い共同住宅に建て替える本件計画を有している(前記認定事実(6))。被告らは,本件計画の実現可能性を争うが,本件建物は,多数の土地に収益性の高い共同住宅を保有し,法人を利用して相続税対策をする必要のある規模で賃貸事業を営んでいる原告にとって,最後の平家建て建物であり(前記認定事実(6)),原告が被告らの退去を求める訴訟を短期間に2回提起していること(同(4))に証拠(甲12,13)を総合すると,本件計画に実現可能性がないとは認め難い。

しかし,本件計画は,原告自身が直接本件建物を使用するというものではないし,原告の主張によっても,本件計画による増収は,当面,月額約3万円程度にとどまるところ,上記のとおり,原告は,既に相当規模の賃貸事業を営んでいるものであり,本件建物を現在直ちに建て替えなければ,原告の社会生活に何らかの支障が生じるとは認め難い。本件建物を現在直ちに建て替えたい理由について,Fは,原告が老齢となり借入れに支障が生じると証言するが(甲25,証人F・13頁),その裏付けはされていないし,法人を利用した賃貸事業も行っている原告にとって,年齢が,現在直ちに本件建物を建て替える理由となるとは認め難い。そうすると,本件計画は,被告らを現在直ちに本件建物から退去させる客観的な必要性を基礎付けるものとは言い難い。

イ もっとも,本件建物は,本件解約告知当時,築後57年を経過した旧耐震基準の木造建物である(なお,被告らは,本件建物が居住の用に適する理由として本件各増改築等を挙げるが,本件増改築等に耐震補強などの構造補強が含まれるとは認められない。)。そして,原告は,本件建物を近く発生するといわれている首都直下型地震に耐える程度のものにすることが急務であるとし,これに相当程度の修繕費用を要することから建替えの必要性があると主張し,Fは,これに沿う供述をする(甲25)。

しかし,我が国の木造建物には旧耐震基準の建物が多数あると考えられ,その全てが現在直ちに建て替える必要があるといえるものではない。そして,D意見書(乙11,12)によれば,本件建物は,①昭和34年の新築当時,建築確認及び完了検査を受けた建物で,②その基礎は,現在でも一般に採用されている鉄筋コンクリート造の布基礎で,全体として矩形のそれほど複雑でない平面をした瓦葺き平家の建物である上,③全体的に壁量が多いことから平成12年改正後の壁量に関する基準に準じている可能性が高く,④仮に適合しない場合にも,同基準に示された補強は比較的平易に行い得,⑤土台等に白蟻による被害も見当たらず,⑥東日本大震災を含む地震等による損傷の跡は殆ど見当たらないとされ,これらのことから,現況のままで,ある程度の規模の地震には対応することができ,早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとされている。同意見は,専門家である一級建築士によるものであり,その内容に不合理なところは見当たらず,その調査に不備があったり,被告らの依頼に専門家としての中立性を阻害するところがあったという気配はない(被告Y2本人36~37頁)。また,原告は,D意見書のうち乙11号証に多くの問題点があると主張して,E意見書を提出したが,E意見書に対して提出された乙12号証に対しては,専門家の意見や反論を提出しない。そして,当事者双方は,平成30年2月28日の本件第9回弁論準備期日において,各建築士に対する尋問の申出はしない旨を表明した。

以上の立証状況を総合すると,少なくとも,本件建物が,現在直ちに建替えや大規模補修をしなければ居住に適さないほど危険とはいえない点については,鑑定を経るまでもなく,合理的な疑いはないということができる。そうすると,本件建物の老朽化や耐震性もまた,前記(1)認定・説示の状況にある被告らを,現在直ちに本件建物から退去させて本件建物を建て替える必要性を補強する事情となるとは認め難い。


この記事は2021年12月2日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸オーナーからの質問】

私は、一戸建てを所有しているのですが、これを居住目的で賃貸することにしました。

家賃は一月15万円です。

しかし、賃貸して賃借人が住み始めてから半年後頃より「天窓部分から雨漏りがある」というクレームがありました。

最初のクレーム時には修理業者を手配したのものの、コーキングの劣化等も確認されておらず,雨漏りの原因を特定することができないと言われましたが、雨漏りの可能性のある箇所に撥水剤の散布などの応急処置を施しました。

しかし、その後間もなく「また同じところから雨漏りしている」と言われ、業者を手配しましたが、同様に業者からは「原因が特定できない」と言われましたが、このときも応急処置的なものは行ってもらいました。

それからしばらくは何もなかったのですが、その2年後に再び同じ箇所から雨漏りしていると言われ、同様に業者に点検と応急措置をしてもらいましたが、やはり原因が特定できず、コーキングなどの応急措置をしました。

その後も2年毎くらいの頻度で雨漏りが生じているとのクレームがあり、その度に業者を手配するものの、これまでと同様に原因が特定できずコーキング処理等の応急措置をする、ということの繰り返しでした。

私からは、賃借人にクリーニング代を支払ったり、損害金として3万円をお支払いするなどの対応もしています。

しかし、この度、賃借人から「ここに9年間住んでいて、10回も雨漏りが生じている。雨漏りのせいで建物の使用が妨げられたのだから、その分を損害として請求する。慰謝料も請求したい。」と言われています。

私としては、雨漏りのクレームがある度に業者を手配し調査したものの、どうしても原因が特定できなかったわけであり、賃貸人としてはやるべきことはやったと考えています。

それでも責任を問われるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成25年3月25日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人は、雨漏りが度々生じたことについて、賃貸人の修繕義務違反を主張して、

・雨漏りのため水浸しになる範囲は,居住スペースの30%程度に及んでいることから,本来約定賃料から30%相当額を減額すべきところ,原告はその分を余分に支払い続けたのであって,過去の既払賃料のうち3割相当額が損害である

・雨漏りにより、多大な精神的苦痛を被り,その慰謝料は49万2000円である

と主張して、賃貸人に訴訟を起こしました。

これに対して、賃貸人側は、冒頭の設例のように、

・雨漏りが生じたと言われた度に修理業者を手配して調査するなど対応している

・雨漏りの原因が特定できず、雨漏りの発生を防止するまでの義務はない

と反論しました。

裁判所の判断は・・・

この事案で、裁判所は、賃借人が主張した賃料の30%分の損失については

「雨漏りによって水に浸された範囲やその量,水に浸された家財道具の種類やその程度等を確定できず,原告(賃借人)も雨漏りがあったときには被告(賃貸人)に対し対処を求めたものの,それ以上にクレームを申し立てないで,契約を更新して住み続けていたのだから,原告が本件建物を使用するにあたって,3分の1に及ぶ30%程度ものスペースの使用が日々妨げられていたなどとは認めがたいというべき」

と述べて、その請求を否定しました。

他方で、慰謝料請求については、以下のように述べて、45万円という慰謝料を認めています

「雨漏りの発生について,賃貸人である被告は,本件建物の修補義務に違反しているというべきであり,その原因がわからないことは,賃貸人の修補義務を免責する根拠になるとはいえない。

かえって,賃借人である原告にしてみれば,雨漏りの原因がわからず,それがいつ発生するかも予測できないのであって,雨漏りが発生したことによって,相応の精神的苦痛を受けたというべきである。」

「その慰謝料については,賃貸人が原因不明との理由で修補義務を尽くしていないこと,比較的多数回の雨漏りが発生していること,過去の雨漏りについては解決済みとはいえ,雨漏りの回数が重なれば,相応して精神的苦痛も増大すると考えられることを考慮し,合計45万円とすることが相当である。

雨漏りというのは、原因の特定が難しい瑕疵現象の一つですが、原因特定が難しいからと言って、賃貸人としてその修繕義務が免責されるものではない、という考え方をこの裁判例は示していると考えられます。


この記事は2021年11月21日時点の情報に基づいて書かれています。

【店舗の賃借人からの相談】

私は美容室をやるためにビルの1階店舗を借りました。月の賃料は16万円です。

しかし、店舗に入居した直後から度々店舗内で天井からの雨漏りや床に水が貯まるなどの漏水が発生しました。

ビルオーナーに報告し、その度にオーナーの方で応急措置のような工事をするのですが、一向に漏水は止まず、抜本的な対策を取るようお願いをしてもなかなか対応してくれませんでした。

特に雨の日は漏水がひどく悪臭もしたりして、雨の日は予約を断る等の対応を余儀なくされました。

このような状態が長く続き、10年ほど経った頃に、ようやくオーナーが散水検査などの調査を行い、雨漏りの原因が判明し、その後は店舗内の漏水は止みました。

 

この間、正常に店舗を使用できなかったので、賃料は一部減額されて然るべきだったと思います。

また、雨漏りのせいで予約を断ったり、汚損部分の掃除をしなければいけなかったり、さらには、オーナーには長い間修繕を求めても十分に対応をしてくれない上、「嫌なら出ていけ」などと言われ、大変苦痛を被ったので慰謝料も請求したいです。

このような訴えは認められるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成26年10月9日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事案では、店舗の賃借人が賃借していた期間のうち、平成15年6月から平成25年5月まで、店舗内で漏水が生じていた、というものでした。

そのため、賃借人はオーナーに対して

1 漏水が生じていた期間の賃料の減額請求

2 雨漏りにより店舗内にカビが発生したこと等に対する修繕工事費用の請求

3 慰謝料請求

の3点を裁判で請求しました。

本件では、賃貸人が雨漏りに対して必要な修繕義務を怠っていたことは裁判所により認定されたため、上記2については、問題なく認められています。

もっとも、上記1と3については、本件に特有の争点であるため、この2点についてここで説明します。

1 漏水が生じていた期間の賃料の減額請求

改正前の民法611条は、「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」と規定されていました。

この規定は、2020年4月の民法改正により、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。」と改正されたため、本件にように、「滅失した」とまでは言えないような場合でも、使用収益が妨げられているという事情があれば、賃料の一部減額が認められることとなります。

本件は改正前の事案ですが、裁判所は、賃料の一部減額の可否について、

「原告と被告が,本件賃貸借契約締結当時,本件物件の窓に雨水の進入経路があることを前提に賃料を定めたことをうかがわせる事情は認められず,原告と被告は,本件物件にかかる雨水進入経路が存在することを前提とせずに賃料を定めて本件賃貸借契約を締結し,その後になって,本件物件に雨漏りが生ずることが明らかになったものと認められる。賃借物の窓に雨水進入経路が存在するか否かは当該賃借物の賃料を定めるに当たって当然考慮されるべき事項であるといえる」

と述べて、改正前民法611条1項が類推適用して、賃料の一部減額を認めました。

では、一部減額が認められるとして、どの程度の賃料の減額を認めたのでしょうか。

賃借人側は、月額16万円の賃料の30%の減額を主張していましたが、裁判所は以下のように述べて、16万円の内、2万円の減額のみを認めました。

「本件物件は,大雨が降ると雨漏りが発生し,フローリングに,面積にして約20平方センチメートル程度の水たまりができ,雨が降った後は本件物件の内部にカビくさいような何ともいえない悪臭が2ないし3日間漂う状態であった事実が認められる。
他方で,大雨が降った日及びその後2ないし3日間を除く期間については,本件物件の窓に雨水進入経路が存在することによって使用収益が妨げられるものではないものと認められる。もっとも,いつどの程度大雨が降るかということは知る由もなく,かかる物件を賃借した場合には,賃借人は,いつ雨漏りが生じるような大雨が降るかという不安を抱えながらその使用収益をせざるを得ないという事情も認められる
上記認定事実及び前記前提事実を総合考慮すると,本件物件に雨漏りがあったとすれば減額されたであろう賃料額は月額2万円であると認めるのが相当である。」

この点については、不具合等により使えなくなったスペースが明確に別れている場合等であれば、減額される賃料の算定は容易と思いますが、そうでない場合は、客観的な規準等で算定されるものではなく「感覚的」に判断される傾向があります。

2 慰謝料請求

本件の特色としては、賃借店舗内に漏水が長期間生じていたこと、賃貸人が抜本的な対応をしなかったことを理由として、賃借人が慰謝料の請求も行ったということです。

賃借人側は、慰謝料として150万円を請求しましたが、これに対して、裁判所は、以下のように述べて慰謝料20万円を認めました。

「これまでに判断したとおり,原告は,上記事実関係に基づき,平成24年3月分から平成25年5月分までの賃料月額2万円の減額請求権をすることができ,雨漏りによって損傷した内装についてこれを補修するための費用の支払を求める権利を有しており,被告の債務不履行によって原告が精神的苦痛は,上記請求権の行使によってある程度慰謝されるものと考えるのが相当である。」

「しかしながら,前記前提事実によれば,被告は,本件賃貸借契約上の義務違反が認められ,かかる義務違反が合計約8年間という長期にわたったことが認められるかかる長期間雨漏りをする店舗での美容院経営を強いられたことによる精神的苦痛は,上記本件において認められる財産的損害の賠償により全て慰謝されるとまではいえないというのが相当である。
以上の事情を総合考慮すると,原告の被った精神的損害に対する慰謝料は20万円と認めるのが相当である。」

賃借人からすれば、かなり低いと感じる金額とも思われますが、こういった当事者間の契約違反が問題となる事例では、慰謝料が認められるケースというのは多くなく、慰謝料が認められているという点で特殊な事案と言えます。


この記事は2021年11月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は、都心に昭和43年築の6階建のビルを1棟所有しています。

1階部分を貸事務所として貸していたのですが、賃借人より「こちらで調査したところ、「震度5強程度の中規模の地震で,1ないし3階につき落階が起こる可能性が極めて高い状態、と言われた。安心して使用できないので、耐震工事をしてもらいたい。」

と言われました。

 

確かに、築年数が古いビルですが、外壁や内装は度々工事しており、これまで賃借人からクレームを言われたことはありませんでした。

 

そもそも、旧耐震基準の建物であるからと言って、賃借人からの要望に応じて耐震工事をしなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成22年7月30日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例では、平成10年に賃貸借契約が締結され(賃料は月約300万円)、10年ほど賃貸借契約が続いていましたが、平成18年の姉歯事件で賃借人が建物に不安を覚えて第三者機関に耐震調査を依頼しました。

その結果、C1ランク(補強が必要である又は精密診断を勧める)であったため、賃貸人に対して補強を求めたもののこれを拒絶されたため、紛争になったという事案です。

この問題の中心的な争点は、

賃貸物件について、賃貸人に耐震改修をするという修繕義務があるか

でした。

この点について、賃借人は、主に以下の理由をあげて、賃貸人には耐震改修を行う義務があると主張しました。

①本件建物が多数の者が利用する事務所としての利用を前提としているところ,本件報告書に示された耐震性能では,本件建物を賃貸借の目的に沿って安全かつ安心して使用することは到底不可能であり,このような物件として通常備えているべき耐震性能が欠如している

②本件建物は,耐震改修促進法6条に規定する特定建築物であって,耐震診断及び耐震改修の努力義務が課せられている

③本件建物は高額の賃料で賃貸されている営業物件である

④本件建物は昭和43年築であり昭和46年の建築基準法改正に基づく耐震基準すら満たしていない物件である

上記のような賃借人側からの主張に対し、結論として、判所は、賃貸人の耐震改修の義務を否定しました。

その理由として、まず、賃貸人に課せられている修繕義務について、裁判所は、

・賃貸人は,目的物を賃借人に使用収益させる義務を負っており(民法601条),目的物が契約によって定まった目的に従って使用収益できなくなった場合には,これを修繕すべき義務を負う

・この修繕義務の内容は,契約の時点において契約内容に取り込まれた目的物の性状を基準として判断されるべきであり,仮に目的物に不完全な箇所があったとしてもそれが当初から予定されたものである場合は,それを完全なものにする修繕義務を賃貸人は負わないというべきである。

と述べ、賃貸借契約の締結当時の建物の性状(もしくは契約で合意された性状)を基準として、修繕義務は判断すべきと述べました。

上記基準を前提として、本件建物が昭和43年築の建物であったとしても、

・本件建物はその建築当時の建築基準法令に従って建築されているものというべきであり,かつ現時点において要求される建築基準法上の耐震性能を有している必要はなく(既存不適格建築物),さらに本件建物の建築年次は登記情報等により誰でも確認可能であって当該建物がどのような耐震基準を満たしているのかは借主側でも確認可能であったこと

本件契約締結時に本件建物の耐震性能が特に問題とされた事情はうかがえないことからすれば,本件契約では本件建物の耐震性能につきその建築当時に予定されていた耐震性能を有していることが内容となっている

と延べ、賃貸人に修繕義務は存在しないと結論づけました。

なお、その他の賃借人側からの主張についても

「また,本件契約継続中に本件建物の利用に当たって具体的な問題が生じているわけではないことからすれば,現実に本件建物の耐震性能が低いことや,本件建物が多数の者が利用する事務所としての利用を前提としていることをもって前記判断が直ちに左右されるものではない。なお,本件建物が高額な賃料で賃貸されているかについてはこれを認めるに足りる証拠はない。」

「さらに,耐震改修促進法6条は,特定建築物の所有者に対し,当該特定建築物について耐震診断を行い、必要に応じ耐震改修を行う努力義務を定めているにすぎず,改正宅建業法施行規則も修繕義務を直接に裏付けるものではないから,これらをもって修繕義務が認められるものでもない。」

と述べて、いずれも否定をしています。

この部分の判旨からすれば、裁判所が修繕義務を否定したのは、あくまでも「契約継続中に本件建物の利用に当たって具体的な問題が生じていなかった」ということを前提とした判断と見られますので、もし具体的な問題(地震による建物の損傷で賃借人の使用に支障が生じた等)が発生していた場合は別の判断になるものとも考えられます。

以上の裁判所の考え方をまとめますと、

・賃貸借契約締結当時に耐震性能が問題となったかどうか、または、賃貸物件が最新の耐震性能を満たしていることが契約の内容となっていたかどうかがまず問題となる。

→ 最新の耐震性能を満たすことが契約の内容となっていた場合は、それを満たすよう賃貸人は修繕をする必要がある。

→ 契約締結時に、耐震性能を特に問題としなかった場合は、その建物が建築当時に予定されていた耐震性能を有していれば良い。

・ただし、契約継続中に、賃貸物件の利用にあたって具体的な問題が生じた場合は、賃貸人においても対応が必要になる場合がある。

と言えるでしょう。

この裁判例では、賃貸人の耐震工事に関する修繕義務は原則として否定されていますが、他方で、万が一、強大な地震が発生して賃貸建物の崩落等が発生して賃借人に損害が発生した場合には、場合によっては、賃貸人にも責任追及が及ぶリスクがあります。

したがいまして、賃貸人としては、このリスクを意識しつつ、賃貸物件の耐震性能を意識した管理を検討する必要があると考えられます。


この記事は、2021年9月20日時点の情報に基づいて書かれています。

【マンションオーナーからの質問】

当社が所有するマンションの10階の部屋が空いたので、リフォーム会社に依頼してリフォーム工事を施工することになりました。

そうしたところ、リフォーム工事中に、リフォーム会社の作業員が作業中に10階の部屋の配管を詰まらせて漏水を生じ、その結果、階下の9階の部屋に浸水してしまいました。

9階の部屋の賃借人(当社が賃貸人です)からは、

「建物オーナーが依頼した工事会社のミスで浸水したのだから、オーナーも責任を負うべきだ」

と主張され、損害保険金では賄いきれなかったとして慰謝料200万円などを請求されています。

リフォーム会社のミスで生じた損害についても、賃貸人である当社が責任を負わなければならないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成24年12月17日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件で、浸水した居室の賃借人は、リフォーム会社に加えて、建物オーナーも併せて被告として損害賠償請求をしました。

リフォーム会社に対する損害賠償請求は問題なく認められていますが、本件では、リフォーム工事を依頼した建物オーナーと建物の管理会社の責任が認められるか、という点が主に問題となりました

賃借人側の建物オーナーに対する責任追及の理屈としては、

・建物オーナーの賃貸借契約に基づき貸室を使用させる債務の履行をリフォーム会社が補助する関係にある

・建物オーナーの履行補助者であるリフォーム会社の過失により、賃借人の居室が使用できなくなったのだから、すなわち、建物オーナーの賃貸借契約に基づく貸室を使用させる債務の不履行である

というものです。

この点について、裁判所は、建物オーナーの責任は否定しました。

その理由としては、以下の通り述べています。

「被告EUホーム(注:建物オーナー)は,原告X1(注:9階居室の賃借人)に対し,本件賃貸借契約に基づき本件居室を使用させる義務を負い,原告X1が,本件事故により本件居室の使用を妨げられたことは認められるが,本件事故が被告EUホームの同契約に基づく債務の不履行であるとは認められない。

すなわち,被告EUホームが被告フロムワン(注:リフォーム会社)との間で本件請負契約を締結して,被告フロムワンが1004号室のリフォーム工事を行い,その際,同工事従事する者が本件事故を起こしたことは,前記のとおりであり,被告フロムワンは,本件請負契約に基づき上記工事を行っていたものであって,本件請負契約は,同社と被告EUホームの間に,被告EUホームの原告X1に対する本件賃貸借契約に基づき本件居室を使用させる債務の履行を被告フロムワンが補助する関係があることを理由付けるものとはいえず,被告フロムワンによる上記工事に従事した者が本件事故を起こしたことをもって,被告EUホームの本件賃貸借契約に基づく債務の不履行があるということはできない。」

リフォーム会社の不手際についてまで建物オーナーが無条件で責任を負わされるというのは、建物オーナーにとって酷な場合が多いと言えますし、賃借人側の建物オーナーに対する責任追及の理屈も少し無理があるので、上記の裁判所の判断は、至極妥当な判断と言えます。

なお、本件では、リフォーム会社に対する損害賠償として、損害の実額の他、賃借人がこの漏水事故によって仕事の受注ができなくなったこと(仕事用の機材の故障により)、自律神経失調症、うつ病等で治療を余儀なくされたなどの事情が考慮され、賃借人とその同居人に対して、合計230万円の慰謝料が認められています。

この種の事案の慰謝料としては比較的高額にも思われますので、この点でも参考になる事例です。


この記事は2021年8月6日時点の情報に基づいて書かれています。

国土交通省より、「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」案が公表されています。

報道発表資料:「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」(案)に関するパブリックコメント(意見公募)を開始します – 国土交通省 (mlit.go.jp)

パブリックコメントの募集期間も満了したので、まもなく正式なガイドラインとして発表される見通しですが、おそらく既に公表された案と大きく変わるところはないと思われますので、以下ガイドライン案のポイントを説明します。

今回のガイドライン案は、居住用不動産において人の死亡が発生したことについて、物件の売買・賃貸の際に、売主・貸主側の宅地建物取引業者が

・どのような死亡事故を告知すべきか

・どの程度の期間(いつまで)告知すべきか

ということについての指針を示しています。

以下、賃貸と売買の場合に分けてポイントを説明します。

1 賃貸物件の場合

(1)殺人、自殺、原因不明の事故による死亡の場合

殺人や自殺、原因不明の事故による死亡については、その発生時期・場所・死因について、原則として告知すべきものとされています。

事故を告知すべき期間については、事故の発生からおおむね3年間としています。

また、今回のガイドライン(案)では、居住用不動産の専有部分や室内で発生した事故を想定しており、隣地や建物前の道路など外部で発生した事故は対象外とされています。

ただし、専有部分や室内以外の場所であっても

「ベランダ等の専用使用が可能な部分」

「共用の玄関・エレベーター・廊下・階段のうち、買主・借主が日常生活において通常使用すると考えられる部分」

で発生した事故については告知すべきものとされています。

このような例外的な場合を設定したのは、過去の裁判例において

①アパートの共用スペース(各居住者が居室を出入りする際に通る部分)での首吊り自殺

②オフィスビルの非常階段やバルコニーでの自殺

については、心理的瑕疵と判断されていることが影響していると考えられます(①について東京地裁平成26年5月13日判決、②について東京地裁平成27年11月26日判決)。

(2)自然死、家庭内事故による死亡の場合

ガイドライン案では、老衰、病死などの自然死は、原則として告知する必要はないとしています。

また、自宅の階段からの転落や入浴中の転倒事故、食中誤嚥などと言った、日常生活の中で生じた不慮の事故についても、このような事故が生じることは当然に予想されるものとして、告知義務の必要はないとされました。

ただし、このようなケースでも、発見が遅れたことにより遺体の腐乱が進んで腐敗臭や害虫が発生するなどして特殊清掃が必要になった場合には、事故物件として、上記(1)と同様におおむね3年間の告知義務を負うということになります。

2 売買物件の場合のガイドラインのポイント

売買物件の場合についても、告知義務が発生するのは、賃貸の場合と同様に、上記1(1)の殺人・自殺等に限られます。

しかし、賃貸の場合と異なり、売買に関しては告知すべき期間は、今回のガイドライン案では明示されていません。

「考え方を整理するうえで参照すべき判例や取引実務等が、現時点においては十分に蓄積されていない」というのがその理由です。

実際に、売買の場合の裁判例を見ても、告知すべき期間の判断はかなり幅があり(17年前の死亡事故について告知義務なしという裁判例もあれば、20年以上前の事故について告知義務あり、とする裁判例もあります)、弁護士としてもいつまで告知すべきかの判断の見通しを立てることがとてもむずかしい問題となっています。

したがいまして、売買の場合は、基本的には告知すべきとされている死亡事故については、長期間経過した事故であっても告知することが望ましいと言えるでしょう。


この記事は2021年7月23日時点の情報に基づいて書かれています。