【区分マンションの買主からの相談】

家族で住むための自宅として、マンションを3100万円で購入しました。

しかし、住み始めてすぐに、隣室の住民の女性が、ベランダ等で物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶのに遭遇したり,私が長男を抱えているときに廊下で突然追いかけられたりするなどの迷惑行為が度々起こるようになりました。

売買契約のときの重要事項説明書等では、この隣室の住民のことは一切書かれていなかったので、仲介業者にクレームを言ったところ、告知義務違反を認め仲介手数料は全額返してくれました。

その後、何とか我慢して2年ほど居住していましたが、夫が自殺してしまった等の不幸も重なったので、このマンションを売却することにし、最終的に2950万円で売却しました。その際には、隣人の住民が迷惑行為をすることは説明しています。

マンションは売却してしまったものの、やはりこのような迷惑行為をするような隣人がいるようなマンションを普通の値段で購入させられたことは納得ができません。

欠陥があったものとして、損害賠償請求はできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年12月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事案では、区分マンションの買主は、売主(売主は、当該マンションを購入してリフォームして販売した不動産業者です。)に対して、同居室の隣室の居住者による騒音や嫌がらせなどを継続的に受けており、そのような居住者が隣室に存在することは居室の「隠れたる瑕疵」に当たるとして、改正前民法570条の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、損害金合計1023万円(売買代金3100万円の30%に相当する930万円と弁護士費用93万円の合計額)を請求しました。

もっとも、この損害額の主張は,その後の上記居室が2950万円で売却できたことから、最終的に、①積極損害(上記居室の売買代金を含む購入費用と売却後の手取額等との差額,引越費用等)451万2999円,②慰謝料300万円,③弁護士費用75万円の合計額826万2999円に変更されています。

本件では、隣室に迷惑行為を繰り返す住民がいることが、改正前民法570条の「隠れた瑕疵」にあたるかが争点となった事例です。

裁判所は、まず570条の「瑕疵」の定義について、

「売買の目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい,目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく,目的物の通常の用途に照らし,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるという欠陥,すなわち一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合も含むと解される」

とした上で、結果として、裁判所は、本件においては隣室の住民の存在は「瑕疵」には該当しないと判断しました。

まず、隣室の住民(判決文では「C」とされています。)の迷惑行為については、

「Cは,平成23年頃から頻度にはばらつきはあるものの継続して,昼夜を問わず数分ないし10分程度,物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶ,ラジカセを大音量でかける,壁等を強く叩く,本件マンションの居住者に対し,携帯電話で撮影する,追いかける,意味不明な発言をする,難癖をつける,怒鳴りつけるといった迷惑行為をしていたことが認められ,Cの隣室に居住していた原告は,本件居室で生活する際に,生活音を静かにしたり,外出する際には周囲の様子を伺うなど,一定程度生活や行動に制限を受けていたことは認められる。また,Cの存在は本件居室の購入希望者(仲介業者に対して本件居室の購入につき何らかの関心を示した者。以下同じ。)に購入を断られる原因の一つとなっていたことも認められる」

と認定しました。

他方で、上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしつつも、以下のように、購入時の価格3100万円から僅かな減額(150万円)でマンションが売却できたこと等を理由に、瑕疵には当たらないと判断しました。

「本件居室については,今後の使用を前提として,賃貸物件や売却物件としての募集をかけており,仲介業者の担当者も,Cの迷惑行為の存在に関し,成約に至るか否かは購入希望者が気にする度合によるとしている。」

「また,実際にも,隣室であるCの迷惑行為の事実や原告の夫の本件居室内での死亡の事実を告知した上で,原告の購入から約3年が経過した時点で,原告の購入時の代金3100万円から150万円を減額した代金2950万円でDに売却することができている。さらに,本件居室の購入希望者がなかなか現れなかったことや,購入希望者から購入を断られたことについては,本件居室が日当たりの悪い1階に位置することや,原告の夫が本件居室内で自死したことも原因となっていたことが認められる。」

「以上によれば,上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしても,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるといえるような,一般人に共通の重大な心理的欠陥があるとまではいえない。したがって,Cの存在により本件居室が売買の目的物として通常保有すべき品質・性能を欠いているとして,民法570条の「瑕疵」があるとはいえない。」

なお、裁判所は、結果的に売却金額が購入時より150万円の減額となったことについては、

「代金の減額事由としては,購入から約3年の経年劣化,本件居室が1階に位置すること,原告の夫が本件居室内で自死したことなど,Cの存在以外の事由も考えられることからすれば,瑕疵と相当因果関係のある損害ともいえない。また,原告の夫の自死がCの迷惑行為と相当因果関係を有することについて認めるに足りる証拠はない(原告の主張においても一因とするにすぎない。)。」

と述べて、やはり隣人の住民の存在による損害には当たらないと判断しています。

本件は、結果的に、この隣人の存在を原因とした売却価格の減額が発生しなかったと考えられることを理由に、瑕疵には当たらないと判断したものと考えられます。

しかし、一般的には、迷惑行為を行う隣人の存在は、買主にとって心理的に重大な欠陥となりうる場合もありますので、このような隣人の存在については、売主において知り得たということであれば売買の際には十分に説明しておくことが無難と言えます。


この記事は2023年10月1日時点の情報に基づいて書かれています。

不動産の売買契約に至るまでの交渉経過において、特に不動産業者間の交渉においては、購入を希望する買主側から、購入を希望する金額や条件を記載した「買付証明書」等の名称の書面が売主側に差し入れられることが一般的です。

このような買付証明書を差し入れただけでは、その時点で不動産の売買契約が成立することはない、ということは不動産取引実務では一般的です。

もっとも、買主から買付証明書が差し入れた後に、これに対して売主側において、買付証明書と同じ条件で売り渡す旨の「売渡承諾書」といった書面を買主側に交付したなどの事情がある場合、不動産の売買契約は成立したとみなされるのでしょうか。

この点が、問題となった事例が、大阪高等裁判所平成2年4月26日判決の事例です。

この裁判例の事案は、不動産の売買契約交渉段階において、買主から買付証明書が提出され、これに対して売主が、買付証明書と同一の条件で売渡す旨の売渡承諾書を交付したという状況において、不動産の売買契約が成立したか否かが争われたというものです。

この事案において、裁判所は、不動産の買付証明書について、以下の通り述べた上で、売買契約の成立を否定しました。

(1)いわゆる買付証明書は、不動産の買主と売主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること

(2)したがって、一般に、不動産を一定の条件で買い受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書に記載の条件で確定的に買い受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと

(3)そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買についての合意が成立して、始めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主か買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと

(4)このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されていること

本件は、法的論点としては目新しいものではありませんが、不動産の買付証明書の法的性質について「単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと」と位置づけを述べた裁判例として参考になるものです。


この記事は、2023年8月17日時点の情報に基づいて書かれています。

保証契約における極度額の定めの必要性

2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがって、改正民法が施行された2020年4月1日以降の賃貸借契約においては、保証契約が効力を生ずるためには、賃貸借契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければ、保証の効力が生じないということになります。

賃貸借契約が更新される場合の保証契約の継続の有無

当初の賃貸借契約と保証契約は改正民法施行日の2020年4月1日より前に締結され、契約書で保証人の極度額については規定していないという賃貸借契約は今もまだ多く存在すると思われます。

このような賃貸借契約において、

「改正民法施行日の2020年4月1日以降に、賃貸借の更新契約が締結された」

という場合に、保証契約の扱いはどうなるのでしょうか。

賃貸借契約が更新される場合、保証人との間で新たに更新の書面を取り交わすことはなく、賃借人との間で更新合意書等の書面を取り交わすことが一般的です。

このため、賃貸借の更新契約の締結の際に、保証人とも新たに保証契約をしなければ更新後は保証契約は効力を失ってしまうのか、という問題があります。

この点については、最高裁判所平成9年11月13日判決が、

原則として、改めて保証人と契約を締結しなくとも賃貸借契約更新後も保証人の責任は継続する

例外として、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情がある場合や、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合は保証人の責任は継続しない

と判断しています。

したがって、賃貸借契約の更新の際に、別途保証人と更新等の合意をしなくとも原則として保証人の責任も継続するということになります。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約を合意更新した場合の問題

では、話を戻して、2020年4月1日以降に賃貸借契約が更新された場合、更新前の賃貸借契約(保証契約)について、極度額の定めがされていなかったとしても、保証人の責任は継続するのでしょうか。

この問題は、

①賃貸借契約の更新の際に、保証人とも改めて保証契約の取り交わしをする

②賃貸借契約の更新の際に、保証人とは別途書面の取り交わしはしない

の2つの場合に分けて考える必要があります。

まず、①の場合は、改正民法施行後に新たな保証に関する合意があったといえるため、保証契約は改正民法の適用を受けることになります。

したがって、保証契約の更新において、極度額の定めをしなければ、保証は無効となってしまい、保証人の責任は継続しないということになります。

次に②の場合ですが、この場合、更新時に、新たに保証人と契約をしなくとも前述の最高裁判例の解釈に基づけば、当初の保証契約の責任の効力が、更新によっても失われずにそのまま継続するものと解されます。

そして、改正民法施行後に、保証契約に関し新たに合意をするものでもありませんので、改正民法の適用は受けず、極度額を別途定める必要もない、というのが法務省の見解のようです。

以上を踏まえると、改正民法施行後の賃貸借契約の更新において、保証人からも何かしらの書面にサインを貰う場合には、改正民法の規定を意識した対応が必要になることに注意が必要です。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約が法定更新された場合、保証人の責任は継続するか

上記は、賃貸借契約が「合意更新」された場合ですが、では、賃貸借契約が合意更新されず「法定更新」された場合はどうなるでしょうか。

この問題について判断したのが、東京地方裁判所令和3年4月23日判決の事案です。

この事案は、当初の賃貸借契約と連帯保証契約が改正民法施行日前に締結されていましたが、その後、改正民法施行日後の2020年11月13日に賃貸借契約が法定更新されたというものです。

この事案において、裁判所は

本件連帯保証契約は、改正民法の施行日(令和2年4月1日)よりも前に締結されたものであり、その後、本件賃貸借契約の更新に合わせて更新されることもなかったから、改正民法の適用がなく(平成29年法律第44号附則21条1項)、また、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情は認められない」

「連帯保証人において、各更新(平成30年11月4日付けの合意更新及び令和2年11月13日の法定更新)後の本件賃貸借契約から生ずる賃借人に債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたもの(このことは、本件賃貸借契約の19条1項が、連帯保証債務について「本契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする。」と定められていることにより裏付けられている。)と解するのが相当である。」

と述べて、改正民法の施行日以後に賃貸借契約が法定更新された場合も、原則として保証人の責任は従前と同様に継続するという判断をしました。

民法改正と、改正後の契約更新に伴う保証契約への改正民法の適用の問題については、法務省による資料で解説がされている問題ではありましたが、この点の判断を示す裁判例が乏しかったため、この問題に対する裁判所の考え方がわかる事例として参考になります。


この記事は2023年7月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの相談】

私は、昭和63年築の4階建ての賃貸ビルのオーナーです。

ビルにはエレベーターがありますが、すでに30年程経過して老朽化が進んでおり、点検業者から運転を差し控えるよう言われたため、最近は運転を止めることが多くなっています。

修理するには2〜300万円、リニューアルする場合には7〜800万円程度を要すると言われており、どうすべきか思案しているところです。

 

そうしたところ、2階部分の賃借人であるフレンチレストランが、エレベーターが使えないことを理由に賃料の支払いを拒絶してきました。

レストランのオーナー曰く、「このレストランには個室とカウンターがあり、個室については、エレベーターと直結していて、個室の利用客は、他の客の用いる店舗入口を経由せずに個室に入ることができる造りになっていて、これがレストランのウリとなっている。このエレベーターが使えないまま放置していることは、賃借物件の重要な設備を使用不能にしていることにほかならず、したがって賃料は支払わない。」とのことでした。

 

確かに、レストランの個室に直結するエレベーターが使えなくなることは申し訳ないと思っていますが、ただ、レストランは2階にあり階段で登ることは容易であって、エレベーターが使えないということの影響は微々たるもののはずですので、賃料全額を支払わない正当な理由があるとは思えません。

 

賃料の不払いは3ヶ月にも及んでいますので、契約の解除をしたいと考えていますが認められるでしょうか。

【説明】

この事案は、東京地方裁判所令和3年6月22日判決の事案をモチーフにしたものです。

この事案について、もう少し細かく時系列で説明しますと、

  • 平成28年3月に、賃貸ビルの2階部分につき、フレンチレストランとして利用するため賃料月額35万円で契約締結
  • エレベーターが平成29年10月頃からしばしば停止して使用できない状態になった
  • 賃借人が平成30年6月分からエレベーターが使用できないことを理由に賃料の支払を拒絶した
  • 賃貸人は、平成30年9月16日に賃料の不払いを理由に契約解除の通知(同時に明渡訴訟も提訴)
  • 賃借人は、令和元年6月に未払賃料のうち275万円を支払い、その後は、月額賃料35万円のうち、毎月30万円を支払っている

という時系列となっています。

この事案で争点となったのは、

1 エレベーターが使用できないことを理由とした賃料の支払拒絶について正当性があるか

2 契約解除通知後に、賃借人が未払い賃料の大半を支払った場合、解除の効力は否定されるのか

という点です。

まず、1の争点について、裁判所は、エレベーターが使用できないことについて、

「改正前民法611条1項又はその類推適用による賃料減額の事由に該当する場合であっても、賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額を請求できるに過ぎないから、そもそも賃料全額の不払いの根拠にはなり得ない。」

と判断しました。

その上で、賃料減額の程度については、

「仮にエレベーターを使用できないことによって賃料減額となる場合でも、レストランは2階に所在し、賃借人やレストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能であることを踏まえると、その減額幅はせいぜい月額5万円と見るのが相当である。」

と判断し、この減額幅を超える賃料の不払いが3ヶ月分を超えた時点で信頼関係破壊による賃貸借契約解除が認められると判断しました。

また、上記2の争点については、賃借人側は

・事後的に未払賃料の大部分が支払われたこと

・賃借人にとってレストランが唯一の収入源であること

を主張して、信頼関係は破壊されていないと争いました。

しかし、裁判所は

「前者は解除後の事情であり、後者は賃料不払を正当化する事情には当たらない」

と一刀両断しており、賃貸人側からの解除を認めています。

さすがに全額の賃料不払いは行き過ぎということで結論としては至極当然と思われますが、本件においては賃借店舗が2階部分だったことから、エレベーターの利用ができないことの賃借人の不利益を賃料35万円のうち5万円程度と評価していますが、賃借部分がさらに上階だった場合には、さらに賃料の減額幅も大きくなるであろうことを示唆する裁判例として参考になります。

なお、この裁判例は、エレベーターが使用できない状態になった場合において、賃貸人としてどこまで対応していればよいかという点について、以下のように述べています。

「賃貸人は賃借人に対しエレベーターの保守・点検・修繕などを行う債務は負っているものの、エレベーターは昭和63年から稼働する古い型式のものであって、古いものであることは契約締結前の内覧・内見等により賃借人側も認識し得たものである」

「賃貸人においては、古い型式であることを前提として保守点検・修繕やその努力を行っていれば賃貸借契約上の賃貸人としての債務は履行しているというべきであり、少なくとも700万円を超えるようなリニューアル工事を実施して常時使用できる状態に復旧しなければならない債務までを当然負うとはいえない。」

傍論ではありますが、この点も同種事案において参考になると思われます。


この記事は、2023年5月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【建物の賃借人からの相談】

私は、約30年前から、マンションの1階部分と駐車スペースを借りて、清掃用具の販売・レンタル業の事務所として使用していました。

当初の賃貸借契約書では事務所部分と駐車スペース部分を合わせて、面積が「約35坪」と記載されており、その後、何度か更新を繰り返してきましたが、いずれの更新契約書でも面積は「約35坪」と記載されていました。

 

しかし、最近になって賃借部分の面積を図ってみたところ、実際は35坪もなく、28坪程度しかないということが判明しました。

 

契約書で記載されている面積よりも実際は2割も狭かったということになり、その内容で30年間も借りていたということになります。

したがって、過去に遡って支払った賃料の2割分を賃貸人に返還請求したいのですが、これは可能でしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年3月10日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人側は、賃借スペースが契約書記載の面積よりも実際は2割狭かったことについて、

① 物件の面積が約35坪あるものと誤信して本件賃貸借契約を締結したものであり,少なくとも本件賃貸借契約のうち本件駐車スペースを含めた実際の面積である約28坪を超える部分については要素の錯誤があり,無効である。

② 本件賃貸借契約の締結時に,契約書に「約35坪」と明記し,実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実を隠して本件物件の説明をした点は故意による虚偽説明である。また,賃貸人が、それ以降(各更新時を含む),本件物件の面積が実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実の説明を怠った点は不作為による説明義務違反である。

と主張して、消滅時効が成立しない限りの期間に遡って、既払い分の2割分の賃料(約1320万円)の返還請求をしました。

上記の賃借人側からの請求に対して、裁判所は賃借人の賃料返還請求を認めませんでした

まず、上記①の錯誤無効との主張に対しては、以下のように述べて、これを否定しました。

・本件賃貸借契約に係る契約書(契約更新に係るものも含む。)上,面積はいずれも「約35坪」と記載され,面積について「坪」あるいは「m2」で特定された表記とはなっていないこと

・賃借人は,本件賃貸借契約を締結する前に実際に本件物件を内覧し,駐車スペースを確保したいので公道に面した入口部分をセットバックして欲しい旨依頼するなどした上,「約35坪」と記載された契約書に特段異議を述べずに署名押印したこと

・賃借人と賃貸人は,本件賃貸借契約を締結するに当たり坪単価について話題にすることはなく,実際に賃料額を決定する際も,契約面積35坪に坪単価を乗じていくらとするといったやりとりはしておらず,賃貸人が当初月額44万円ないしそれ以上の賃料額を提案したことから,賃借人代表者が数字を丸めることを依頼するなどして交渉し,最終的に月額40万円と合意されるに至ったこと

・11回の契約更新を重ね,本件物件を約30年の間使用してきたが,平成29年3月に至るまで、賃借人から賃貸人に対して実際の面積が契約面積に満たないことを指摘したことはなかったこと

・上記各事実に照らすと,賃借人は,本件賃貸借契約の締結に際し,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認した上で,月額40万円の賃料にて本件物件を賃借することを決定したものであり,その際に賃借人が本件物件の実際の坪数や坪単価を問題とすることはなく,その後も30年弱の間,本件物件が35坪に満たないことを問題としたことはなかったのであるから,賃借人において,本件物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない。

・そうすると,本件物件の実際の面積は本件駐車スペースを含めても約28坪であり,契約面積の約35坪には満たないものの,当該事実をもって賃借人に要素の錯誤があったと認めることはできない。

また、上記②の説明義務違反の主張に対しては、以下のように述べて説明義務違反はなかったと判断しました。

・本件物件の実際の面積は契約面積の約35坪より少なくとも約7坪は狭いものと認められるが,本件賃貸借契約締結時に本件物件の契約面積が約35坪とされた経緯は明らかではなく,賃貸人が故意による虚偽告知をしたものとは認めるに足りない。

・次に,賃借人は,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認し,本件物件の現況を受け入れた上で,本件賃貸借契約を締結したものであり,契約面積は約35坪とされているものの,賃借人において本件物件の実際の面積が35坪程度あることが賃貸借契約における主要な部分であるということはできないことは前記で説示したとおりである。

・このような本件賃貸借契約における各事情を踏まえると,賃貸人ないし賃貸人において,賃借人に対し,契約面積は約35坪となっているものの,実際の面積はそれよりも狭いという事実を説明すべき信義則上の義務を負うものと直ちにいうことはできないし,少なくとも,上記義務違反により賃借人に不足面積分の賃料相当額の損害が生じたといえる関係にもない。

以上のように、裁判所は、賃貸借契約締結の経緯や賃料の決定方法、その後の更新の経緯を踏まえて、「物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない」と述べて、賃借人側からの返還請求を否定しました。

上記裁判例の理屈を踏まえると、

・契約時に、賃借部分の面積を実測した上で、賃料について床面積に乗じて賃料を定めた

・契約締結後に間もなく、賃借面積が契約面積より狭小であることを賃借人側から指摘して交渉した

など、契約面積が賃貸借契約の主要部分と認められるような事情がある場合は、賃借人側からの既払い賃料の返還請求が認められる可能性もあると考えられます。

【アパートオーナーからの相談】

私の所有しているアパートの賃借人が、窃盗未遂で警察に逮捕されたと警察から私宛に連絡がありました。

困ったことになったと思い、契約書で緊急連絡先に書いてあった賃借人の母親に連絡をして、今後の家賃の支払いはどうするのか、賃借人の代わりに家賃は支払ってくれるのか等を確認しました。

そうしたところ、賃借人の母親は、「自分は家賃も支払えないので、賃貸人に一任するので、賃貸人の方で部屋の中の荷物は処分してもらいたい」と言ってきました。

私は、念のため、母親から「荷物の処分をこちらに一任してもらうために一筆ほしい」と頼み、母親からその旨を書いた手紙をもらいました。

その後、2か月ほど経っても賃借人が釈放されたという連絡もなかったため、私の方で賃借人の居室内の家財道具を全て処分しました。

それからさらに約ひと月経った頃、突然釈放されたという賃借人から連絡があり「部屋の荷物が全部処分されていてどうなっているんだ」ということを言ってきました。

私からは、「あなたの母親から荷物の処分などは一任されているので、全部処分した。ただ、今後の生活用品をそろえるためのお金として10万円は渡す」ということを伝えました。

しかし、賃借人は納得せず、勝手に家財等を処分したことは違法であるとして、慰謝料200万円を求めて訴訟を起こしてきました

賃借人が逮捕されて連絡が取れず、止む無く緊急連絡先とされていた賃借人の母親の了解も取った上で行ったことですが、それでも私に非があるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件のように、突然所在不明となった賃借人について、賃貸人が裁判の手続を経ずに賃借人の室内の荷物の処分や鍵の交換等を行うことは、法的に「自力救済」と言います。

この、自力救済は,原則として許されないというのが法律の考え方です。

例外的にこの自力救済が許されるのは、以下の通り極めて限定された場合です。

「法律の定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるにとどまる。」(最三小判昭和40年12月7日判決)

この点、本事例の特殊要因としては、「緊急連絡先」として契約書に記載されていた賃借人の母親から居室内の荷物の処分について承諾を得ていたことであり、この点が法的にどう評価されるのかという点が問題になりました。

この事例で、裁判所は、結論として、賃貸人が荷物を処分したことは違法であると判断し、賃貸人に対して慰謝料として30万円の支払いを命じています。

裁判所が、違法であると判断した理由は以下になります。

賃借人が母親に対して緊急時の事務処理を委任していた事実や、緊急時には母に連絡してほしいとか,母の指示にしたがってほしい旨を述べた事実はない

・したがって、賃貸人が賃借人の母親から動産の処分が依頼されていたとしても,このことをもって動産の処分について賃借人による承諾があったと認めることはできない。

・したがって、賃貸人が賃借人の承諾を得ないまま本件居室内の動産等を処分したことについて少なくとも過失があったといえるから,賃借人に対して、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れないというべきである。

要するに、仮に賃借人の母親の承諾を得たとしても、賃借人が母親に「荷物処分等の判断についての権限を委任する」というような事情が明確に認められないと、やはり賃貸人による荷物処分等は違法になるということです。

また、慰謝料が30万円とされた理由については、裁判所は以下のように述べています。

・賃貸人が賃借人の家財一式を全て処分したことにより,本件居室内で逮捕・勾留される以前のとおりの生活を直ちに続けることができなくなったものと認められ,従来どおりの生活の再建のためには各種の生活用品を揃えるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから,個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり,家財一式を失ったことによって賃借人に一定の精神的苦痛が生じたものといえる。

・そして,賃貸人により処分された動産の内容や金額を認定することが証拠上困難である点については慰謝料を算定する上でその増額理由としてしん酌することが可能というべきである。

・賃貸人は,本件居室に帰宅した賃借人に対して生活用品を揃えるための10万円を直ちに交付しており,これによって賃借人の生活の再建が早まったといえるし,また,本件居室内の家財一式の処分に際しては,事前に賃借人の実母に対処方針を相談して,同人の承諾を得ていたこと,賃借人が逮捕されてから上記家財一式の処分まで2か月程度の期間をあけていたことがそれぞれ認められる

・これらの各事情を総合すると,賃借人の被った精神的損害を慰謝するに相当な額は,30万円が相当である。

この種の自力救済の事案の慰謝料は、100万円程度の慰謝料が賃貸人側に命じられることも多いのですが、本件では、賃借人の母親の承諾を得ていたという事情が慰謝料の金額の算定において考慮され、慰謝料が減額されたということになります。

なお、賃借人は、荷物そのものの損害として30万円を賃貸人に請求していますが、賃貸人が10万円を支払っていたこと、荷物の価値は10万円を超えることはないと判断して、この請求は否定しています。

賃借人が逮捕されて長期間連絡が取れなくなるなどという事態はアパートオーナーにとって起こり得ることではありますが、その場合の対応は極めて慎重に行うべきということを改めて示した事案として参考になります。


この記事は、2022年11月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸アパートオーナーからの質問】

私は、父から相続した築45年が経過した賃貸アパート(貸室4室)を所有しています。

老朽化が著しくなり、耐震診断をしたところ大地震で倒壊の可能性が高く耐震補強工事で約1800万円程度かかると言われました。

それならば取り壊して土地を売却した方が良いと考え、そこで、入居者に退去してもらうよう解約の申し入れを進めてきましたが、10年以上居住している入居者1名だけが退去を拒んできました。

弁護士と相談して、こちらからは立退料として100万円を提示しましたが、入居者からは「1000万円を払ってくれないと退去しない」と言われたため、訴訟を起こすこととしました。

立退料はどの程度が妥当なのでしょうか。

なお、この入居者の賃料は月額4万8000円です。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフとしたものです。

建物が老朽化しており建替えの必要性がある場合、賃貸人としては、現在居住している賃借人に対して、まずは賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけではなく、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています(借地借家法28条)。

建物の老朽化を理由とした解約申入れの場合、建物が倒壊寸前ですぐに取り壊さなければならないというような場合を除いて、建物の老朽化という事情だけではこの「正当事由」は認められず、それを補完するものとして「立退料」の支払いが必要となります。

立退料の金額については、法律上明確な基準があるわけではありません。裁判例を見ると、

・建物の老朽化の程度が高ければ、立退料も低くなる

・建物の老朽化の程度が低ければ、立退料は高くなる(もしくは立退き自体認められない)

という一応の傾向があるものの、具体的な金額はまさにケースバイケースで決められていますので、個々の裁判事例から検討をしていく必要があります。

東京地方裁判所令和2年2月18日判決において、賃貸人側は立退料として100万円が正当であると主張し、これに対して賃借人側は、訴訟段階では200~350万円が妥当であると主張していました

これに対して、裁判所は、賃料の約20か月分にあたる立退料100万円での解約申入れを認めています

裁判所が立退料100万円での解約を認めた理由は以下の通りです。

まず、建物がどの程度老朽化していたかという点について、裁判所は以下のように耐震診断の結果を踏まえて認定しています。

・耐震診断の結果によれば,本件アパートは,①その基礎は無筋状態であり,また数か所にひびがある,②壁は,耐力壁が不足し,少し片寄った状態に配置されているほか,外壁モルタルにひびがある,③老朽が進んだ箇所は,地震時の揺れに軸組が耐えられない状況も想定されるなどとされた上,建築基準法の想定する大地震で倒壊する可能性が高いとされたうえ,建物の縦方向と横方向で評価される評点(住宅が保有する耐力が必要耐力に占める割合を数値化したものである。)が1階においては0.32と0.45,2階においては0.65と0.73とされた(評点が0.7未満の場合に「倒壊する可能性が高い」と判定される。)。

・本件アパートの耐震補強工事費用が1650万8000円(消費税別)と見積もられていた。

上記認定を前提とした上で、「正当事由」が認められるか否かについては、以下のように立退料の提供により正当事由が認められると述べています。

1 正当事由について

「本件アパートは,本件解約申入れ時において,築45年以上が経過しており,本件アパート全体の老朽化が顕著であって,かつ耐震性の観点からみても倒壊の可能性が高く,また耐震のための工事には相応の費用を要するものということができるから,原告らにおいて本件建物を含む本件アパートの取壊しの必要性が高いものということができる。」

「また,共同住宅である本件アパートの収益物件としての機能を維持するためには,相応の修繕費用を支出する必要があることは優に認められ,本件アパートの状態や固定資産税評価額,本件契約の賃料等に照らしてみると,その方法として修繕が適切であるということができないから,この観点からも本件アパートの取壊し(又は建替え)の必要性が補強される(もっとも,原告らにおいて,本件アパートを建て替えたり,その敷地等を第三者に売却したりする具体的な計画は見当たらず,原告らによる自己使用の必要性が直ちに認められないなどから,この観点は重視することができない。)。」

「一方,被告は,本件建物を住居と使用し,本件解約申入れ時における賃料滞納事実が見当たらないことからすれば,本件建物使用に対する期待を保護する必要性が一定程度認められる。」

「そうすると,本件解約申入れについて,上記の事情から,直ちに正当事由があるとまではいえないが,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきである。」

2 正当事由の補完としての立退料について

「上記のとおり,正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきであるところ,これに加え,被告に対する移転先の物件の紹介事実といった交渉経過,本件訴え提起時には,本件アパートには被告の他に居住者がいないこと,その他本件契約の賃料,本件アパートやその敷地の固定資産税評価額等の事情を総合考慮すれば,原告らによる申出額であり,本件契約の賃料の20か月分以上に相当する100万円を正当事由の補完としての立退料と認めるのが相当である。」


この記事は2022年10月10日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃借人は、借りている建物内において火災を起こさないように建物を使用する義務があります。

これは、法的に言えば、建物の賃借人は、善良な管理者の注意をもって賃借目的物を保管しなければならない、という賃借人の保管義務から導かれる義務となります(民法400条)。

したがって、賃借人が建物内で火災を起こしてしまった場合は、賃借人が負うべき保管義務違反、すなわち契約違反に該当します。

もっとも、それだけでストレートに解除が認められるわけではなく、賃借人が火災を発生させたことを理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

この点、賃借物件において火災を発生させた場合についての一つの判断基準として

「賃借人がその責に帰すべき失火によって賃借にかかる建物に火災を発生させ,これを焼損することは賃貸人に対する賃貸物保管義務の重大な違反行為にほかならない。したがって,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情のない限り,その責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって賃貸借契約の基礎をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係に破綻を生じさせるにいたるものというべきである。」(東京地裁平成26年10月20日判決)

と述べている裁判例があり、これは一つの基準として参考になります。

すなわち、この裁判例の考え方によれば、

①火災を発生させ、建物を焼損した場合、原則として信頼関係が破壊される

②ただし、火災を発生させたことについての過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等特段の事情がある場合は、例外的に信頼関係が破壊されたとは言えない

ということとなります

このように、賃借物件内で火災が発生した場合に解除まで認められるかは、ケースバイケースでの判断となるわけですが、火災を発生させたことによる契約解除が認められた事例として、東京地方裁判所平成26年10月20日判決の事例を以下紹介します。

この事例は、賃借人が1階の貸店舗内にて15年間にわたりラーメン店を営んでいたところ、階厨房内に設置された大型ガスコンロの炎の熱が内壁に張られたステンレス板を伝い,内壁内の木製の柱に伝導過熱して出火し、1階厨房内西側内壁の4㎡が焼損した、という事案です。

賃借人側は、

・ラーメン店のため、コンロの火を仕込みから終業時間までの約12時間以上毎日付けていたという状況で、15年間にわたり何も問題は無かったのであるから、ガスコンロの熱がステンレス版を伝って内壁に伝導加熱して出火するなど予測できなかった

・引火しやすいものの付近にガスコンロを漫然放置し引火・延焼したとか,従業員によるたばこの火の不始末とかがあったわけではない

などと主張して、信頼関係を破壊するような義務違反はない、として争いました。

しかし、裁判所は、賃借人が大きな火力を扱うラーメン店経営者であることを重視し、以下の理由により、賃借人の過失や焼損の程度がいずれも軽微ではないとして、信頼関係破壊による解除を認めました。

一つの事例の判断ではありますが、飲食店における火災発生事案の判断として参考になります。

【東京地方裁判所平成26年10月20日判決 判旨】

① 賃借人は,飲食店を経営する法人であり,しかも,ラーメン店や中華料理店は,飲食店の中でも大きな火力を使うのが一般的であるから,その営業に関して火災を発生させ他人の生命・身体・財産を侵害することのないよう最大限の注意を払うことが要求されるというべきであり,その注意義務の程度が一般家庭における火の始末と同程度のもので足りるとは到底解されない。

② そして,本件ラーメン店において,出火原因となった大型ガスコンロは,3器がステンレス板を張った壁にほぼ接着する形で設置されていたこと,営業時間中,3器のうちのどれか1つは常時点火されていたことは当事者間に争いがないところ,壁に張り付けたステンレスは,裏の木材に熱を伝導させること,木材を加熱すればある温度で自然発火することは,常識の範囲に属する知識であり,さらに,飲食店のように常時ガスコンロを使用する場合,ガスコンロに近い壁面が長時間かつ長期間加熱されることにより木材の炭化と熱の蓄積が進み,比較的低温でも発火しやすくなる可能性があることも,少なくとも飲食店経営者であれば認識しておくべき基本的な知識である。すなわち,本件火災は,大型ガスコンロの設置場所の悪さ(壁との近接性)とそれまでの使用による内壁への加熱が相まって,起こるべくして起こったものというべきであり,本件ラーメン店開業以来15年間火災が発生しなかったことをもって,本件火災が突如発生したものであるとか,偶々発生したものであると考えることはできない

③ したがって,賃借人は,大型ガスコンロと壁との間隔を十分取るか,それができない場合には,点火時間の短縮を図ったり,壁との間に防熱板を設置するなどして,伝導過熱が生じにくい環境を作らなければならなかったというべきであり,これを怠ったことにより生じた本件火災は,賃借人である賃借人の責めに帰すべき事由によって発生したものと認められ,その過失の程度も決して軽微なものとはいえない

④ また,本件火災における直接的な焼損は,内壁4m2と報告されているものの,伝導過熱による内壁からの出火という態様の性質上,消火活動は壁面を破壊して行うほかなく,これによる建物の損壊は「焼損」に含めて評価するのが相当であるから,その程度が極めて軽微なものということはできない

⑤ これらの事情に照らすと,本件火災については,過失の態様および焼損の程度が極めて軽微である等の特段の事情は認められないから,賃借人がその責に帰すべき事由により火災を発生させたこと自体によって,本件賃貸借契約の基礎をなす貸主との間の信頼関係に破綻を生じさせるに至ったというべきである。


この記事は、2022年9月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しているのですが、新たに住み始めた賃借人が、入居直後から、両隣の部屋の賃借人とトラブルを起こすなど面倒なことになってしまいました。

例えば、入居直後から「隣の部屋から発生する音がうるさいなど」と隣の入居者に文句を言うようになり、何回も、執拗に抗議を続け、夜中に、壁を叩くなどの騒音を出したり、廊下を通る際に、隣の部屋の入口の扉を強く足で蹴飛ばしたりしたこともありました。

マンションの管理人に対しても、「両隣りの部屋の音がうるさい、夜うるさくて仕方がない、何とかしてくれ」などと数回にわたり文句を言ってきました。さらに、仲介業者の担当者に対しても、「隣の住人が夜中にコツコツ壁を叩いたりしてうるさいので何とかしろ」などと要求し、その後も何回か同様の文句を言ってきていました。

こうしたことが、賃借人の入居直後から約10か月以上続いたのです。

 

隣の入居者は、この問題の賃借人が入居する3年前から入居していましたが、これまで特に問題もなく、事情をお聞きしましたが、保育園へ通う長男を夜九時すぎに寝かせ、朝、家族全員が起きて出掛けるという生活を送っていただけであり、夜中に騒音を発したことは全くなかったとのことでした。実際に、クレームを受けた後で管理人が、夜に騒音を何度か確認しに行きましたが、一切聞こえなかったという報告も受けました。

隣の入居者は、結局「小さい子供に何かあったら困る」と言って、この問題の賃借人の入居後10か月後には退去してしまいました。以後、この部屋は空室です。

 

もう一方の隣室の入居者に対しても、入居直後から「音がうるさい」などとして、大声で怒鳴ったり、夜中に壁を叩いたりしていました。この入居者も5年以上住んでいた方でこれまで問題はなかったのですが、この問題の賃借人の入居後、わずか3か月後に「隣がぶっそうなので出ます」と言って退去されました。

その後に隣室に入居した入居者に対しても同様のことが行われ、すぐに退去されてしまいました。

このため、この問題の賃借人の両隣の部屋は、この人の悪いうわさが広まってしまっているようで、新たな入居者も見つからず、今も空き室のままです。

 

このような問題ばかり起こす賃借人には退去してもらいたいのですが、可能でしょうか。

 

なお、賃貸借契約書の特約には、以下の規定がありますので、明らかに契約違反になると考えています。

特約

(1) 賃借人は騒音をたてたり風紀を乱すなど近隣の迷惑となる一切の行為をしてはならない。

(2) 賃借人が賃貸借契約の条項に違反したとき、あるいは、賃借人またはその同居人の行為が建物内の共同生活の秩序を乱すものと認められたときは、賃貸人は、何らの催告を要せずして、賃貸借契約を解除することができる。

【説明】

居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏に居住できる環境にあることが重要です。

したがって、一般的な賃貸借契約書においては、他の住民への迷惑行為を行わないとすることが賃借人の義務として規定されています。

また、仮に契約書に記載されていないとしても、「賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務」を負っていると解釈されています。

したがいまして、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。

ここで問題となるのは、賃借人の迷惑行為を理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

どの程度の迷惑行為であれば、契約解除事由となるのかということについては、明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていくこととなります。

今回紹介するのは、両隣の賃借人と騒音を巡ってトラブルを複数回起こしていた賃借人に対して解除が認められた事例(東京地方裁判所平成10年5月12日判決)です。

本件の設例はこの裁判例の事案をモチーフにしたものですが、この事案では、裁判所は、まずは、迷惑行為が契約違反に該当するかという点については、

「隣室から発生する騒音は社会生活上の受忍限度を超える程度のものではなかったのであるから、共同住宅における日常生活上、通常発生する騒音としてこれを受容すべきであったにもかかわらず、これら住人に対し、何回も、執拗に、音がうるさいなどと文句を言い、壁を叩いたり大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、結局、これら住人をして、隣室からの退去を余儀なくさせるに至った」

として、騒音に対する賃借人のクレーム等の行動は正当な理由がないものと判断しました。

その上で、この賃借人の行為は、

「本件賃貸借契約の特約において、禁止事項とされている近隣の迷惑となる行為に該当し、また、解除事由とされている共同生活上の秩序を乱す行為に該当するものと認めることができる。」

と述べて、契約違反に該当すると認定しました。

そして、この迷惑行為が信頼関係を破壊する程度のものか否か、という点については、

「賃借人の右各行為によって、五〇六号室の両隣りの部屋が長期間にわたって空室状態となり、賃貸人が多額の損害を被っていることなど前記認定の事実関係によれば、賃借人らの右各行為は、本件賃貸借における信頼関係を破壊する行為に当たるというべきである。」

と述べて、契約解除を認めました。

なお、この賃借人は、このマンションに移ってくる前の物件でも、隣室や上階の入居者に対して音がうるさいなどと言ってトラブルを起こし、その物件の賃貸人から訴訟を起こされていた(結果は和解で退去)、というかなり曰くつきの賃借人であったことも判決で認定されています。

このため、この事案の賃借人はかなり特異な賃借人とも言えるのですが、迷惑行為が解除事由となる一つの基準として「その迷惑行為によって、複数の近隣入居者が退去してしまった」ということを示した裁判例として参考になります。


この記事は2022年8月2日時点の情報に基づいて書かれています。

民法606条は、賃貸人の建物の修繕義務について定めています。

【民法606条】

1 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

賃貸人がこの修繕義務を果たすためには、賃借人の使用部分(居室など)への立ち入りが必要となる場合も多々ありうるため、民法606条2項において、賃借人は、賃貸人が保存行為を行う場合にはこれを拒否できないと定めています。

なお、606条2項は「保存に必要な行為」としていますが、これは「賃貸目的物を保存し維持するために必要な修繕行為」を当然に含むものと考えられます。

このように、建物の賃借人は,賃貸人が行おうとする賃貸建物の保存行為に対する受忍義務を負っていますので、建物保存のための調査や工事を当該賃借人の賃借部分で実施する必要があるときは、賃借人は、正当な理由なくして自己の賃借部分への立入り等を拒むことができないと言うことになります。

したがって、賃貸人が協力を要請する調査や工事が建物の保存に必要と認められるにもかかわらず、賃借人がこれを正当な理由なくして拒むときは,賃貸借契約上の債務不履行を構成すると解釈されます。

では、上記のように、賃貸人が建物の保存に必要な工事等の調査目的で賃借人の居室に立ち入りを求めたものの、賃借人が正当な理由も無く拒絶をした場合に、賃貸人は、債務不履行であると主張して賃借人との契約を解除することができるのでしょうか。

この点が問題となったのは、東京地方裁判所平成26年10月20日の事例です。

この事案は、ある賃借人の居室の天井から水漏れが生じたため、その原因の究明のために、賃貸人がその上階の賃借人の居室への立ち入りを求めたものの、あれこれ理由を付けて拒絶したため、賃貸人が契約の解除を主張して提訴したという事案です。

この事案において、裁判所は、まず、賃借人が立ち入りを拒絶した理由についてはいずれも合理的根拠がないとし、

漏水に関して本件居室の立入調査が実施できていないのは、賃借人が正当な理由なくこれを拒絶しているためであり,このことは,本件賃貸借契約上の債務不履行を構成する。」と認定した上で、それを解除事由とすることができるかは、「賃貸借契約の基礎をなす賃貸人・賃借人間の信頼関係が破壊されたと認められるかどうかの検討が必要

と述べました。

そして、信頼関係が破壊されたか否かについて、

賃貸人が賃借人に対して漏水の調査のための立ち入りを求めるにあたり、賃貸人としてなすべき努力を十分に尽くしていたにも拘わらず、賃借人側が、一度も調査に応じる意思を明示せず、また、立ち入りを認めるための条件として、漏水とは全く関係のない、居室の設備等の修繕等を求め、その完全実施を漏水調査への協力の条件とするかのような内容の回答をしたことをもって、この段階において信頼関係は破綻されるに至ったというべきである

と述べて、契約の解除を認めました。

この事案では、過去にこの漏水の調査以外でも賃借人側が賃貸人側に対して過度に神経質とも取れるような対応をして紛争を生じていたという事情も認定されていて、こういった事情も信頼関係破壊による解除を認めた一つの要因と考えられます。

この点において、本件は若干特殊な事例と言えなくもないのですが、いずれにしても、賃借人が不当に建物の維持・保存のために必要な修繕の調査や工事を拒むような対応を続けた場合には、契約の解除原因になり得るということを示した一つの事例として参考になります。


この記事は、2022年7月19日時点の情報を基に書かれています。