【投資用マンション購入者からの相談】

私は25歳で、学校教師をしています。

あるとき、兄から不動産投資を勧められ、兄から紹介された不動産業者と会ったところ、投資用ワンルームマンションの購入の執拗な勧誘を受けました。

私の勤続年数が少ないため中古物件を対象にした方がローンを組みやすいことや、中古物件を何年か保有して売却した上で新築物件に買い替える方法があること、現に入居者がおり、購入後はサブリース契約を締結して家賃保証をするので継続的で安定的な収入が得られるなどと説明され、執拗に勧誘されたので、断り切れずに中古のワンルームマンション3件を850万円、870万円、750万円でそれぞれ25年ローンで購入しました。

このときは、「持ち出しなく売ることができ、むしろ手元にお金が残ります。」などと投資のメリットを何度も説明されました。

 

しかし、その後、購入したマンションの調査をしたところ、各マンションはいずれも築年数が経過していて販売価格が実勢価格を大幅に上回っていたことが判明し、特にそのうちの一つのマンションには居住者もおらず、内部が著しく汚損及び破損した状態であることが判明しました。

 

これ以上値上がりも期待できなかったので売却しましたが、売却価格は、390万円、390万円、20万円と購入した価格を著しく下回る価格でしか売却できず、1500万円以上の損失を出してしまいました。

 

営業担当者の口車に乗せられてマンションを高値掴みさせられたことは許せません。

マンションの販売業者は破産してしまったので、営業担当者個人を訴えることはできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和4年1月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

投資用の不動産の売買の勧誘をするにあたっては、特に買主が素人の場合に、売主の不動産業者は、投資内容に関わる重要な情報とリスクについて、必要かつ相当な範囲で正確な情報を提供すべき信義則上の義務がある、と考えられています。

他方で、投資というのは自己責任という側面もあり、その物件によって儲かるか儲からないかということは多分に不確定要素を含むものでもあり、結果的に買主が損をしたからと言って、全て売主業者が責任を問われてしまうとなると不動産の取引が成り立たなくなってしまいます。

以上の観点を踏まえると、売主の不動産業者として、投資用の不動産の売買の勧誘をするにあたって、果たしてどこまでの情報を提供しなければならないか、ということが問題となってきます。

本件は、買主が購入したマンションの価格の合計額が2470万円であったことに対し、その後に売却できた価格が僅か800万円であり、その差が1670万円にも及んだ、ということから、売主業者において「各マンションの実勢価格を確認・調査して、説明する義務があったか」という点が問題となりました。

この点について、裁判所は、

・各マンションは実際の年間収支において利益が見込める内容ではなく、また、各マンションがいずれも平成元年築の中古マンションで値上がりが見込める要素はなかったことからすると一定の年数経過後にそれらを転売した場合に、返済期間25年のフルローンを組んで本件各マンションを購入した買主にとっては、売却益が得られる見通しがあったともいい難かったこと

・少なくとも、本件各マンションの客観的価値(実勢価格)が、被告らの提示した販売価格を一定程度下回っているようであれば、基本的には各マンションを何年か保有して売却することが想定していたという投資計画はほぼ成り立たないものであったこと

を踏まえると

各マンションの実勢価格がどの程度のものかについては、原告に対して不動産投資を勧誘するに当たり、極めて重要な情報であったというべきである。」

と判断しました。

その上で、各マンションの販売価格が実勢価格を相当程度上回るものだったことを踏まえ、裁判所は、

「各マンションの販売価格につき原告を欺罔したとまでは認められないが、被告らは、日常的に不動産取引を扱う本件会社の従業員として、本件会社が本件各マンションを購入する価格がいくらであるかや、近隣の取引事例を参照するなどして本件各マンションの実勢価格を確認・調査することは容易であったにもかかわらず、何らの確認をすることもなく、原告に対し、本件試算表による投資計画に基づいて本件各マンションの購入を勧誘したものであり、投資に関わる重要な情報についての説明義務違反があったというべきである。」

と述べて、説明義務違反を認め、不法行為に基づく損害賠償義務を負うと判断しました。

また、本件では、売主である会社は破産していたため、当時勧誘をした会社の営業担当者が被告とされていましたが、営業担当者に対して、裁判所は、

 「なお、被告らは、本件会社の一従業員にすぎないことを主張するが、被告らは、本件会社の営業担当社員としての知識や経験はあり、被告らにとって本件各マンションの実勢価格の確認・調査は容易に成し得ることであったのであるから、上記認定判断を左右するものではない。」

と述べて、その責任を認めました。

もっとも、100%責任が認められたというわけではなく、

「被告らによる本件各マンションの購入の勧誘が違法なものであったとしても、原告においても、平成28年当時、教師の職に就いており、それなりの社会経験と判断能力を有していたものであり、それにもかかわらず、自らの自己資金には余裕がない状況で、投資の内容について十分に考慮することなく本件各マンション購入の判断をしてしまったことに一定程度の軽率な面があったことは否めず、その他、本件に現れた一切の事情を総合考慮して、4割の過失相殺をするのが相当である。」

と述べて、買主側の落ち度についても認定をしています。

冒頭で述べた通り、投資用物件の販売にあたっては、「投資内容に関わる重要な情報とリスクについて、必要かつ相当な範囲で正確な情報を提供すべき信義則上の義務がある」という規範は一般的な規範となっていますが、具体的に、売主業者が「物件の実勢価格を調査して説明する義務を負う」ということまでを認めたという点で参考になる事例です。


この記事は2024年6月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【買主からの質問】

私は自宅を建築するための土地を宅建業者から購入することになり、売買契約を締結し、手付金を支払いました。

その後、家庭の事情により転居することになったため、売主に対して手付金を放棄して手付解除したいと申し出ました。

売買契約では、手付解除について「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成12年5月26日までは手付解除ができる」と規定されており、この期限内に手付解除の申し出をしています。

 

しかし、これに対して、売主の宅建業者からは、「売買のために測量して境界確定図まで作成した」、「履行の着手があったといえるから、手付解除はできない」と言われてしまいました。

 

契約書に手付解除の期限が書かれていたので、この期限までは手付を放棄すれば解除できるものと思っていましたが、できないのでしょうか。

【解説】

本事例は、名古屋高等裁判所平成13年3月29日判決の事例をモチーフにしたものです。

本事例では、手付解除に関する契約書の条項において「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成12年5月26日までは手付解除ができる」と規定されていたために、手付解除ができるのが、

①相手方が契約の履行に着手するまで

もしくは、

②平成12年5月26日まで、

なのかが争われたというものです。

なお、最近の売買契約書では、手付解除については、

「売主、買主は、本契約を表記手付解除期日までであれば、互いに書面により通知して、解除することができます。」

と規定されている場合が多いので、本事例のような問題は生じないようにも思われます。

しかし、民法557条1項において、「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」と規定されているため、売買契約の手付解除条項とこの民法557条1項但書のどちらが優先されるかという問題はなお生じるものと考えられます。

本事例において、裁判所は、まず、民法557条と異なる手付解除の期限を設定している売買契約の条項の有効性については、以下のように述べて、有効であると判断しました。

「民法五五七条一項の趣旨は、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、このような段階において、相手方から解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることになるため、このように履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止することにあるとされている(最高裁大法廷昭和四〇年一一月二四日判決、民集一九巻八号二〇一九頁)。」

 「他方、同条項の趣旨がこのようなものであるとしても、同条項は任意規定であり、当事者がこれと異なり、履行の着手の前後を問わず手付損倍戻しにより契約を解除できる旨の特約をすることは何ら妨げられていない。」

以上の解釈を前提として、本事例において裁判所は、本件手付解除条項の解釈について、手付解除ができるのが、①相手方が契約の履行に着手するまでなのか、それとも②平成12年5月26日までなのかについては、②が相当であると判断しました。

その理由として、

① 売主が宅建業者の場合に手付解除を排除する特約(及び買主に不利な特約)を無効とする宅建業法39条2項、3項の趣旨

② 民法及び宅建業法の趣旨を前提として、手付解除条項は、当事者の合理的意思解釈としてなるべく有効・可能なように解釈すべきであること

③ 一般に、履行の着手の意義について特別の知識を持たない通常人にとって、「履行の着手まで」「又は」「五月二六日まで」手付解除ができるという本件手付解除条項を、履行の着手の前後にかかわらず「五月二六日まで」は手付解除ができると理解することは至極当然であること

を挙げて、「本件手付解除条項の解釈については、民法五五七条一項の場合に加えて履行の着手後も手付解除ができる特約としての意義を有する」と判断し、手付解除特約で設定された期限までは手付解除ができると判断しました。

本件の判断は、売主が宅建業者であり買主が一般消費者であり、買主側からの手付解除という点がそれなりに考慮されていますので、売主と買主が逆だった場合や、宅建業者側からの手付解除の場合には結論が異なっていたという可能性はあります。

また、最近の売買契約書で見られるように、単に「売主、買主は、本契約を表記手付解除期日までであれば、互いに書面により通知して、解除することができます。」とだけ規定されている場合においては、この裁判例が「民法557条は任意規定であり、当事者がこれと異なり、履行の着手の前後を問わず手付損倍戻しにより契約を解除できる旨の特約をすることは何ら妨げられていない。」と述べていることも併せ考慮すれば、当事者の履行の着手後であっても、手付解除期限までは手付解除ができると判断されると考えられます。もっとも、この場合においても、当事者の一方がどちらか一方が宅建業者であり、宅建業者からの解除の場合にも同様の解釈となるかどうかはなお問題になり得ると考えられます。


この記事は2024年3月23日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸物件オーナーからの相談】

私は、建物1棟をシェアハウス事業者(賃貸物件を借りてシェアハウス用に改築した上で、シェアハウスとして転貸する事業を行う会社)に、月額賃料44万円で賃貸しました。

賃借人会社は当該物件を改築してシェアハウスとして貸し出していたようですが、賃貸してから1年半が経過した頃、当該物件内で火事が発生しました。その際の消防署の調査により、建物をシェアハウスとして使用することにつき,建築基準法上の用途変更手続を怠っていたことが判明しました。

 

そこで、私は賃借人会社に対して、火災を発生させたこと、建築基準法関係規定上不適合の疑義がある旨の指摘を受けたことが賃貸借契約に反し、かつ信頼関係を破壊する行為であるとして、契約の解約に正当事由があると主張しました。また、立退料として、6か月分の家賃相当額を提示しました。

なお、私は、解約後にこの建物を建て替えて自宅として使用したいと考えています。

 

しかし、賃借人会社は解約を争ってきており、また立退料として3000万円を要求してきています。

私の解約の主張は認められるのでしょうか。また、立退料はどの程度必要になるのでしょうか。

【説明】

建物賃貸借契約を解約する場合の正当事由

本件は、東京地方裁判所令和3年8月18日判決の事例をモチーフとしたものです。

賃貸人が、建物の建替えの必要性等を理由として賃借人に対して立退きを求める場合はまず、賃貸人側から、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)が、賃貸人から解約の申入れをしたからと言って当然に解約が認められるわけでありません。

賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じないとされています。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較して判断されます。

本事例においては、裁判所は、上記の事情のうち、賃貸人、賃借人それぞれが、当該建物を必要とする事情と立退料の額について検討をしたうえで、立退料として1500万円を支払うことで、解約の正当事由があると判断しました。以下、裁判例の内容を解説します。

賃貸人と賃借人双方の事情

まず、賃貸人側の事情として、この賃貸物件を建て替えて自宅にする必要があると主張されていたことについて、裁判所は、「一件記録によっても原告の計画を実現するために本件建物を自宅として利用することが必須であるとまでいえる事情は認められないから,原告の本件建物使用の必要性はそれほど高度のものとはいえない。」と述べています。

他方で、賃借人側の事情についても、

①「被告会社の本件建物利用は,シェアハウスとしての賃貸事業目的であり,また,被告会社はシェアハウス事業を全国で展開しているとのことからすると,被告会社の本件建物の使用の必要性は,投下資本の回収等,経済的合理性に基づくものである。」

②「これに加え,・・・被告会社は,本件賃貸借契約上,本件建物をシェアハウスとして利用するにあたって必要な官公庁への届出許可等を被告会社の責任で取得する義務があるところ,本件建物をシェアハウスとして利用し始めた後である,平成31年2月18日には大田区から不適合の指摘を受けており(甲3),被告会社には(解除事由に至らない程度の)債務不履行があるといえる上,被告会社は,令和2年9月3日には,大田区に対して是正に係る誓約書を提出しながら,結果として口頭弁論終結時点においても是正工事を行っていないこと」

の2点を考慮すると「正当理由の補完事由としての立退料の額によっては,原告による解約申入れにつき正当理由があるものということができる。」と述べました。

 

立退料はどのように決められたか

以上を踏まえて、裁判所は、立退料の金額について、以下のとおり、主に賃借人の投下資本の金額(改築にかかった費用)をベースにして1500万円が相当であると判断しました。

① 本件賃貸借契約が締結され,被告会社に本件建物が引き渡されたのが,平成29年5月11日頃であり,解約申入れの効力が発生する令和3年10月3日(令和3年4月2日から6か月を経過した日)までに4年4月が経過することになること

② 被告会社が本件建物をシェアハウスとして改装するのにかかった費用は被告会社によれば2000万円以上とのことであり,また,本件建物を法令に適合するように改装工事を行うとすればさらに相当額の費用が掛かること

等の事情を総合考慮すると,1500万円をもって相当であると認める。

事業用賃貸物件の立退料の算定方法はケースバイケースになることが多々ありますが、本件はシェアハウスとして使用されていた賃貸物件において、主に投下資本の金額をベースにして立退料を算定した事例として参考になります。


この記事は2024年1月28日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸物件オーナーからの質問】

私の自宅の隣地の居住者が、7年ほど前から複数の猫を家の中で飼っています。

しかし、飼育の状態がとても悪く、次第に猫の糞尿の処理もせずその悪臭が周囲に巻き散るようになりました。

また、度々猫が私の自宅の敷地にも入ってくるようになりましたが、隣人はそれも何も対策せず放置しています。

あまりに悪臭が酷くなってきたので、臭気測定士に悪臭測定を依頼したところ、私の家の敷地と隣人の敷地の境界上の臭気指数が15~17と測定されました。(なお、私の居住地域では臭気指数10を超えると悪臭防止法の規制対象になるようです。)

こういう状況なので、私や、他の近隣の方と協力して、隣人に対して面談を求めたり、内容証明郵便で苦情を申し立てたり、民事調停の申し立ても行いましたが、隣人からは手紙が届くものの、直接交渉に応じてくれることはありませんでした。

訴訟を起こして悪臭等の発生の差止めと損害賠償を求めるしかないと考えていますが、認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成23年7月29日判決の事例をモチーフにしたものです。

まず、近隣住居が悪臭を発生させている場合に、法的にどのような根拠で何を求めることができるか、という点が問題となります。

この点について、裁判所は、

「発生している悪臭が受忍限度を超えている場合には,人格権に基づく差止めを求めることができ,その場合には当然不法行為に基づく損害賠償を求めることができる」

と述べています。

以上を前提とすると、差止めと損害賠償が認められるために「発生している悪臭が受忍限度を超えている」か否かはどのように判断すべきか、という点が重要となります。

この点については、裁判所は、

「悪臭が受忍限度を超えているか否かを検討するに当たっては,悪臭が公法上の基準を超えているか否かが重要な考慮要素になると解すべきであり,同基準を超える悪臭が発生している場合には特段の事情がない限り,同悪臭は受忍限度を超えていると認めるのが相当である。」

と述べています。

以上を前提として、本件の事例において裁判所は、臭気指数が法律上の規制基準を超えていることを理由に、受忍限度を超えた悪臭が発生していると判断しました。

「原告らの居住地域においては,事業活動により生じる悪臭については臭気指数10がその限度とされているところ,事業活動によって生じる悪臭と猫の糞尿による悪臭の受忍限度を別異に取り扱うべき理由は認められない。そうすると,本件では,原告X1宅の敷地と被告宅の敷地の境界線において,現時点においても上記基準を大幅に上回る臭気指数17ないしはそれに近い悪臭が発生していると認められるのであるから,原告X1宅の敷地と被告宅の敷地との境界において生じている悪臭が受忍限度を超えていることは明らかである。」

では、このような場合に損害賠償としてどの程度の金額が認められるのでしょうか。

原告は慰謝料として90万円を請求していましたが、裁判所は、慰謝料として24万円(悪臭の発生が証明されている平成22年5月ころから約1年間の分として)を認めるにとどまっています。

その他の損害として

・弁護士費用と臭気測定費用のうち、15万円

・原告の自宅の1階が賃貸物件であったところ、悪臭によって空室となっていることから、空室が継続している期間(8か月分)の家賃相当額108万円(家賃は月13万5000円)

も認められています。

その他、判決では、悪臭の発生について「被告は,原告X1に対して,別紙物件目録記載1の土地と同記載3の土地の境界線において,悪臭防止法2条2項で定める臭気指数10を超える悪臭を発生させてはならない。」との差止も命じています。

本件は、近隣住宅の悪臭に対する法的対応について参考になる事例です。


この記事は、2023年12月29日時点の情報に基づいて書かれています。

【区分マンションの買主からの相談】

家族で住むための自宅として、マンションを3100万円で購入しました。

しかし、住み始めてすぐに、隣室の住民の女性が、ベランダ等で物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶのに遭遇したり,私が長男を抱えているときに廊下で突然追いかけられたりするなどの迷惑行為が度々起こるようになりました。

売買契約のときの重要事項説明書等では、この隣室の住民のことは一切書かれていなかったので、仲介業者にクレームを言ったところ、告知義務違反を認め仲介手数料は全額返してくれました。

その後、何とか我慢して2年ほど居住していましたが、夫が自殺してしまった等の不幸も重なったので、このマンションを売却することにし、最終的に2950万円で売却しました。その際には、隣人の住民が迷惑行為をすることは説明しています。

マンションは売却してしまったものの、やはりこのような迷惑行為をするような隣人がいるようなマンションを普通の値段で購入させられたことは納得ができません。

欠陥があったものとして、損害賠償請求はできないのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年12月8日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事案では、区分マンションの買主は、売主(売主は、当該マンションを購入してリフォームして販売した不動産業者です。)に対して、同居室の隣室の居住者による騒音や嫌がらせなどを継続的に受けており、そのような居住者が隣室に存在することは居室の「隠れたる瑕疵」に当たるとして、改正前民法570条の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、損害金合計1023万円(売買代金3100万円の30%に相当する930万円と弁護士費用93万円の合計額)を請求しました。

もっとも、この損害額の主張は,その後の上記居室が2950万円で売却できたことから、最終的に、①積極損害(上記居室の売買代金を含む購入費用と売却後の手取額等との差額,引越費用等)451万2999円,②慰謝料300万円,③弁護士費用75万円の合計額826万2999円に変更されています。

本件では、隣室に迷惑行為を繰り返す住民がいることが、改正前民法570条の「隠れた瑕疵」にあたるかが争点となった事例です。

裁判所は、まず570条の「瑕疵」の定義について、

「売買の目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい,目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく,目的物の通常の用途に照らし,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるという欠陥,すなわち一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合も含むと解される」

とした上で、結果として、裁判所は、本件においては隣室の住民の存在は「瑕疵」には該当しないと判断しました。

まず、隣室の住民(判決文では「C」とされています。)の迷惑行為については、

「Cは,平成23年頃から頻度にはばらつきはあるものの継続して,昼夜を問わず数分ないし10分程度,物音がうるさいとか物が盗まれたなどと大声を出してベランダで叫ぶ,ラジカセを大音量でかける,壁等を強く叩く,本件マンションの居住者に対し,携帯電話で撮影する,追いかける,意味不明な発言をする,難癖をつける,怒鳴りつけるといった迷惑行為をしていたことが認められ,Cの隣室に居住していた原告は,本件居室で生活する際に,生活音を静かにしたり,外出する際には周囲の様子を伺うなど,一定程度生活や行動に制限を受けていたことは認められる。また,Cの存在は本件居室の購入希望者(仲介業者に対して本件居室の購入につき何らかの関心を示した者。以下同じ。)に購入を断られる原因の一つとなっていたことも認められる」

と認定しました。

他方で、上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしつつも、以下のように、購入時の価格3100万円から僅かな減額(150万円)でマンションが売却できたこと等を理由に、瑕疵には当たらないと判断しました。

「本件居室については,今後の使用を前提として,賃貸物件や売却物件としての募集をかけており,仲介業者の担当者も,Cの迷惑行為の存在に関し,成約に至るか否かは購入希望者が気にする度合によるとしている。」

「また,実際にも,隣室であるCの迷惑行為の事実や原告の夫の本件居室内での死亡の事実を告知した上で,原告の購入から約3年が経過した時点で,原告の購入時の代金3100万円から150万円を減額した代金2950万円でDに売却することができている。さらに,本件居室の購入希望者がなかなか現れなかったことや,購入希望者から購入を断られたことについては,本件居室が日当たりの悪い1階に位置することや,原告の夫が本件居室内で自死したことも原因となっていたことが認められる。」

「以上によれば,上記のような迷惑行為を行うCの存在は,隣室である本件居室の居住者において,心理的に一定程度その使用を制限されるものであることは否定できないとしても,一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を著しく妨げられるといえるような,一般人に共通の重大な心理的欠陥があるとまではいえない。したがって,Cの存在により本件居室が売買の目的物として通常保有すべき品質・性能を欠いているとして,民法570条の「瑕疵」があるとはいえない。」

なお、裁判所は、結果的に売却金額が購入時より150万円の減額となったことについては、

「代金の減額事由としては,購入から約3年の経年劣化,本件居室が1階に位置すること,原告の夫が本件居室内で自死したことなど,Cの存在以外の事由も考えられることからすれば,瑕疵と相当因果関係のある損害ともいえない。また,原告の夫の自死がCの迷惑行為と相当因果関係を有することについて認めるに足りる証拠はない(原告の主張においても一因とするにすぎない。)。」

と述べて、やはり隣人の住民の存在による損害には当たらないと判断しています。

本件は、結果的に、この隣人の存在を原因とした売却価格の減額が発生しなかったと考えられることを理由に、瑕疵には当たらないと判断したものと考えられます。

しかし、一般的には、迷惑行為を行う隣人の存在は、買主にとって心理的に重大な欠陥となりうる場合もありますので、このような隣人の存在については、売主において知り得たということであれば売買の際には十分に説明しておくことが無難と言えます。


この記事は2023年10月1日時点の情報に基づいて書かれています。

不動産の売買契約に至るまでの交渉経過において、特に不動産業者間の交渉においては、購入を希望する買主側から、購入を希望する金額や条件を記載した「買付証明書」等の名称の書面が売主側に差し入れられることが一般的です。

このような買付証明書を差し入れただけでは、その時点で不動産の売買契約が成立することはない、ということは不動産取引実務では一般的です。

もっとも、買主から買付証明書が差し入れた後に、これに対して売主側において、買付証明書と同じ条件で売り渡す旨の「売渡承諾書」といった書面を買主側に交付したなどの事情がある場合、不動産の売買契約は成立したとみなされるのでしょうか。

この点が、問題となった事例が、大阪高等裁判所平成2年4月26日判決の事例です。

この裁判例の事案は、不動産の売買契約交渉段階において、買主から買付証明書が提出され、これに対して売主が、買付証明書と同一の条件で売渡す旨の売渡承諾書を交付したという状況において、不動産の売買契約が成立したか否かが争われたというものです。

この事案において、裁判所は、不動産の買付証明書について、以下の通り述べた上で、売買契約の成立を否定しました。

(1)いわゆる買付証明書は、不動産の買主と売主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること

(2)したがって、一般に、不動産を一定の条件で買い受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書に記載の条件で確定的に買い受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと

(3)そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買についての合意が成立して、始めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主か買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと

(4)このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されていること

本件は、法的論点としては目新しいものではありませんが、不動産の買付証明書の法的性質について「単に、当該不動産を将来買い受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと」と位置づけを述べた裁判例として参考になるものです。


この記事は、2023年8月17日時点の情報に基づいて書かれています。

保証契約における極度額の定めの必要性

2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがって、改正民法が施行された2020年4月1日以降の賃貸借契約においては、保証契約が効力を生ずるためには、賃貸借契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければ、保証の効力が生じないということになります。

賃貸借契約が更新される場合の保証契約の継続の有無

当初の賃貸借契約と保証契約は改正民法施行日の2020年4月1日より前に締結され、契約書で保証人の極度額については規定していないという賃貸借契約は今もまだ多く存在すると思われます。

このような賃貸借契約において、

「改正民法施行日の2020年4月1日以降に、賃貸借の更新契約が締結された」

という場合に、保証契約の扱いはどうなるのでしょうか。

賃貸借契約が更新される場合、保証人との間で新たに更新の書面を取り交わすことはなく、賃借人との間で更新合意書等の書面を取り交わすことが一般的です。

このため、賃貸借の更新契約の締結の際に、保証人とも新たに保証契約をしなければ更新後は保証契約は効力を失ってしまうのか、という問題があります。

この点については、最高裁判所平成9年11月13日判決が、

原則として、改めて保証人と契約を締結しなくとも賃貸借契約更新後も保証人の責任は継続する

例外として、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情がある場合や、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合は保証人の責任は継続しない

と判断しています。

したがって、賃貸借契約の更新の際に、別途保証人と更新等の合意をしなくとも原則として保証人の責任も継続するということになります。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約を合意更新した場合の問題

では、話を戻して、2020年4月1日以降に賃貸借契約が更新された場合、更新前の賃貸借契約(保証契約)について、極度額の定めがされていなかったとしても、保証人の責任は継続するのでしょうか。

この問題は、

①賃貸借契約の更新の際に、保証人とも改めて保証契約の取り交わしをする

②賃貸借契約の更新の際に、保証人とは別途書面の取り交わしはしない

の2つの場合に分けて考える必要があります。

まず、①の場合は、改正民法施行後に新たな保証に関する合意があったといえるため、保証契約は改正民法の適用を受けることになります。

したがって、保証契約の更新において、極度額の定めをしなければ、保証は無効となってしまい、保証人の責任は継続しないということになります。

次に②の場合ですが、この場合、更新時に、新たに保証人と契約をしなくとも前述の最高裁判例の解釈に基づけば、当初の保証契約の責任の効力が、更新によっても失われずにそのまま継続するものと解されます。

そして、改正民法施行後に、保証契約に関し新たに合意をするものでもありませんので、改正民法の適用は受けず、極度額を別途定める必要もない、というのが法務省の見解のようです。

以上を踏まえると、改正民法施行後の賃貸借契約の更新において、保証人からも何かしらの書面にサインを貰う場合には、改正民法の規定を意識した対応が必要になることに注意が必要です。

改正民法施行日の2020年4月1日以降に賃貸借契約が法定更新された場合、保証人の責任は継続するか

上記は、賃貸借契約が「合意更新」された場合ですが、では、賃貸借契約が合意更新されず「法定更新」された場合はどうなるでしょうか。

この問題について判断したのが、東京地方裁判所令和3年4月23日判決の事案です。

この事案は、当初の賃貸借契約と連帯保証契約が改正民法施行日前に締結されていましたが、その後、改正民法施行日後の2020年11月13日に賃貸借契約が法定更新されたというものです。

この事案において、裁判所は

本件連帯保証契約は、改正民法の施行日(令和2年4月1日)よりも前に締結されたものであり、その後、本件賃貸借契約の更新に合わせて更新されることもなかったから、改正民法の適用がなく(平成29年法律第44号附則21条1項)、また、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情は認められない」

「連帯保証人において、各更新(平成30年11月4日付けの合意更新及び令和2年11月13日の法定更新)後の本件賃貸借契約から生ずる賃借人に債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたもの(このことは、本件賃貸借契約の19条1項が、連帯保証債務について「本契約が合意更新あるいは法定更新された場合も同様とする。」と定められていることにより裏付けられている。)と解するのが相当である。」

と述べて、改正民法の施行日以後に賃貸借契約が法定更新された場合も、原則として保証人の責任は従前と同様に継続するという判断をしました。

民法改正と、改正後の契約更新に伴う保証契約への改正民法の適用の問題については、法務省による資料で解説がされている問題ではありましたが、この点の判断を示す裁判例が乏しかったため、この問題に対する裁判所の考え方がわかる事例として参考になります。


この記事は2023年7月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの相談】

私は、昭和63年築の4階建ての賃貸ビルのオーナーです。

ビルにはエレベーターがありますが、すでに30年程経過して老朽化が進んでおり、点検業者から運転を差し控えるよう言われたため、最近は運転を止めることが多くなっています。

修理するには2〜300万円、リニューアルする場合には7〜800万円程度を要すると言われており、どうすべきか思案しているところです。

 

そうしたところ、2階部分の賃借人であるフレンチレストランが、エレベーターが使えないことを理由に賃料の支払いを拒絶してきました。

レストランのオーナー曰く、「このレストランには個室とカウンターがあり、個室については、エレベーターと直結していて、個室の利用客は、他の客の用いる店舗入口を経由せずに個室に入ることができる造りになっていて、これがレストランのウリとなっている。このエレベーターが使えないまま放置していることは、賃借物件の重要な設備を使用不能にしていることにほかならず、したがって賃料は支払わない。」とのことでした。

 

確かに、レストランの個室に直結するエレベーターが使えなくなることは申し訳ないと思っていますが、ただ、レストランは2階にあり階段で登ることは容易であって、エレベーターが使えないということの影響は微々たるもののはずですので、賃料全額を支払わない正当な理由があるとは思えません。

 

賃料の不払いは3ヶ月にも及んでいますので、契約の解除をしたいと考えていますが認められるでしょうか。

【説明】

この事案は、東京地方裁判所令和3年6月22日判決の事案をモチーフにしたものです。

この事案について、もう少し細かく時系列で説明しますと、

  • 平成28年3月に、賃貸ビルの2階部分につき、フレンチレストランとして利用するため賃料月額35万円で契約締結
  • エレベーターが平成29年10月頃からしばしば停止して使用できない状態になった
  • 賃借人が平成30年6月分からエレベーターが使用できないことを理由に賃料の支払を拒絶した
  • 賃貸人は、平成30年9月16日に賃料の不払いを理由に契約解除の通知(同時に明渡訴訟も提訴)
  • 賃借人は、令和元年6月に未払賃料のうち275万円を支払い、その後は、月額賃料35万円のうち、毎月30万円を支払っている

という時系列となっています。

この事案で争点となったのは、

1 エレベーターが使用できないことを理由とした賃料の支払拒絶について正当性があるか

2 契約解除通知後に、賃借人が未払い賃料の大半を支払った場合、解除の効力は否定されるのか

という点です。

まず、1の争点について、裁判所は、エレベーターが使用できないことについて、

「改正前民法611条1項又はその類推適用による賃料減額の事由に該当する場合であっても、賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額を請求できるに過ぎないから、そもそも賃料全額の不払いの根拠にはなり得ない。」

と判断しました。

その上で、賃料減額の程度については、

「仮にエレベーターを使用できないことによって賃料減額となる場合でも、レストランは2階に所在し、賃借人やレストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能であることを踏まえると、その減額幅はせいぜい月額5万円と見るのが相当である。」

と判断し、この減額幅を超える賃料の不払いが3ヶ月分を超えた時点で信頼関係破壊による賃貸借契約解除が認められると判断しました。

また、上記2の争点については、賃借人側は

・事後的に未払賃料の大部分が支払われたこと

・賃借人にとってレストランが唯一の収入源であること

を主張して、信頼関係は破壊されていないと争いました。

しかし、裁判所は

「前者は解除後の事情であり、後者は賃料不払を正当化する事情には当たらない」

と一刀両断しており、賃貸人側からの解除を認めています。

さすがに全額の賃料不払いは行き過ぎということで結論としては至極当然と思われますが、本件においては賃借店舗が2階部分だったことから、エレベーターの利用ができないことの賃借人の不利益を賃料35万円のうち5万円程度と評価していますが、賃借部分がさらに上階だった場合には、さらに賃料の減額幅も大きくなるであろうことを示唆する裁判例として参考になります。

なお、この裁判例は、エレベーターが使用できない状態になった場合において、賃貸人としてどこまで対応していればよいかという点について、以下のように述べています。

「賃貸人は賃借人に対しエレベーターの保守・点検・修繕などを行う債務は負っているものの、エレベーターは昭和63年から稼働する古い型式のものであって、古いものであることは契約締結前の内覧・内見等により賃借人側も認識し得たものである」

「賃貸人においては、古い型式であることを前提として保守点検・修繕やその努力を行っていれば賃貸借契約上の賃貸人としての債務は履行しているというべきであり、少なくとも700万円を超えるようなリニューアル工事を実施して常時使用できる状態に復旧しなければならない債務までを当然負うとはいえない。」

傍論ではありますが、この点も同種事案において参考になると思われます。


この記事は、2023年5月6日時点の情報に基づいて書かれています。

【建物の賃借人からの相談】

私は、約30年前から、マンションの1階部分と駐車スペースを借りて、清掃用具の販売・レンタル業の事務所として使用していました。

当初の賃貸借契約書では事務所部分と駐車スペース部分を合わせて、面積が「約35坪」と記載されており、その後、何度か更新を繰り返してきましたが、いずれの更新契約書でも面積は「約35坪」と記載されていました。

 

しかし、最近になって賃借部分の面積を図ってみたところ、実際は35坪もなく、28坪程度しかないということが判明しました。

 

契約書で記載されている面積よりも実際は2割も狭かったということになり、その内容で30年間も借りていたということになります。

したがって、過去に遡って支払った賃料の2割分を賃貸人に返還請求したいのですが、これは可能でしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年3月10日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人側は、賃借スペースが契約書記載の面積よりも実際は2割狭かったことについて、

① 物件の面積が約35坪あるものと誤信して本件賃貸借契約を締結したものであり,少なくとも本件賃貸借契約のうち本件駐車スペースを含めた実際の面積である約28坪を超える部分については要素の錯誤があり,無効である。

② 本件賃貸借契約の締結時に,契約書に「約35坪」と明記し,実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実を隠して本件物件の説明をした点は故意による虚偽説明である。また,賃貸人が、それ以降(各更新時を含む),本件物件の面積が実際には35坪には大きく及ばない坪数しかない事実の説明を怠った点は不作為による説明義務違反である。

と主張して、消滅時効が成立しない限りの期間に遡って、既払い分の2割分の賃料(約1320万円)の返還請求をしました。

上記の賃借人側からの請求に対して、裁判所は賃借人の賃料返還請求を認めませんでした

まず、上記①の錯誤無効との主張に対しては、以下のように述べて、これを否定しました。

・本件賃貸借契約に係る契約書(契約更新に係るものも含む。)上,面積はいずれも「約35坪」と記載され,面積について「坪」あるいは「m2」で特定された表記とはなっていないこと

・賃借人は,本件賃貸借契約を締結する前に実際に本件物件を内覧し,駐車スペースを確保したいので公道に面した入口部分をセットバックして欲しい旨依頼するなどした上,「約35坪」と記載された契約書に特段異議を述べずに署名押印したこと

・賃借人と賃貸人は,本件賃貸借契約を締結するに当たり坪単価について話題にすることはなく,実際に賃料額を決定する際も,契約面積35坪に坪単価を乗じていくらとするといったやりとりはしておらず,賃貸人が当初月額44万円ないしそれ以上の賃料額を提案したことから,賃借人代表者が数字を丸めることを依頼するなどして交渉し,最終的に月額40万円と合意されるに至ったこと

・11回の契約更新を重ね,本件物件を約30年の間使用してきたが,平成29年3月に至るまで、賃借人から賃貸人に対して実際の面積が契約面積に満たないことを指摘したことはなかったこと

・上記各事実に照らすと,賃借人は,本件賃貸借契約の締結に際し,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認した上で,月額40万円の賃料にて本件物件を賃借することを決定したものであり,その際に賃借人が本件物件の実際の坪数や坪単価を問題とすることはなく,その後も30年弱の間,本件物件が35坪に満たないことを問題としたことはなかったのであるから,賃借人において,本件物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない。

・そうすると,本件物件の実際の面積は本件駐車スペースを含めても約28坪であり,契約面積の約35坪には満たないものの,当該事実をもって賃借人に要素の錯誤があったと認めることはできない。

また、上記②の説明義務違反の主張に対しては、以下のように述べて説明義務違反はなかったと判断しました。

・本件物件の実際の面積は契約面積の約35坪より少なくとも約7坪は狭いものと認められるが,本件賃貸借契約締結時に本件物件の契約面積が約35坪とされた経緯は明らかではなく,賃貸人が故意による虚偽告知をしたものとは認めるに足りない。

・次に,賃借人は,本件物件を内覧してその広さや状態等を確認し,本件物件の現況を受け入れた上で,本件賃貸借契約を締結したものであり,契約面積は約35坪とされているものの,賃借人において本件物件の実際の面積が35坪程度あることが賃貸借契約における主要な部分であるということはできないことは前記で説示したとおりである。

・このような本件賃貸借契約における各事情を踏まえると,賃貸人ないし賃貸人において,賃借人に対し,契約面積は約35坪となっているものの,実際の面積はそれよりも狭いという事実を説明すべき信義則上の義務を負うものと直ちにいうことはできないし,少なくとも,上記義務違反により賃借人に不足面積分の賃料相当額の損害が生じたといえる関係にもない。

以上のように、裁判所は、賃貸借契約締結の経緯や賃料の決定方法、その後の更新の経緯を踏まえて、「物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない」と述べて、賃借人側からの返還請求を否定しました。

上記裁判例の理屈を踏まえると、

・契約時に、賃借部分の面積を実測した上で、賃料について床面積に乗じて賃料を定めた

・契約締結後に間もなく、賃借面積が契約面積より狭小であることを賃借人側から指摘して交渉した

など、契約面積が賃貸借契約の主要部分と認められるような事情がある場合は、賃借人側からの既払い賃料の返還請求が認められる可能性もあると考えられます。

【アパートオーナーからの相談】

私の所有しているアパートの賃借人が、窃盗未遂で警察に逮捕されたと警察から私宛に連絡がありました。

困ったことになったと思い、契約書で緊急連絡先に書いてあった賃借人の母親に連絡をして、今後の家賃の支払いはどうするのか、賃借人の代わりに家賃は支払ってくれるのか等を確認しました。

そうしたところ、賃借人の母親は、「自分は家賃も支払えないので、賃貸人に一任するので、賃貸人の方で部屋の中の荷物は処分してもらいたい」と言ってきました。

私は、念のため、母親から「荷物の処分をこちらに一任してもらうために一筆ほしい」と頼み、母親からその旨を書いた手紙をもらいました。

その後、2か月ほど経っても賃借人が釈放されたという連絡もなかったため、私の方で賃借人の居室内の家財道具を全て処分しました。

それからさらに約ひと月経った頃、突然釈放されたという賃借人から連絡があり「部屋の荷物が全部処分されていてどうなっているんだ」ということを言ってきました。

私からは、「あなたの母親から荷物の処分などは一任されているので、全部処分した。ただ、今後の生活用品をそろえるためのお金として10万円は渡す」ということを伝えました。

しかし、賃借人は納得せず、勝手に家財等を処分したことは違法であるとして、慰謝料200万円を求めて訴訟を起こしてきました

賃借人が逮捕されて連絡が取れず、止む無く緊急連絡先とされていた賃借人の母親の了解も取った上で行ったことですが、それでも私に非があるのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所令和2年2月18日判決の事例をモチーフにしたものです。

本件のように、突然所在不明となった賃借人について、賃貸人が裁判の手続を経ずに賃借人の室内の荷物の処分や鍵の交換等を行うことは、法的に「自力救済」と言います。

この、自力救済は,原則として許されないというのが法律の考え方です。

例外的にこの自力救済が許されるのは、以下の通り極めて限定された場合です。

「法律の定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要の限度を超えない範囲内で,例外的に許されるにとどまる。」(最三小判昭和40年12月7日判決)

この点、本事例の特殊要因としては、「緊急連絡先」として契約書に記載されていた賃借人の母親から居室内の荷物の処分について承諾を得ていたことであり、この点が法的にどう評価されるのかという点が問題になりました。

この事例で、裁判所は、結論として、賃貸人が荷物を処分したことは違法であると判断し、賃貸人に対して慰謝料として30万円の支払いを命じています。

裁判所が、違法であると判断した理由は以下になります。

賃借人が母親に対して緊急時の事務処理を委任していた事実や、緊急時には母に連絡してほしいとか,母の指示にしたがってほしい旨を述べた事実はない

・したがって、賃貸人が賃借人の母親から動産の処分が依頼されていたとしても,このことをもって動産の処分について賃借人による承諾があったと認めることはできない。

・したがって、賃貸人が賃借人の承諾を得ないまま本件居室内の動産等を処分したことについて少なくとも過失があったといえるから,賃借人に対して、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れないというべきである。

要するに、仮に賃借人の母親の承諾を得たとしても、賃借人が母親に「荷物処分等の判断についての権限を委任する」というような事情が明確に認められないと、やはり賃貸人による荷物処分等は違法になるということです。

また、慰謝料が30万円とされた理由については、裁判所は以下のように述べています。

・賃貸人が賃借人の家財一式を全て処分したことにより,本件居室内で逮捕・勾留される以前のとおりの生活を直ちに続けることができなくなったものと認められ,従来どおりの生活の再建のためには各種の生活用品を揃えるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから,個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり,家財一式を失ったことによって賃借人に一定の精神的苦痛が生じたものといえる。

・そして,賃貸人により処分された動産の内容や金額を認定することが証拠上困難である点については慰謝料を算定する上でその増額理由としてしん酌することが可能というべきである。

・賃貸人は,本件居室に帰宅した賃借人に対して生活用品を揃えるための10万円を直ちに交付しており,これによって賃借人の生活の再建が早まったといえるし,また,本件居室内の家財一式の処分に際しては,事前に賃借人の実母に対処方針を相談して,同人の承諾を得ていたこと,賃借人が逮捕されてから上記家財一式の処分まで2か月程度の期間をあけていたことがそれぞれ認められる

・これらの各事情を総合すると,賃借人の被った精神的損害を慰謝するに相当な額は,30万円が相当である。

この種の自力救済の事案の慰謝料は、100万円程度の慰謝料が賃貸人側に命じられることも多いのですが、本件では、賃借人の母親の承諾を得ていたという事情が慰謝料の金額の算定において考慮され、慰謝料が減額されたということになります。

なお、賃借人は、荷物そのものの損害として30万円を賃貸人に請求していますが、賃貸人が10万円を支払っていたこと、荷物の価値は10万円を超えることはないと判断して、この請求は否定しています。

賃借人が逮捕されて長期間連絡が取れなくなるなどという事態はアパートオーナーにとって起こり得ることではありますが、その場合の対応は極めて慎重に行うべきということを改めて示した事案として参考になります。


この記事は、2022年11月3日時点の情報に基づいて書かれています。