【質問】

居住用の賃貸物件について、賃貸借契約の特約によって「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」についても、終了時に賃借人が原状に復する義務を負う、と定めた場合、これは有効になりますか?

【説明】

建物の賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を明け渡す際に、賃借人はこれを原状に復して返す義務があります。

この「原状回復義務」については、2020年4月1日から施行された改正民法においても以下のように明確に定められました。

【民法621条】

「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」

この条文の通り、賃借人は、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除いた損傷部分について、これを借りた時の状態に戻す義務を負うということとなります。

では、例えば、本文の設問のように、賃貸借契約の特約によって「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」についても、終了時に賃借人が原状に復する義務を負うと定めた場合、これは有効となるのでしょうか。

まず、民法621条は強行法規(当事者の合意によっても変更が認められない法規)ではありませんので、621条と異なる内容の原状回復に関する合意を賃貸人と賃借人間で行った場合も、原則として有効となります。

しかし、賃貸物件が居住用であり、かつ、借主が個人の場合には、賃貸借契約には消費者契約法が適用されることとなります。

消費者契約法10条は、

「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」

と定めています。

そのため、通常損耗部分についても借主に負担させるとする特約は、「借主の義務を加重し、信義則に反して借主の利益を一方的に害するもの」に該当するとして消費者契約法10条によって無効とされるのではないか、という点が問題となるのです。

この点について判断したのが、大阪高等裁判所平成16年12月17日判決です。

この事例は、通常損耗についての原状回復義務を借主に負担させるとした特約が消費者契約法10条に違反し無効と判断したものです。

この事例では、賃貸借契約の締結時に原状回復に関する文書を借主に交付し、その文書では「原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、賃貸人が原状回復した場合の賃借人の費用負担額の基礎となる費用単価を明示」していました。

しかし、裁判所は、この点について

「自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。」

「本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。

このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。」

と判断して、無効と解釈しました。

以上のように、通常損耗についても借主に負担させる特約を定める場合には、借主が負うべき原状回復の範囲を契約で明確に特定するだけではなく、借主がこれを負担する合理的な根拠(通常損耗を借主が負担することを前提として賃料を設定した等)を貸主から借主に説明し、通常損耗部分の原状回復費用の概算も明示するなどして、情報提供も十分に行うことが必要です。

【参考判例:大阪高等裁判所平成16年12月17日判決】

本件原状回復特約は、自然損耗等についての賃借人の原状回復義務を約し、賃借人がこの義務を履行しないときは賃借人の費用負担で賃貸人が原状回復できるとしているのであるから、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重していることは明らかである。

イ 前記のとおり、本件原状回復特約により自然損耗等についての原状回復費用を賃借人に負担させることは、賃借人の二重の負担の問題が生じ、賃貸人に不当な利得を生じさせる一方、賃借人には不利益であり、信義則にも反する。

そして、本件原状回復特約を含む原状回復を定める条項は、退去時、住宅若しくは付属設備に模様替えその他の変更がある場合、賃貸人の検査の結果、畳、障子、襖、内壁その他の設備を修理・取り替え若しくは清掃の必要があると認めて賃借人に通知した場合には、自然損耗も含み、本件建物を賃貸開始当時の原状に回復しなければならないとされており(第一九条)、賃貸人が一方的に必要があると認めて賃借人に通知した場合には当然に原状回復義務が発生する態様となっているのに対し、賃借人に関与の余地がなく、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

また、居住目的の建物賃貸借契約において、消費者賃借人と事業者賃貸人との間では情報力や交渉力に差があるのが通常であり、本件において、賃貸借契約書(甲一)調印の際に交付された原状回復等に関するご連絡という文書(乙一)の内容は、別紙のとおりであるところ、これによれば、原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、賃貸人が原状回復した場合の賃借人の費用負担額の基礎となる費用単価を明示し、さらに、敷金と原状回復費用とを差引計算して返還するものであるところ、敷金を返還できるケースが少なく、逆に多額となる場合もあることが指摘されているが、本件原状回復契約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意及び賃料に原状回復費用を含まないとの合意に関し、五万五〇〇〇円という賃料額が従前の賃借人の負担した自然損耗等についての原状回復費用を含めたものか否か(控除したか否か)とか、これを含めたもの(控除しないもの)とすると考えられる本件の場合、事後的に退去時に発生する原状回復費用をどのように賃料に含ませない(控除する)こととするのか、原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか、とりわけ、自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。

したがって、賃借人は、敷金額二〇万円、賃料五万五〇〇〇円という各金額を前提に、本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。

このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

したがって、本件原状回復特約は信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するといえる。

控訴人は本件原状回復特約が合理性を有して公平である旨を種々主張するが、自己が自然損耗等についての原状回復費用を出捐しないまま、自然損耗等についての原状回復費用に相当する分の二重負担という態様で賃借人に原状回復義務を負わせ、賃借人の損失の下に実現する合理性、公平性であって、同主張は、信義則に反し、正当なものといえない。

ウ よって、本件原状回復特約、即ち、自然損耗等についての原状回復義務を賃借人が負担するとの合意部分は、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法一〇条に該当し、無効である。


この記事は2020年7月9日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

当社は、7階建ての賃貸ビルを所有しています。

このビルは、各階の天井部分に、上階に位置する貸室の排水管がむき出しで配置されている構造となっています。そのため、賃借人との契約では、特約で「本件建物の天井部分(上階使用の上下水道管の配管)の配管点検,修理を行う場合は,借主は無条件にて協力(室内の立ち入り及び工事の協力等)する」と定めています。

 

今回、2階の排水管の補修を行う必要が生じたため、1階の貸室部分の借主に対して補修工事に協力して欲しいという申し出をしました。補修工事は2日間の予定でした。

しかし、1階の借主(デザイン事務所)の代表者が気難しい人でなかなか応じてもらえず、最終的には、補修工事に協力する条件として以下の条件5つを提示してきました。

①工事を土日に行うこと,②工事に賃貸人の会社の代表者が立ち会うこと,③事故が起きた際には賃貸人が責任を負うことを明らかにした文書を提出すること,④借主代表者が工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,⑤借主の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うこと

 

我々としても、譲歩し、①と③につき了承し,②についても,こちらの代表者が本件工事に立ち会う必要はないため,何かあった場合には連絡を取れるような状態にしておくとの提案をしました。

しかし、④と⑤については,養生を行うので備品類の移動を行う必要はなく、脚立を立てるための足場を確保するために床に置いてある書類等の移動が必要になる程度でしたので、日当の支払いは拒否したところ、やはり借主は補修工事への協力を拒否してきました。

 

あまりにも借主の対応が理不尽なため、信頼関係が破壊されたとして、こちらから賃貸借契約を解除する旨の通知を行いました。

当社の主張は認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成30年4月5日判決の事例をモチーフにしたものです。

貸主側は、借主が排水管の補修工事に条件を付けて協力を拒んだことについて、本件特約(排水管の工事に無条件で協力する旨の特約)と民法上の修繕工事受忍義務に違反したとして、賃貸借契約の解除を主張しました。

この事案で問題となったのは、

① 無条件で修繕工事に協力する旨の特約が定められている場合に、賃借人はこれに従わなければならないのか

② 借主が補修工事への協力を拒んだことが、賃貸借契約解除の理由となるか

の2点でした。

まず①の点について、裁判所は、

「借主が賃借使用している建物内で工事を行うのであり,借主において相応の負担を伴うものである以上,本件特約1において,借主は無条件に排水管の工事に協力する旨が定められているとしても,借主が貸主に対して社会通念上相当な範囲で工事の内容や条件につき協議を求めることが即否定されるべきものとは解されない。」

と述べ、無条件で修繕工事に協力する旨の特約があっても、借主にはその条件について協議を求める権利があることを認めています。

次に②の点については、裁判所は、以下のように述べて、借主の不合理な対応によって信頼関係は破壊されたとして賃貸借契約の解除を認めました。

「借主が最終的に本件工事に求める条件は,

①被告の営業日外である土日に行うこと,

②本件工事に原告代表者が立ち会うこと,

③本件工事によって被告に損害が生じた場合に原告が責任を負う旨を書面で明確にすること,④被告代表者が本件工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,

⑤被告の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うことであると認められる。」

 

「また,これに対する原告の回答は,

①本件工事は土日に行う,

②原告代表者が本件工事に立ち会う必要はないため立会いは行わないが,事故が起きた場合には不動産業者が対応できるようにしておく,

③本件工事の責任を原告が負うことを明確にする内容の和解について検討可能である,

④,⑤日当を支払うことはできない

というものであることが認められる。」

 

「そうすると,②,④及び⑤の点が問題となるところ,②につき,原告代表者が本件工事に立ち会わなければならない理由はないし,④,⑤につき,本件工事においては,机やパソコンといった備品類を移動させる必要はなく,脚立を置く足場を確保するために床に置かれた書類やごみ箱を動かすことで足りるところ,被告代表者は,工事業者がこれらを動かすことは許さず,従業員に指示して行う必要があるためやはり上記日当を要求する旨明言しているが,脚立を置くために必要な範囲で床に置かれた書類等を一時的に動かすことによって,被告に金銭補償を要するほどの損害や負担が生じるとは考え難く,もはや合理的な範囲を超えた要求であると言わざるを得ない。

「したがって,被告は,本件工事への協力を拒み,本件特約1に違反したと評価すべきであり,上記説示した経緯に加え,原告における本件工事の必要性や本件工事によって被告が被る負担の程度に照らせば,原告と被告の間の信頼関係は破壊されたというべきである。」

上記で引用した部分以外でも、本件事例では借主側がかなり理不尽な対応を貸主にとっていたということも解除を認める方向に働いたと考えられますので、本件はかなり独特な事例ではありますが、借主が修繕工事への協力を拒むことが契約解除の原因となったという点では珍しい事例であるため、一つの参考事例として紹介します。


この記事は、2020年6月27日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸人からの質問】

私は、ワンルームマンションを所有していますが、賃借人との賃貸借契約は2018年5月1日に締結しました。その際に連帯保証人にも契約書にサインをしてもらっています。民法改正前でしたので、保証人の責任について極度額の定めは規定していません。

 

契約期間は2年間でしたので、2020年5月1日に賃借人と合意更新の契約をすることになり、賃借人と更新契約書を交わしました。更新の際は、保証人からはサインはもらっていません。

 

ここで一つ気になるのは、2020年4月1日の改正民法施行後は、保証人については、保証の限度額(極度額)を契約で定めなければ保証契約は無効になると聞きました。

更新の際に、保証人とも新たに、極度額を定めた保証契約を結ばなければ、保証は無効となってしまうのでしょうか。

【説明】

2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがって、改正民法においては、賃貸借契約において保証契約が効力を生ずるためには、契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければなりません

では、例えば、本件のように、

・当初の賃貸借契約と保証契約は改正民法前に締結された(極度額については規定していない)

・改正民法施行後に、賃貸借の更新契約が締結された

という場合に、保証契約の扱いはどうなるのでしょうか。

まず、前提として、賃貸借の更新契約の締結の際に、保証人とも新たに保証契約をしなければ更新後は保証契約は効力を失ってしまうのか、という問題があります。

この点については、最高裁判所平成9年11月13日判決が以下のように述べて、原則として、改めて保証人と契約を締結しなくとも賃貸借契約更新後も保証人の責任は継続すると判断しています。

「期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。」

以上を踏まえると、本件の問題は

①賃貸借契約の更新の際に、保証人とも改めて保証契約の取り交わしをする

②賃貸借契約の更新の際に、保証人とは別途書面の取り交わしはしない

の2つの場合に分けて考える必要があります。

まず、①の場合は、改正民法施行後に新たな保証に関する合意があったといえるため、保証契約は改正民法の適用を受けることになります。

したがって、保証契約の更新において、極度額の定めをしなければ、保証は無効となってしまいます。

次に②の場合ですが、この場合、更新時に、新たに保証人と契約をしなくとも前述の最高裁判例の解釈に基づけば、当初の保証契約の責任の効力が、更新によっても失われずにそのまま継続するものと解されます。

そして、改正民法施行後に、保証契約に関し新たに合意をするものでもありませんので、改正民法の適用は受けず、極度額を別途定める必要もない、というのが法務省の見解のようです。

以上を踏まえると、改正民法施行後の賃貸借契約の更新において、保証人からも何かしらの書面にサインを貰う場合には、改正民法の規定を意識した対応が必要になることに注意が必要です。


この記事は2020年6月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

当社が所有しているRC3階建てのビル1棟を法人に賃貸していました。

賃借人から契約解除の申し入れがあり、今年の1月末に退去したと言って建物の鍵の返却をしてきました。

しかし、この時点で原状回復工事が全く行われていなかったので、鍵の返却は拒絶し、その後3ヶ月程度かけて原状回復工事を行い、工事終了した今年の5月20日に鍵の返却を受けました。

 

こちらとしては、原状回復が終わった時点で明渡しがされたものと考え、5月20日までの賃料の支払いを請求したところ、賃借人から

「1月末までに退去して鍵も返そうとしたのだから、賃料の支払いも1月末までだ」

との主張がありました。

どちらの主張が正しいのでしょうか。

【説明】

2020年4月1日に施行された改正民法の621条により、賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務が明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

ただし、この規定をみても分かる通り、

「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。」

と規定されているだけであり、本件で問題となっている

「賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか」

という点については明らかではありません。

そのため、「建物明渡義務と原状回復義務が別個の義務であるか」

が問題となるのです。

また、国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書の書式においても、

(明渡し)

第14条 乙は、本契約が終了する日までに(第10条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに)、本物件を明け渡さなければならない。

2 乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない。

(明渡し時の原状回復)

第15条 乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。

2 甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。

と記載されており、明渡義務の履行と原状回復義務の履行の関係が明確ではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成20年3月10日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題については、以下のように、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断するのが裁判例の傾向です。

① 東京地方裁判所平成20年3月10日判決

 「原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡しがあったものとはいえないというべきである。」

 

② 東京地裁平成22年10月29日判決

 「賃貸借契約においては,原状回復した上で賃貸目的物を返還することが必要であり」「本件においても,賃借人である被告は,原状回復義務が免除されたなど別段の合意や原状回復義務を否定すべき特段の事情が認められない限り,旧賃貸借契約を開始した時点の原状を回復して本件各土地を返還すべき義務があるというべきである。」

 

③ 東京地裁平成23年11月25日判決

 「本件賃貸借契約によれば,原告は,本件各建物を原状に復した上で明け渡すものとされており,また,本件各建物を明け渡す際には,本件事務所の1階~4階について,ハウスクリーニングを実施することとされている(甲2)。そうすると,被告は,本件各建物について,上記原状回復及びハウスクリーニングを実施した上で,本件各建物を明け渡さなければ,本件各建物を明け渡したことにならないものと解するのが相当である。」

「しかるに,上記認定のとおり,Bizexは,平成22年7月30日の時点において,本件事務所のハウスクリーニングが不十分であったり,本件各建物の原状回復工事が少なからぬ箇所で未了の状態であったというのであるから(詳細については,乙9,10),同日,被告に対し,本件各建物を明け渡したということはできないのであって,上記原状回復工事等を完了し,本件各建物の鍵を被告に全て返還した同年8月20日の時点で,本件各建物を明け渡したものと認められる。」

 

なお、仮に契約書で、建物明渡前に原状回復義務の履行が明確に規定されていない場合においても、東京高裁昭和60年7月25日判決が

「賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には、これを目的物返還義務(明渡義務)の不履行と同視」するものである

と判示している通り、新たな賃貸借の妨げとなる重大な原状回復義務の違背があれば、明渡義務を履行したことにはならないと解されると考えられます。

したがって、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

・仮に合意されていなかったとしても、原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか

という点が重要となります。

なお、本件の事例では、もう一つの問題として、賃借人の退去後に行われた工事が、「原状回復工事だけではなく、原状回復工事ではなく経年劣化・通常損耗の部分のリニューアル工事も行われていた」ため、工事期間全てについて賃料支払義務を発生させるべきか、という点が問題となりました。

この点については、裁判所の裁量により、原状回復工事と、リニューアル工事の費用の割合で賃料相当額を按分してそれぞれに負担させるという結論を取っています。

参考:東京地方裁判所平成20年3月10日判決 判旨(原告:賃借人、被告:賃貸人)

「原告は,被告に対し,平成16年4月19日に同年8月末日をもって解除する旨の通知をした上,平成17年1月31日には本件建物からナイジェリア大使館を退去させ,その鍵を被告に引き渡して本件建物を明け渡そうとしたところ,被告が鍵の受取を拒絶したのであるから,原告は平成17年1月31日に本件建物を明け渡したというべきであり,平成17年2月1日以降の賃料等が発生するはずはないと主張している。」

「本件賃貸借契約(乙1号証)によれば,原告は,本件建物のうち原告において修理,改造,模様替えなどをした箇所については原告の負担で原状に回復した上で本件建物を被告に明け渡すとされているが(第11条),そうではない箇所については修理,清掃して原状に回復するとだけあり(第14条),このような一般の原状回復工事と明渡時期との先後関係については,特に明示の約定は存在していないことが認められる。

ただし,上記のような本件賃貸借契約における各条項の先後関係や内容の趣旨を考慮すれば,本件においては,原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡があったものとはいえないというべきである。」

「そうすると,一般的には,原告は,原状回復工事が完了した平成17年5月20日までの間については,明渡義務の履行遅滞にあったと考えることができるはずである。しかし,本件では,甲1号証,乙8,18,43~49号証,原告代表者尋問の結果,E証人の証言,F証人の証言などを総合的に勘案すれば,この間に被告も被告が負担すべき部分の原状回復工事を実施していたことや,実際の作業の便宜のために原告のなすべき工事に先立って被告の工事をしたために原告において手待ちになっていた部分も少なくないことことが認められるから,そのような本件における特殊な事情を考慮するならば,原告,被告の双方によって原状回復工事がなされていた平成17年2月1日から同年5月20日までの期間について,原告の一方的な明渡義務の遅滞として賃料等相当損害金2077万7419円の支払義務を肯認するのは,当事者間の公平に反し相当ではないというべきである。」

「問題は,どのような基準でこれを原告と被告とに配分して負担させるのが相当かということになるが,全体を通して公平に分担させるべき基準は見あたらないので,民訴法248条の趣旨を類推適用して,当事者間の公平にかなう方法によって配分して負担させる他はないと考えられる。しかるに,原告が行った原状回復工事の内容(甲1号証)と被告が行った原状回復工事の内容(乙18号証)とを比較検討しても,それぞれの実施時期の相互関係は明らかではなく,また,原告が提出した工事工程表(甲6号証)によっても被告の原状回復工事との関係は不明であるから,当裁判所は,原告,被告,それぞれが負担すべき原状回復工事に要した費用の額に応じて,この間の賃料等相当損害金2077万7419円を案分するのが相当であると考える。」


この記事は2020年5月30日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃借人について、破産手続開始決定がなされた後、賃借人の破産管財人は、破産法53条により、賃貸借契約の解除をすることができます。

参考 破産法53条

1 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。

ここで問題となるのは、賃貸借契約書で、例えば賃借人側からの一方的都合による解約の場合などに発生する解約予告金(賃料の6ヶ月分等)や違約金が約定されている場合です。

なぜかというと、破産法53条による契約の解除は、基本的には賃借人側からの一方的な都合によってなされるものであるため、実質的に見れば解約予告金や違約金条項に該当すると解釈される余地もあるからです。

そのため、破産法53条により賃借人側より賃貸借契約が解除された場合に、これら違約金条項が適用されるか否かが問題となります。

この点については、破産法53条が、賃借人側(破産管財人)からの解除を認めた趣旨なども踏まえ、違約金条項の適用は認めないとする見解や裁判例も有力ですが、他方で、今回紹介する東京地方裁判所平成20年8月18日判決のように、違約金条項(保証金の没収)の適用を認めた事例もあり、ケースバイケースの判断となる争点です。

東京地方裁判所平成20年8月18日判決の事例は、期間を10年間,賃料月額2100万円、保証金2億円とする定期建物賃貸借契約において、

・保証金について賃借人が自己都合で賃貸借期間内に解約又は退去する場合は,保証金は違約金として全額返還されないものとする

・中途解約について原則として中途解約できず、賃借人のやむを得ない事由により中途解約する場合は,保証金は違約金として全額返還されないものとする

との条項(以下「違約金条項」という。)が規定されていました。

このような契約関係において、賃借人に破産手続開始決定がなされ、賃借人の破産管財人が破産法53条に基づいて契約の解除をしました。

これに対して、賃貸人側は、賃借人からの自己都合による解除だと主張して、違約金条項が適用され保証金は返還しないと主張したため、争いとなった事案です。

この事案において、裁判所は、以下のように述べて、破産法53条による解除についても違約金条項の適用を認めました。

判決において重視されたのは、

・10年間の定期建物賃貸借契約であり、中途解約ができない旨定められていたこと

・保証金は賃料の9ヶ月分に過ぎず、賃貸借契約を10年間継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば,その金額が,違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえないこと

・破産法53条1項に基づく解除は,破産という賃借人(破産会社)側の事情によるものであるから,本件違約金条項にいう「賃借人の自己都合及び原因」,「賃借人のやむを得ない事由」により賃貸借期間中に契約が終了した場合に当たること

という点です。

上記のように、この事案は定期建物賃貸借契約の事案ですので、通常の賃貸借契約の場合にも同様の判断になるかどうかはなお解釈が分かれるものと考えられます。

判旨:東京地方裁判所平成20年8月18日判決(原告:賃借人)

(1) 本件違約金条項の趣旨及び有効性について

ア 本件賃貸借契約は,10年間の定期建物賃貸借契約であり,原則として中途解約ができない旨を定めているから(前記第2の2の前提事実(1)エ),賃貸人及び賃借人は,原則として10年間の契約期間満了まで賃貸借契約を継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを,賃借人は本件建物を使用収益することができることを,それぞれ期待していたと解される。

他方,本件賃貸借契約においては,本件違約金条項のほか,「賃借人の債務不履行,破産申立等を理由に賃貸人が解除する場合」(15条2項)等,賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合には,「保証金は違約金として全額返還しない」旨が定められている(甲1)。

以上からして,本件違約金条項は,賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合に,新たな賃借人に賃貸するまでの損害等を賃借人が預託した保証金によって担保する趣旨で定められたものと解するのが相当である。

イ 賃貸借契約の締結に付随して,このような定めを合意することは原則として当事者の自由であり,破産会社も本件違約金条項の存在を前提として自由な意思に基づき本件賃貸借契約を締結している(弁論の全趣旨)。

そして,保証金2億円は,賃料の約9か月半分に相当するところ(前記第2の2の前提事実(1)ア),前記アのとおり,賃貸人及び賃借人は,本件賃貸借契約を10年間継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば,その金額が,違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえない。

また,前記第2の2の前提事実(1)及び証拠(甲1,乙1)によれば,本件違約金条項を含む保証金を返還しない旨の約定は,賃借人の自己都合及びやむを得ない事由など,賃借人において生じた事情によって所定の期間内に契約を終了せざるを得ない場合について定められており,事由の如何を問わず賃借人に保証金が返還されないことを強いる趣旨とは解されないのであって,賃貸人側の事情による終了の場合の保証金に関する定めがないことをもって,直ちに,本件違約金条項が賃貸人に著しく有利であり,正義公平の理念に反し無効であるとはいえない。

さらに,前記のとおり本件違約金条項が当事者間の自由な意思に基づいて合意され,その内容に不合理な点がない以上,破産管財人においても,これに拘束されることはやむを得ないと解すべきであるから,本件違約金条項が破産法53条1項に基づく破産管財人の解除権を不当に制約し,違法無効であるとはいえない。

したがって,本件違約金条項は有効であり,これに反する原告の主張は理由がない。

(2) 本件違約金条項の適用の可否について

原告の破産法53条1項に基づく解除は,破産という賃借人(破産会社)側の事情によるものであるから,本件違約金条項にいう「賃借人の自己都合及び原因」,「賃借人のやむを得ない事由」により賃貸借期間中に契約が終了した場合に当たる。したがって,本件違約金条項は,破産法53条1項に基づく解除に適用される。これに反する原告の主張は理由がない。


この記事は2020年5月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しています。

賃借人(単身の女性)からクーラーが壊れたとのクレームが有ったので、修理をすることとなりました。

賃借人と相談して修理の日程を決め、賃借人からは「その日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言われていました。

しかし、その修理日の前日になり、修理業者から「修理日を1日早めて今日修理できないか」と連絡が来ました。

賃借人から上記のような返答をもらっていたので、1日早まっても問題ないだろうと思い、特に賃借人に連絡することはなく、部屋に立ち入ってクーラーの修理をしました。

その後、賃借人から「勝手に部屋に入って修理された」「プライバシーの侵害だ」とのクレームがあり、弁護士を通して契約解除と慰謝料請求の通知が来ました。

賃借人が不在の場合であっても、クーラーの修理で部屋に立ち入ること自体は承諾を得ていたので、問題ないと思っていましたが、どうなのでしょうか。

【説明】

この事例は、大阪地方裁判所平成19年3月30日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸人が賃借人に無断で賃貸目的物となっている建物に立ち入った場合には,住居侵入罪も成立しうるものであり、民事上も原則的には不法行為ないし債務不履行に該当することとなります。

これは、修繕目的であっても同様であり、賃貸管理の必要性から緊急・非常事態でない限りは、賃借人に無断での貸室への立ち入りは違法と評価されることとなります。

他方で、本件では、修繕目的で貸室に立ち入る事自体については賃借人から承諾を得ており、ただ、それが1日早まってしまい、日程の変更を賃借人に伝えずに立ち入った、ということが果たして違法と評価されるのかが問題となりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、違法であると評価しています。

まず、日にちが一日早まったことについては、以下のように別途承諾が必要であったと認定しています。

「賃借人は,平成17年8月14日に,賃貸人に対し,本件建物備付けのクーラーの修理を頼む際に,「19日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言ったと認められる。」

「そして,賃借人の上記の発言は,同月19日については,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認められる。しかし,上記の承諾は,「19日」と日付を特定しているほか,「入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」という言葉からも,他の日に入られるのは困るという賃借人の意図を十分に読みとることができるものである。」

「したがって,上記の承諾は,同月19日についてなされたもので,同月18日についても,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認めることはできない。」

上記のように、立ち入りの承諾が認められないと認定した上で、

現代社会においてプライバシー権の重要性が一般に認知されていること,賃借人が女性であること及び賃貸人は携帯電話等によって賃借人に対して連絡をとることが可能な状況にあったこと等に鑑みると,賃貸人が同日,賃借人に連絡をとることなく立ち入ったことは,明らかに賃借人に対する配慮に欠けた行為であり,立入りについて賃借人の承諾を得るべきことを定めた本件賃貸借契約条項に反する債務不履行に当たるとともに,故意とはいえないとしても,過失による権利侵害行為と認められ,不法行為にも該当する。

と述べました。

なお、慰謝料の額については,賃借人は10万円を請求していましたが、判決では、

「賃借人のプライバシー侵害の程度,賃借人が女性であることなど本件の諸事情を斟酌すると,3万円が相当である。」

と判断されています。

本件は、賃借人が女性であったことが、違法と判断した一つの要素となっており、これが仮に単身男性だった場合はどうだったのか、という点で若干疑問はありますが、いずれにしても、賃貸人としては、争いを避けるためには、貸室に立ち入る際の承諾は「確実かつ正確に」得ておく必要があると言えます。


この記事は2020年5月20日時点の情報に基づいて書かれています。

賃貸借契約において、賃貸人は賃借人に対して、その賃料に見合った賃貸対象物件について使用収益させる義務を負っています。

そのため、民法606条により、賃貸人には、その賃貸物件の修繕義務が課せられています。

*民法606条

賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。

したがって、賃借人は、賃借している物件の設備等の故障により、その使用収益に支障が生じている場合には、賃貸人に対して修繕するように要求することができます(ただし、契約書により賃貸人の修繕義務が否定されている場合などの例外もあります。)。

しかし、賃借人から修繕を求めても、賃貸人が修繕に応じてくれず放置された、という場合が生じることもあります(理由は様々ですが、多いのは、建物がとても老朽化していて修理にかける費用が膨大だったり、費用が捻出できない、という場合が多いです。)。

賃貸人が修繕義務を怠っていて、賃借人として使用収益を妨げられるほどの状態となった場合には、賃料の減額請求が認められる場合があります。

これを認めたのが、東京地方裁判所平成9年1月31日判決の事例です。

この裁判例は、賃借人は飲食店の営業目的で賃貸ビルの店舗1室を借りたところ、賃借当初より、水道管からの漏水、冷房用配管の水滴に起因する漏水、地下水槽からの溢水、地下上下水槽の排水ポンプの不良、ビルの管理状況の不備があり、賃借人が再三にわたって補修等の要求をしても、その補修をしなかったため、賃借人自らが修理等の措置を取ってきたもの、たまりかねた賃借人が、賃料を二五パーセント減額すべき旨の請求をしたので、この減額請求が認められるかどうか、という点が裁判で争われることとなりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、賃貸人の修繕義務の不履行を理由として賃料の25%の減額請求を認めました。

「鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件店舗の入口付近の漏水の原因は、①階段室よりの漏水(防水層の破断、壁面のひび割れ)、②一階店舗の給排水による漏水、③建物全体に降雨時に生じている結露水、④地下遊水室の溢水、⑤受水槽の溢水が単独又は複合することにより生じたものである。

(2) 本件店舗内の台所天井の漏水は、二階ルーフバルコニーの通気ダクトからの雨水であると判明した。店舗内の床については、遊水室の溢水及び水位上昇による床面の結露の可能性が高い。店舗内天井からの漏水については、給排水管等からの漏水の可能性が高い。

(3) 一階玄関付近の漏水は、漏水実験により、玄関庇の防水層の破損によることが確認された。なお、この漏水が一階床を経て地下エレベーター前の天井・床に流入した可能性も高く、また、エレベーターホールの結露を促進している可能性も高い。

(4) 地下一階便所の溢水、悪臭の原因は、地下汚水ピット内排水ポンプの故障又は停電により作動しなかったことによる汚水の溢水が考えられる。また、建物の遊水室に排水ポンプの能力以上の水が流入したことによる溢水の可能性もある。

(5) 本件ビルの管理は、建築後一五年以上を経過したビルが必要とする中長期的な視野に立ったメンテナンスを行ったとはいいがたく、管理上の不備が認められる。」

「本件店舗について、原告は、少なくとも昭和六三年五月以降、貸主に求められる管理、修繕の義務を尽くしたものとは認めがたく、これによる本件店舗の使用上の不都合は重大なものがあり、本件店舗は、本件賃貸借契約が想定した通常の賃貸店舗からみて、少なくともその効用の二五パーセントが失われていたものと認めるべきである。」

なお、なぜ25%の減額となったのかについての根拠は特に判断されておらず、単に賃借人から25%の減額請求がされたので、それをそのまま認めたものとなっています。

したがって、修繕義務の不履行により、どの程度の賃料減額認められるかというのはケースバイケースになります。


この記事は、2020年5月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は所有するビルの店舗1室を、ラーメン・中華料理店を営む株式会社に貸していました。

この株式会社の代表者とは、賃貸借契約締結時に会いましたが、家族で経営する同族会社のようでした。

契約してから2年ほど経った後、賃借人の会社の全株式が、東証一部上場の大手飲食チェーンを営む株式会社に譲渡されていることが判明しました。店舗は以前と同じ状態で営業は続けていますが、法人の代表者や店長・従業員は全て変わっています。

契約書では、「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定していますが、賃借人の上記全株式の譲渡について当方は承諾をしていません。

賃借権の無断譲渡、契約違反として、契約解除はできますでしょうか。

 

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成18年5月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣ががらっと変わるということは生じ得ます。

このような場合に、

・法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか

・法人の株主構成等が変わったことが契約解除事由となるか

という点が問題となります。

まず、そもそも「法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか」という点については、

「賃借人である法人の構成員や機関等に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではない。」

ということを理由に、賃借権の譲渡には当たらない、とするのが裁判例の考え方です。

もっとも、例外的に、賃借人の資本構成が変わった後に法人格が形骸化して活動の実態が無くなり他の株式会社と同一視されるような状態に変わった場合には、賃借権の譲渡がされたものと同視されることがあります。

以上のように、賃借人たる法人の株主構成等の変化があったとしても、原則として賃借権の譲渡には該当しません

もっとも、本件では、契約書において「「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定されています。実務上も賃貸借契約においてはこのような条項が設定されることは多いです。

そうだとすると、株式の譲渡等により、企業の同一性が変わったにも拘わらず、賃貸人に承諾を求めなかったことは形式的には契約違反に該当するようにも思われます。

しかし、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わったかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わったかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

そして、この東京地裁の事例では、上記の要素を踏まえ、従前と状況が大きく変わっていないことを理由に賃貸人からの解除は否定されました。

判例の要旨は以下の通りです。

「建物賃貸借関係においては、賃料の支払いの下に建物の使用を認めるものであるから、賃料の支払いの確実性と建物使用の態様が重視されるべき要素となる」

「本件においては、賃料の支払状況に変動はなく、将来の賃料支払の確実性についても、前述のように新たな賃借人の株主が東証一部上場企業であることに照らせば、確実性が高まりこそすれ、低くなることは考え難い。」

「建物使用の態様についても、従前と同一の店名でラーメン・中華料理店を営業しているものと認められ、店長をはじめ従業員の大部分において交代が生じたとしても、もともと営業を目的として法人に店舗の賃貸をしている以上、従業員の交代等は借主の都合により当然に許容されるべきものであり、これをもって建物使用の態様に変更が生じたものと認めることもできず、他に使用形態自体に変更があることを認めるに足りる証拠はない。」

「経営実権に変動が生じた借主が本件建物を賃借することになったとしても、それは、賃借人の法人組織全体がM&Aを受けたことにより、結果的に生じたものにすぎない。」


この記事は、2020年5月9日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされています。すなわち、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

ここで問題となるのは、建物の賃貸借契約において、賃料とは別に契約書で定められることが多い「共益費」名目の費用についても、上記借地借家法の規定の適用により、増額または減額の請求ができるか、という点です。

この問題は、共益費の性質をどのように捉えるかによります。

共益費は、一般的には、共用部分(エレベーターや廊下等)の管理に要する費用として定められるものです。そして、管理の経費として本来であれば実費(実額)で毎月清算すべきところを、事務的な便宜のために毎月定額として契約時に定められるという扱いが実務的には一般的です。

上記のように、共益費は、

① 毎月(または一定期間)実額で清算されるか

② 契約当初に一定額が定められているか

のいずれかとなりますが、実務的に圧倒的に多い②の場合、共益費は、賃料と同視して考えられるべきものと解釈されます。

したがいまして、上記②の場合は、賃料と同じく、借地借家法の適用があり、増減額請求が可能であると解釈されます。

この点について解釈した判例が、東京地方裁判所平成元年11月10日判決の事例です。

この事例は、賃貸人側から、借家法(旧法)に基づいて賃料と共益費の増額請求がなされたという事案です。

この事案は、上記②のように、契約当初に共益費も定額で定められていたというものですが、共益費についても借家法の適用があり、これに基づいて増額請求が可能であると、解釈しました。

裁判所の判断理由は以下の通りです。

「原、被告間の賃貸借契約には、被告は冷暖房費、電気、瓦斯、給排水、清掃費、町会費及び共益費又は管理費の諸費用を分担するものとし、原告の計算する割合の毎月分の金額を賃料と共に支払うものとするとの約定があることが認められる。」

「原、被告間においては契約の当初から共益費及び清掃費につき当事者間の合意により実費精算の方法によらず毎月定額をもって請求及び支払がされて来たことが認められる。」

共益費、清掃費は、本来実費負担の性質を有するものであるが、事務的便宜等のため、契約上一定額をもって支払義務を定めることは世上普通に行われているところであり、本件における右のような定め及び合意につきその効力を否定する理由はない。そして、共益費、清掃費についても、物価、公共料金、人件費その他の要因によりその増減の必要を生ずることは賃料の場合と変りがないから、本件の共益費及び清掃費についてはその増減の請求につき賃料の増減額に関する借家法の規定の準用を認めるのが相当である。」


この記事は2020年4月19日時点の情報に基づいて書かれています。

土地や建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(土地については、借地借家法11条、建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされており、たとえ、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

借地借家法は、賃料の増額または減額の請求ができることの条件として

「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」

と定めています。

ここで、前提問題となるのは、「増減請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たり、基礎とすべき賃料及び考慮すべき経済事情の変動等の期間はどのようなものであるのか」という点です。

例えば、賃料の自動増額特約があるような場合、すなわち、賃貸借契約が締結されてから、3年ごとに賃料が自動で増額する特約が定められているような場合に、賃借人側で地代の減額請求をしたいと考えた場合に、基礎となる賃料及び経済事情の変動期間は

・契約締結時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

それとも

・特約で最後に増額された時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

ということが問題となります。

この点について判断したのが、最高裁判所平成20年2月29日判決です。

この判決は、上記の問題について、以下のように述べ、あくまでも

「直近で合意した賃料と、その合意時点からの経済事情の変動を基礎とすべき」

と判断し、特約によって増額された賃料とその増額時点からの経済事情の変動を基礎とすべきではないと判断しました。

「借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであ」る。

「賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。」

「したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。」

したがって、賃料の増減請求を検討するにあたっては、

「賃貸人と賃借人との間で、最後に賃料の合意がなされたのはいつの時点か」

という事実を把握することが重要となります。


この記事は2020年4月17日時点の情報に基づいて書かれています。