【ビルオーナーからの質問】

当社が所有しているRC3階建てのビル1棟を法人に賃貸していました。

賃借人から契約解除の申し入れがあり、今年の1月末に退去したと言って建物の鍵の返却をしてきました。

しかし、この時点で原状回復工事が全く行われていなかったので、鍵の返却は拒絶し、その後3ヶ月程度かけて原状回復工事を行い、工事終了した今年の5月20日に鍵の返却を受けました。

 

こちらとしては、原状回復が終わった時点で明渡しがされたものと考え、5月20日までの賃料の支払いを請求したところ、賃借人から

「1月末までに退去して鍵も返そうとしたのだから、賃料の支払いも1月末までだ」

との主張がありました。

どちらの主張が正しいのでしょうか。

【説明】

2020年4月1日に施行された改正民法の621条により、賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務が明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

ただし、この規定をみても分かる通り、

「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。」

と規定されているだけであり、本件で問題となっている

「賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか」

という点については明らかではありません。

そのため、「建物明渡義務と原状回復義務が別個の義務であるか」

が問題となるのです。

また、国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書の書式においても、

(明渡し)

第14条 乙は、本契約が終了する日までに(第10条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに)、本物件を明け渡さなければならない。

2 乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない。

(明渡し時の原状回復)

第15条 乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。

2 甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。

と記載されており、明渡義務の履行と原状回復義務の履行の関係が明確ではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成20年3月10日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題については、以下のように、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断するのが裁判例の傾向です。

① 東京地方裁判所平成20年3月10日判決

 「原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡しがあったものとはいえないというべきである。」

 

② 東京地裁平成22年10月29日判決

 「賃貸借契約においては,原状回復した上で賃貸目的物を返還することが必要であり」「本件においても,賃借人である被告は,原状回復義務が免除されたなど別段の合意や原状回復義務を否定すべき特段の事情が認められない限り,旧賃貸借契約を開始した時点の原状を回復して本件各土地を返還すべき義務があるというべきである。」

 

③ 東京地裁平成23年11月25日判決

 「本件賃貸借契約によれば,原告は,本件各建物を原状に復した上で明け渡すものとされており,また,本件各建物を明け渡す際には,本件事務所の1階~4階について,ハウスクリーニングを実施することとされている(甲2)。そうすると,被告は,本件各建物について,上記原状回復及びハウスクリーニングを実施した上で,本件各建物を明け渡さなければ,本件各建物を明け渡したことにならないものと解するのが相当である。」

「しかるに,上記認定のとおり,Bizexは,平成22年7月30日の時点において,本件事務所のハウスクリーニングが不十分であったり,本件各建物の原状回復工事が少なからぬ箇所で未了の状態であったというのであるから(詳細については,乙9,10),同日,被告に対し,本件各建物を明け渡したということはできないのであって,上記原状回復工事等を完了し,本件各建物の鍵を被告に全て返還した同年8月20日の時点で,本件各建物を明け渡したものと認められる。」

 

なお、仮に契約書で、建物明渡前に原状回復義務の履行が明確に規定されていない場合においても、東京高裁昭和60年7月25日判決が

「賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には、これを目的物返還義務(明渡義務)の不履行と同視」するものである

と判示している通り、新たな賃貸借の妨げとなる重大な原状回復義務の違背があれば、明渡義務を履行したことにはならないと解されると考えられます。

したがって、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

・仮に合意されていなかったとしても、原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか

という点が重要となります。

なお、本件の事例では、もう一つの問題として、賃借人の退去後に行われた工事が、「原状回復工事だけではなく、原状回復工事ではなく経年劣化・通常損耗の部分のリニューアル工事も行われていた」ため、工事期間全てについて賃料支払義務を発生させるべきか、という点が問題となりました。

この点については、裁判所の裁量により、原状回復工事と、リニューアル工事の費用の割合で賃料相当額を按分してそれぞれに負担させるという結論を取っています。

参考:東京地方裁判所平成20年3月10日判決 判旨(原告:賃借人、被告:賃貸人)

「原告は,被告に対し,平成16年4月19日に同年8月末日をもって解除する旨の通知をした上,平成17年1月31日には本件建物からナイジェリア大使館を退去させ,その鍵を被告に引き渡して本件建物を明け渡そうとしたところ,被告が鍵の受取を拒絶したのであるから,原告は平成17年1月31日に本件建物を明け渡したというべきであり,平成17年2月1日以降の賃料等が発生するはずはないと主張している。」

「本件賃貸借契約(乙1号証)によれば,原告は,本件建物のうち原告において修理,改造,模様替えなどをした箇所については原告の負担で原状に回復した上で本件建物を被告に明け渡すとされているが(第11条),そうではない箇所については修理,清掃して原状に回復するとだけあり(第14条),このような一般の原状回復工事と明渡時期との先後関係については,特に明示の約定は存在していないことが認められる。

ただし,上記のような本件賃貸借契約における各条項の先後関係や内容の趣旨を考慮すれば,本件においては,原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡があったものとはいえないというべきである。」

「そうすると,一般的には,原告は,原状回復工事が完了した平成17年5月20日までの間については,明渡義務の履行遅滞にあったと考えることができるはずである。しかし,本件では,甲1号証,乙8,18,43~49号証,原告代表者尋問の結果,E証人の証言,F証人の証言などを総合的に勘案すれば,この間に被告も被告が負担すべき部分の原状回復工事を実施していたことや,実際の作業の便宜のために原告のなすべき工事に先立って被告の工事をしたために原告において手待ちになっていた部分も少なくないことことが認められるから,そのような本件における特殊な事情を考慮するならば,原告,被告の双方によって原状回復工事がなされていた平成17年2月1日から同年5月20日までの期間について,原告の一方的な明渡義務の遅滞として賃料等相当損害金2077万7419円の支払義務を肯認するのは,当事者間の公平に反し相当ではないというべきである。」

「問題は,どのような基準でこれを原告と被告とに配分して負担させるのが相当かということになるが,全体を通して公平に分担させるべき基準は見あたらないので,民訴法248条の趣旨を類推適用して,当事者間の公平にかなう方法によって配分して負担させる他はないと考えられる。しかるに,原告が行った原状回復工事の内容(甲1号証)と被告が行った原状回復工事の内容(乙18号証)とを比較検討しても,それぞれの実施時期の相互関係は明らかではなく,また,原告が提出した工事工程表(甲6号証)によっても被告の原状回復工事との関係は不明であるから,当裁判所は,原告,被告,それぞれが負担すべき原状回復工事に要した費用の額に応じて,この間の賃料等相当損害金2077万7419円を案分するのが相当であると考える。」


この記事は2020年5月30日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃借人について、破産手続開始決定がなされた後、賃借人の破産管財人は、破産法53条により、賃貸借契約の解除をすることができます。

参考 破産法53条

1 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。

ここで問題となるのは、賃貸借契約書で、例えば賃借人側からの一方的都合による解約の場合などに発生する解約予告金(賃料の6ヶ月分等)や違約金が約定されている場合です。

なぜかというと、破産法53条による契約の解除は、基本的には賃借人側からの一方的な都合によってなされるものであるため、実質的に見れば解約予告金や違約金条項に該当すると解釈される余地もあるからです。

そのため、破産法53条により賃借人側より賃貸借契約が解除された場合に、これら違約金条項が適用されるか否かが問題となります。

この点については、破産法53条が、賃借人側(破産管財人)からの解除を認めた趣旨なども踏まえ、違約金条項の適用は認めないとする見解や裁判例も有力ですが、他方で、今回紹介する東京地方裁判所平成20年8月18日判決のように、違約金条項(保証金の没収)の適用を認めた事例もあり、ケースバイケースの判断となる争点です。

東京地方裁判所平成20年8月18日判決の事例は、期間を10年間,賃料月額2100万円、保証金2億円とする定期建物賃貸借契約において、

・保証金について賃借人が自己都合で賃貸借期間内に解約又は退去する場合は,保証金は違約金として全額返還されないものとする

・中途解約について原則として中途解約できず、賃借人のやむを得ない事由により中途解約する場合は,保証金は違約金として全額返還されないものとする

との条項(以下「違約金条項」という。)が規定されていました。

このような契約関係において、賃借人に破産手続開始決定がなされ、賃借人の破産管財人が破産法53条に基づいて契約の解除をしました。

これに対して、賃貸人側は、賃借人からの自己都合による解除だと主張して、違約金条項が適用され保証金は返還しないと主張したため、争いとなった事案です。

この事案において、裁判所は、以下のように述べて、破産法53条による解除についても違約金条項の適用を認めました。

判決において重視されたのは、

・10年間の定期建物賃貸借契約であり、中途解約ができない旨定められていたこと

・保証金は賃料の9ヶ月分に過ぎず、賃貸借契約を10年間継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば,その金額が,違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえないこと

・破産法53条1項に基づく解除は,破産という賃借人(破産会社)側の事情によるものであるから,本件違約金条項にいう「賃借人の自己都合及び原因」,「賃借人のやむを得ない事由」により賃貸借期間中に契約が終了した場合に当たること

という点です。

上記のように、この事案は定期建物賃貸借契約の事案ですので、通常の賃貸借契約の場合にも同様の判断になるかどうかはなお解釈が分かれるものと考えられます。

判旨:東京地方裁判所平成20年8月18日判決(原告:賃借人)

(1) 本件違約金条項の趣旨及び有効性について

ア 本件賃貸借契約は,10年間の定期建物賃貸借契約であり,原則として中途解約ができない旨を定めているから(前記第2の2の前提事実(1)エ),賃貸人及び賃借人は,原則として10年間の契約期間満了まで賃貸借契約を継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを,賃借人は本件建物を使用収益することができることを,それぞれ期待していたと解される。

他方,本件賃貸借契約においては,本件違約金条項のほか,「賃借人の債務不履行,破産申立等を理由に賃貸人が解除する場合」(15条2項)等,賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合には,「保証金は違約金として全額返還しない」旨が定められている(甲1)。

以上からして,本件違約金条項は,賃借人側の事情により期間中に契約が終了した場合に,新たな賃借人に賃貸するまでの損害等を賃借人が預託した保証金によって担保する趣旨で定められたものと解するのが相当である。

イ 賃貸借契約の締結に付随して,このような定めを合意することは原則として当事者の自由であり,破産会社も本件違約金条項の存在を前提として自由な意思に基づき本件賃貸借契約を締結している(弁論の全趣旨)。

そして,保証金2億円は,賃料の約9か月半分に相当するところ(前記第2の2の前提事実(1)ア),前記アのとおり,賃貸人及び賃借人は,本件賃貸借契約を10年間継続し,賃貸人は賃料収入を得ることを期待していたことに照らせば,その金額が,違約金(損害賠償額の予約)として過大であるとはいえない。

また,前記第2の2の前提事実(1)及び証拠(甲1,乙1)によれば,本件違約金条項を含む保証金を返還しない旨の約定は,賃借人の自己都合及びやむを得ない事由など,賃借人において生じた事情によって所定の期間内に契約を終了せざるを得ない場合について定められており,事由の如何を問わず賃借人に保証金が返還されないことを強いる趣旨とは解されないのであって,賃貸人側の事情による終了の場合の保証金に関する定めがないことをもって,直ちに,本件違約金条項が賃貸人に著しく有利であり,正義公平の理念に反し無効であるとはいえない。

さらに,前記のとおり本件違約金条項が当事者間の自由な意思に基づいて合意され,その内容に不合理な点がない以上,破産管財人においても,これに拘束されることはやむを得ないと解すべきであるから,本件違約金条項が破産法53条1項に基づく破産管財人の解除権を不当に制約し,違法無効であるとはいえない。

したがって,本件違約金条項は有効であり,これに反する原告の主張は理由がない。

(2) 本件違約金条項の適用の可否について

原告の破産法53条1項に基づく解除は,破産という賃借人(破産会社)側の事情によるものであるから,本件違約金条項にいう「賃借人の自己都合及び原因」,「賃借人のやむを得ない事由」により賃貸借期間中に契約が終了した場合に当たる。したがって,本件違約金条項は,破産法53条1項に基づく解除に適用される。これに反する原告の主張は理由がない。


この記事は2020年5月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【マンションオーナーからの質問】

私は賃貸マンションを所有しています。

賃借人(単身の女性)からクーラーが壊れたとのクレームが有ったので、修理をすることとなりました。

賃借人と相談して修理の日程を決め、賃借人からは「その日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言われていました。

しかし、その修理日の前日になり、修理業者から「修理日を1日早めて今日修理できないか」と連絡が来ました。

賃借人から上記のような返答をもらっていたので、1日早まっても問題ないだろうと思い、特に賃借人に連絡することはなく、部屋に立ち入ってクーラーの修理をしました。

その後、賃借人から「勝手に部屋に入って修理された」「プライバシーの侵害だ」とのクレームがあり、弁護士を通して契約解除と慰謝料請求の通知が来ました。

賃借人が不在の場合であっても、クーラーの修理で部屋に立ち入ること自体は承諾を得ていたので、問題ないと思っていましたが、どうなのでしょうか。

【説明】

この事例は、大阪地方裁判所平成19年3月30日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸人が賃借人に無断で賃貸目的物となっている建物に立ち入った場合には,住居侵入罪も成立しうるものであり、民事上も原則的には不法行為ないし債務不履行に該当することとなります。

これは、修繕目的であっても同様であり、賃貸管理の必要性から緊急・非常事態でない限りは、賃借人に無断での貸室への立ち入りは違法と評価されることとなります。

他方で、本件では、修繕目的で貸室に立ち入る事自体については賃借人から承諾を得ており、ただ、それが1日早まってしまい、日程の変更を賃借人に伝えずに立ち入った、ということが果たして違法と評価されるのかが問題となりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、違法であると評価しています。

まず、日にちが一日早まったことについては、以下のように別途承諾が必要であったと認定しています。

「賃借人は,平成17年8月14日に,賃貸人に対し,本件建物備付けのクーラーの修理を頼む際に,「19日はできるだけ,部屋にいるようにします。仕事の都合上無理だったら仕方がないので,入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」と言ったと認められる。」

「そして,賃借人の上記の発言は,同月19日については,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認められる。しかし,上記の承諾は,「19日」と日付を特定しているほか,「入っていただいても大丈夫なように片付けておきます。」という言葉からも,他の日に入られるのは困るという賃借人の意図を十分に読みとることができるものである。」

「したがって,上記の承諾は,同月19日についてなされたもので,同月18日についても,賃借人の立会いなしでの立入りを承諾したものと認めることはできない。」

上記のように、立ち入りの承諾が認められないと認定した上で、

現代社会においてプライバシー権の重要性が一般に認知されていること,賃借人が女性であること及び賃貸人は携帯電話等によって賃借人に対して連絡をとることが可能な状況にあったこと等に鑑みると,賃貸人が同日,賃借人に連絡をとることなく立ち入ったことは,明らかに賃借人に対する配慮に欠けた行為であり,立入りについて賃借人の承諾を得るべきことを定めた本件賃貸借契約条項に反する債務不履行に当たるとともに,故意とはいえないとしても,過失による権利侵害行為と認められ,不法行為にも該当する。

と述べました。

なお、慰謝料の額については,賃借人は10万円を請求していましたが、判決では、

「賃借人のプライバシー侵害の程度,賃借人が女性であることなど本件の諸事情を斟酌すると,3万円が相当である。」

と判断されています。

本件は、賃借人が女性であったことが、違法と判断した一つの要素となっており、これが仮に単身男性だった場合はどうだったのか、という点で若干疑問はありますが、いずれにしても、賃貸人としては、争いを避けるためには、貸室に立ち入る際の承諾は「確実かつ正確に」得ておく必要があると言えます。


この記事は2020年5月20日時点の情報に基づいて書かれています。

賃貸借契約において、賃貸人は賃借人に対して、その賃料に見合った賃貸対象物件について使用収益させる義務を負っています。

そのため、民法606条により、賃貸人には、その賃貸物件の修繕義務が課せられています。

*民法606条

賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。

したがって、賃借人は、賃借している物件の設備等の故障により、その使用収益に支障が生じている場合には、賃貸人に対して修繕するように要求することができます(ただし、契約書により賃貸人の修繕義務が否定されている場合などの例外もあります。)。

しかし、賃借人から修繕を求めても、賃貸人が修繕に応じてくれず放置された、という場合が生じることもあります(理由は様々ですが、多いのは、建物がとても老朽化していて修理にかける費用が膨大だったり、費用が捻出できない、という場合が多いです。)。

賃貸人が修繕義務を怠っていて、賃借人として使用収益を妨げられるほどの状態となった場合には、賃料の減額請求が認められる場合があります。

これを認めたのが、東京地方裁判所平成9年1月31日判決の事例です。

この裁判例は、賃借人は飲食店の営業目的で賃貸ビルの店舗1室を借りたところ、賃借当初より、水道管からの漏水、冷房用配管の水滴に起因する漏水、地下水槽からの溢水、地下上下水槽の排水ポンプの不良、ビルの管理状況の不備があり、賃借人が再三にわたって補修等の要求をしても、その補修をしなかったため、賃借人自らが修理等の措置を取ってきたもの、たまりかねた賃借人が、賃料を二五パーセント減額すべき旨の請求をしたので、この減額請求が認められるかどうか、という点が裁判で争われることとなりました。

この点について、裁判所は、以下のように述べて、賃貸人の修繕義務の不履行を理由として賃料の25%の減額請求を認めました。

「鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件店舗の入口付近の漏水の原因は、①階段室よりの漏水(防水層の破断、壁面のひび割れ)、②一階店舗の給排水による漏水、③建物全体に降雨時に生じている結露水、④地下遊水室の溢水、⑤受水槽の溢水が単独又は複合することにより生じたものである。

(2) 本件店舗内の台所天井の漏水は、二階ルーフバルコニーの通気ダクトからの雨水であると判明した。店舗内の床については、遊水室の溢水及び水位上昇による床面の結露の可能性が高い。店舗内天井からの漏水については、給排水管等からの漏水の可能性が高い。

(3) 一階玄関付近の漏水は、漏水実験により、玄関庇の防水層の破損によることが確認された。なお、この漏水が一階床を経て地下エレベーター前の天井・床に流入した可能性も高く、また、エレベーターホールの結露を促進している可能性も高い。

(4) 地下一階便所の溢水、悪臭の原因は、地下汚水ピット内排水ポンプの故障又は停電により作動しなかったことによる汚水の溢水が考えられる。また、建物の遊水室に排水ポンプの能力以上の水が流入したことによる溢水の可能性もある。

(5) 本件ビルの管理は、建築後一五年以上を経過したビルが必要とする中長期的な視野に立ったメンテナンスを行ったとはいいがたく、管理上の不備が認められる。」

「本件店舗について、原告は、少なくとも昭和六三年五月以降、貸主に求められる管理、修繕の義務を尽くしたものとは認めがたく、これによる本件店舗の使用上の不都合は重大なものがあり、本件店舗は、本件賃貸借契約が想定した通常の賃貸店舗からみて、少なくともその効用の二五パーセントが失われていたものと認めるべきである。」

なお、なぜ25%の減額となったのかについての根拠は特に判断されておらず、単に賃借人から25%の減額請求がされたので、それをそのまま認めたものとなっています。

したがって、修繕義務の不履行により、どの程度の賃料減額認められるかというのはケースバイケースになります。


この記事は、2020年5月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は所有するビルの店舗1室を、ラーメン・中華料理店を営む株式会社に貸していました。

この株式会社の代表者とは、賃貸借契約締結時に会いましたが、家族で経営する同族会社のようでした。

契約してから2年ほど経った後、賃借人の会社の全株式が、東証一部上場の大手飲食チェーンを営む株式会社に譲渡されていることが判明しました。店舗は以前と同じ状態で営業は続けていますが、法人の代表者や店長・従業員は全て変わっています。

契約書では、「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定していますが、賃借人の上記全株式の譲渡について当方は承諾をしていません。

賃借権の無断譲渡、契約違反として、契約解除はできますでしょうか。

 

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成18年5月15日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣ががらっと変わるということは生じ得ます。

このような場合に、

・法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか

・法人の株主構成等が変わったことが契約解除事由となるか

という点が問題となります。

まず、そもそも「法人の株主構成等が変わることが「賃借権の譲渡」にあたるか」という点については、

「賃借人である法人の構成員や機関等に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではない。」

ということを理由に、賃借権の譲渡には当たらない、とするのが裁判例の考え方です。

もっとも、例外的に、賃借人の資本構成が変わった後に法人格が形骸化して活動の実態が無くなり他の株式会社と同一視されるような状態に変わった場合には、賃借権の譲渡がされたものと同視されることがあります。

以上のように、賃借人たる法人の株主構成等の変化があったとしても、原則として賃借権の譲渡には該当しません

もっとも、本件では、契約書において「「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」と規定されています。実務上も賃貸借契約においてはこのような条項が設定されることは多いです。

そうだとすると、株式の譲渡等により、企業の同一性が変わったにも拘わらず、賃貸人に承諾を求めなかったことは形式的には契約違反に該当するようにも思われます。

しかし、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わったかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わったかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

そして、この東京地裁の事例では、上記の要素を踏まえ、従前と状況が大きく変わっていないことを理由に賃貸人からの解除は否定されました。

判例の要旨は以下の通りです。

「建物賃貸借関係においては、賃料の支払いの下に建物の使用を認めるものであるから、賃料の支払いの確実性と建物使用の態様が重視されるべき要素となる」

「本件においては、賃料の支払状況に変動はなく、将来の賃料支払の確実性についても、前述のように新たな賃借人の株主が東証一部上場企業であることに照らせば、確実性が高まりこそすれ、低くなることは考え難い。」

「建物使用の態様についても、従前と同一の店名でラーメン・中華料理店を営業しているものと認められ、店長をはじめ従業員の大部分において交代が生じたとしても、もともと営業を目的として法人に店舗の賃貸をしている以上、従業員の交代等は借主の都合により当然に許容されるべきものであり、これをもって建物使用の態様に変更が生じたものと認めることもできず、他に使用形態自体に変更があることを認めるに足りる証拠はない。」

「経営実権に変動が生じた借主が本件建物を賃借することになったとしても、それは、賃借人の法人組織全体がM&Aを受けたことにより、結果的に生じたものにすぎない。」


この記事は、2020年5月9日時点の情報に基づいて書かれています。

建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされています。すなわち、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

ここで問題となるのは、建物の賃貸借契約において、賃料とは別に契約書で定められることが多い「共益費」名目の費用についても、上記借地借家法の規定の適用により、増額または減額の請求ができるか、という点です。

この問題は、共益費の性質をどのように捉えるかによります。

共益費は、一般的には、共用部分(エレベーターや廊下等)の管理に要する費用として定められるものです。そして、管理の経費として本来であれば実費(実額)で毎月清算すべきところを、事務的な便宜のために毎月定額として契約時に定められるという扱いが実務的には一般的です。

上記のように、共益費は、

① 毎月(または一定期間)実額で清算されるか

② 契約当初に一定額が定められているか

のいずれかとなりますが、実務的に圧倒的に多い②の場合、共益費は、賃料と同視して考えられるべきものと解釈されます。

したがいまして、上記②の場合は、賃料と同じく、借地借家法の適用があり、増減額請求が可能であると解釈されます。

この点について解釈した判例が、東京地方裁判所平成元年11月10日判決の事例です。

この事例は、賃貸人側から、借家法(旧法)に基づいて賃料と共益費の増額請求がなされたという事案です。

この事案は、上記②のように、契約当初に共益費も定額で定められていたというものですが、共益費についても借家法の適用があり、これに基づいて増額請求が可能であると、解釈しました。

裁判所の判断理由は以下の通りです。

「原、被告間の賃貸借契約には、被告は冷暖房費、電気、瓦斯、給排水、清掃費、町会費及び共益費又は管理費の諸費用を分担するものとし、原告の計算する割合の毎月分の金額を賃料と共に支払うものとするとの約定があることが認められる。」

「原、被告間においては契約の当初から共益費及び清掃費につき当事者間の合意により実費精算の方法によらず毎月定額をもって請求及び支払がされて来たことが認められる。」

共益費、清掃費は、本来実費負担の性質を有するものであるが、事務的便宜等のため、契約上一定額をもって支払義務を定めることは世上普通に行われているところであり、本件における右のような定め及び合意につきその効力を否定する理由はない。そして、共益費、清掃費についても、物価、公共料金、人件費その他の要因によりその増減の必要を生ずることは賃料の場合と変りがないから、本件の共益費及び清掃費についてはその増減の請求につき賃料の増減額に関する借家法の規定の準用を認めるのが相当である。」


この記事は2020年4月19日時点の情報に基づいて書かれています。

土地や建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(土地については、借地借家法11条、建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされており、たとえ、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

借地借家法は、賃料の増額または減額の請求ができることの条件として

「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」

と定めています。

ここで、前提問題となるのは、「増減請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たり、基礎とすべき賃料及び考慮すべき経済事情の変動等の期間はどのようなものであるのか」という点です。

例えば、賃料の自動増額特約があるような場合、すなわち、賃貸借契約が締結されてから、3年ごとに賃料が自動で増額する特約が定められているような場合に、賃借人側で地代の減額請求をしたいと考えた場合に、基礎となる賃料及び経済事情の変動期間は

・契約締結時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

それとも

・特約で最後に増額された時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

ということが問題となります。

この点について判断したのが、最高裁判所平成20年2月29日判決です。

この判決は、上記の問題について、以下のように述べ、あくまでも

「直近で合意した賃料と、その合意時点からの経済事情の変動を基礎とすべき」

と判断し、特約によって増額された賃料とその増額時点からの経済事情の変動を基礎とすべきではないと判断しました。

「借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであ」る。

「賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。」

「したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。」

したがって、賃料の増減請求を検討するにあたっては、

「賃貸人と賃借人との間で、最後に賃料の合意がなされたのはいつの時点か」

という事実を把握することが重要となります。


この記事は2020年4月17日時点の情報に基づいて書かれています。

賃貸人が賃借人に立ち退いてもらうためには、賃貸借契約を合意解約するか、合意解約に至らなかった場合には契約期間満了時に解約申入れ(更新拒絶)をするということになります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

この「正当事由」があるか否かは、

「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」

とされています。

裁判でこの点が争いとなった場合に、この中で特に重要な要素は、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情」と「立退料の支払の申出」であると考えられています。

賃貸人と賃借人それぞれが、その建物の使用を必要とする事情を比較し、賃貸人の方がその必要性が上回れば解約(更新拒絶)を認める方向になりますし、賃借人の方がその必要性が高ければ、解約が認められないか、もしくはその他の事情と「立退料」の金額を総合考慮して解約が認められることになる、というのが裁判例の傾向です。

この判断については、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、土地の再開発による建物の建替えを理由とした立退きに関する一つの参考事例として東京高等裁判所平成2年5月14日判決の事例を紹介します。

この事例は、

・築後約60年の木造2階建て建物

・賃借人は、建物で衣料品の小売店舗を約15年間経営

・物件の場所は、高田馬場駅に近く、明治通りと早稲田通りの交差点に近く、周辺は中高層ビルが多い

という事実関係の下で、賃貸人側が、この賃貸建物を取り壊して中高層ビルを建設するために賃借人に対して更新拒絶の通知を出して、その明渡を求めた、という事案です。

この事例で、裁判所は、結論として、賃料の約700か月分の立退料の支払いと引き換えに、賃借人に対しての明渡請求を認めています

この裁判例の判断の内容は以下に説明するとおりです。

まず、賃貸人・賃借人双方がこの建物を必要とする事情については、裁判所は以下のように述べ、賃借人側の必要性が上回ると述べました。

「(1)賃借人は、長年本件建物で、営為、営業を続け生計を立ててきているところ、他に本店である大久保店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは賃借人の営業とその生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。

(2)本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。

(3)本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。

(4)賃貸人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約一〇〇坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。」

これらの事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての賃借人の必要性は賃貸人のそれを上廻るものであり、正当事由はないといわなければならない。

このように、賃借人側の必要性を重視して正当理由を否定したものの、次に、結論として立退料の提供と引換えに明渡を認めました。

立退料の算定については、以下の要素を総合考慮して、2億8000万円(賃料の700か月分)と認定しています。

・賃貸人依頼の不動産鑑定書によれば、本件建物の借家権価格は昭和六〇年四月現在六三〇〇万円と評価されていること。

・賃借人依頼の不動産鑑定書によれば、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和六二年四月現在二億六〇〇〇万円と評価されていること。

・新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費として1000万円、移転費、仲介手数料として300万円程度と見込まれること。

・賃貸人は、最終的には、立退料として2億5000万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申出ていること。

以上の通り、裁判所は、立退料の判断要素として

・借家権価格

・移転に係る実費(新店舗の入居保証金、営業損、移転費、仲介手数料等)

を考慮して金額を算定しています。

金額が高額となっているのは、バブル時代の時期の裁判例という事情が大きいと考えられますが、立退料の算定方法の概要を示した裁判例として参考になります。


この記事は、2020年4月12日時点の情報に基づいて書かれています。

【デベロッパーからの】

当社は、新宿区内で約8000㎡の土地を有する地主との間で協定を結び、周辺の一体の土地の再開発を行い、地上38階建てのビルを建てるという計画を進めることとなりました。

地主の土地は、ほとんどが借地となっていましたが、借地の買収や等価交換などで順調に用地取得が進みました。

しかし、一区画だけ立退きに苦慮しています。

 

目白通りに面している約65㎡の借地があり、その借地には築30年が経過した鉄骨造四階建の賃貸ビルが建っていました。このビルは、一棟を一人の賃借人が借りていて、そこでオフィス家具販売業を営んでいます。

当社がこのビルを買収し、店子に対して立退交渉しました。

しかし、店子は

「このビルが建った時から30年間借りていて、ずっと営業している。」

「納得がいく立退料がもらえなければ立ち退かない」

等と言って容易には立退きに応じてくれません。

なお、このビルの賃料は月額33万5000円と周辺相場よりは安いです。

 

立退料としてどの程度の金額が必要になるのでしょうか。

【説明】

賃貸人が賃借人の立退きをするためには、契約を合意解約するか、契約期間満了時において解約申入れ及び更新拒絶をして、退去を求めるということとなります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

正当事由があるか否かは、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」とされています。

この判断について、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、周辺土地の再開発を理由とした立退きに関する一つの参考事例として東京地方裁判所平成9年9月29日判決の事例を紹介します。

この裁判例の事例は、冒頭の設例の事例とほぼ同じ事案です。

この事案では、賃借人側も退去自体を大きく争ったわけではなく、もっぱら立退料の金額を中心として争いとなりました。

この事案において、裁判所は以下の通り判示して、賃料の約125か月分の立退料の支払いと引き換えに、立退きを認めました。

1 賃借人は、本件建物において既に約三〇年間にわたり営業をしてきたが、本件建物の老朽化は相当進行しており、外壁モルタルの剥離や建物全体の倒壊というような不測の事態の発生も予想される状況となっていること

2 本件建物の敷地である本件土地の平成九年における更地価額は約六〇〇〇万円であること

3 賃借人の本件建物における年間売上げは約三六〇〇万円であること

4 本件建物の賃料は現在月額三三万五〇〇〇円と低廉であること

5 賃貸人は、本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料として、二九〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の提供を申出ていること

→ その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料としては、四二〇〇万円が相当である。なお、右認定の立退料の額は、原告が提供を申し出た額(二九〇〇万円)を上回るものであるが、原告は本件再開発計画を実現する強い意向を有していること及び弁論の全趣旨に照らせば、右の認定の金額は、原告の提示額と著しい差異を生じない範囲にあり、かつ、原告の意思にも反しないものと認められる。

以上の通り、裁判所はいくつかの理由を示して立退料の金額を算出しましたが、具体的な計算方法などが示されたわけではありません。もっとも、賃料の10年分以上が立退料として命じられている、という点において一つの参考事例となります。


この記事は、2020年4月8日時点の情報に基づいて書かれています。

老朽化して耐震性等に問題が生じている賃貸ビルの場合、ビルの所有者としては、耐震工事等を行って現状を維持するか、賃借人を全て退去させて建て替えるか、という選択を迫られることとなります。

仮に建て替えるという選択をする場合、入居している賃借人との間での合意解約等の交渉が必要となります(なお、建替期間中だけ一時的に移転をしてもらうという交渉もありますが、いずれにしても従前の賃貸借契約の解消等は必要になる場合が多いです。)。

賃借人との間で、退去に向けて合意解約の交渉が首尾よく進めば問題は無いですが、賃借人が解約に応じない場合は、一般的には期間内解約は不可能なため、契約期間満了時において解約申入れ及び更新拒絶をして、退去を求めるということとなります。

もっとも、この解約申入れ及び更新拒絶には「正当事由」が必要である、というのが借地借家法の規定です。

正当事由があるか否かは、「賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及びその現況並びに賃貸人による立退料の支払の申出を考慮して判断すべきものである(借地借家法28条)。」とされています。

この判断について、どのような事情があれば正当事由が認められるか、ということは、ケースバイケースの判断になるため、具体的な裁判の事例を参考にして見通しを立てる必要があります。

そこで、今回は、一つの参考事例として東京地方裁判所平成18年10月12日判決の事例を紹介します。

この事例は、

・築45年以上の鉄筋コンクリート7階建ての賃貸ビル

・老朽化が進んでいたため、建て替えを理由として、賃借人に解約申入れ

・立退料として賃料の12年分(7610万円)の提供を申し出た

・賃借人は、複数のスペースを借りて、飲食店やスキューバーダイビングスクールの店舗として利用していた

という事例です。

裁判所は、結論として、「正当事由は認められない」と判断して、賃貸人側からの明渡しの請求は否定しました。

賃借人側が営業のために使用を継続する必要性が高いこと、賃貸人からの明渡通知の1年前に賃借人が改装工事を行っていたこと、耐震診断の結果の信ぴょう性に疑問があることなどを認定し、立退料の金額について検討するまでもなく、正当事由が否定されました。

賃貸人側にとっては酷な判断結果となっていますが、老朽化ビルについての一つの判断事例として参考となるものです。

この結論を導いた判断の内容は以下になります。

1 賃貸人及び賃借人がそれぞれ建物の使用を必要とする事情について

「賃借人は、スクーバダイビングに関する業務(スクール、ツアーや、これに関係する物品販売等)を行う会社であり、本件各建物を賃借した後、これらを旅行業務のカウンター、ダイビングサロン、レクチャールーム、事務所等に使用していたこと、平成15年1月ころ、賃貸人の承認を受けた上で、本件建物1の改装工事を行い、飲食店の営業を開始したこと、現在は、本件建物1を飲食店として、同2、3及び6をダイビングスクール、サロン及び倉庫として、同4及び5を事務所として使用していることが認められる。また、賃借人の店舗、ダイビングスクール等の移転先の確保が容易であることの立証はない。そうすると、賃借人が本件建物1~3及び6を使用する必要性の程度は高いということができる。」

「これに対し、賃貸人は、本件ビルを取り壊す予定であり、本件建物1~3及び6を使用する必要性がないことは明らかである(本件ビルの建て替えの必要性については、後記(4)で検討する。)。」

2 賃貸借に関する従前の経過について

「賃借人が本件建物1及び2を平成5年に、同3を平成7年に宮川不動産から、同6を平成12年に賃借人から、それぞれ賃借し、その後現在に至るまで営業のために使用していること、平成15年1月ころに本件建物1の改装工事を行い、飲食店の営業を開始したこと、賃貸人が、平成16年8月に賃借人に本件内容証明郵便を送付して、本件建物1~3の明渡しを求めたことは上述のとおりである。

「また、・・・上記改装工事は、工事期間を平成15年1月下旬から2月末までとし、本件建物1の従前の内装を全面的に解体撤去して、軽鉄、木工、左官、防水等の建築工事や、空調、電気、給排水等の設備工事を行うものであり、賃借人は、賃貸人に工事内容を説明し、その承認を受けた上で、施工をしたものであること、〈2〉 賃貸人は、本件内容証明郵便を送付するに当たり、事前に、賃借人を含めた本件ビルの賃借人に対して、本件ビルには老朽化、耐震性等の問題があり、解体撤去する方針であることを説明したり、賃借人の側の要望等を聞いたりすることはなく、唐突に本件内容証明郵便を送付して本件各建物を平成18年10月末までに明け渡すよう求めたこと、〈3〉 その後、賃貸人と賃借人の間で本件各建物の明渡しに関する交渉が進められ、賃貸人が移転先の候補となる物件を賃借人に紹介するなどしたが、賃借人の希望に合致するものはなく、結局、賃貸人と賃借人は本件各建物の明渡しにつき合意に達するに至らなかったことが認められる。」

賃借人においては、賃貸人が改装を承諾したことから、今後も当分の間(少なくとも改装費用を飲食店の営業利益により回収することのできるまでの間)は、本件建物1~3及び6を使用し続けることができると期待していたと考えられるところである

そうすると、本件内容証明郵便の送付から明渡期限まで2年余りの期間があることや、賃貸人が賃借人の移転先の紹介に努めたことを考慮しても、賃貸借に関する従前の経過から正当事由の存在を肯定すべき事情を見いだすことは困難と解される。」

3 建物の利用状況及びその現況について

「本件ビルのうち」、被告である賃借人「以外の部分は、すべての賃借人が賃貸人の明渡請求に応じたので、平成18年11月1日以降使用されることはないと認められる。そして、賃貸人は、このような利用状況や、老朽化して多額の補修費用を要するだけでなく、耐震性にも劣るという本件ビルの現況に照らすと、建て替えの必要があると主張するものである。

ア 賃貸人が主張の根拠とする本件調査結果によれば、「要約」の項には、緊急を要する修繕更新事項として、外装につき住戸部外壁の漏水調査及び修繕、スチールサッシュ更新等、内装につき内部建具の窓ガラスの交換、給排水配管更新に伴う内装工事等、電気設備につき1階外部幹線ボックス補修、7階階段照明器具の補修等、衛生設備につき増圧給水方式への変更、衛生配管の更新等が列挙され、緊急を要する修繕更新費及び今後12年間に必要と思われる修繕更新準備費用は概算で2億5740万円であると記載されている。

しかし、調査の方法は、設計図書の確認、現地での目視調査及び施設管理者(東急コミュニティーの従業員)へのインタビューにとどまり、現地調査の時間も2時間半程度である。また、具体的な調査の結果をみると、例えば、〈1〉 地上構造につき、外観からの目視では躯体の詳細状況は確認することができず、特に問題となるような劣化はみられないが、竣工後45年が経過しているので詳細な診断を実施することを推奨する、〈2〉 外壁につき、ほとんどの住戸に外壁からとみられる漏水がある旨を管理者とのインタビューで確認している、〈3〉 スチールサッシュにつき、変退色、発錆がみられ、一部分には母材の欠損もみられるので、早期に更新が必要である、〈4〉 屋上につき、現状では漏水していない旨を管理者とのインタビューで確認しているが、屋上のシート防水は一部分に劣化がみられるので更新が望まれ、3階屋上のシート防水は全般に膨れがみられ、防水層の破断もあるので早急な更新が必要である、〈5〉 1階玄関ホール、各階エレベーターホール、廊下等につき、天井、壁色モルタル吹き付け、床コンクリート打ち放ちとも特に目立った劣化はみられないが、経年劣化により定期的な修繕が必要となる、〈6〉 電気設備につき、1階外部の幹線配管類等は老朽化が顕著で腐食や破損している部分もみられるので、早急に防錆措置を施されたい、〈7〉 給排水衛生設備につき、高架水槽は老朽化が進行しており、受水槽は地下コンクリート製で現行法基準に合致しておらず、衛生上も好ましくないため、3~5年をめどに更新されたい、また、未更新の配管類は老朽化傾向が顕著であり、1~3年をめどに二次診断を実施し、更新されたい、〈8〉 エレベーターにつき、老朽化が顕著であり、予防保全措置として、1~5年をめどに更新されたいといった記載がある程度であって、屋上や外壁の内部に及ぶひび割れ、剥離等が存在すること、コンクリートや鉄骨、鉄筋に劣化がみられることなど本件ビルに差し迫った危険性が生じていることを示す記載はない。

かえって、・・・、雨漏りや水道水の濁り、天井や壁のひび割れ等は生じておらず、賃借人が本件各建物を飲食店、ダイビングスクール等に使用する上での実際上の支障はないと認めることができる。

したがって、本件調査結果は、老朽化に関する賃貸人の主張を客観的に裏付けるものではないというべきである。

イ また、耐震性についてみると、・・・、〈1〉 建物の耐震性を示す指標には、Is(構造耐震指標)、PML(予想最大損失率)等があること、〈2〉 Isは、建物の構造耐震性能を示す指標であり、Isが0.6以上であれば地震の震動及び衝撃により倒壊又は崩壊する危険性が低いが、0.3未満の場合にはその危険性が高いとされること、〈3〉 PMLは、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際によく用いられる災害損失の指標であり、対象施設に対して50年間に10%を超える確率で予想される最大規模の地震が起き、予想される最大の損失が発生した場合における、被災前の状態に復旧するために必要な補修工事費が当該施設の再調達価格に対して占める割合をいうものであって、地震による危険度は、PMLが0~10%で極めて低い(軽微な構造体の被害)、10~20%で低い(局部的な構造体の被害)、20~30%で中位(中破の可能性が高い)、30~60%で高い(大破の可能性が高い)、60%以上で非常に高い(倒壊の可能性が高い)とされること、〈4〉 昭和56年改正後の建築基準法の下での耐震性基準により設計された建物は、PMLが10~20程度であるのが一般的であるが、それ以前の建物は、20以上であることが多いこと、〈5〉 本件ビルは、昭和32年ころの設計であって、上記改正前の基準によるものであること、〈6〉 本件調査結果は、設計図書に基づき、本件ビルの耐震性能を簡易診断手法を用いて概略的に評価した上で、PMLを算定したものであること、〈7〉 本件調査結果による本件ビルのIsは、1階X方向(東西方向)が0.668(評価はA:耐震性に優れている。)、Y方向(南北方向)が0.355(評価はB:どちらともいえない。)、2階X方向が0.576(評価はB)、Y方向が0.301(評価はC:耐震性に疑問あり。)、3階X方向が0.542(評価はB)、Y方向が0.232(評価はC)であったこと(同86~93頁)、〈8〉 本件調査結果によれば、PMLの算定にはIsのうち最も劣る値(本件ビルの場合は3階Y方向の0.232)が用いられるとされており、これにより算定されたPMLは、90%信頼の値で、56.8%であり、本件ビルが中破以上の被害を受ける確率は80%であったことが認められる。

これによれば、本件ビルの耐震性は、昭和56年改正後の基準により設計された建物より劣るということはできる。しかし、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際に用いられるPMLを借地借家法の下での正当事由の有無の判断に供することが適切であるかどうかはともかく、本件調査結果における上記PMLの算定は、設計図書に基づくものであり、いわば机上の計算にとどまること、PMLの算定に当たり、耐震性に優れているとされる1階X方向のIs等を考慮せず、3階Y方向のIsのみを用いることの合理性について何ら立証されていないことに照らすと、本件調査結果により、本件ビルの耐震性に重大な欠陥があり、これを建て替える必要性があると認めることはできない

ウ したがって、老朽化や耐震性に問題があるので本件ビルを建て替える必要があるとの賃貸人の主張は、これを裏付けるに足りる客観的な証拠に欠けるものであって、直ちに採用することはできないというべきである。」

4 立退料の提供について

「立退料等の金員は、あくまでも、解約申入れ又は更新拒絶に際しての賃貸人の事情と賃借人の事情を比較衡量した結果、建物の明渡しに伴う利害得失を調整するために支払われるものである。すなわち、その比較衡量の結果、正当事由を認めるには必ずしも十分ではないものの、立退料が支払われれば不十分さが補完される場合には、これにより双方の利害得失が調整され、正当事由が具備され得るのに対し、そもそも正当事由を認めるべき事情がなく、又はわずかしか存在しない場合には、立退料による調整は働かず、その支払により正当事由が具備される余地はないと解される。

本件においては、本件建物1~3及び6を使用する必要性は、賃貸人よりも賃借人の側がはるかに高いこと、賃貸借に関する従前の経過に照らしても、正当事由の存在を肯定すべき事情は見いだし難いこと、本件ビルの老朽化や耐震性に関する賃貸人の主張も採用することはできないことは、上述のとおりである。

 そうすると、立退料の額の判断に立ち入るまでもなく、立退料の支払により正当事由が補完されるとの賃貸人の主張は失当というべきである。

5 結論

「以上によれば、賃貸人の解約申入れ及び更新拒絶に正当事由があると認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、本件建物1~3及び6の明渡しを求める賃貸人の請求(本件建物1については主位的請求及び予備的請求)は、いずれも理由がない。」

(建物の概要)

一棟の建物の表示

所在 渋谷区〈住所略〉

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根7階建

床面積 1階 726.64平方メートル

2階 726.64平方メートル

3階 502.01平方メートル

4階 502.01平方メートル

5階 502.01平方メートル

6階 502.01平方メートル

7階 502.01平方メートル


この記事は2020年4月5日時点の情報に基づいて書かれています。