【ビルオーナーからの質問】

私は地下1階、地上8階建の商業ビル1棟を所有しています。

1階の店舗部分を婦人服販売店に貸していましたが、地下1階の店舗スペースが空いたので、新たに飲食店(小料理屋)に貸すことにしました。

しかし、その小料理屋が営業を開始してから、1階の婦人服販売店のオーナーから「地下1階の飲食店から魚の生臭い臭い、煮魚、焼き魚の臭いが発生していて、売上が下がったからなんとかして欲しい」とのクレームがありました。

 

飲食店である以上、匂いの発生を防ぐことは不可能ですし、私が確認した限りでは確かに魚臭かったものの悪臭とまで言えるようなものではなかったため、放置していました。

そうしたところ、借主から「売上が下がったことについて損害賠償する」と言われてしまいました。

大家として責任が認められてしまうのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成15年1月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

様々な業態の店子が入居する賃貸ビルの場合、例えば本件のように飲食店からの匂いというのは、他の店子に影響が及んでしまう可能性があり、特にアパレル業等の店子にとっては好ましくないものとなる可能性があります。

そうなると、ビルの貸主として、店子からの「匂い」の発生について負うべき防止義務というものが問題となります。

この点について、裁判例は、貸主の義務について

・賃貸借契約における賃貸人の義務を考えるに、賃貸人には、あらゆる臭いの発生を防止すべき義務があるというものではない

・賃貸借の目的から見て、目的物をその目的に従って使用収益する上で、社会通念上、受認限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠る場合に、初めて、賃貸人に債務不履行責任が生ずるというべきである。

・具体的には、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受認すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきである。

と述べています。

そして、この事例では、

「本件についてみると、原告の30数名の顧客が、飲食店からの魚の臭いについて、かなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚の臭いが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったことが認められる。

したがって、被告は、賃借人に目的物を使用収益せしめる義務を怠ったものであるから、原告に対して債務不履行責任を負うというべきである。」

と述べて、貸主の責任を認めています。

なお、悪臭の立証については、この裁判例では、臭気の計測まではされておらず、上述の通り、婦人服販売店の顧客の30名の陳述書によって認めている点が興味深いところです。

そして、その損害については、婦人服販売店が主張する実際の売上の減少分についてはそのまま認めることはできないと言いつつも、主張された損害額の約半額程度を損害として認定しています。

賃貸人として、店子の悪臭を放置していることが問題となり得ることを示した事例として、本件事例は意義があると言えます。


この記事は2020年9月24日時点の情報に基づいて書かれています。

【大家からの質問】

当社が所有するオフィスビルの一画を、事務室と倉庫としての使用目的でコンピューター機器販売会社に、契約期間2年間で賃貸しました。

2年間は中途解約できない、という特約を付けることを条件として、賃料を多少相場より減額して契約しました。

しかし、その後半年ほど経った頃、賃借人から「経営が苦しくなったので、退去したい」と言われ、当方から慰留したものの、一方的に退去されてしまいました。

契約期間はまだ1年半残っていますので、この分の賃料は請求したいのですが、可能でしょうか。

【説明】

民法618条は、

「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する。」

と規定しています。

なお、前条(617条)は、「当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」との規定です。

すなわち、契約期間を定めた賃貸借契約であっても、中途解約が契約書で定められていれば、中途解約が可能であるということになります。

逆に言えば、中途解約が契約書で定められていなかった場合は、契約期間中の中途解約は認められない、ということとなります。

土地の賃貸借契約については、この点判断した最高裁判例があります。

最高裁判所昭和48年10月12日判決は、

「賃貸借における期間の定めは、当事者において解約権留保の特約をした場合には、その留保をした当事者の利益のためになされたものということができるが、そうでない場合には、賃貸人、賃借人双方の利益のためになされたものというべきであつて、期間の定めのある賃貸借については、解約権を留保していない当事者が期間内に一方的にした解約申入は無効であつて、賃貸借はそれによつて終了することはない。」

と述べ、契約期間中の解約は、中途解約を認める条項が契約書で規定されていない限りは認められないとしています。

建物の賃貸借契約については、最高裁判所の判断はありませんが、地裁判決で同趣旨の結論を述べる裁判例があります。

東京地方裁判所平成23年5月24日判決は、

「賃貸借契約において,借主に対し賃貸借期間内の解約を禁止する特約が付されている場合,借主は,約定又は法定の解除事由が生じているときを除き,賃貸借期間満了前に一方的に当該賃貸借契約を解除することはできず,貸主がこれに応じた場合に限り,解除できると解するのが相当である。」

と述べ、中途解約を禁止する特約が付されている賃貸借契約については、中途解約は不可と結論づけています。

したがって、本件の設例では、賃借人からの中途解約は認められないということとなります。

また、本件では、契約期間1年半を残して賃借人が退去したのですが、中途解約が認められない以上、仮に建物を占有使用していなかったとしても、残存期間の賃料の支払いはしなければならないということとなります。

もっとも、例えば契約期間満了前に、新たな借主が見つかり賃料等を得たり、当該物件の管理維持に要する費用の支出を免れたりしたようなときには、その分は差し引かれることとなります(前掲の東京地裁判決参照)。


この記事は2020年9月22日時点の情報に基づいて書かれています。

【貸家オーナーからの質問】

私は、親から相続した一戸建ての貸家を所有しています。

人に貸していましたが、私の方で自分で住む家として使用したいと考え、借主に退去を求めたのですが、「子供が大きくなるまではここに住みたい」と言われました。

そこで、10年後を期限に建物を明け渡してもらうという内容で合意解約書を取り交わしました。

なお、賃料は、相場では13万円程度は取れる物件でしたが、10年後に明渡してもらうということも考慮し、据え置きの月5万円のままとすることにしました。

 

まもなく10年が経つのですが、借主は「あのような期限付き合意解約は借地借家法に反して無効だから、こちらは出ていく義務はない」等と言い出しています。

このような、借主の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

まず、賃貸借契約において、貸主と借主の間で、今すぐではなく半年後とか1年後などの将来先の期限を決めてその時点で契約が終了(解約)するという合意(期限付合意解約)は認められるのでしょうか。

このような期限付合意解約の効力については、最高裁判所昭和31年10月9日判決が、

「従来存続している家屋賃貸借について一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限付合意解約をすることは、他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく、従って右期限を設定したからといって、直ちに借家法にいう借家人に不利益な条件を設定したものということはできない」

と述べて、その有効性を認めています。

もっとも、上記最高裁が「これを不当とする事情の認められない限り」と留保をつけている通り、必ず有効とされるわけではありません。

このような期限付解約をすることについての合理的な理由(貸主の自己使用の必要性など)と、借主にとって不当な不利益が生じないこと、という2つの観点を満たしていないと、裁判となった場合に無効と判断されるリスクがあります。

本件は、東京地方裁判所平成5年7月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例は、10年後というかなり先の期限に解約するという合意をしたことについて、「これを不当とする事情」がないかという点が問題となりました。

この点について、裁判所は、

・貸主は、自己使用の必要性から本件賃貸借契約の期間が満了するにあたって契約更新を拒絶したが、借主の事情を考慮して、賃料は従前のまま一か月金五万円に据え置いたまま10年後まで賃貸借を継続することを約したこと

・借主は、右期限の到来により本件建物の明渡しを約したが、本件賃料は、本件賃貸借契約の当初である昭和五一年一二月一七日から右期限付合意解約の期限到来に至るまでの間、改訂されることなく金五万円のまま据え置かれ比較的低廉な賃料のまま据え置かれていたこと

・本件賃貸借の合意解約に至るまで一〇年という期間があったにもかかわらず、この間、被告において明渡しを前提とした配慮等をした事情も何ら窺えないこと

等の事実を認めた上で、これが本件期限付解約合意を不当とする事情に該当すると認めることはできない(したがって有効)、と判断しました。

本件の「10年後を期限」とした合意解約は、かなり期限が先であり、一般的には有効性が認め難いと見られる期間設定ではありますが、家賃がかなり低廉で据え置かれたことや、貸主の自己使用の必要性が強く認められたという事情から、裁判所の有効と判断したと考えられます。

したがいまして、期限付合意解約をする場合において、例えば1年を超えるような先の期限を設定する場合には、そのような期限を設定する合理的理由が必要となることに留意して合意すべきです。


この記事は、2020年7月28日時点の情報に基づいて書かれています。

【店舗の借主からの質問】

当社は、店舗用の物件を一戸借りていましたが、賃貸借契約には

「借主が期間満了前に解約する場合は、解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料・共益費相当額を違約金として支払う。」

という条項が設定されていました。

 

賃貸借契約期間は4年間とされていましたが、借りてからまもなく当社の経営が苦しくなり、10ヶ月程度で退去しなければならないという状況になってしまいました。

 

そのため、違約金条項により貸主からは

「まだ契約期間が3年2ヶ月分残っていた状態での中途解約なので、3年2ヶ月分の賃料相当損害金を払ってもらいたい」

と言われています。

このような特約及び貸主からの要求は正当なものなのでしょうか。

【説明】

まず、借主が賃貸借契約を中途解約する場合に、違約金を支払う旨の条項を設定することは有効です。

実務上よく見られるのは、中途解約の申入れを6ヶ月前までに行うとした上で、「賃借人の賃貸人に対する予告期間が6ヶ月に満たない場合には,賃借人は賃料及び管理費の不足月数相当額を賃貸人に支払うものとする。」と言った条項です。

このような条項については、裁判例でも「暴利行為として公序良俗に違反するなどの特段の事情のない限り,上記特約は有効である」とされています(東京地方裁判所平成22年3月26日判決参照)。

したがって、本件のように、賃貸借契約の残存期間分の賃料相当額を支払うとする条項についても「暴利行為として公序良俗に違反」しないかどうかが問題となります。

本件は、東京地方裁判所平成8年8月22日判決の事例をモチーフにしたものですが、裁判所は

約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはでき」ない。

解約日から「一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。

と述べました。

この裁判例から読み取れることとしては、中途解約の場合の違約金としては、「借主から中途解約の申入れがされてから、貸主が次の賃借人を募集して入居に至るまでに必要と考えられる期間」(概ね6ヶ月~1年程度)が相当であり、これを超えるような違約金を設定する場合には、相応の理由が必要になる、ということです。

相応の理由としては、例えば物件がオーダメイド賃貸など、借主の希望に基づいて物件が建築され、他に転用が難しい場合などが想定されます。

【参照:東京地方裁判所平成8年8月22日判決】

「一 建物賃貸借契約において一年以上二〇年以内の期間を定め、期間途中での賃借人からの解約を禁止し、期間途中での解約又は解除があった場合には、違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし、違約金の金額が高額になると、賃借人からの解約が事実上不可能になり、経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに、賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから、諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。

「二 そこで、第一契約による違約金について判断する。

本件で請求されている違約金は、被告会社が本件建物の六階部分を平成六年二月二六日に解約したことにより、実際に六階部分を明渡した日の翌日である同年三月五日から契約期間である平成九年四月三〇日までの賃料及び共益費相当額である。なお、この計算においては、第一契約の賃料及び共益費は本件建物の四階と六階部分のものであり、四階と六階は床面積が同一であるから、第一契約の賃料及び共益費の半額、すなわち平成六年三月五日から平成七年四月三〇日までは月一五六万三五七五円、平成七年五月一日から平成九年四月三〇日までは月一七三万〇六四二円で算定している。被告会社が本件建物の六階部分を使用したのは約一〇か月であり、違約金として請求されている賃料及び共益費相当額の期間は約三年二か月である。

被告会社が本件建物の六階部分を解約したのは、賃料の支払を継続することが困難であったからであり、第一契約においては、本来一括払いであるべき保証金が三年九か月の期間にわたる分割支払いとなっており、被告会社の経済状態に配慮した異例の内容になっているといえる。原告は、契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが、被告会社が明け渡した本件建物について、次の賃借人を確保するまでに要した期間は、実際には数か月程度であり、一年以上の期間を要したことはない。

以上の事実によると、解約に至った原因が被告会社側にあること、被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても、約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。


この記事は、2020年7月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸オーナーからの質問】

私は一軒家を所有していますが、転勤でしばらく住まないので第三者に貸すことにしました。

貸している間に家が傷むのを避けるため、賃貸契約書には禁止事項として「承諾を得ないで,犬,猫等の小動物の飼育又は一時的持込みをしてはならない」と規定しました

しかし、貸してから一月も経たない内に、借主がフェネックギツネという小型のキツネを飼っていることが判明しました。

すぐに文書で「ペットの飼育は止めて欲しい」と通知しましたが、借主は「家族同然のペットなので物件内で飼育は続けたい」というばかりで、何ら対応しませんでした。

そのため、契約違反として解除通知を出したところ、借主から「小さいキツネであり,近隣に迷惑をかけるおそれはなく,しつけも十分にしており,本件建物の内部を汚損していないから、信頼関係は破壊されていない」などと言って、解除を争わってきています。

私の解除の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

貸主側の意向として、借主のペットの飼育に伴い物件が損傷することを懸念して、

「禁止事項 賃借人は,賃貸人の書面による承諾を得ないで,犬,猫等の小動物の飼育又は一時的持込み(近隣に迷惑を及ぼすおそれのない観賞用の小鳥,魚等を除く。)をしてはならない」

等と契約書に規定し、かかる禁止事項に違反した場合は解除できるとまで定める事例は実務上多く見られます。

このような特約自体は法律上禁止されるものではありませんが、ここで問題となるのは、本件の事例のように、借主がペット飼育禁止に違反し、これを理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的にペット禁止条項違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

この点を踏まえて、貸主からの契約解除を認めたのが、東京地方裁判所平成22年2月24日判決の事例です。

本件は、この裁判例の事例をモチーフにしたものですが、裁判所はペット禁止条項に違反して入居当初から小型のキツネを飼育していた行為と、賃貸人からの中止の申し入れに耳を貸さずに飼育を続けたことを踏まえて、信頼関係も破壊されたとして解除を認めています。

どの程度の事情があれば、ペット飼育禁止違反行為により信頼関係の破壊まで認められるかの判断は容易ではないですが、本件は一つの参考になる事例です。

【参考:東京地方裁判所平成22年2月24日判決】(原告:貸主、被告:借主)

室内で犬猫等の小動物を飼育させるかどうかについては賃貸人,賃借人双方にとって重要な利害があることは常識の範囲に属するものであるところ,建物賃貸借契約書(甲1)にも小動物の飼育が禁止されていることが明記されていることが明らかであること,被告自身もその嘆願書(甲8)において,契約時に口頭及び契約書でペット飼育が禁止されている旨告知されていたことを認め,契約違反であるのは確実であり,犬猫ではなく散歩の必要もないので大きな問題になることはないと考えてフェネックギツネの飼育を続けたことを自認していたこと,原告の本件飼育行為停止の要望を聞き入れずにフェネックギツネは家族同然であるとしてその後も本件飼育行為を継続したことが明らかであることなどを,信頼関係が破壊されていたことを窺わせる事情として指摘できる。」

「本件建物の賃借人募集パンフレットには被告主張どおり動物飼育禁止の条件は記載されていないことが認められる。しかしながら,被告が主張し,述べるところによっても,契約時に動物飼育禁止を伝えられ,本件賃貸借契約の締結を見送る機会もあったものの,既に相当額を仲介業者に支払済みであったので,特約を認識しつつも契約書にそのまま署名捺印したというのであるから,被告が本件飼育行為に及んだことを,原告や仲介業者に責任転嫁して,これを正当化することはできない。」

「被告は,フェネックギツネの特徴や飼育状況等を縷々主張し,これに沿う証拠(乙2,乙3の1から3まで)を提出するが,本件における問題は,どのような動物であれば室内で飼育しても差し支えないかという点ではなく,動物飼育禁止特約の下で動物を室内で飼育することそのものの可否の点にある。被告が長年連れ添ってきたフェネックギツネに愛着を有すること自体は理解できるけれども,一連の被告の行動を全体としてみると,原告の指摘に耳を貸さずに,自己の都合のみを優先させることに終始してきたとみるほかはない(なお,本訴係属後も,被告の基本的姿勢には結局変化がみられなかった。)。」

「諸点を総合考慮すると,本件においては,原告が本件賃貸借契約の停止期限付解除の意思表示をした時点で,本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されているというべきであるから,原告の解除の意思表示は有効である。」


この記事は2020年7月19日時点の情報に基づいて書かれています。

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣が大きく変わる場合があります。

借主の経営陣や株主構成が大きく変わってしまった場合、賃借物件の使用態様や法人としての信用力等が大きく変わってしまう可能性もあります。そのため、実務上は、賃貸借契約書において

「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」

という条項が設定されることは多いです。

では、もし上記のような契約条項が設定されていた場合で借主たる法人が、賃貸人の承諾なくしてその経営陣や株主構成を大きく変更させた場合に、賃貸人側から「賃借権の無断譲渡だ」と主張して契約の解除を求めることはできるのでしょうか。

この点、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わるかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わるかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

上記観点も踏まえた上で、役員・株主構成の変更について承諾を得ずに行ったことで、契約の解除が認められた事例が東京地方裁判所平成5年1月26日判決の事例です。

この事例は、

「賃借人は、資本又は役員構成に重大な変更を生じたときは、原告に対し遅滞なく必要書類を提出し、その書面による承認を得なければならない。

賃借人は、本件店舗に関する賃借権、営業権等の権利の全部又は一部を譲渡(被告の業種・資本・役員構成等の重大な変更により被告が右契約締結当時と実質的な企業の同一性を欠くに至つたとき、又は営業全部の賃貸、その経営の委任、他人と営業上の損益全部を共通にする契約、その他これらに準ずる行為をなした場合は、これを譲渡とみなす。)することができない。」

という条項が契約で設定されていたところ、借主が、賃貸借契約中に株式の過半数以上を他社に譲渡し、役員はほぼ全面的に交代されたという事案です。

この事案では、裁判所は資本構成と役員構成の変更について契約に違反し、なおかつ、信頼関係を破壊しない特段の事情も存在しない、と認定して貸主側からの契約解除の主張を認めました。

借主の資本構成・役員構成の変更が、信頼関係を破壊するか否かという判断は個別具体的な判断となるため、一つの参考となる事例です。

【判旨:東京地方裁判所平成5年1月26日判決】

1 《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告の元代表取締役であり被告の実質的なオーナー経営者であつた訴外後藤は平成二年当時満六三歳、その妻和子は満六二歳で、昭和六〇年ころから和子が腰痛のため営業に従事できなかつたところから、訴外後藤一人で被告の営む居酒屋「七福」を切り盛りしていく自信を喪失し、親族等には適当な跡継を見出せず、また、店内の内装が老朽化しその改装費六五〇〇万円余りを捻出するあてもなかつたため、その去就につき知人に相談していたところ、不動産管理等を業とする河野孝子が株を持たせてくれればその費用は出捐するとの意向を有しているとのことであつたところから交渉を重ねた結果、とりあえず発行済み株式の五五パーセントを代金五五〇〇万円で譲渡することとし、同年一〇月末に三〇〇〇万円を同年一一月に二五〇〇万円をそれぞれ受領した。なお、右譲渡に際して被告の発行済み株式数を同月六日付で二万株に増資している。

(二) 訴外後藤としては、右のような事情から、被告の全株式を譲渡してもよいと考えていたが、河野が居酒屋を経営した経験がないことなどを考慮してとりあえず譲渡する株式割合を右のとおりとしたもので、七福の営業は大山勝弘が実質的に取り仕切るようになり、訴外後藤においても同店従業員に対し以後大山に従つて仕事をするよう発言して引継をなしほとんど七福に出社しなくなつた。

(三) 右七福での営業形態の変更を知つた原告では事実関係の調査を始め、平成二年一一月一六日付で役員の全面的な交代が行われていることや株主の変更、訴外後藤とその親族の持株割合が株主名簿上も過半数を下回つていることを認識するに至り、従前の被告と同日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断に至つた。

(四) そこで、原告では同年一二月二一日、訴外後藤に面接し、被告において行われた役員の変更等が承認事項であることを説明して必要書類の提示を求め同月下旬にその提出を受けたが、その際訴外後藤は河野につき遠縁にあたるとの説明をなしていた。しかしながら、原告による調査の結果両名の間に縁戚関係のないことが判明し、訴外後藤の提出した書類の内容等を踏まえ役員等の変更を認めないこととした。

2 右事実及び争いのない事実等によれば、訴外後藤による本件株式譲渡の動機が同人の年齢や体力的な事情等によるものであることは被告主張のとおりであることは認められるが、被告は従前訴外後藤及びその家族を中心とした同族会社であり、このような会社にあつては株式会社として法人格は同一であつてもその株主や役員の構成によつてその会社経営の方針・内容が変動することは容易に予測しうるところ、従前の被告と平成二年一一月一六日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断にいたつたこと、本件賃貸借契約は最低基準賃料の定めがあるとはいえ歩合性賃料を採用しており、居酒屋という職種及びその営業形態をも考慮すると、経営者の変動によつて営業収入の変動が生ずると予測しうること、不動産業をしていた河野が株式譲受人として関与していながら契約上の義務である承認を求める手続きを直ちにとらず、しかも調査に際し虚偽事実が述べられていたことなどの右認定の諸事情を総合勘案すると、原告が承認義務等の約定に定める承認をしなかつたことが不相当であるとは認められず、また、被告において行つた組織変更につき信頼関係を破壊しない特段の事情の存在を認めることはできないものといわざるをえない。


この記事は2020年7月14日時点の情報に基づいて書かれています。

【質問】

居住用の賃貸物件について、賃貸借契約の特約によって「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」についても、終了時に賃借人が原状に復する義務を負う、と定めた場合、これは有効になりますか?

【説明】

建物の賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を明け渡す際に、賃借人はこれを原状に復して返す義務があります。

この「原状回復義務」については、2020年4月1日から施行された改正民法においても以下のように明確に定められました。

【民法621条】

「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」

この条文の通り、賃借人は、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除いた損傷部分について、これを借りた時の状態に戻す義務を負うということとなります。

では、例えば、本文の設問のように、賃貸借契約の特約によって「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」についても、終了時に賃借人が原状に復する義務を負うと定めた場合、これは有効となるのでしょうか。

まず、民法621条は強行法規(当事者の合意によっても変更が認められない法規)ではありませんので、621条と異なる内容の原状回復に関する合意を賃貸人と賃借人間で行った場合も、原則として有効となります。

しかし、賃貸物件が居住用であり、かつ、借主が個人の場合には、賃貸借契約には消費者契約法が適用されることとなります。

消費者契約法10条は、

「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」

と定めています。

そのため、通常損耗部分についても借主に負担させるとする特約は、「借主の義務を加重し、信義則に反して借主の利益を一方的に害するもの」に該当するとして消費者契約法10条によって無効とされるのではないか、という点が問題となるのです。

この点について判断したのが、大阪高等裁判所平成16年12月17日判決です。

この事例は、通常損耗についての原状回復義務を借主に負担させるとした特約が消費者契約法10条に違反し無効と判断したものです。

この事例では、賃貸借契約の締結時に原状回復に関する文書を借主に交付し、その文書では「原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、賃貸人が原状回復した場合の賃借人の費用負担額の基礎となる費用単価を明示」していました。

しかし、裁判所は、この点について

「自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。」

「本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。

このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。」

と判断して、無効と解釈しました。

以上のように、通常損耗についても借主に負担させる特約を定める場合には、借主が負うべき原状回復の範囲を契約で明確に特定するだけではなく、借主がこれを負担する合理的な根拠(通常損耗を借主が負担することを前提として賃料を設定した等)を貸主から借主に説明し、通常損耗部分の原状回復費用の概算も明示するなどして、情報提供も十分に行うことが必要です。

【参考判例:大阪高等裁判所平成16年12月17日判決】

本件原状回復特約は、自然損耗等についての賃借人の原状回復義務を約し、賃借人がこの義務を履行しないときは賃借人の費用負担で賃貸人が原状回復できるとしているのであるから、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重していることは明らかである。

イ 前記のとおり、本件原状回復特約により自然損耗等についての原状回復費用を賃借人に負担させることは、賃借人の二重の負担の問題が生じ、賃貸人に不当な利得を生じさせる一方、賃借人には不利益であり、信義則にも反する。

そして、本件原状回復特約を含む原状回復を定める条項は、退去時、住宅若しくは付属設備に模様替えその他の変更がある場合、賃貸人の検査の結果、畳、障子、襖、内壁その他の設備を修理・取り替え若しくは清掃の必要があると認めて賃借人に通知した場合には、自然損耗も含み、本件建物を賃貸開始当時の原状に回復しなければならないとされており(第一九条)、賃貸人が一方的に必要があると認めて賃借人に通知した場合には当然に原状回復義務が発生する態様となっているのに対し、賃借人に関与の余地がなく、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

また、居住目的の建物賃貸借契約において、消費者賃借人と事業者賃貸人との間では情報力や交渉力に差があるのが通常であり、本件において、賃貸借契約書(甲一)調印の際に交付された原状回復等に関するご連絡という文書(乙一)の内容は、別紙のとおりであるところ、これによれば、原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、賃貸人が原状回復した場合の賃借人の費用負担額の基礎となる費用単価を明示し、さらに、敷金と原状回復費用とを差引計算して返還するものであるところ、敷金を返還できるケースが少なく、逆に多額となる場合もあることが指摘されているが、本件原状回復契約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意及び賃料に原状回復費用を含まないとの合意に関し、五万五〇〇〇円という賃料額が従前の賃借人の負担した自然損耗等についての原状回復費用を含めたものか否か(控除したか否か)とか、これを含めたもの(控除しないもの)とすると考えられる本件の場合、事後的に退去時に発生する原状回復費用をどのように賃料に含ませない(控除する)こととするのか、原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか、とりわけ、自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。

したがって、賃借人は、敷金額二〇万円、賃料五万五〇〇〇円という各金額を前提に、本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。

このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

したがって、本件原状回復特約は信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するといえる。

控訴人は本件原状回復特約が合理性を有して公平である旨を種々主張するが、自己が自然損耗等についての原状回復費用を出捐しないまま、自然損耗等についての原状回復費用に相当する分の二重負担という態様で賃借人に原状回復義務を負わせ、賃借人の損失の下に実現する合理性、公平性であって、同主張は、信義則に反し、正当なものといえない。

ウ よって、本件原状回復特約、即ち、自然損耗等についての原状回復義務を賃借人が負担するとの合意部分は、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法一〇条に該当し、無効である。


この記事は2020年7月9日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

当社は、7階建ての賃貸ビルを所有しています。

このビルは、各階の天井部分に、上階に位置する貸室の排水管がむき出しで配置されている構造となっています。そのため、賃借人との契約では、特約で「本件建物の天井部分(上階使用の上下水道管の配管)の配管点検,修理を行う場合は,借主は無条件にて協力(室内の立ち入り及び工事の協力等)する」と定めています。

 

今回、2階の排水管の補修を行う必要が生じたため、1階の貸室部分の借主に対して補修工事に協力して欲しいという申し出をしました。補修工事は2日間の予定でした。

しかし、1階の借主(デザイン事務所)の代表者が気難しい人でなかなか応じてもらえず、最終的には、補修工事に協力する条件として以下の条件5つを提示してきました。

①工事を土日に行うこと,②工事に賃貸人の会社の代表者が立ち会うこと,③事故が起きた際には賃貸人が責任を負うことを明らかにした文書を提出すること,④借主代表者が工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,⑤借主の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うこと

 

我々としても、譲歩し、①と③につき了承し,②についても,こちらの代表者が本件工事に立ち会う必要はないため,何かあった場合には連絡を取れるような状態にしておくとの提案をしました。

しかし、④と⑤については,養生を行うので備品類の移動を行う必要はなく、脚立を立てるための足場を確保するために床に置いてある書類等の移動が必要になる程度でしたので、日当の支払いは拒否したところ、やはり借主は補修工事への協力を拒否してきました。

 

あまりにも借主の対応が理不尽なため、信頼関係が破壊されたとして、こちらから賃貸借契約を解除する旨の通知を行いました。

当社の主張は認められるでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成30年4月5日判決の事例をモチーフにしたものです。

貸主側は、借主が排水管の補修工事に条件を付けて協力を拒んだことについて、本件特約(排水管の工事に無条件で協力する旨の特約)と民法上の修繕工事受忍義務に違反したとして、賃貸借契約の解除を主張しました。

この事案で問題となったのは、

① 無条件で修繕工事に協力する旨の特約が定められている場合に、賃借人はこれに従わなければならないのか

② 借主が補修工事への協力を拒んだことが、賃貸借契約解除の理由となるか

の2点でした。

まず①の点について、裁判所は、

「借主が賃借使用している建物内で工事を行うのであり,借主において相応の負担を伴うものである以上,本件特約1において,借主は無条件に排水管の工事に協力する旨が定められているとしても,借主が貸主に対して社会通念上相当な範囲で工事の内容や条件につき協議を求めることが即否定されるべきものとは解されない。」

と述べ、無条件で修繕工事に協力する旨の特約があっても、借主にはその条件について協議を求める権利があることを認めています。

次に②の点については、裁判所は、以下のように述べて、借主の不合理な対応によって信頼関係は破壊されたとして賃貸借契約の解除を認めました。

「借主が最終的に本件工事に求める条件は,

①被告の営業日外である土日に行うこと,

②本件工事に原告代表者が立ち会うこと,

③本件工事によって被告に損害が生じた場合に原告が責任を負う旨を書面で明確にすること,④被告代表者が本件工事に立ち会うことの日当として3万円(1日1万5000円×2日)を支払うこと,

⑤被告の従業員が机やパソコンといった備品類や床に置いてある書類等を移動させることの日当として20万円(1日10万円×2日)を支払うことであると認められる。」

 

「また,これに対する原告の回答は,

①本件工事は土日に行う,

②原告代表者が本件工事に立ち会う必要はないため立会いは行わないが,事故が起きた場合には不動産業者が対応できるようにしておく,

③本件工事の責任を原告が負うことを明確にする内容の和解について検討可能である,

④,⑤日当を支払うことはできない

というものであることが認められる。」

 

「そうすると,②,④及び⑤の点が問題となるところ,②につき,原告代表者が本件工事に立ち会わなければならない理由はないし,④,⑤につき,本件工事においては,机やパソコンといった備品類を移動させる必要はなく,脚立を置く足場を確保するために床に置かれた書類やごみ箱を動かすことで足りるところ,被告代表者は,工事業者がこれらを動かすことは許さず,従業員に指示して行う必要があるためやはり上記日当を要求する旨明言しているが,脚立を置くために必要な範囲で床に置かれた書類等を一時的に動かすことによって,被告に金銭補償を要するほどの損害や負担が生じるとは考え難く,もはや合理的な範囲を超えた要求であると言わざるを得ない。

「したがって,被告は,本件工事への協力を拒み,本件特約1に違反したと評価すべきであり,上記説示した経緯に加え,原告における本件工事の必要性や本件工事によって被告が被る負担の程度に照らせば,原告と被告の間の信頼関係は破壊されたというべきである。」

上記で引用した部分以外でも、本件事例では借主側がかなり理不尽な対応を貸主にとっていたということも解除を認める方向に働いたと考えられますので、本件はかなり独特な事例ではありますが、借主が修繕工事への協力を拒むことが契約解除の原因となったという点では珍しい事例であるため、一つの参考事例として紹介します。


この記事は、2020年6月27日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸人からの質問】

私は、ワンルームマンションを所有していますが、賃借人との賃貸借契約は2018年5月1日に締結しました。その際に連帯保証人にも契約書にサインをしてもらっています。民法改正前でしたので、保証人の責任について極度額の定めは規定していません。

 

契約期間は2年間でしたので、2020年5月1日に賃借人と合意更新の契約をすることになり、賃借人と更新契約書を交わしました。更新の際は、保証人からはサインはもらっていません。

 

ここで一つ気になるのは、2020年4月1日の改正民法施行後は、保証人については、保証の限度額(極度額)を契約で定めなければ保証契約は無効になると聞きました。

更新の際に、保証人とも新たに、極度額を定めた保証契約を結ばなければ、保証は無効となってしまうのでしょうか。

【説明】

2020年4月1日に施行された改正民法の465条の2第2項により、保証人が負うべき限度額(極度額)を定めなければ、保証契約は効力を生じないと規定されました。

*改正民法465条の2第2項

2.個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

したがって、改正民法においては、賃貸借契約において保証契約が効力を生ずるためには、契約書において保証人の負うべき極度額を「●円」とか「月額賃料の●ヶ月分」といった形で規定をしなければなりません

では、例えば、本件のように、

・当初の賃貸借契約と保証契約は改正民法前に締結された(極度額については規定していない)

・改正民法施行後に、賃貸借の更新契約が締結された

という場合に、保証契約の扱いはどうなるのでしょうか。

まず、前提として、賃貸借の更新契約の締結の際に、保証人とも新たに保証契約をしなければ更新後は保証契約は効力を失ってしまうのか、という問題があります。

この点については、最高裁判所平成9年11月13日判決が以下のように述べて、原則として、改めて保証人と契約を締結しなくとも賃貸借契約更新後も保証人の責任は継続すると判断しています。

「期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。」

以上を踏まえると、本件の問題は

①賃貸借契約の更新の際に、保証人とも改めて保証契約の取り交わしをする

②賃貸借契約の更新の際に、保証人とは別途書面の取り交わしはしない

の2つの場合に分けて考える必要があります。

まず、①の場合は、改正民法施行後に新たな保証に関する合意があったといえるため、保証契約は改正民法の適用を受けることになります。

したがって、保証契約の更新において、極度額の定めをしなければ、保証は無効となってしまいます。

次に②の場合ですが、この場合、更新時に、新たに保証人と契約をしなくとも前述の最高裁判例の解釈に基づけば、当初の保証契約の責任の効力が、更新によっても失われずにそのまま継続するものと解されます。

そして、改正民法施行後に、保証契約に関し新たに合意をするものでもありませんので、改正民法の適用は受けず、極度額を別途定める必要もない、というのが法務省の見解のようです。

以上を踏まえると、改正民法施行後の賃貸借契約の更新において、保証人からも何かしらの書面にサインを貰う場合には、改正民法の規定を意識した対応が必要になることに注意が必要です。


この記事は2020年6月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

当社が所有しているRC3階建てのビル1棟を法人に賃貸していました。

賃借人から契約解除の申し入れがあり、今年の1月末に退去したと言って建物の鍵の返却をしてきました。

しかし、この時点で原状回復工事が全く行われていなかったので、鍵の返却は拒絶し、その後3ヶ月程度かけて原状回復工事を行い、工事終了した今年の5月20日に鍵の返却を受けました。

 

こちらとしては、原状回復が終わった時点で明渡しがされたものと考え、5月20日までの賃料の支払いを請求したところ、賃借人から

「1月末までに退去して鍵も返そうとしたのだから、賃料の支払いも1月末までだ」

との主張がありました。

どちらの主張が正しいのでしょうか。

【説明】

2020年4月1日に施行された改正民法の621条により、賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務が明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

ただし、この規定をみても分かる通り、

「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。」

と規定されているだけであり、本件で問題となっている

「賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか」

という点については明らかではありません。

そのため、「建物明渡義務と原状回復義務が別個の義務であるか」

が問題となるのです。

また、国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書の書式においても、

(明渡し)

第14条 乙は、本契約が終了する日までに(第10条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに)、本物件を明け渡さなければならない。

2 乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない。

(明渡し時の原状回復)

第15条 乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。

2 甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。

と記載されており、明渡義務の履行と原状回復義務の履行の関係が明確ではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成20年3月10日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題については、以下のように、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断するのが裁判例の傾向です。

① 東京地方裁判所平成20年3月10日判決

 「原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡しがあったものとはいえないというべきである。」

 

② 東京地裁平成22年10月29日判決

 「賃貸借契約においては,原状回復した上で賃貸目的物を返還することが必要であり」「本件においても,賃借人である被告は,原状回復義務が免除されたなど別段の合意や原状回復義務を否定すべき特段の事情が認められない限り,旧賃貸借契約を開始した時点の原状を回復して本件各土地を返還すべき義務があるというべきである。」

 

③ 東京地裁平成23年11月25日判決

 「本件賃貸借契約によれば,原告は,本件各建物を原状に復した上で明け渡すものとされており,また,本件各建物を明け渡す際には,本件事務所の1階~4階について,ハウスクリーニングを実施することとされている(甲2)。そうすると,被告は,本件各建物について,上記原状回復及びハウスクリーニングを実施した上で,本件各建物を明け渡さなければ,本件各建物を明け渡したことにならないものと解するのが相当である。」

「しかるに,上記認定のとおり,Bizexは,平成22年7月30日の時点において,本件事務所のハウスクリーニングが不十分であったり,本件各建物の原状回復工事が少なからぬ箇所で未了の状態であったというのであるから(詳細については,乙9,10),同日,被告に対し,本件各建物を明け渡したということはできないのであって,上記原状回復工事等を完了し,本件各建物の鍵を被告に全て返還した同年8月20日の時点で,本件各建物を明け渡したものと認められる。」

 

なお、仮に契約書で、建物明渡前に原状回復義務の履行が明確に規定されていない場合においても、東京高裁昭和60年7月25日判決が

「賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には、これを目的物返還義務(明渡義務)の不履行と同視」するものである

と判示している通り、新たな賃貸借の妨げとなる重大な原状回復義務の違背があれば、明渡義務を履行したことにはならないと解されると考えられます。

したがって、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

・仮に合意されていなかったとしても、原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか

という点が重要となります。

なお、本件の事例では、もう一つの問題として、賃借人の退去後に行われた工事が、「原状回復工事だけではなく、原状回復工事ではなく経年劣化・通常損耗の部分のリニューアル工事も行われていた」ため、工事期間全てについて賃料支払義務を発生させるべきか、という点が問題となりました。

この点については、裁判所の裁量により、原状回復工事と、リニューアル工事の費用の割合で賃料相当額を按分してそれぞれに負担させるという結論を取っています。

参考:東京地方裁判所平成20年3月10日判決 判旨(原告:賃借人、被告:賃貸人)

「原告は,被告に対し,平成16年4月19日に同年8月末日をもって解除する旨の通知をした上,平成17年1月31日には本件建物からナイジェリア大使館を退去させ,その鍵を被告に引き渡して本件建物を明け渡そうとしたところ,被告が鍵の受取を拒絶したのであるから,原告は平成17年1月31日に本件建物を明け渡したというべきであり,平成17年2月1日以降の賃料等が発生するはずはないと主張している。」

「本件賃貸借契約(乙1号証)によれば,原告は,本件建物のうち原告において修理,改造,模様替えなどをした箇所については原告の負担で原状に回復した上で本件建物を被告に明け渡すとされているが(第11条),そうではない箇所については修理,清掃して原状に回復するとだけあり(第14条),このような一般の原状回復工事と明渡時期との先後関係については,特に明示の約定は存在していないことが認められる。

ただし,上記のような本件賃貸借契約における各条項の先後関係や内容の趣旨を考慮すれば,本件においては,原告が負担すべき原状回復工事については,これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって,本件賃貸借契約においては,原告は,原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは,本件建物の明渡があったものとはいえないというべきである。」

「そうすると,一般的には,原告は,原状回復工事が完了した平成17年5月20日までの間については,明渡義務の履行遅滞にあったと考えることができるはずである。しかし,本件では,甲1号証,乙8,18,43~49号証,原告代表者尋問の結果,E証人の証言,F証人の証言などを総合的に勘案すれば,この間に被告も被告が負担すべき部分の原状回復工事を実施していたことや,実際の作業の便宜のために原告のなすべき工事に先立って被告の工事をしたために原告において手待ちになっていた部分も少なくないことことが認められるから,そのような本件における特殊な事情を考慮するならば,原告,被告の双方によって原状回復工事がなされていた平成17年2月1日から同年5月20日までの期間について,原告の一方的な明渡義務の遅滞として賃料等相当損害金2077万7419円の支払義務を肯認するのは,当事者間の公平に反し相当ではないというべきである。」

「問題は,どのような基準でこれを原告と被告とに配分して負担させるのが相当かということになるが,全体を通して公平に分担させるべき基準は見あたらないので,民訴法248条の趣旨を類推適用して,当事者間の公平にかなう方法によって配分して負担させる他はないと考えられる。しかるに,原告が行った原状回復工事の内容(甲1号証)と被告が行った原状回復工事の内容(乙18号証)とを比較検討しても,それぞれの実施時期の相互関係は明らかではなく,また,原告が提出した工事工程表(甲6号証)によっても被告の原状回復工事との関係は不明であるから,当裁判所は,原告,被告,それぞれが負担すべき原状回復工事に要した費用の額に応じて,この間の賃料等相当損害金2077万7419円を案分するのが相当であると考える。」


この記事は2020年5月30日時点の情報に基づいて書かれています。