購入した土地や建物で、過去に殺人事件が発生していた・・・ということが後々判明した場合、買主側からすれば

「事前に事件の存在を知っていれば買わなかった(もしくは、もっと安い価格で買っていた)」

という主張をすることは当然の成り行きと言えます。

この主張は、法的に言えば、「売買の目的不動産に、民法570条の瑕疵がある」という主張になります。

この点について、問題となるのは、

「殺人事件というのは売買から何年前までに発生したものが瑕疵となるのか」

という点です。

買主からすれば、どんなに昔の事件であっても、「それは嫌だ」ということになるでしょうが、逆に売主の立場からすれば、何十年も前の事件の存在まで調べて売買の時に買主に告げなければならないとすると、過度の負担となる上、市場価格での売買が難しくなってしまうことにもなりかねません。

となると、

「過去の事件について、どこまで瑕疵となるのか」

言い換えれば

「売主は、過去の事件についてどこまで買主に説明・告知無ければならないのか」

という点を巡って問題となり、この点については、特に不動産売買の事例では多くの裁判例が存在します。

今回紹介する事例は、売買の8年前に建物内で殺人事件があった、という事例です(大阪高等裁判所平成18年12月19日の事例です)。

殺人事件後に建物は取り壊され、土地が売買の対象となりましたが、買主は不動産業者で、建売住宅用地として転売する目的で購入したところ、売買時には売主から事件の存在は知らされておらず、購入後に事件の存在を把握したというものです。

この事例において、裁判所は、本件売買の目的物である本件土地には民法570条にいう「隠れた瑕疵」があると認め、売買代金額の5%を損害として認めています。

まず、裁判所は、瑕疵の意義について、

「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは,その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいうが、これは、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく,目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれる」

と述べ、売買の目的物が不動産のような場合の心理的欠陥については、

「単に買主において同事由の存する不動産への居住を好まないだけでは足らず,それが通常一般人において,買主の立場に置かれた場合,上記事由があれば,住み心地の良さを欠き,居住の用に適さないと感じることに合理性があると判断される程度に至ったものであることを必要とすると解すべきである。」

と定義しました。

そして、売買対象の土地上にかつて存在していた本件建物内で,本件売買の約8年以上前に女性が胸を刺されて殺害されるという本件殺人事件があったということについては、

「本件売買当時本件建物は取り壊されていて,嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて,もはや特定できない一空間内におけるものに変容していたとはいえる」

と言いつつも、

①上記事件は,女性が胸を刺されて殺害されるというもので,病死,事故死,自殺に比べても残虐性が大きく,通常一般人の嫌悪の度合いも相当大きいと考えられること,

②本件殺人事件があったことは新聞にも報道されており,本件売買から約8年以上前に発生したものとはいえ,その事件の性質からしても,本件土地付近に多数存在する住宅等の住民の記憶に少なからず残っているものと推測されること,

③現に,本件売買後,本件土地を等面積で分けた東側の土地部分(本件殺人事件が起きた本件1土地側の土地部分)の購入を一旦決めた者が,本件土地の近所の人から,本件1土地上の本件建物内で以前殺人事件があったことを聞き及び,気持ち悪がって,その購入を見送っていること

という事情に照らして

「本件土地上に新たに建物を建築しようとする者や本件土地上に新たに建築された建物を購入しようとする者が,同建物に居住した場合,殺人があったところに住んでいるとの話題や指摘が人々によってなされ,居住者の耳に届くような状態がつきまとうことも予測されうるのであって,以上によれば,本件売買の目的物である本件土地には,これらの者が上記建物を,住み心地が良くなく,居住の用に適さないと感じることに合理性があると認められる程度の,嫌悪すべき心理的欠陥がなお存在するものというべきである。」

と結論づけました。

このように、裁判所は瑕疵の存在については認めましたが、他方で、損害額については、本件殺人事件は本件売買の約8年以上前に発生したものであり,しかも本件建物は本件売買時には既に取り壊されており,同時点では,嫌悪すべき心理的欠陥は相当程度風化していたといえることなどの一切の諸事情を総合して、買主の損害額を,本件売買の代金額の5パーセント(75万1575円)と認めています。

過去の事件について、売主がどこまで説明義務を負うべきか、という点については、法律上明確な基準はありません。

そのため、売主や仲介業者としては、いったいいつまで遡らなければならないのか、と判断に迷ってしまうと思います。この点については、個々の具体的な裁判事例などを参考にしながら考えていくしかありません。

本裁判例はそのための一つの手がかりとして重要な意義を有するものと考えられます。


2017年8月30日更新

Q 鉄筋コンクリート造3階建ての中古マンションを2億円で買いました。瑕疵担保責任については、引渡しから3ヶ月間と短縮する特約がついています。

この建物の301号室には売主が住んでいたものであり、物件の購入後は私が301号室に住み始めました。

しかし、住み始めてから2ヶ月ほど経った後に、301号室の洋室内で窓付近の天井に水漏れが存在するのを発見しました。売買契約の際には、301号室に水漏れは発生したことはない、と説明を受けていました。

どういうことかと思い、仲介業者を通じて売主に確認したところ、301号室にはかつて水漏れが存在したが補修済みであると言ってきました。

こちらで業者に依頼して調べたところ、雨漏りする箇所が発見されましたので、200万円以上かけて防水工事をしました。

この雨漏りは瑕疵担保責任に該当すると思いますので、売主に請求したところ、

「引渡しから3ヶ月経過しているので、瑕疵担保責任は負わない」

と言われました。

売主は、301号室の雨漏りを知っていたにも拘らず、瑕疵担保責任の期間短縮の特約を主張する、というのは不公平ではないでしょうか。

A 例え瑕疵担保責任について除斥期間(期間制限特約により引渡しから3か月)が経過していたとしても,瑕疵担保責任の除斥期間を短縮する期間制限特約により売主を免責することは,信義に著しくもとるものであり,悪意の売主につき瑕疵担保責任免責特約の効力を否定する民法572条の法意に照らし,許されないというべきです。

この事例は、東京地方裁判所平成28年1月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

買主が売主に瑕疵担保責任を請求したのは、民法上の除斥期間1年間以内ではありましたが、契約上の期間(3ヶ月間)を過ぎた後のことでした。

そのため、訴訟では、売主側は、3ヶ月間の経過を主張して、瑕疵担保責任は追求できないと反論していました。

この点について、裁判所は、まず売主が、当該301号室に居住していたことから、以下のように述べて、雨漏り(瑕疵)の事実を知っていたにも拘らず、これを意図的に告げなかった、と認定しました。

「被告Y1が,本件建物の301号室にかつて水漏れがあったことを認識しながら,本件売買契約締結の際に原告に対して同室にそれまでに雨漏りが発生したことはないとして事実と異なる告知をしていたことなどに照らすと,被告Y1は,水漏れに関して殊更に隠そうとする意図を有していたと考えられ,同契約の時点において,同室に水漏れが存在することを認識していたと考えるのが合理的である。」

そして、裁判所は、瑕疵について知っていたにも拘らず告げなかったという点と重視して、

「被告Y1について,瑕疵担保責任の除斥期間を短縮する期間制限特約により免責することは,信義に著しくもとるものであり,悪意の売主につき瑕疵担保責任免責特約の効力を否定する民法572条の法意に照らし,許されないというべきである。」

と述べて、売主の瑕疵担保責任を認めました。

特に居住用の物件で売主が居住していた場合には、売主は瑕疵の存在を知っていたものと推定される可能性が高いといえます。

したがいまして、売主が仲介業者や買主に売却物件の状況を告知する際に、瑕疵の存在を知っていたにも拘らず告知しない場合には、例え瑕疵担保責任の期間を短縮しても責任を免れなくなる可能性がある、ということに注意すべきです。


2017年7月11日更新

Q インターネットで雑貨の販売業を営んでいましたが、今の事務所が手狭になったので、別の賃貸事務所に移転しました。

しかし、事務所移転後に売上が落ち込むようになりました。最初は原因がわからなかったのですが、警察庁のホームページで、振り込め詐欺の現金送付先の住所一覧に、私の借りた事務所の住所が載っていたことが判明しました。

もしも、借りるときに、警察庁のホームページにこの貸事務所が振り込め詐欺の現金送付先として載っていることがわかっていたら、私はこの物件は借りませんでした。

貸主と仲介業者は最初に説明すべきだったのではないでしょうか?

A この問題を考えるに当たっては、まず、この貸事務所について「警察庁のホームページで、振り込め詐欺の現金送付先の住所一覧に記載されていたこと」が、この物件の「瑕疵」に該当するかどうかという点が問題になります。

この事例は、東京地方裁判所平成27年9月1日判決の事例をモチーフにしたものですが、裁判所は、結論として、

「瑕疵には該当しない」

と判断しました。

その理由として、裁判所は、まず、建物賃貸借における建物の「隠れた瑕疵」(民法570条,559条)について、

「建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等を原因とする心理的瑕疵も含む」

と述べた上で、貸室を事務所として使用するための事業用賃貸借契約の場合の心理的瑕疵の意義については

「その主たる目的が事業収益の獲得にあることに照らせば,本件事務所に心理的瑕疵があるといえるためには,賃借人において単に抽象的・観念的に本件事務所の使用継続に嫌悪感,不安感等があるというだけでは足りず,当該嫌悪感等が事業収益減少や信用毀損等の具体的危険性に基づくものであり,通常の事業者であれば本件建物の利用を差し控えると認められることが必要であると解するのが相当である。」

と述べました。

そして、

「過去において本件住所が振り込め詐欺における金員送付先住所として使用され,その旨が警察庁により公表されて注意喚起を求められているという事実」

については,

「一般的・抽象的にいえば本件事務所で行われる事業の収益性,信用性などに重大な影響を与える可能性があるということができ,現に,原告は原告のバイヤーとなることを希望する者からの本件住所に関する懸念を伝えるメールを受信しているのであって,原告が本件事務所の使用継続に嫌悪感等を覚えたことは理解できるところである。」

と言いながらも、

本件事務所に関連する振り込め詐欺については,テレビ,新聞などで報道されたと認めるに足る証拠はなく,警察庁のホームページ等を確認しなければ本件事務所に関連して詐欺犯罪があったと認識することは極めて困難であったと解されること

警察庁のホームページ等において振り込め詐欺関連住所が公表されている事実は必ずしも一般に周知されているとはいえず,ネット販売事業を営みインターネット上の情報に相当程度精通していると考えられる原告もこの事実を知らず,警察庁のホームページ等を確認することなく本件賃貸借契約を締結していること

インターネット販売において顧客が販売業者の信用性を判断する際には,当該サイトにおいて公表されている購入者による当該業者の評価が重要視され,顧客が販売業者の住所を精査した上で購入するかどうかの判断を行うことは希であると思われること

本件事務所については,原告退去に伴う原状回復工事の終了後,1か月余りで新たな賃借人が決まっているが,その賃料は本件賃貸借契約の月額賃料より1000円高く,また,その賃貸借契約締結の際には本件住所が振り込め詐欺関連住所としてネット上に出回っていたことなどが重要事項として説明されていること

という4つの理由を挙げて、

「かかる事実に照らせば,本件住所が振り込め詐欺関連住所として警察庁により公表されていたという事実は,原告の事業収益減少や信用毀損に具体的な影響を及ぼすものとは認められず,また,通常の事業者であれば本件事務所の利用を差し控えるとまではいえないものと解される。」

と結論づけています。

また、貸主及び仲介業者の説明義務についても

「当該事務所の賃貸人及び同賃貸借契約の仲介業者において,当該賃貸物件につき過去に犯罪に使用されたことがないかについて調査・確認すべき義務があるとは認められない。」

と述べて、説明義務違反を否定しています。

なお、裁判所は、上記のような結論となった理由として、借主の物件への転居後の売上の減少の経過を詳細に認定した上で、

「売上高の変化と貸事務所の住所が振り込め詐欺関連住所であることの間の因果関係が乏しい」

という点も指摘しています。

ですので、もし、転居と売上の減少について直接的な関係が証拠上認められるようであれば、結論が変わった可能性もあることは留意が必要です。

この事例では貸主と仲介業者の責任は否定はされていますが、貸主、仲介業者としては、借主が「その事実を知っていたら普通は借りないだろう」と思われるような事実については、できるかぎり調査し、確認しておくのが無難であるといえます。


2017年6月1日更新

Q 築16年が経過した賃貸アパートを購入しました。

しかし、アパートの一室で、エアコン冷媒管・排水ドレンの引き込み口として使用されていた外壁の貫通孔部分に施工不良があったようで、台風で大雨が降った日に、そこから雨水が侵入して室内に漏水が発生するという事故が起きました。

このような瑕疵があるとは売主から聞いていませんでしたので、売主に瑕疵担保責任を追及したいのですが、売主は倒産してしまったため責任追及が出来ません。

このアパートを施工した施工業者に責任追及はできるでしょうか?

A 建物の施工者は,建物建築に当たり,居住者ほかの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)に対する関係では,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するとされています。

そして、施工者がこの義務を怠ったために建築された建物に「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」があり,「それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合」には,施工者は,不法行為による賠償責任を負う

というのが、最高裁判所の判例です(最高裁平成19年7月6日判決,最高裁平成23年7月21日判決)。

この不法行為責任というのは、建物完成時から最大で20年間責任追及が可能ですので、瑕疵担保責任の主張期間が過ぎてしまった場合や、質問のケースのように、売買の契約当事者(売主)が破産等していて責任追及できない場合に主張されます。

したがって、本件のケースでも、施工業者に責任追及するためには、この不法行為責任を主張する必要があります。

もっとも、上記で述べた通り、単に建物に瑕疵がある、という程度では不法行為責任は認められず、

「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」があり,「それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合」

に限って不法行為責任が認められることになります。

では、本件のケースの場合に、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があると言えるのでしょうか。

本件のケースは、東京地方裁判所平成26年12月15日判決をモチーフにした事例です。

裁判所は、雨水の建物内への侵入について

「住居用建物の屋内に雨水が浸入するということ自体,建物本来の機能,性能が著しく阻害されるといえる上,浸入した雨水が屋内に滞留することによりカビの発生や木部の腐朽などの二次被害も発生しかねない。よって,本件貫通孔の防水処理が不十分であったことは,本件建物の基本的安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。」

として、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると認定しました。

そして、施工会社の施工不良について

「一般に,建物駆体に設けられた貫通孔にエアコン冷媒管等の配管を施工する場合には,開口部をパテ又はコーキング材で充填して穴仕舞を行い,風水が屋内に入らないように施工することが必要とされている。また,貫通孔から屋外に出たエアコン冷媒管等を覆うカバーについてもカバー周りから雨水が浸入するのを防止するため縁にコーキングを施すことが推奨されている。

以上によれば,被告は,本件建物を施工するに際し,本件貫通孔及び本件各貫通孔から風水が屋内に浸入するのを防止するために上記のような施工をすべき注意義務を負っていたというべきである。

しかるに,被告には上記の注意義務を怠った過失があるというべきである。」

として、施工業者の施工不良の責任を認め、損害賠償責任を認めました。

この裁判例のポイントとしては

①貫通孔の施工不良により発生した屋内の漏水について「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当すること

②建物の竣工後約16年後に発生した漏水事故であっても施工業者が責任を負うこともあり得る

という点です。

なお、竣工から16年経過していれば、経年劣化により漏水事故が発生することも想定されますので、施工不良が原因か、経年劣化か原因かが争われて、紛争が複雑かつ長期化してしまう場合も有りえます。

したがいまして、このような紛争を避けるためにも、竣工から長期間が経過した中古住宅の売買に際しては、契約当事者はインスペクションを利用することが望ましいと言えます。


2017年5月8日更新

入居者の募集が困難な物件や、早期に入居者を決めたいといった物件の場合、貸主から、客付けの媒介業者に対して、仲介手数料とは別に、広告費(AD)名目で賃料の1〜3ヶ月分程度の金銭が支払われるという商慣習があると言われています。

しかし、建物賃貸借の媒介に関して宅地建物取引業者が受けることのできる報酬額の上限は,消費税込み賃料1か月分と定められており,また,この媒介報酬以外には広告の料金を除いてはいかなる名目であっても報酬を受けることが禁止されています(宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)46条1項及び2項,平成16年2月18日国土交通省告示第100号(以下「報酬告示」という。))。

そして、例外として許容される広告の料金とは,「依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額」であり(報酬告示),「依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額」とは,委託者が至急に売却媒介等の目的を達する必要がある等の理由により特に媒介業者に依頼して掲載された広告をいい,媒介業者が依頼に係る売買・賃貸の申込みを誘因するため,自ら進んで行った広告を含まないと解されます。

したがって、このような「AD(広告費)」は、法的にはあくまでも不法な金銭の交付として返還請求を受ける可能性がある金銭であることに留意しなければなりません。

この広告費の返還請求が認められた裁判例として、東京地裁平成27年7月9日判決のケースがあります。

このケースは、主に、以下のような事案でした。

① 貸主は、自社所有の賃貸物件の入居者の募集を媒介業者に依頼したが、1年を経過しても借主が決まらなかった。

② 貸主は媒介業者と相談して条件を変え、「フリーレント2ヶ月分」、借主側業者に向けた条件として「礼金1ヶ月付けた場合AD100%」とした。

③ 借主側業者は、「フリーレント2ヶ月分」との条件を削除した広告を作成して借主を募集し、入居申込書を取得。

④ 借主側業者は、貸主側業者との交渉で「借り主はフリーレントを付けなくても良いから、フリーレント2ヶ月分と元から付いていたAD1ヶ月分の合計3ヶ月分の賃料を広告料名目で払ってほしい」、「これを支払うのが成約の条件だ」と要求し、貸主側業者と貸主はこれを承諾した。

⑤ 貸主は、成約後に広告料名目で賃料3ヶ月分を貸主側業者に支払い、貸主側業者はこれをそのまま借主側業者に渡した(借主側業者の要望により、貸主側業者を経由して支払いなされた)。

⑥ その後、貸主は、借主側業者に、広告料名目で支払った金銭の返還請求を行った。

このような事実経過に対して、裁判所は、以下のように述べて、貸主から借主側業者に対する広告費名目の金銭の全額の返還請求を認めました。

・事実を総合すれば,借主側業者は,長期間本件不動産の借主が決まっていないことを知った上で,当初から,貸主に,宅建業法の報酬規制に抵触しないよう貸主側業者を介して賃料3か月分の金銭を支払わせる意図で,借主にフリーレントなしで本件不動産を紹介し,借主が本件不動産の賃借を申し込むと,賃料3か月分の支払いが本件不動産の成約の条件であるように貸主に対しこれを伝え,貸主が拒めば成約に至らないと考えて受け入れると,借主に本来フリーレントがあったことを伝えないまま本件賃貸借契約を成約させ,当初意図したとおり,貸主から貸主側業者,貸主側業者から借主側業者に対し,賃料3か月分を支払わせたものと認められる

・借主側業者の貸主側業者に対する広告料支払の申入れは,貸主に対し本来支払う必要のない金員を請求し,負担させるものといえ,違法行為にあたる。

・そして,貸主には賃料3か月分の242万3736円という損害が生じており,かかる損害と借主側業者の違法行為との間には因果関係が認められる。

このような問題が起こる理由として、賃貸仲介における仲介手数料が低廉過ぎるのではないか、という問題提起もなされています。

しかし、仮に報酬を増やしたからと言って、この問題が解消されるわけではないという指摘もされているところであり、商慣習と法律の規制の乖離をどう埋めるべきか、非常に難しい問題です。


2017年2月14日更新

Q 私が都内(世田谷区)で所有しているワンルームマンションで、賃借人が自殺してしまいました。

このような痛ましい事故が起きてしまったので、今後の賃借人の募集が難しくなってしまい、賃料もかなり下げなければなさそうです。

連帯保証人である遺族の方には申し訳ありませんが、この場合の損害を請求したいと考えています。この賃料収入の減少分の損害というのはどの程度請求できるのでしょうか。

A 賃貸借の目的物である建物の内部において賃借人が自殺をした場合,通常人であれば,当該建物の使用につき心理的な嫌悪感が生じるものであることは明らかであると言えます。

もしもこのような事情が第三者に知られれば,当該建物につき賃借人となる者が一定期間現れなかったり,適正賃料よりも相当低額でなければ賃貸できなくなることになることも当然予想されます。

 したがって、当該賃借人が当該建物内において自殺することは,当該目的物の価値を毀損する行為に当たるものとして,賃借人の善管注意義務に違反するということとなります。

では、当該物件の今後の賃料収入の減少が予想されることについて、どの程度の賠償額が裁判例では認められているのでしょうか。

東京地裁平成27年9月28日のケースでは、大雑把に言うと

・当初1年間は賃料全額

・2年目、3年目についてはそれぞれ賃料の半額

・したがって、合計で約賃料の2年分

を損害として認めています。

その理由としては、以下のように述べています。

・賃貸借の目的物である建物の内部において賃借人が自殺をした場合,通常人であれば,当該建物の使用につき心理的な嫌悪感が生じるものであることは明らかであり,かかる事情が知られれば,当該建物につき賃借人となる者が一定期間現れなかったり,適正賃料よりも相当低額でなければ賃貸できなくなることになるものといえる。

・もっとも、賃料額を低額にせざるを得ないのは,建物内での自殺という事情について通常人が抱く心理的嫌悪感に起因するものであるから,心理的嫌悪感は,時間の経過とともに自ずと減少し,やがて消滅する

・また,本件貸室は,単身者ないし2人向けの1Kのアパートであり,その立地は,東京都世田谷区〈以下省略〉(東急電鉄大井町線のa駅周辺)にあり,交通の便も比較的良く利便性も比較的高い物件であることが認められることにある

・これらの事情を考慮すれば,原告の逸失利益については,当初の1年は賃貸不能期間とし,本件貸室において通常設定されるであろう賃貸借期間である2年間(本件賃貸借契約も同様である。)は,本件賃貸借契約の賃料の半額でなければ賃貸できない期間とみるのが相当である。

・以上によれば,原告の逸失利益は,次の計算式のとおり,158万7860円となる(賃料月額は7万2000円)。

(1年目)7万2000円×12箇月×0.9524(ライプニッツ係数)=82万2874円(小数点以下四捨五入)

(2年目)3万6000円×12箇月×0.9070(ライプニッツ係数)=39万1824円

(3年目)3万6000円×12箇月×0.8638(ライプニッツ係数)=37万3162円(小数点以下四捨五入)

なお、賃借人が自殺したことによる損害賠償責任は本件連帯保証契約に基づく被告の責任に含まれるかという点も、裁判で争われましたが、この点について裁判所は、

本件賃貸借契約に基づいて亡Aが負担する一切の債務について連帯保証人としてその責めを負う旨合意していることが認められるから,亡Aが負う善管注意義務違反に基づく損害賠償責任についてもこれに含まれるものと解するのが相当であり,この解釈が消費者契約法10条に直ちに違反するものと解することはできない。

と述べて、連帯保証人の責任を認めています。

この事例は、都心のワンルームマンションの事例ですが、このような物件の場合の逸失利益は、本裁判例と同様に、当初1年間は賃貸不能期間として賃料全額、その後の2年間については賃料半額程度とする事例が多いようですので、これが実務上は一つの目安となるでしょう。


2017年1月27日更新

Q 30年前に所有している土地を貸しました。借地人は、土地上に自宅を建てて今も住んでいます。当初の土地の賃貸借の契約期間が30年間でしたので、契約期間の満了のタイミングで、借地人に「契約を更新して更新料を支払って欲しい」と求めました。

すると、借地人は、「更新料は払いたくないから更新契約もしない」と言い、その後、契約期間満了後も借地上の自宅に住み続けています。

これは法律的には「法定更新」という状態で、借地人はそのまま土地の使用を継続できると聞きました。

これだと契約が更新されたに等しい状態ですので、更新料を支払ってもらいたいのですが、請求はできるでしょうか。

A 借地については、契約更新の際の更新料というのは当然に請求できるものではなく、契約の中で更新料の支払いの特約を明確に定めておかなければなりません。

 契約で更新料の支払義務を定めておけば、契約期間満了後に合意で更新するときには、貸主は借地人に更新料の請求ができます。

しかし、本件のケースのように、当初の契約で更新料の支払義務について定めていたものの、契約期間満了時に更新について合意又は更新契約をすることができない場合があります。

そのような場合、すなわち、そのまま借地人が土地の使用を続ける「法定更新」の場合に、更新料を請求できるかどうか、という点が問題になることがあります。

貸主としては

「借地人が更新の協議に応じてくれて合意してくれれば更新料を請求できるのに、こちらからの更新の協議を拒否して、そのまま使い続けていれば借地人は更新料を支払わなくて良い、というのは不公平だ。」

と思うのではないでしょうか。

他方で、借地人としては

「民法や借地借家法だと、仮に更新の合意がなくても、更新拒絶にあたって正当事由が無い限り契約は更新されるとされている。それなのに更新料を払わなければならないということになると、結局は更新に条件を課すようなもので法律の趣旨に反するのではないか。」

という言い分が出てきそうです。

では、裁判実務はどうなっているのかというと、この問題については裁判例も結論が割れている状態です。

当事者の合意内容(更新料支払特約の条項の内容)や、従前の土地の利用状況をみて、「更新料特約が法定更新にも適用される、あるいは更新料の合意がある」

ということで更新料が認められた裁判例もあります。

今回は、法定更新の場合に更新料請求を認めた比較的最近の裁判例を以下紹介します。


・東京地裁平成27年4月10日判決

この事例は、「賃貸借契約の期間満了の場合,地上建物が朽廃せずに現存するときは,賃借人は,賃借地を返還するか又は之に代えて賃借地の更地価格(契約期間満了時の)10ないし9パーセントの更新料を支払って賃貸借契約の更新を求めることができる。この場合,賃貸人は賃借人の建物の増改築を承認するものとする。」とする更新料に関する条項があった事例で、法定更新されたケースです。

このケースでは、裁判所は、前回の契約更新時に更新料の授受がなされたこと、及び、

「契約証書に署名押印するまでのやり取りなどにかんがみれば,更新料が契約期間の賃料の一部の前払たる性質を含むものと推定できるから,本件更新料支払条項が法定更新の場合に更新料の支払を免除する趣旨と解することはできず,被告は更新料の支払義務を免れないというべきである。」

と述べて、更新料の請求を認めています。


・東京地裁平成24年11月30日判決

この事例は、更新の規定や明確な合意がなかったものの、前回の契約の更新の際に調停において更新料と評価される金員を受け取っていることを前提として、

「本件合意により,本件契約の賃貸借期間が平成3年2月22日から20年間更新されたに過ぎず,20年後には再度合意更新ないし法定更新が予定されていること(本件契約が昭和の時期から更新されていることを考慮すると明白である。)を考慮すると,本件合意が今回の本件契約更新限りの更新料であったと解釈することは妥当ではない。」

「また,更新料は,更新時期の賃借権の価格と密接な関係にあるため,更新の際,更新料の額を合意することが困難であることを考慮すると,具体的な価格の定めがないことは更新料の合意を否定する事情にはならないと言うべきである。したがって,本件合意の当事者の合理的な意思解釈としては,上記更新期間満了後には再度更新料を支払う旨の合意があるものと認める。」

「更新料の合意は,賃貸借期間の再度の延長の際に賃借人から賃貸人に交付される金員であって,合意更新か法定更新かで区別する理由がないこと,更新料の価格は当事者間で直ちに合意できないこともあるので,法的更新にはその適用がないとすると賃貸人に一方的に不利益であることなどを考慮すると,法定更新の際にも合意更新と同様に更新料は発生するものと言うべきである。」


と述べて、法定更新の場合であっても更新料の支払いを認めています。

すなわち、この事例は、法定更新か合意更新かという視点ではなく、「次回の更新料支払いの合意が推認できるか」という視点で更新料の請求を認めています。

以上のとおり、借地においては、法定更新の場合に更新料が認められるかどうかは、最近の判例では、より実質的に「次回更新時にも更新料を支払うという合意が当事者間で形成されていたか」ということが重視されていると考えられます。

もし借地において、法定更新の場合に更新料の請求をするのであれば、前回の更新料の支払状況やその際の合意状況、とりわけ次回更新時も更新料を支払う合意があったのか、などを考慮して主張を組み立てていく必要があります。


2016年12月18日更新

築年数が長期間経過している賃貸住宅の所有者は、老朽化の程度が著しくなってきたときに、

「そのまま修繕しながら貸し続けても、耐震工事や修繕費用もかさむし、古くて入居者もなかなか決まらない。いっそのこと新たな共同住宅に建替えた方が採算的には良いのではないか。」

という判断を迫られることになります。

しかし、いざ建替えをしようと決めたとしても、当該賃貸住宅にまだ入居者がいる場合、賃貸人側から建替えを理由に一方的に契約を解除できないので、退去してもらうよう交渉をする必要があります。

ここで入居者がすんなりと退去されれば良いのですが、様々な理由により退去を拒んだ場合、賃貸人としては、老朽化を理由とした賃貸借契約の解約の申入れを行うこととなります(解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項))。

しかし、賃貸人からのこの解約の申入れは、単にやれば良いというわけではなく、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。

この点は、借地借家法28条が

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定しているとおりです。

では、「正当事由」が認められる場合とは、どのような場合を言うのか、と言いますと、本件のような建物の老朽化を解約の理由とする場合、老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです。

また、老朽化の程度がそれほどでもない場合や、賃借人にとって当該建物が必要不可欠な場合等には、立退料を提供しても正当事由が認められない、という裁判例もあります。

結局のところ、解約に「正当理由」が認められるかどうかは、主に

① 建物の老朽化の程度

② 賃貸人、賃借人双方の建物の使用を必要とする事情

③ 立退料の金額

という要素を総合考慮して判断がなされるというのが裁判実務です。

今回紹介する東京地裁平成25年12月11日判決の事例は、

・建物が大正4年築で、築95年を経過していたこと

・賃借人は60年以上居住しており、現在95歳と高齢であること

という事情があったケースです。

裁判所は、上記①、②、③の事情を総合考慮した上で、

立退料215万円の提供をすれば、賃貸借契約の解約を認める

という判断をしました。

ちなみに、この物件は、月額賃料が2万4960円でしたので、立退料は賃料の約86ヶ月分となっています。

裁判所がこのような判断をした理由は以下になります。

まず、賃貸人側の解約の必要性、すなわち建物の老朽化については、以下のように認定しました。

「本件建物は建築されてから95年以上が経過しており,本件a室については,内部の床,天井,壁及び外壁等について控訴人による補修が行われているものの,c室及びd室部分の老朽化は著しい。また,本件建物全体に共通すると推認される構造や建築方法等に,本件a室についても基礎や柱,耐力壁等の躯体部分について改修工事は行われていないことを併せ考えると,耐震性の点でも危険性を否定することができない。」

「さらに,本件建物は,準防火地域に指定され,密集して建物が存在し,国土交通省から「地震時等に著しく危険な密集市街地」に該当するとされている区域内にある本件敷地上に存在するが,耐火性を欠いている。」

「被控訴人が本件建物の老朽化に対する補修や耐震性の補強を行うには,相当高額の費用を必要とすることが容易に推認されるとともに,それによっても本件建物の機能の増加は限定的なものに留まるといわざるを得ない。」

「加えて被控訴人は,本件建物のc室及びd室部分が傾斜した状態にあることから,近隣への危険性があるとして対処を求められている上,被控訴人が本件建物を賃貸し,収益物件として利用してきていることからすると,被控訴人が本件建物を取り壊し,本件敷地上に耐震性,耐火性を考慮した新たな共同住宅を建築しようとすることには相当程度の合理性があるというべきである。」

これに対して、賃借人側の事情(居住の必要性)については、以下のように認定しました。

「控訴人は,昭和27年2月から本件建物を住居として利用しているところ,95歳と高齢となるまでGの援助を得ながらも自ら家事を行って単身で生活することができたのは,本件a室が慣れ親しんだ居室であることが影響していると解される。」

「また,控訴人が通院する医療機関等は本件建物周辺にあり,生活の援助を受けているGは隣接した67番2土地に居住していることから,控訴人の従前の日常生活及び通院治療を継続するためには,本件建物周辺に居住することが必要であるところ,控訴人が高齢であり,年金以外の収入がないことからすると,本件建物周辺において,新たな賃借物件を確保することは容易ではないと推認される。」

「加えて,控訴人の年齢及び本件a室での生活歴が長く,同室での居住の継続を強く希望していることからすると,転居による生活環境の変化から受ける心理的・肉体的負担は,通常の場合よりも大きいものと推察される。そうすると,控訴人が本件a室に居住する必要性は相当程度高いというべきである。」

「もっとも,Gによる控訴人の日常生活や通院の援助が可能な範囲で新たな賃貸物件を確保することが全く不可能であるとまでは認められず,新たな住環境を適切に整えることにより,転居に伴う控訴人の心理的・肉体的負担は軽減することができると考えられる。」

上記のように、賃貸人、賃借人双方の事情を考慮した上で、裁判所は、

「上述した双方の必要性を比較すると,被控訴人の必要性の方が高いと認めるべきであるが,控訴人に生じる不利益も看過できないことから,控訴人が本件a室から退去することによる不利益を補う立退料の提供がされることにより,本件解約申入れに正当事由が具備されるというべきである。」

と判断しました。

この事案では、立退料は215万円と判断されましたが、その根拠として、裁判所は以下のように述べています。

「本件解約申入れによって本件賃貸借契約が終了することにより,控訴人は,本件a室から退去し,新たに住居を確保する必要が生じるから,立退料の算出においては,控訴人が本件a室から家財を搬出して退去する費用相当額,新たな賃貸物件等住居を確保するために要する費用相当額,相当期間についての当該物件の賃料と控訴人が本件a室について支払っていた賃料との差額相当額を考慮するべきである。」

「①引越業者に対する聴取から本件a室からの動産移転費用は,10万円と査定されること

②新たな賃貸契約の仲介手数料を含め移転雑費として10万円程度を要すると査定されること

③本件建物の周辺地域においては本件a室と類似性の高い賃貸物件が存在せず,最も類似性の認められる賃貸物件は築年数が30年から40年程度の戸建住宅となるところ,最寄駅からの距離及び賃借物件の面積が本件a室と同程度の物件の成約事例の賃料水準は,月額平均8万6500円であること

④本件建物の周辺地域における③の類似物件の礼金は不要か賃料の1か月分が,敷金については賃料の2か月分が標準的であること

⑤東京都収用委員会の裁決等では,差額賃料の補償期間を2年6か月とするものがあることが認められる。」

「これらに,控訴人は高齢である上,Gによる日常生活の援助等が可能な範囲で賃貸物件を確保する必要があることから,賃貸物件の確保自体や新しい住環境への適応が通常よりも困難であることが予想されること,控訴人は,長年,本件a室の補修を控訴人の費用で行っており,平成21年には約8万円を支出して天井を張り替え,平成22年8月には21万円を支出してトイレの改装を行っていること等,」

「本件に現われた事実を勘案すれば,本件解約申入れの正当事由を補完するための立退料は215万円とするのが相当である。」

老朽化を原因とした退去を求める場合に、老朽化の程度がどの程度必要なのか、立退き料はどの程度必要なのか、という判断が必要になりますが、これらの判断は裁判事例等から推測する必要があります。

本件は、特に立退料の算定方法を判断するための参考となるケースと言えます。


2016年10月7日更新

不動産の仲介業者が、不動産の所有者から売却の媒介の依頼を受け、購入希望者が見つかった場合に、

「仲介業者がその買主の素性をどこまで調査すべきか」

ということが裁判で問題となりました。

東京地裁平成26年11月28日判決の事例です。

この裁判の事案を説明しますと、5億2000万円の不動産の所有者が、その売却の媒介を仲介業者に依頼し、無事に契約が完了しました。

その後、仲介業者は、当然のことながら売主に対して仲介手数料として約1600万円を請求したところ、売主が仲介業者に対して

「宅建業者として守るべき善管注意義務、信義誠実の原則に反する行為があり、報酬全額を請求することは権利の濫用である」

と主張して支払いを拒んだため、仲介業者が売主を訴えたという事案です。

この裁判の中で、売主は、仲介業者の善管注意義務等に違反する行為としてあれこれ理由をつけて主張していたのですが、その中の一つとして、買主の素性調査義務が挙げられました。

具体的に言うと、売主は

「本件売買契約締結時,買主の情報は,パスポートと名刺1枚しかなかったため、売主は,買主の素性の調査を仲介業者に依頼したが,仲介業者がこれを実行しなかった」

と主張しました。

このような主張に対して、裁判所は、

「仲介業者において,買主の素性を調査すべき義務を負っているとは認め難い。」

と判断しています。

この他、売主は、

「F司法書士が,売主に対し,登録免許税節約のため,実体的な権利変動と異なる登記を強制しようとし,この点についての売主からの問いに対し,仲介業者は積極的な対応をしなかった」として、仲介業者の司法書士に対する指導・助言義務も主張しました。

しかし、裁判所は、これについても

「仲介業者は,専門家である司法書士に対し,指導等を行うべき立場にはない。」

と述べて、仲介業者の司法書士に対する指導助言義務を否定しています。

なお、売主は、上記以外にも仲介業者の問題行為として

「売買契約前日の買主との面談において、仲介業者の担当者がそれまで担当していた部署とは違う部署の担当者に変わった」

「仲介業者が、売主の体調に配慮せず、柔軟なスケジュール調整を行わなかった」

「買主側との仲介手数料に差があった。」

などということも主張していますが、これらの売主の主張は当然ながら認められませんでした。

裁判例には理由が示されておらず、また特異な事例判断と見る余地もありますが、仲介業者は取引の相手方の素性調査義務はない、司法書士に指導等を行う立場にない、という判断は仲介業務において参考になる判断といえます


2016年9月21日更新

Q 土地を購入して時間貸し駐車場として利用していました。

しかし、駐車場の利用を巡ってトラブルが発生することが多く、管理会社に確認したところ、隣のビルに暴力団関係の団体が入居して、その団体の関係者がトラブルを起こしていると聞きました。

もし、隣のビルにそんな事務所が入っていたなら、この土地を買うことはありませんでした。

仲介した業者に調査義務違反・説明義務違反を主張して損害賠償することはできないでしょうか。

 

自分が購入する土地の近隣に、問題のありそうな施設や事務所があったことを先に説明されていたら・・・購入を止めるとか、もしくは代金の減額交渉をしたりとか色々と考えるところでしょう。

そうなると、買主側としては、購入前に十分な検討をするために、仲介業者にはしっかりと物件だけではなくその周辺状況まで含めて調査して説明して欲しいと考えているところでしょう。

上記の事例は、東京地裁平成26年4月28日判決の事例をモチーフにしたものですが、この事例では、まさに売買の対象となっている物件の周辺の施設・物件について、仲介業者がどこまで調査・説明義務を負うのか、という点が問題となりました。

判決ポイントをまとめると以下のとおりです。

1⃣ 宅地建物取引業者が,ある事実が売買当事者にとって売買契約を締結するか否かを決定するために重要な事項であることを認識し,かつ当該事実の有無を知った場合には,信義則上,その事実の有無について調査説明義務を負う場合がある。

2⃣ 宅建業者が、近隣ビルの使用者の事務所が暴力団事務所に類するものと認識していた場合は説明義務の対象となり、また、その存在をうかがわせる事情を認識していた場合には一定の調査義務対象となる重要事項に当たる。

3⃣ 施設の外観から嫌忌施設であることが容易に把握できる場合を除き,宅地建物取引業者が自ら売買対象物件の周辺における嫌忌施設の存在を調査すべき一般的な義務があるとは解されない

4⃣ 売主が仲介業者に対して、周辺物件の所有者や使用者について,反社会的勢力であるか否かの調査を行うよう要望したとの事実はうかがえない場合には、仲介業者は個々の所有者や使用者の属性について調査すべき義務があったとまでは解することができない。

買主側からすれば、調査・説明義務はしっかり尽くして欲しいところですが、判例の考えとしては、仲介業者に無理強いまで求めるものではなく、

・仲介業者が、問題施設(事務所)の存在を認識していたか

・外観などからその存在を容易に把握できるものだったか

という点から、調査・説明義務まで認めるべきかどうかを考慮していることになります。

確かに、周りの物件全てについて、外観上特に怪しくない物件まで含めて仲介業者が調査しなければならないというのは、仲介業者にとって過大な義務を課すものですので、この判例の判断は、買主側には酷かもしれませんが常識的と言えます。

なお、本件においては、売買対象の土地の隣のビルに「暴力団事務所」ではなく暴力団と関係がある団体(いわゆるフロント企業)が入居していたものです。

このように暴力団そのものではない団体が入居していた場合でも、嫌忌施設としてその存在が不動産の価値を減損させる暴力団事務所に類するもの、とされています。

そして、仲介業者がその存在を認識していた場合、またはその存在を窺わせる事情を認識していた場合には、調査・説明義務の対象となると判断されていますので、この点は仲介業者としても注意が必要です。


2016年7月7日更新