【店舗の賃借人からの相談】

私の家は、先代から店舗兼居宅を借りて、同所で青果小売店をやってきました。

借りている期間は先代から合わせると50年ほどになります。

家賃は、今は月額2万6000円です。

 

しかし、最近になり、大家から「この建物は築57年が経過していて大地震で倒壊の可能性があるので退去して欲しい。」と言われました。

ここで長年店舗を営んできており、今更引っ越せと言われてもとても無理な話ですので、断ったところ裁判を起こされてしまいました。

 

弁護士からは、最悪立ち退かなければならないと言われていますが、その場合の立ち退き料はどのくらいもらえるものなのでしょうか。

【説明】

賃貸人が老朽化を理由として賃借人に対して賃貸物件の明渡しを求める場合、賃貸借契約の解約の申入れを行う必要があります。

この解約の申入れを行うことにより、解約申入れ時から6ヶ月を経過すれば賃貸借契約は終了となります(借地借家法27条1項)。

しかし、賃貸人からの解約の申入れは、それをしただけでは当然に解約が認められるわけではなく、賃借人が解約を拒んだ場合には、解約の申入れに「正当事由」がなければ、法律上の効力が生じません。

この「正当事由」があるかどうかは、借地借家法28条

「建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」

と規定している通り、賃貸人、賃借人それぞれの事情を比較考量して判断されます。

実務上、本件のように、賃貸人側からは建物の老朽化を正当な理由として主張する場合はとても多いです。

しかし、建物の老朽化だけでは正当事由は認められず、妥当な金額の「立退料」の提供が必要とされるケースが非常に多いです

そのため、「立退料」の金額が具体的にどのように算出されるべきかが問題となります。

本件の事例は、東京地方裁判所平成25年4月16日判決をモチーフにした事例です。この事例で、裁判所は、建物の老朽化が相当進んでおり、解体の必要性が高いことは認めつつも、長年賃借物件で事情を営んできた賃借人の利益も考慮し、立退き料の支払いと引き換えに、賃借物件からの立退きを認めました

では、本件において裁判所は立退料をどのように算定したのでしょうか。

裁判所は、

①借家権価格

②営業補償

③引越費用

④住居補償

の4点をそれぞれ考慮して立退料を算定しました。

上記4点について、それぞれの具体的な算定方法と根拠については、以下判決を引用しますので、立退料算定の一つの方法として参考になります。

【東京地方裁判所平成25年4月16日判決(抜粋)】

ア 借家権価格について

借家権価格については,種々の算出方法があるところ,敷地の更地価格55万円/m2に建付減価・個別性評点を考慮して,本件建物の存する敷地価格を1億1553万5000円と評価した上で,割合方式によって本件店舗等に係る借家権価格を算定すると216万円となる旨の不動産鑑定評価がある(甲10)。もっとも,本件において,上記建付減価・個別性評点による修正を加える必要性・相当性については必ずしも明らかとはいえないことを考慮し,これらの修正をしないものとすると,本件建物の存する敷地価格は1億2814万4500円となり,当該価格に基づいて,本件店舗等に係る借家権価格を上記不動産鑑定評価と同様の割合方式によって算定すると240万円となり,当該額をもって相当なものと解される。

イ 営業補償について

(ア) 証拠(乙3から6まで)によれば,平成20年から平成23年までの間において,本件店舗等で営まれていた青果小売業に関しては,売上金額から原価を控除した金額(粗利益)は,年間250万円から350万円程度であったこと,そこから経費を差し引いた後の金額(営業利益)は,おおむね年間45万円から85万円程度(直近の平成23年度は約85万円である。)であったこと,他方で,上記期間における経費の中には,減価償却費(中途で事業を廃止した場合には,必ずしも当該支出を免れるとは限らない性質の経費である。)が年間45万円から60万円程度含まれていることが多かったこと等が認められる。

上記事情を総合すれば,被告らが本件店舗等における青果小売業を行えなくなる場合において補償されるべき得べかりし利益としては,1年につき120万円をもって相当であると解されるところである。

(イ) そして,本件においては,被告らの側には特段の落ち度もなく,本件店舗等からの退去を余儀なくされること,前述のとおり,被告らが代替の賃貸物件を見つけることが困難であり,営業自体の存続も危ぶまれると認められること等を考慮すれば,本件に係る営業補償としては,上記得べかりし利益の3年分をもって相当であると解されるところである。

ウ 引越費用

弁論の全趣旨によれば,被告らが,本件店舗等から退去するとした場合には,引越費用として,50万円程度の支出を要すると認められる。

エ 住居補償等

被告らは,本件店舗等を住居としても使用しているところ,① 転居に当たっては,入居時に,いわゆる礼金等の一時金の支出を余儀なくされると考えられること(公知の事実),② 本件賃貸借契約における賃料2万6000円は,近隣賃料等と照らしても低額であると考えられ(弁論の全趣旨),被告らが転居するに当たり,月額賃料の負担も増加することが見込まれること,③ 住居移転に関する種々の手続等に伴い,精神的負担を被ることになると解されること等の諸事情に照らせば,住居移転に伴う補償としては,70万円をもって相当であると解されるところである。

上記で認定した諸事情を総合すれば,本件賃貸借契約の解約に係る正当事由の補完のための立退料としては,720万円をもって相当であると解される。(借家権価格240万円+営業補償金360万円+引越費用50万円+住居補償等70万円)


この記事は2021年1月7日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの質問】

私が貸しているアパートの入居者が契約期間満了で退去することになりました。

この入居者は約8年間入居していたのですが、退去後に室内を確認したところ、台所や脱衣所、トイレの壁クロスに多大な傷破れ箇所があり、また、床にも入居者が付けた大きな傷が残っていました。

あまりにもひどい傷でしたので、全てクロスや床は全て交換が必要な状態だったので、せめてその半額は賃借人にも負担してもらいたいと伝えました。

これに対し、賃借人は

「壁クロスの耐用年数は6年間である。自分が入居したときから8年経っていて、耐用年数が経過しているから、クロスについて原状回復費用を負担する必要はない」

と反論してきました。

賃借人の使い方がかなり悪いせいで、全て修理・交換しなければならないのに、賃借人に全く負担を求められないのは納得できません。

【説明】

本件の事例は、東京地方裁判所平成28年12月20日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸借契約における賃借人の原状回復義務については、国土交通省により「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示されて以降、賃借人の負担部分及びその割合は、このガイドラインの考え方に基づいて決まるというのが現在の賃貸借実務です。

すなわち、壁のクロス,フローリング,襖,流し台といった貸室内の設備の原状回復においては、国土交通省のガイドラインにおいて想定されている経年変化の耐用年数を経過している場合、これらの原状回復費用は賃借人ではなく賃貸人において負担すべきもの、という考え方です。

この考え方に従えば、本件においても、壁クロスは耐用年数を経過しているため、賃借人の負担は生じないということになると考えられます。

しかし、裁判所は、「賃借人としての善管注意義務違反」を理由に、耐用年数が経過している壁クロスであっても、その張替え費用の半額について賃借人の負担を認めました

半額を賃借人に負担させた理由について、裁判所は以下のように述べています。

「賃借人が本件物件を明け渡した時点において,1階台所の壁クロスは著しく汚れており,賃借人は,賃借人としての善管注意義務に反して本件物件を使用しており,その使用状態のまま本件物件を明け渡したと認められる。」

「上記のような状態で本件物件を明け渡された賃貸人としては,本件物件を新たな賃借人に賃借するために1階台所の壁クロスの張替えを実施せざるを得なかったということができる」。

「賃借人は,ガイドラインによれば,壁クロスの耐用年数は6年であり,本件物件の明渡しの時点においてその価値は0円又は1円であるから,賃借人が負担すべき費用は,0円又は1円であると主張するが,ハウスクリーニングと同様に,仮に耐用年数を経過していたとしても,賃借人が善管注意義務を尽くしていれば,壁クロスの張替えを行うことが必須とは解されないから,賃借人の上記主張は採用できない。」

「なお,ガイドラインによっても,「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても,賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく,そのため,経過年数を超えた設備等であっても,修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」とされているところである。」

以上が裁判所が賃借人負担を認めた理由となりますが、裁判所が原状回復費用の半額を賃借人に負担させたのは、賃貸人が当初より半額を請求していたからと考えられるところです。

したがって、もし仮に賃貸人が半額以上の金額を賃借人に請求していた場合、裁判所は賃借人に対し半額以上の負担を命じていた可能性も考えられます。

なお、上記裁判例で触れている国交省のガイドラインの指摘部分は

「経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。」

との部分になります。

以上を踏まえると、賃借人の原状回復義務の考え方としては

1 通常損耗部分については、賃借人の原状回復義務は生じない。

2 通常損耗を超える損耗部分(賃借人の故意・過失による損耗)については、賃借人に原状回復義務が生じる。

3 賃借人に原状回復義務が生じるとしても、修理・交換費用について耐用年数を経過している分については、賃借人は負担する必要がない。

4 実際に使用を続けられる状態であったにも拘らず、賃借人の故意・過失により使用不能にされてしまった設備については、耐用年数を経過していたとしても賃借人が修理・交換費用の負担を負うべきである。

ということになると考えられます。

実務においては、4の場合に当てはまるかどうかの判断が問題となるケースが多いと考えられますので、この点は退去時に賃借人と慎重に協議すべきところです。


この記事は2020年12月5日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの質問】

私の所有するアパートの一室を貸していたのですが、この度賃借人から解約の申し出があり、鍵の返還を受けました。

しかし、鍵の返還を受けた時点では原状回復はなされておらず、什器やエアコン等の備品が付いたままであり、その後、賃借人はあれこれ理由をつけて原状回復工事の費用の支払いを拒否し続けました。

結局、賃借人から原状回復工事の費用の支払いを受けられて工事ができたのは、鍵の返還を受けてから1年以上経った後でした。

こちらとしては、原状回復工事が完了するまでは、貸室の明渡しも完了していないものとして、賃料を請求したいのですが、可能でしょうか。

なお、賃貸借契約書には、明渡しと原状回復については以下のように規定されています。

 

15条1項 賃借人は,本件賃貸借契約が終了したとき,本件居室を遅滞なく賃借人の負担で,自然損耗と認めがたい破損・汚損箇所を修繕する等,原状に復して賃貸人に返還する。

2項 賃借人は,前項の原状に復するための工事を,賃貸人又は賃貸人が指定した業者に委託することを予め承諾する。

3項 賃借人が本件居室を返還した後,本件居室に残置物等が存する場合,賃借人はその所有権を放棄し,賃貸人は,賃借人の費用負担でその撤去,任意処分,その他必要な措置をとることができる。賃借人は,これに対して異議を述べない。

【説明】

賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務については、改正民法621条により以下の通り明確に規定されました。

民法621条

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。 以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

もっとも、この規定では「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

とされているだけであり、

賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか

という点については明らかではありません。

この問題が争われたのが、東京地方裁判所平成28年2月19日判決であり、本件の事例は、この裁判例をモチーフにしたものです。

この問題について、裁判所は、契約書において、原状回復をした後に退去すべき、と合意されていると解釈されるかどうかによって判断しています。

そして、裁判所は、本件については

「本件賃貸借契約及び本件更新契約において,本件居室の明渡しにつき「原状回復をした上で明け渡すこと」を指す旨合意したことを認めるに足りる証拠はない。

「かえって,本件更新契約15条1項は,原状回復と返還(明渡し)とが別の行為であることを前提とし,明渡しに先立って原状回復が行われなければならない旨を定めているものと解される」

と述べて、原状回復工事完了までの賃料の請求は認めませんでした

また、賃借人がエアコンの撤去などせずに明渡しをしたことについては、

「明渡し前の原状回復義務違反を理由とする債務不履行が成立するにすぎないから,原状回復がなされていないことは,明渡し義務の未履行を意味するものではない。」

と述べており、あくまでも明渡しと原状回復義務は別々の義務であると判断しています。

以上を踏まえると、賃貸人が原状回復工事完了までの賃料の請求をできるかどうか、という点については、

・契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されていると解釈されるか

という点がまず考慮されることとなります。

そして、明渡し前の原状回復義務が合意されていない場合は、あくまでも原状回復義務違反の問題となり、

・原状回復工事をしなければ新たな賃貸借契約の締結の妨げとなるか、また、この場合に原状回復工事完了までに通常必要な期間はどの程度か

という点を考慮して、工事完了までの期間の賃料請求の可否が判断されることになると考えられます。


この記事は、2020年10月11日時点の情報に基づいて書かれています。

【アパートオーナーからの相談】

私は、所有しているアパートを、賃借人に月額7万5000円の家賃で賃貸しました。契約の際は、賃借人には保証会社と契約することを条件としてもらっています。

 

しかし、この賃借人が家賃を徐々に滞納するようになり、4ヶ月分連続で家賃の滞納をしました。

滞納した家賃は、その都度保証会社が立て替え払いをしていたのですが、このように滞納が続いた以上、信頼関係が破壊されたとして解除通知を出しました。

 

しかし、賃借人からは、「保証会社が立て替えて払っているのだから、家賃の滞納はない」と反論され、解除を拒んでいます。

このような賃借人の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

賃貸借契約においては、賃借人は契約時に保証人を立てる必要があることは半ば当然の取引慣行となっています。

もっとも、近年は保証人を立てることに代えて、家賃保証会社を利用する賃貸人が増えています。賃貸人側としても、個人の保証人よりも家賃保証会社の方が賃料の回収が図れる可能性が極めて高いというメリットがあるからです。

家賃保証会社を利用した場合、通常は、賃借人が家賃を滞納すると、家賃保証会社がすぐに滞納家賃を賃貸人に支払い、その後家賃保証会社が賃借人に求償請求をする、という流れで進みます。

このため、賃借人が家賃を滞納してもすぐに家賃保証会社が支払うため、滞納賃料額が通常解除が認められる目安の3ヶ月分にまで達しないということも生じてきます。

そうなると、本件のように、賃借人が家賃の滞納を続けていてそれが長期間続き、賃貸人としては信頼関係が失われたとして解除したいと考えても、家賃保証会社による支払いにより形式上は滞納額が残っていない場合、果たして賃料滞納を理由とした解除ができるか、ということが問題となるわけです。

この点について判断した事例が、大阪高等裁判所平成25年11月22日判決です。

この事例では、賃借人は長期間家賃の滞納をしていたものの、家賃保証会社により賃料が支払われていたため、賃借人が解除を争ったのですが、裁判所は、以下のように述べて、賃貸人からの解除を認めました

「本件保証委託契約のような賃貸借保証委託契約は,保証会社が賃借人の賃貸人に対する賃料支払債務を保証し,賃借人が賃料の支払を怠った場合に,保証会社が保証限度額内で賃貸人にこれを支払うこととするものであり,これにより,賃貸人にとっては安定確実な賃料収受を可能とし,賃借人にとっても容易に賃借が可能になるという利益をもたらすものであると考えられる。」

「しかし,賃貸借保証委託契約に基づく保証会社の支払は代位弁済であって,賃借人による賃料の支払ではないから,賃貸借契約の債務不履行の有無を判断するに当たり,保証会社による代位弁済の事実を考慮することは相当でない。なぜなら,保証会社の保証はあくまでも保証委託契約に基づく保証の履行であって,これにより,賃借人の賃料の不払という事実に消長を来すものではなく,ひいてはこれによる賃貸借契約の解除原因事実の発生という事態を妨げるものではないことは明らかである。」

このような事案について最高裁判例はまだありませんが、同様の結論を取る裁判例は複数出ていますので(福岡高等裁判所平成28年2月29日判決、東京地方裁判所平成27年7月16日判決等)、裁判実務としては上記判断が固まりつつ有ると言えます。


この記事は、2020年10月3日時点の情報に基づいて書かれています。

【ビルオーナーからの質問】

私は地下1階、地上8階建の商業ビル1棟を所有しています。

1階の店舗部分を婦人服販売店に貸していましたが、地下1階の店舗スペースが空いたので、新たに飲食店(小料理屋)に貸すことにしました。

しかし、その小料理屋が営業を開始してから、1階の婦人服販売店のオーナーから「地下1階の飲食店から魚の生臭い臭い、煮魚、焼き魚の臭いが発生していて、売上が下がったからなんとかして欲しい」とのクレームがありました。

 

飲食店である以上、匂いの発生を防ぐことは不可能ですし、私が確認した限りでは確かに魚臭かったものの悪臭とまで言えるようなものではなかったため、放置していました。

そうしたところ、借主から「売上が下がったことについて損害賠償する」と言われてしまいました。

大家として責任が認められてしまうのでしょうか。

【説明】

本件は、東京地方裁判所平成15年1月27日判決の事例をモチーフにしたものです。

様々な業態の店子が入居する賃貸ビルの場合、例えば本件のように飲食店からの匂いというのは、他の店子に影響が及んでしまう可能性があり、特にアパレル業等の店子にとっては好ましくないものとなる可能性があります。

そうなると、ビルの貸主として、店子からの「匂い」の発生について負うべき防止義務というものが問題となります。

この点について、裁判例は、貸主の義務について

・賃貸借契約における賃貸人の義務を考えるに、賃貸人には、あらゆる臭いの発生を防止すべき義務があるというものではない

・賃貸借の目的から見て、目的物をその目的に従って使用収益する上で、社会通念上、受認限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠る場合に、初めて、賃貸人に債務不履行責任が生ずるというべきである。

・具体的には、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受認すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきである。

と述べています。

そして、この事例では、

「本件についてみると、原告の30数名の顧客が、飲食店からの魚の臭いについて、かなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚の臭いが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったことが認められる。

したがって、被告は、賃借人に目的物を使用収益せしめる義務を怠ったものであるから、原告に対して債務不履行責任を負うというべきである。」

と述べて、貸主の責任を認めています。

なお、悪臭の立証については、この裁判例では、臭気の計測まではされておらず、上述の通り、婦人服販売店の顧客の30名の陳述書によって認めている点が興味深いところです。

そして、その損害については、婦人服販売店が主張する実際の売上の減少分についてはそのまま認めることはできないと言いつつも、主張された損害額の約半額程度を損害として認定しています。

賃貸人として、店子の悪臭を放置していることが問題となり得ることを示した事例として、本件事例は意義があると言えます。


この記事は2020年9月24日時点の情報に基づいて書かれています。

【大家からの質問】

当社が所有するオフィスビルの一画を、事務室と倉庫としての使用目的でコンピューター機器販売会社に、契約期間2年間で賃貸しました。

2年間は中途解約できない、という特約を付けることを条件として、賃料を多少相場より減額して契約しました。

しかし、その後半年ほど経った頃、賃借人から「経営が苦しくなったので、退去したい」と言われ、当方から慰留したものの、一方的に退去されてしまいました。

契約期間はまだ1年半残っていますので、この分の賃料は請求したいのですが、可能でしょうか。

【説明】

民法618条は、

「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する。」

と規定しています。

なお、前条(617条)は、「当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」との規定です。

すなわち、契約期間を定めた賃貸借契約であっても、中途解約が契約書で定められていれば、中途解約が可能であるということになります。

逆に言えば、中途解約が契約書で定められていなかった場合は、契約期間中の中途解約は認められない、ということとなります。

土地の賃貸借契約については、この点判断した最高裁判例があります。

最高裁判所昭和48年10月12日判決は、

「賃貸借における期間の定めは、当事者において解約権留保の特約をした場合には、その留保をした当事者の利益のためになされたものということができるが、そうでない場合には、賃貸人、賃借人双方の利益のためになされたものというべきであつて、期間の定めのある賃貸借については、解約権を留保していない当事者が期間内に一方的にした解約申入は無効であつて、賃貸借はそれによつて終了することはない。」

と述べ、契約期間中の解約は、中途解約を認める条項が契約書で規定されていない限りは認められないとしています。

建物の賃貸借契約については、最高裁判所の判断はありませんが、地裁判決で同趣旨の結論を述べる裁判例があります。

東京地方裁判所平成23年5月24日判決は、

「賃貸借契約において,借主に対し賃貸借期間内の解約を禁止する特約が付されている場合,借主は,約定又は法定の解除事由が生じているときを除き,賃貸借期間満了前に一方的に当該賃貸借契約を解除することはできず,貸主がこれに応じた場合に限り,解除できると解するのが相当である。」

と述べ、中途解約を禁止する特約が付されている賃貸借契約については、中途解約は不可と結論づけています。

したがって、本件の設例では、賃借人からの中途解約は認められないということとなります。

また、本件では、契約期間1年半を残して賃借人が退去したのですが、中途解約が認められない以上、仮に建物を占有使用していなかったとしても、残存期間の賃料の支払いはしなければならないということとなります。

もっとも、例えば契約期間満了前に、新たな借主が見つかり賃料等を得たり、当該物件の管理維持に要する費用の支出を免れたりしたようなときには、その分は差し引かれることとなります(前掲の東京地裁判決参照)。


この記事は2020年9月22日時点の情報に基づいて書かれています。

【貸家オーナーからの質問】

私は、親から相続した一戸建ての貸家を所有しています。

人に貸していましたが、私の方で自分で住む家として使用したいと考え、借主に退去を求めたのですが、「子供が大きくなるまではここに住みたい」と言われました。

そこで、10年後を期限に建物を明け渡してもらうという内容で合意解約書を取り交わしました。

なお、賃料は、相場では13万円程度は取れる物件でしたが、10年後に明渡してもらうということも考慮し、据え置きの月5万円のままとすることにしました。

 

まもなく10年が経つのですが、借主は「あのような期限付き合意解約は借地借家法に反して無効だから、こちらは出ていく義務はない」等と言い出しています。

このような、借主の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

まず、賃貸借契約において、貸主と借主の間で、今すぐではなく半年後とか1年後などの将来先の期限を決めてその時点で契約が終了(解約)するという合意(期限付合意解約)は認められるのでしょうか。

このような期限付合意解約の効力については、最高裁判所昭和31年10月9日判決が、

「従来存続している家屋賃貸借について一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限付合意解約をすることは、他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく、従って右期限を設定したからといって、直ちに借家法にいう借家人に不利益な条件を設定したものということはできない」

と述べて、その有効性を認めています。

もっとも、上記最高裁が「これを不当とする事情の認められない限り」と留保をつけている通り、必ず有効とされるわけではありません。

このような期限付解約をすることについての合理的な理由(貸主の自己使用の必要性など)と、借主にとって不当な不利益が生じないこと、という2つの観点を満たしていないと、裁判となった場合に無効と判断されるリスクがあります。

本件は、東京地方裁判所平成5年7月28日判決の事例をモチーフにしたものです。

この事例は、10年後というかなり先の期限に解約するという合意をしたことについて、「これを不当とする事情」がないかという点が問題となりました。

この点について、裁判所は、

・貸主は、自己使用の必要性から本件賃貸借契約の期間が満了するにあたって契約更新を拒絶したが、借主の事情を考慮して、賃料は従前のまま一か月金五万円に据え置いたまま10年後まで賃貸借を継続することを約したこと

・借主は、右期限の到来により本件建物の明渡しを約したが、本件賃料は、本件賃貸借契約の当初である昭和五一年一二月一七日から右期限付合意解約の期限到来に至るまでの間、改訂されることなく金五万円のまま据え置かれ比較的低廉な賃料のまま据え置かれていたこと

・本件賃貸借の合意解約に至るまで一〇年という期間があったにもかかわらず、この間、被告において明渡しを前提とした配慮等をした事情も何ら窺えないこと

等の事実を認めた上で、これが本件期限付解約合意を不当とする事情に該当すると認めることはできない(したがって有効)、と判断しました。

本件の「10年後を期限」とした合意解約は、かなり期限が先であり、一般的には有効性が認め難いと見られる期間設定ではありますが、家賃がかなり低廉で据え置かれたことや、貸主の自己使用の必要性が強く認められたという事情から、裁判所の有効と判断したと考えられます。

したがいまして、期限付合意解約をする場合において、例えば1年を超えるような先の期限を設定する場合には、そのような期限を設定する合理的理由が必要となることに留意して合意すべきです。


この記事は、2020年7月28日時点の情報に基づいて書かれています。

【店舗の借主からの質問】

当社は、店舗用の物件を一戸借りていましたが、賃貸借契約には

「借主が期間満了前に解約する場合は、解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料・共益費相当額を違約金として支払う。」

という条項が設定されていました。

 

賃貸借契約期間は4年間とされていましたが、借りてからまもなく当社の経営が苦しくなり、10ヶ月程度で退去しなければならないという状況になってしまいました。

 

そのため、違約金条項により貸主からは

「まだ契約期間が3年2ヶ月分残っていた状態での中途解約なので、3年2ヶ月分の賃料相当損害金を払ってもらいたい」

と言われています。

このような特約及び貸主からの要求は正当なものなのでしょうか。

【説明】

まず、借主が賃貸借契約を中途解約する場合に、違約金を支払う旨の条項を設定することは有効です。

実務上よく見られるのは、中途解約の申入れを6ヶ月前までに行うとした上で、「賃借人の賃貸人に対する予告期間が6ヶ月に満たない場合には,賃借人は賃料及び管理費の不足月数相当額を賃貸人に支払うものとする。」と言った条項です。

このような条項については、裁判例でも「暴利行為として公序良俗に違反するなどの特段の事情のない限り,上記特約は有効である」とされています(東京地方裁判所平成22年3月26日判決参照)。

したがって、本件のように、賃貸借契約の残存期間分の賃料相当額を支払うとする条項についても「暴利行為として公序良俗に違反」しないかどうかが問題となります。

本件は、東京地方裁判所平成8年8月22日判決の事例をモチーフにしたものですが、裁判所は

約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはでき」ない。

解約日から「一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。

と述べました。

この裁判例から読み取れることとしては、中途解約の場合の違約金としては、「借主から中途解約の申入れがされてから、貸主が次の賃借人を募集して入居に至るまでに必要と考えられる期間」(概ね6ヶ月~1年程度)が相当であり、これを超えるような違約金を設定する場合には、相応の理由が必要になる、ということです。

相応の理由としては、例えば物件がオーダメイド賃貸など、借主の希望に基づいて物件が建築され、他に転用が難しい場合などが想定されます。

【参照:東京地方裁判所平成8年8月22日判決】

「一 建物賃貸借契約において一年以上二〇年以内の期間を定め、期間途中での賃借人からの解約を禁止し、期間途中での解約又は解除があった場合には、違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし、違約金の金額が高額になると、賃借人からの解約が事実上不可能になり、経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに、賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから、諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。

「二 そこで、第一契約による違約金について判断する。

本件で請求されている違約金は、被告会社が本件建物の六階部分を平成六年二月二六日に解約したことにより、実際に六階部分を明渡した日の翌日である同年三月五日から契約期間である平成九年四月三〇日までの賃料及び共益費相当額である。なお、この計算においては、第一契約の賃料及び共益費は本件建物の四階と六階部分のものであり、四階と六階は床面積が同一であるから、第一契約の賃料及び共益費の半額、すなわち平成六年三月五日から平成七年四月三〇日までは月一五六万三五七五円、平成七年五月一日から平成九年四月三〇日までは月一七三万〇六四二円で算定している。被告会社が本件建物の六階部分を使用したのは約一〇か月であり、違約金として請求されている賃料及び共益費相当額の期間は約三年二か月である。

被告会社が本件建物の六階部分を解約したのは、賃料の支払を継続することが困難であったからであり、第一契約においては、本来一括払いであるべき保証金が三年九か月の期間にわたる分割支払いとなっており、被告会社の経済状態に配慮した異例の内容になっているといえる。原告は、契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが、被告会社が明け渡した本件建物について、次の賃借人を確保するまでに要した期間は、実際には数か月程度であり、一年以上の期間を要したことはない。

以上の事実によると、解約に至った原因が被告会社側にあること、被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても、約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。


この記事は、2020年7月26日時点の情報に基づいて書かれています。

【賃貸オーナーからの質問】

私は一軒家を所有していますが、転勤でしばらく住まないので第三者に貸すことにしました。

貸している間に家が傷むのを避けるため、賃貸契約書には禁止事項として「承諾を得ないで,犬,猫等の小動物の飼育又は一時的持込みをしてはならない」と規定しました

しかし、貸してから一月も経たない内に、借主がフェネックギツネという小型のキツネを飼っていることが判明しました。

すぐに文書で「ペットの飼育は止めて欲しい」と通知しましたが、借主は「家族同然のペットなので物件内で飼育は続けたい」というばかりで、何ら対応しませんでした。

そのため、契約違反として解除通知を出したところ、借主から「小さいキツネであり,近隣に迷惑をかけるおそれはなく,しつけも十分にしており,本件建物の内部を汚損していないから、信頼関係は破壊されていない」などと言って、解除を争わってきています。

私の解除の主張は認められるのでしょうか。

【説明】

貸主側の意向として、借主のペットの飼育に伴い物件が損傷することを懸念して、

「禁止事項 賃借人は,賃貸人の書面による承諾を得ないで,犬,猫等の小動物の飼育又は一時的持込み(近隣に迷惑を及ぼすおそれのない観賞用の小鳥,魚等を除く。)をしてはならない」

等と契約書に規定し、かかる禁止事項に違反した場合は解除できるとまで定める事例は実務上多く見られます。

このような特約自体は法律上禁止されるものではありませんが、ここで問題となるのは、本件の事例のように、借主がペット飼育禁止に違反し、これを理由に貸主が契約解除を求めた場合であっても、「信頼関係破壊の法理」が適用されて解除が認められない場合もある、という点です。

すなわち、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的にペット禁止条項違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなるわけです。

この点を踏まえて、貸主からの契約解除を認めたのが、東京地方裁判所平成22年2月24日判決の事例です。

本件は、この裁判例の事例をモチーフにしたものですが、裁判所はペット禁止条項に違反して入居当初から小型のキツネを飼育していた行為と、賃貸人からの中止の申し入れに耳を貸さずに飼育を続けたことを踏まえて、信頼関係も破壊されたとして解除を認めています。

どの程度の事情があれば、ペット飼育禁止違反行為により信頼関係の破壊まで認められるかの判断は容易ではないですが、本件は一つの参考になる事例です。

【参考:東京地方裁判所平成22年2月24日判決】(原告:貸主、被告:借主)

室内で犬猫等の小動物を飼育させるかどうかについては賃貸人,賃借人双方にとって重要な利害があることは常識の範囲に属するものであるところ,建物賃貸借契約書(甲1)にも小動物の飼育が禁止されていることが明記されていることが明らかであること,被告自身もその嘆願書(甲8)において,契約時に口頭及び契約書でペット飼育が禁止されている旨告知されていたことを認め,契約違反であるのは確実であり,犬猫ではなく散歩の必要もないので大きな問題になることはないと考えてフェネックギツネの飼育を続けたことを自認していたこと,原告の本件飼育行為停止の要望を聞き入れずにフェネックギツネは家族同然であるとしてその後も本件飼育行為を継続したことが明らかであることなどを,信頼関係が破壊されていたことを窺わせる事情として指摘できる。」

「本件建物の賃借人募集パンフレットには被告主張どおり動物飼育禁止の条件は記載されていないことが認められる。しかしながら,被告が主張し,述べるところによっても,契約時に動物飼育禁止を伝えられ,本件賃貸借契約の締結を見送る機会もあったものの,既に相当額を仲介業者に支払済みであったので,特約を認識しつつも契約書にそのまま署名捺印したというのであるから,被告が本件飼育行為に及んだことを,原告や仲介業者に責任転嫁して,これを正当化することはできない。」

「被告は,フェネックギツネの特徴や飼育状況等を縷々主張し,これに沿う証拠(乙2,乙3の1から3まで)を提出するが,本件における問題は,どのような動物であれば室内で飼育しても差し支えないかという点ではなく,動物飼育禁止特約の下で動物を室内で飼育することそのものの可否の点にある。被告が長年連れ添ってきたフェネックギツネに愛着を有すること自体は理解できるけれども,一連の被告の行動を全体としてみると,原告の指摘に耳を貸さずに,自己の都合のみを優先させることに終始してきたとみるほかはない(なお,本訴係属後も,被告の基本的姿勢には結局変化がみられなかった。)。」

「諸点を総合考慮すると,本件においては,原告が本件賃貸借契約の停止期限付解除の意思表示をした時点で,本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されているというべきであるから,原告の解除の意思表示は有効である。」


この記事は2020年7月19日時点の情報に基づいて書かれています。

賃借人が株式会社などの法人である場合に、賃貸借契約期間中にM&A等によって賃借人の法人の資本構成(株主)や取締役等の経営陣が大きく変わる場合があります。

借主の経営陣や株主構成が大きく変わってしまった場合、賃借物件の使用態様や法人としての信用力等が大きく変わってしまう可能性もあります。そのため、実務上は、賃貸借契約書において

「賃借人の株式譲渡、役員変更等の重大な変更により、賃借人が契約当時と実質的に企業の同一性を欠くに至った場合、これを賃借権の譲渡とみなし、事前の承諾を要する」

という条項が設定されることは多いです。

では、もし上記のような契約条項が設定されていた場合で借主たる法人が、賃貸人の承諾なくしてその経営陣や株主構成を大きく変更させた場合に、賃貸人側から「賃借権の無断譲渡だ」と主張して契約の解除を求めることはできるのでしょうか。

この点、賃貸借契約の解除の可否は「信頼関係破壊の法理」により判断されますので、形式的に契約違反に該当したからと言って解除が認められるわけではなく、契約違反が当事者間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点でさらに検討を要することとなります。

したがって、この場合も「賃借人たる法人の株主構成等の変化が、賃貸人と賃借人の間の信頼関係を破壊するような状態を作出しているかどうか」という点で解除の可否が判断されます。

賃借人の資本構成や役員変更が生じた場合、主に

・賃料の支払状況が変わるかどうか

・賃借目的物の使用状態が大きく変わるかどうか

・その他、契約締結が個人的な信用関係等に強く結びついていたか否か

等といった点から、信頼関係の破壊の有無が考慮されることとなります。

上記観点も踏まえた上で、役員・株主構成の変更について承諾を得ずに行ったことで、契約の解除が認められた事例が東京地方裁判所平成5年1月26日判決の事例です。

この事例は、

「賃借人は、資本又は役員構成に重大な変更を生じたときは、原告に対し遅滞なく必要書類を提出し、その書面による承認を得なければならない。

賃借人は、本件店舗に関する賃借権、営業権等の権利の全部又は一部を譲渡(被告の業種・資本・役員構成等の重大な変更により被告が右契約締結当時と実質的な企業の同一性を欠くに至つたとき、又は営業全部の賃貸、その経営の委任、他人と営業上の損益全部を共通にする契約、その他これらに準ずる行為をなした場合は、これを譲渡とみなす。)することができない。」

という条項が契約で設定されていたところ、借主が、賃貸借契約中に株式の過半数以上を他社に譲渡し、役員はほぼ全面的に交代されたという事案です。

この事案では、裁判所は資本構成と役員構成の変更について契約に違反し、なおかつ、信頼関係を破壊しない特段の事情も存在しない、と認定して貸主側からの契約解除の主張を認めました。

借主の資本構成・役員構成の変更が、信頼関係を破壊するか否かという判断は個別具体的な判断となるため、一つの参考となる事例です。

【判旨:東京地方裁判所平成5年1月26日判決】

1 《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告の元代表取締役であり被告の実質的なオーナー経営者であつた訴外後藤は平成二年当時満六三歳、その妻和子は満六二歳で、昭和六〇年ころから和子が腰痛のため営業に従事できなかつたところから、訴外後藤一人で被告の営む居酒屋「七福」を切り盛りしていく自信を喪失し、親族等には適当な跡継を見出せず、また、店内の内装が老朽化しその改装費六五〇〇万円余りを捻出するあてもなかつたため、その去就につき知人に相談していたところ、不動産管理等を業とする河野孝子が株を持たせてくれればその費用は出捐するとの意向を有しているとのことであつたところから交渉を重ねた結果、とりあえず発行済み株式の五五パーセントを代金五五〇〇万円で譲渡することとし、同年一〇月末に三〇〇〇万円を同年一一月に二五〇〇万円をそれぞれ受領した。なお、右譲渡に際して被告の発行済み株式数を同月六日付で二万株に増資している。

(二) 訴外後藤としては、右のような事情から、被告の全株式を譲渡してもよいと考えていたが、河野が居酒屋を経営した経験がないことなどを考慮してとりあえず譲渡する株式割合を右のとおりとしたもので、七福の営業は大山勝弘が実質的に取り仕切るようになり、訴外後藤においても同店従業員に対し以後大山に従つて仕事をするよう発言して引継をなしほとんど七福に出社しなくなつた。

(三) 右七福での営業形態の変更を知つた原告では事実関係の調査を始め、平成二年一一月一六日付で役員の全面的な交代が行われていることや株主の変更、訴外後藤とその親族の持株割合が株主名簿上も過半数を下回つていることを認識するに至り、従前の被告と同日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断に至つた。

(四) そこで、原告では同年一二月二一日、訴外後藤に面接し、被告において行われた役員の変更等が承認事項であることを説明して必要書類の提示を求め同月下旬にその提出を受けたが、その際訴外後藤は河野につき遠縁にあたるとの説明をなしていた。しかしながら、原告による調査の結果両名の間に縁戚関係のないことが判明し、訴外後藤の提出した書類の内容等を踏まえ役員等の変更を認めないこととした。

2 右事実及び争いのない事実等によれば、訴外後藤による本件株式譲渡の動機が同人の年齢や体力的な事情等によるものであることは被告主張のとおりであることは認められるが、被告は従前訴外後藤及びその家族を中心とした同族会社であり、このような会社にあつては株式会社として法人格は同一であつてもその株主や役員の構成によつてその会社経営の方針・内容が変動することは容易に予測しうるところ、従前の被告と平成二年一一月一六日以降の被告との実質的同一性が喪失しているとの判断にいたつたこと、本件賃貸借契約は最低基準賃料の定めがあるとはいえ歩合性賃料を採用しており、居酒屋という職種及びその営業形態をも考慮すると、経営者の変動によつて営業収入の変動が生ずると予測しうること、不動産業をしていた河野が株式譲受人として関与していながら契約上の義務である承認を求める手続きを直ちにとらず、しかも調査に際し虚偽事実が述べられていたことなどの右認定の諸事情を総合勘案すると、原告が承認義務等の約定に定める承認をしなかつたことが不相当であるとは認められず、また、被告において行つた組織変更につき信頼関係を破壊しない特段の事情の存在を認めることはできないものといわざるをえない。


この記事は2020年7月14日時点の情報に基づいて書かれています。