不動産事例紹介

借地借家・建築・境界等の不動産問題について、弁護士が問題解決のための道標となる裁判例(CASE STUDIES)等を詳しく解説しています。

賃貸物件の原状回復について、経年劣化を考慮せずに賃借人への原状回復義務を命じた裁判例

Q 私が所有している賃貸マンション(築46年)の一室で、賃借人がタバコの不始末により火災を発生させ、その一室内全面が燃えて完全に使えない状態になってしまいました。その部屋は使えなくなり、賃借人は退去しました。

そのため、私は、フローリング、給排水設備、電気やガス設備の補修費用として143万円を要することとなってしまいましたので、これを賃借人に請求しました。

すると、賃借人からは、

「自分はこの物件に19年賃貸で住んでいる。築年数も相当経っており、国交省の原状回復のガイドラインによる経年劣化の年数を既に経過しているのだから、この分は賃貸人が負担すべきだ」

と反論してきて、支払に応じません。

確かに古いマンションですが、賃借人の責任で一室使えなくなってしまったのに、その補修費用をこちらが全て負担するというのは腑に落ちません。果たしてどうなるのでしょうか。

A 通常使用により生じる程度を超えて貸室内の設備を汚損又は破損したと認められる場合、国土交通省のガイドラインの考え方が本件に及ぶか否かにかかわらず、賃借人は、貸室内の設備等が本来機能していた状態に戻す工事を行う義務があるというべきである。

上記質問は、東京地方裁判所平成28年8月19日判決の事例をモチーフにしたものです。

賃貸物件の賃借人の退去後の原状回復については、国土交通省により「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示されて以降、この考え方による賃借人負担が賃貸・裁判実務で通用しています。

すなわち、壁のクロス,フローリング,襖,流し台といった貸室内の設備の原状回復においては、国土交通省のガイドラインにより、ガイドラインにおいて想定されている経年変化の年数を経過している場合、これらの原状回復費用は賃借人ではなく賃貸人において負担すべきもの、ということになります。

そのため、本件の事例でも、賃借人側はガイドラインの考え方を主張して、自らの不始末で貸室内に火災を発生させて室内設備を毀損したものの、「19年住んでいて経年変化の年数を経過しているので、これらを直す費用は賃借人ではなく賃貸人負担だ」という主張をしたわけです。

これに対して、裁判所は、以下のように述べて、ガイドラインの考え方を適用すべきかどうかを問題とせずに、原状回復について賃借人の責任を認め、工事費用の請求を認めました。

賃借人は,本件火災前の劣悪な使用方法及び本件火災により,通常使用により生じる程度を超えて201号室の設備を汚損又は破損したと認められる。

ガイドラインの考え方が本件に及ぶか否かにかかわらず,賃借人は,通常使用していれば賃貸物件の設備等として価値があったものを汚損又は破損したのであるから,201号室の設備等が本来機能していた状態に戻す工事を行う義務があるというべきである。

以上の通り、裁判所は、ガイドラインの考え方によらず、「貸室の設備等が本来機能していた状態に戻す工事を行う義務」がある、として賃借人の責任を認めています。

その根拠は判旨からは明確ではありませんが、国交省のガイドラインでも

「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもない」

「そのため、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得ることを賃借人は留意する必要がある。」

と述べられており、具体的には

「経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。」

と述べられていますので、この考え方に拠ったものと思われます。

なお、この裁判例では、工事費用の他、「原状回復工事が完了するまでの間、当該貸室を他に賃貸に出すことができなかった」という逸失利益も認め、賃料7ヶ月分の損害も認めています。


2017年12月6日更新